-1-4「弾殺」
「……ふうっっ! なによ、ボスっぽかったわりには一撃だったんだけど」
余韻とばかりに風を切り払って。重い息を吐いたハナは、しかし笑みを堪えていた。
(パリィがあって助かったわ。『致命』って書いて『Fatal Hit』なのね……『Critical Hit』じゃなくて?)
隙潰しの鎖鉄球にやられかけたあの瞬間、ハナと刀は一心同体に冴えていた。
ゲーマーとしての経験則と直感。こういうゲームならこういうシステムがあるはずだという賭け。
そしてなにより。刺線というものに尋常ではなく敏感な少女だからこそ、刹那のパリィへ翻ることができたのだ。
(ていうか、あたしの刺線ってゲームの中でも見えるんだ。テレビゲームでは見えたことないんだけどフルダイブだから?)
ふと、キドーがいた場所に何か落ちていたのを拾う。
(それにあの刺線の花。ゲームシステムじゃありえないし、相手に刺線が刺さったのなんてはじめて見た)
ーー 『初陣狩りの膝当て片』(装飾品) ーー
ーー 初陣狩りの主の目に留まれば、鋼の鎧にも勝る意志を示せるだろう ーー
「ナニコレ、討伐トロフィー? アクセサリー扱いだけど。……まあすぐやめるかもだけど、とりあえず装備しとくけど」
装備すると帯に4つ設えられた印籠の1つに吸い込まれ、根付が膝当て辺の形に変わった。なお『うぶめのお守り』もすでにくくりつけてある。
ーー 初心者指南 逃げ…… ーー
ーー 初心者指南 扶桑城城下を訪れる ーー
さて、見ればあのナビ鬼火が文面を書き換えていて。ハナは口の端をクスと吊り上げた。
「オッケー。これ以上ここにいてもしょうがないし、下りてあげるけど」
通りすぎざまに鬼火を小突くと、ドライアイスのような冷たい熱さを感じた。
そしてハナは、岩山の斜面へ滑りだした。
……リアルでは絶対に真似できないだろう、滑り台じみたお誂え向きの脱出路を尻も付かずに駆け下りる。
(やっぱり。このゲーム、レベルもキャラの能力値も無いんだけど)
ーー 状態(Status) ーー 片手間に追従させたステータスウィンドウには、『筋力』や『技量』といった能力値表示は無かった。
(あるのは生命力(HP)、気力(SP)、それに装備品の攻撃力とか防御力とか。ん……この技能魂っていうのはスキルポイントね。さっきの戦闘でちょっとだけ貯まってる)
『技能修得』のウィンドウをタップすると、『技能樹』と銘打たれたスキルツリーが現れた。
(スキルツリー方式かあ、分岐とか振り直し考えんのメンドいんだけど。今はそっ閉じしとこ)
行く手の岩を相手にローリングや宙返りを敢行して、このカラダの動作限界を把握しながら。やがて麓へ……。
「とうちゃーく、っと……」
そこでは、堀で守られた城下町へ入るための大橋と大門が待ち受けていた。
そして、ちらほらとハナを貫く刺線も。
大橋を行き交う他のプレイヤーたちの眼差しだ。
何の気なしの、せいぜい初期装備の初心者へ思いを馳せただけの一瞥にすぎない。
それでもハナは、己に突き刺さる刀刃を認識せざるをえなかった。
(ハア……。敵キャラの刺線だって見えたんだから、そりゃプレイヤーの刺線だって見えるんだろうけど)
息苦しさを感じるほどの数だったが、ハナは面頬の両ほっぺをパンと叩いて一喝。
(集中。いつものことなんだけど。刺さった感覚は消せなくても……目に映らないようにはできる)
ハナがいつものように集中すれば……無数の刀刃たちは視えなくなった。
ただし、『刺さっている』という感覚で以て存在は変わらず感じられた。
(普段から幽霊が見える霊能力者なんかは、日常生活で頭がおかしくならないように『視える』スイッチのオンオフを鍛えるんだってね。……まさか自分でもできるとは思わなかったけど)
落ち着いたところで、ハナは改めて人々の営みを遠く眺めるのだ。
