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3-10「じあくほうと」

「ねえちょっと、葛籠が2つ…………ううん、やっぱいいんだけど」


 1階下のご隠居へ声を飛ばそうとしたがやめた。上って来られてまた与太話でも始まったら面倒だったからだ。

 それよりも。異常なまでの魔除けに満たされている部屋なのに、その中心点である葛籠には一切の封がされていないのが目に付いた。


(両方開ければいいじゃん)


 だからハナは、両方の葛籠を同時に開けたのだ。

 次の瞬間、小さな葛籠から黄金色の光が迸った。


「わっっ……あー、あ?」


 その眩しさにはビックリしたが、ハナは葛籠の中から現れたモノへはさして驚かなかった。

 葛籠の中にあったのはジパング砂金だった。

 どうやって蓋されていたのか分からないほどに、溢れんばかりに。

 というか実際、ソレらは葛籠の中から湧き出ていたのだ。

 文字通り山ほど積み上がっていきながら。葛籠が埋もれてしまってもなお天井近くまで、ジャンジャンバリバリと放出されていった。


(なあんだ、Zi(ジパング)じゃない。他の連中のお目当てはコレね)


 しかしハナは金に興味が無かった。


(せっかくだから貰っておくけどさ。あたし、こんなの探しに来たんじゃないんだけど)


 ザックザクの大砂金と小砂金が乱舞しながらハナの中へ。地下牢でほぼ全額巻き上げられた有り金の何十倍はあるだろうか。

 メダル落としゲームのジャックポットよろしく、金目当てで来ていた者だったら狂喜の沙汰だったに違いない……、

 が、ハナの興味は既に大きな葛籠へと向いていた。


「……空っぽ」


 そう、何にも出てこなかったし何にも入っていなかった大きな葛籠へ。

 ……顔を突っ込んで覗き込んでみても、ものの見事に空っぽだった。


「ちーかーたーびー?」

「…………」


 身を戻した傍らに手付き千方火が現れた。


「で、この天守閣がなにって? 人妻化け狐とお金の湧く葛籠しかないんだけど」


 その2つだけでも十分にカオスだが、ハナの目当てはそんなモノではないのだ。


「あんたが言ってた『真の姿』っていうのは? ソレを解放したら、まだ誰も闘ったことない強敵に会えるとも言ったよね?」


 未知の強敵を。まだ見ぬ強敵を。

 城の警備隊を全滅させたぐらいでは、ハナの死闘欲は満ち足りるものか。


「ひょっとしてこの葛籠を押すと隠し部屋とか……いやビクとも動かないんだけど…………って、わっと?」


 ようやく小さな葛籠からのジパングが湧き尽くしたところで、大小ともに蓋が勝手に閉まった。祭壇から動かそうとしていたハナは不可視の力に弾かれた。


「……籠女(かごめ)、籠女……」


 そして歌声が囁かれた。


「……千方火……が、歌?」

「……籠の中の鬼は……」


 千方火が大きな葛籠の上に移動し、子守唄でも微睡むように歌いだしたのだ。

 カノジョが手を舞い踊らせば、虚空に呪文めいた表意文字たちが現れて法陣を編み出した。


「いつ、いつ、出やる……」


 ハナには1文字も読めなかったが、『()(カッコ)』や『(イコール)』らしき記号が振り分けられている様にはおそらく文法が存在していた。


「……夜明けの番人……」

(歌っていうよりコレは……詠唱?)


 そう、まるでプログラミングコードのような呪文を唄っていたのだ。


「……狂う咎女(とがめ)が統べた……」


 そしてカノジョが紡いでいったのは、東西南北そして中央を結ぶ法陣だった。

 ソレは紙に描くような二次元的なものではなく、宙に描いたことによって三次元的な視座を有していた。

 すなわち詠唱とともに、上下対称の形で立体化されていったのだ。


「……浮き世の鏡面が有れ」


 完成したのは、天地を結ぶがごとき“双刃刀”の形代だった。

 カノジョはその柄たる中心を握り、黒の大きな葛籠へ突き下ろした。

 瞬間、もがくように暴れた蓋の隙間から大量の御札が吐き出された。

 ソレらはのたうち回る蛆虫がごとく床上で暴れ、やがて力無く消え失せていった。


「……通りませ……通りませ……」


 法陣の双刃刀も消え、生気に溢れて舞っていた千方火の手もまたダラリと揺れた。

 そうして残ったのは、蓋が半開きになった大きな葛籠である。

 ……ハナは蓋を蹴り開けた。

 大きな葛籠の中に、漆黒の闇を湛えた下り階段が現れていた。


「階段……っ? ウソ、下はさっきの茶室のはずでしょ? 何も見えないんだけど」


 いくら覗き込んでも有るのは深淵のみ。

 ……逆に何かから覗き込まれているような不安すら覚える。


「……いいわ。行かない手は無いわよね」


 ここはどこへの細道か、いや階段か。

 天へ近づく最上階にも上ってきてなお、今さら下らせる“底”には何があるのか。

 井戸へでも飛び込むように、ハナは葛籠の縁を乗り越えた。

 底無しにも見える闇への恐怖を確かに感じていた……しかし、その恐怖を自覚しているからこそ沸き立つ鼓動もあったのだ。


「……我が……(しるべ)となろう……」

「ありがと。提灯代わりね」


 用が済んだら消えるはずの千方火が、階段を照らしながら先導しはじめた。

 ハナは闇の奥底へ下りはじめた……。


  ◯ ◯ ◯ ◯


 葛籠の深さをとうに超えても、床下へ到達するはずほど潜っても。さも当たり前のように闇と階段は続いていった。

 千方火が照らし出した範囲以外に階段は見えなくなってしまうため、さながら光射さない深海を沈んでいくような錯覚に陥った。

 ハナは1度振り返って上方を見てみた……、

 葛籠の形にだけ切り分けられた天守閣の天井が、すでに彼方の光点となっていた。


「……振り返れば……迷おうぞ……」

「えっ?」


 千方火の声に視線を引き戻されたのと同時、ハナは足下に奇妙さを感じた。

 下り階段を下りているのに……、

 下りていたのに……、

 下り階段を“上って”いた。


「えっ、わっ、あれっ? あたし、階段を下りてたはずなのになんで……上ってるの?」

「……あの大うつけが……四鬼事変の折に我が真体より欠片を掠め取り……扶桑城を要としてこの道を繋げさせた……」

「あんたはあんたで何ワケ分かんないこと言ってんのよ」


 足下の階段を照らし続けている千方火のマイペースさに呆れ、ハナは行く手を見上げた。


「あ。出口?」


 するとどうだろう、入り口のモノとは明らかに別種の光点が灯っていた。

 というのも、そこから射し込んでくる光は見たことの無い赤黒さに満ちていたのだ。


「……悪い夢でも見てるみたい。あんたの思わせ振りな独り言もそろそろ最後にしてほしいんだけど」


 ついにハナと千方火は下り階段を上りきって……あるいは上り階段を下りきって、赤黒い光明の向こうへ踏み出した……。

 ーー 『じあくほうと』(祭具) ーー

 ーー ジパング砂金が湧き出る大小一対の葛籠。大きな黒い葛籠は『輪廻』を司り、小さな白い葛籠は『転生』を司る ーー

 ーー 小さな葛籠は、異なる者が開けるたびに莫大なZiが湧く。さらには蓬莱 莢心が管理者になってからというもの、彼が稀人たちより集めた罰金が全て食われるようになった。怨嗟の声を溜め込むがごとく。 ーー

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