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4-1「鋸目」

「……我は……千方……の……火……」


 と。ハナの傍らに浮遊していた手付き千方火が、封の解かれた虚ろ舟へ瞬く間に引き寄せられていった。


「千方火……っ?」


 打刀『無銘刀』を構えていたハナには、カノジョが伸ばした手は掴んでやれなかった。

 ただ。それはハナへ縋るようにではなく、意志を託すかのように手を伸ばしていたのだと……そう見えたのは気のせいだろうか。

 直後、無数の手が這い出す虚ろ舟の深淵へ呑まれて。


「ーーーー

 ーーーー!」

「っ……!」


 “ソレ”は、千方火と同じだけの速さでハナへと飛び出した。


 ーー 弾殺(Parry) ーー 3連もの刺線が連続したのに合わせ、風来姫は巨大な何かが振るった攻撃をいなした。


 頭、だっただろうか、

 腕、だっただろうか、

 尾、だっただろうか。

 浮島の外まで押し飛ばされそうになったのを、刀を地に食らいつかせて踏み留まった。

 魔の大海に見上げられた地獄の只中、ソレは虚ろに鎌首をもたげた。


「ドラゴン……っていうより龍……?」

「ーーーー

 ーーーー」


 ソレは、長いカラダに翼と手足を有した生物だった。


「……ううん、単純にバケモノね」


 敢えて名を当てはめるのなら『龍』が近いが、そのカタチのみには収まりきらない悪夢の異形だった。

 “龍”の長いカラダは爬虫類の鱗ではなく深海生物の趣に満ち、ちょうどタツノオトシゴを思わせる硬い節に分かれていた。

 “龍”の翼は黒く明滅する翼膜こそ張られているが、飛行器官としての形を成していない。どちらかといえば水掻きや背ビレ……あるいは後光だった。

 “龍”の手足は関節の構造が獣とは逆であり、すなわち人間が四つ足に這った窮屈さに満ちていた。

 そして全て、肉体を構成しているのは無数の“手”だったのだ。

 千方火の手が接がれあってカラダとなり、

 千方火の手が伸ばされあって翼となり、

 千方火の手が絡み合って手足となっていたのだ。


「ーーーー

 ーーーー……」

「なに見てんのよ。そこが顔ならだけど」


 ハナの背丈ほども大きな頭部だけは、がんじがらめになった長すぎる白髪で編まれていて。

 その顔面にあたるはずの場所はまた、差し伸べる動きに揺れる千方火の手で塞がれていた。


「あたしさ……死にゲーのボスとやり合う時、どうしてそいつと闘わないといけないのかとか考えないの。何がどうしてそうなったのって姿のバケモノがだいたい問答無用で襲ってくるし、考えるだけ死闘のムダだからね」

「ーーーー

 ーーーー…………」


 ハナは正眼の型で即応に構え、異形との軸合わせに足を運んだ。……対して強烈な3連撃でハナを突き落とそうとしたはずの異形もまた、距離感を崩さずに巨体を引きずった。


「それは今もなんだけど。残念ね」


 ハナは。かの『敵』が距離感や位置取りを判断できる手合いだと読み取ったのもあり、ソレを『異形』の獣と吐き捨てるわけにはいかなかった。


「あんたに、ちょっとは愛着湧いてたんだけどね!!」

「ーーーー

 ーーーー!!」


 ーー 【堕浮冥人(だふくろうど)】 一目(ひとめ)の千方火 ーー


 彼の者を構成する手が鬼火を紡ぎ、壊れかけたウィンドウを現したのだ。

 ハナがフロントステップで距離を大きく詰めた瞬間、千方火が先に攻勢へ出た。

 胸を反らしたかと思うと、サマーソルトよろしく宙へ翻ったのである。

 巨体の鈍さをまったく感じさせない軽やかさ。

 鞭として振るわれた尾もまた、風切る一閃をハナへ見舞った。


(速い……!)


 ハナは先んじて襲ってきた風圧に惑わされず、尾を捉える絶好のパリィタイミングへと刀を回した。

 1本の尾から、4本もの刺線がハナを貫いた。


(まっ、た……!?)


 尾が激突する寸前、目視で“一撃”のタイミングを測っていたハナは意識を切り替えた。


 ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー “一撃”であるはずの薙ぎ上げが、“連撃”じみてハナへ連続パリィを強いた。


 目前に連なった火花以上に、尾を引いた鬼火たちに眼差しを眇めた。


「っく!」


 ハナは戦場の縁までまたも押し出されてしまった。


「ーーーー

 ーーーー」


 対して千方火は地に付いた手で勢いを捌き、またも身軽すぎる着地を見せた。


「ビックリさせてくれるんだけど……!」


 いちいち、見る者をハッとさせる洗練さだ。獣じみた予備動作から、いざ動いた時には狩人がごとく冴えている。

 その機動を実現させていたのは、カノジョを構築する無数の手だった。

 1本1本がカラダの動きに合わせて蠢き、束ねられた力が巨体の軽業をアシストしていたのだ。

 また、ソレらは敵へ向けられる力でもあった。

 ハナへ一撃の連撃を打ち込んだ尾には、鬼火を宿した手刀たちが細かに起き上がっていたのだ。


「まるでノコギリね」


 手という尾棘のノコギリ。その刃がよくよくしなりながら押し付けられたことで、尾の一撃は“一撃”ではなくなっていたのだった。


「ーーーー

 ーーーー!」


 千方火は這いつくばるとともにハナへ飛びかかってきた。

 尾のみならず両腕でも手刀を作り、左、右、と2連突き。


「仕掛けが分かれば……っ、ぅ!」


 ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー


 やはりその両腕でも無数の手が起き上がり、鬼火纏いのノコギリとして2連突きを6連突きへ変えた。

 左、左、左、右、右、右、とハナは30フレームほどの刹那で全ていなしきった。

 が、息もロクに吐けずに固唾を呑んだ。


(多段攻撃か……! パリィとは相性が悪い、っていうか難易度爆上がりなんだけど!)


 そう、千方火が振るっていたのは『多段攻撃』だ。

 手刀の仕掛けに気づく前は単に高速の『連撃』かと思ったが、この2つは勝つための考え方からして違うのだ……。

 【虚ろ舟】

 『空穂うつほ』とも呼ばれる椀型の舟。日本各地の民族伝承に現れ、『異国の舟』あるいは『神の乗り物』として考察されている。

 蓋をされた椀はよく浮かぶ。まるで星空を翔ぶように深淵からでも浮かび上がり、常世の波濤を掻き分けて現世へ至る。

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