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3-11「獄中」

「これって」


 出口として乗り越えたモノは、大きな黒い葛籠。

 しかし、そこは天守閣ではなかった。

 赤い空があった。

 黒い地があった。

 そして赤黒い海が。


「……ホントに悪夢の中だったんだけど」

「……ここは……そなたたちが地獄と呼ぶ場所……」


 そこは。無数の浮島が点在する、果てしなき死の大海原だった。


 ーー 扶桑地獄 ーー


 ハナと千方火がいたのは広場と呼べるくらいには面積のある浮島で、天守閣と同じ大小葛籠の祭壇が地面から不自然に生えていたのだった。


「地獄ぅ? ……わ」

 

 そう言われてよくよく見てみれば。

 赤い空は、あの扶桑城をはじめとした現世が逆さまに映し出された鏡だった。

 黒い地は、ジパング砂金が黒ずんだ塊だった。

 そして赤黒い海は、ひしめきあった魔物たちだった。


「全部、生きてるの?」


 特にハナを覗き込ませたのは魔物の海だった。

 浮島の高さからすれば奈落の向こうながら、耳をすませば波音がごとく呻きが聞こえる。

 怨嗟か、慟哭か、怒号か、全てがぶつかり合って混沌と化している。

 1つ1つの姿をつぶさに見ることもできない飽和状態で、強大な影も矮小な影も等しく軋んでいく。

 そのもがきがうねりとなり、止まりようがなく他へも波及していく。

 針山や火口めいた地形もあるにはあるものの、そこも埋めつくされてしまっていて安息は無かった。

 そんな大海が、水平線の先まで延々と続いていたのだ。

 唯一の救いを見出だすとしたら、方々で天より垂れ下がってきていた輝きの糸だろうか。


「あの糸みたいなのは……妖気?」


 ソレは逆さまの現世(うつしよ)を投影した鏡の天から、ほつれるように伸びてきていた妖気の糸だった。

 この赤黒い世界においては、妖気の不気味な輝きとて美しく際立つモノだった。

 だから、そう。海をなす魔物たちは妖気の糸へ群がり、よじ登っていたのだ。

 払い除け合い、蹴落とし合いながら。

 そのせいでほとんどの魔物は遅々として昇れずにいたが、それでも悪運を掴みきった者から最上へと至っていた。

 そして天の鏡へ触れれば、なんとその向こうへ消えていったのだった。


「ちょっと、アレってヤバいんじゃないの。あの空の景色……たぶん向こう側が現世ってことでしょ」

「……地獄の釜から溢れた魔が満ちる……然れど今の我では……あの『糸柱(しちゅう)』を断ち切ることも……この地獄へ送られた者を正しき輪廻へ還すことも……できず……」

「だからあ、そういう思わせ振りなポエムばっかやめてほしいんだけど。……あ、流れ星……って違うわ、アレも魔物だわ」


 天の鏡の向こうへ魔物が消えていく一方。天の鏡の向こうから妖気が叩き出されたかと思うと、魔物へ変わりながら落ちていった。

 それらの流星はあえなく魔の海に呑み込まれ、大いなる澱みの一部と化していった。

 ただ、彼らが落ちていった軌跡には妖気とは異なる輝きが……霊気の輝きが残っていた。

 魔物の落下を見届けると消えゆこうとしたのだが、急に1ヶ所へ吸い寄せられていく。

 すなわちハナの脇にあった小さな葛籠へ吸い込まれた。

 そのたびに、蓋の向こうで黄金色の輝きがちらついたのだった。


「……やめやめ、こういう世界観考察は村鞘とかの分野」


 ジパング砂金という通貨について、何か知るべきではない考察が閃きかけたが。ハナは葛籠を見つめるのをやめた。

 握り込んだ打刀の鍔をキンと爪弾き、白刃に薄目を開けさせた。


「あたしに分かるのは、ここがボスフィールドってことぐらい」


 そう。ハナと千方火がいた広場は、端々こそ崩れながらも円形に拓けていた。

 2人のそばには黒い柱が一対聳えており、それは大きな鳥居が朽ちた様だった。

 石畳が参道として中央を縦断し、最奥の被造物へ続いていた。


「それに……」


 “ソレ”は、

 注連縄を巻かれた巨大な要石のようで……、

 あるいは『岩戸』と呼ばれる岩窟の祠のようで……、

 きっとそのどちらでもある、蓋をされた御椀型の舟だった。

 鎧袖や町並みに見られるようなからくりとは似て非なり、近未来的にシャープな造り。

 風化して岩石質となっていてもなお、どこも欠けているような様子も無く鎮座していた。


「……あの中に、何かヤバいものがいるってことぐらいかな」


 舟を真正面に見据えた直後から、

 御札で妄執的に修繕された扉の向こうから、今まで見たことの無い巨大な刺線刀刃がハナを貫いていた。


「……あれなるは……我が虚ろ舟(うつろぶね)……」


 虚ろ舟。千方火が示した指先からあの表意文字たちが放たれ、海蛇でも泳ぐかのようなカギの形となって扉へ注ぎ込まれた。


「……稀人……ハナ……どうか……我が解放を……」


 扉から。陽光色の霊力とも宵闇色の妖力とも異なる、深淵色の力が莫大に漏れ出た。

 直後、その封はゆっくりと開かれていった。


「……あれなるは……我が真体……」


 封の奥から……、

 手が這い出した。

 褐色肌の女の手……、

 千方火と同じ手が。


「……狂える我の……命へ至る一撃を……どうか……」


 扉の縁を掴み、手は自ずから封を押し開けていくのだ。


「……ズルいこと言ってくれるんだけど」


 ゆえにハナは、抜刀を以て千方火の祈りに応えた。

 刀は、ひとたび抜いたからには斬るか斬られるまで納められない。

 そう識っていてもなお、手の正体を見る前から刃を抜き払っていた。

 開かれゆく深淵に鐘の音を聞いたからだ。

 あの八尺堂で聞いた、名状し難き響きを。

 意識よりも深く、本能よりも強く、己という存在のずっとずっと奥底を掴まれる……根源的な『目覚め』を。

 封を開けゆく手が増えていった。

 手、手、手、手。

 手、手、手、手、手、手、手、手。

 手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、

 手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、

 手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、

 手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手……、

 ついに、封は全て開かれた。


「ーーーー

 ーーーー」


 微睡む眼差しがごとく。無数の手の奥に、無数の鬼火が灯った。


  続く



 ーー 地獄 ーー

 ーー 死者の魂が絶え間無い責め苦を受け、いずれ魔物に堕ちるのだと現世の人々に恐れられている世界 ーー

 ーー 魂が輪廻転生を迎えなければ、死者たちはいずれ互いの概念ごと溶け合った存在となってしまう。赤き海がいつまでも澱んだままなのは地獄の管理者たちのせいか、それとも死者を産み落とし続けた生者たちのせいか ーー

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