いかにも中級者めいたプレイヤーたちの鎧や装束もそうだが、遠くに見える町並みもどこかメカニカルだ。
木造と煉瓦造の建物が混在し、建築の一部として無数の歯車がせり出している。
酒場や呉服屋といった大型商店は楼閣として立ち並び、歯車仕掛けの昇降機や回廊によって空中で繋がり合っている。
ガス式らしい街灯の明るみが石畳と地面のコントラストを際立たせ、近代化のビビッド感を一層強調していた。
リアルでいえば江戸時代の最後期を想起させるような、文明開化に片足を突っ込んだハイカラな城下町。
しかして蒸気や電気ではなく、霊的に光る歯車からくりにより進化した街並みだった。
ふと、ナビ鬼火が現れるとハナを導く調子で目の前に留まった。
ーー 初心者指南 扶桑城城下を巡る ーー
ーー 鍛冶屋0/1 武具屋0/1 鎧袖工房0/3 薬屋0/1 道具屋0/1 市場0/1 酒場0/1 宿屋0/1 ーー
城下町の賑わいをも覆う小ウィンドウの群れに、ハナは途端に苦い顔を表した。
(ハアア……。町のそういうアレコレはなんとなくわかるんだけど、いちおうゲーマーなんだから。……鎧袖ってナニ?)
その単語だけはわからなかったが、ハナははたと思いついたことがあった。
「ねえちょっと」
むんずと、ナビ鬼火を鷲掴み。
「あんたさ。町巡りとかおつかいとかそういうのいいから、チュートリアル完了までスキップしなさいよ」
ナビ鬼火の火力がたじろいだように見えたのは気のせいだろうか。しかし小ウィンドウの群れに変化は無い。
「できないって? それともしたくない? あたしがあんたを無視してキドー倒したら、ナビの内容変わったわよね? つまり少なくとも、プレイヤーの行動に応じて融通がきく仕様だと思うんだけど?」
ハナに突き刺さる刺線の数が増えた。ナビ鬼火をみっちり絞っているのだ、怪訝に思わないわけがない。
それくらいはわかっていたが。だからこそハナは往来の橋上から逃げることなく、ナビ鬼火を物理的にも揺さぶる。
「どうなのよ。そりゃあんたが言葉を理解できてるのかもわかんないけど、最近のNPCってハイエンドAI積んでるし試す価値はあると思うんだけど? どうなの? スキップ不可ならここでやめてもいいんだけど? どうせゲーマー仲間の招待キャンペーン消化しにきただけだし、でもあんたたちからしたらプレイヤーをみすみす逃がすのは喜ばしくないはずなんだけど?」
まだまだ捲し立てようとしたその時、ナビ鬼火のウィンドウが1つへ折り畳まれた。
ーー 初心者指南 呼び水の笛塚で旅立ちを決意する ーー
「できたじゃん。完了までスキップしろって言ったんだけど……最終目標っぽいしまあいいわ、お互い譲歩しあわないとね」
解放してやると、ナビ鬼火は矢印よろしく揺らめいて扶桑城の東の竹林を示した。
ハナがマップウィンドウを開いてみると、この盆地の周辺地図しかオープンされてはいなかったものの。さっき降りてきた岩山などの距離感を鑑みるに、竹林奥の鬼火マーカーまで1時間もかからないだろう。
「見てなさいよ村鞘。チュートリアル最速RTAでマウントとってやるんだけど」
意気揚々と踵を返したハナは。この和風世界の象徴めいた城下町へついに1歩も踏み込まず、東の竹林へ駆け出すのだった。
ーー 注意 鎧袖が設定されていない ーー
ナビ鬼火が色違いの注意ウィンドウを出していたものの、ハナは斜め読みでスキップしたのだった。
続く
ーー 『千人針の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『千人針の膝甲』(下衣装備) ーー
ーー ありふれた町人の着物に、小札を縫い付けたもの ーー
ーー 千人の針で無事を祈るどころか、それはたった1人で縫い続けただけの急拵えである。あるいは、拾い集めてきた小札には幾人の念がこびりついているだろうか ーー