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3-8「前門の蜘蛛、後門の漁夫」

 実際、ハナが駆け抜けていった後には何もかもが沈黙した。

 せいぜい聞こえるのは失神した警備隊の息遣いや、ハナが次々と踏んでいったトラップの残響だけだ。

 見つかる前に警備隊へ手刀を抉り込む為なら、脳筋ハナは真っ向からでもトラップへ踏み込んでいったのだ。

 例えば浮き上がった床板を踏みつければ、状態異常色の輝きが発せられた……、


 ーー 麻痺(Paralysis) 無効 ーー

 ーー 石化(Petrifaction) 無効 ーー

 ーー 凍結(Freeze) 無効ーー


 が、ハナはどれにも苛まれることなく突破した。


(今回もお願いね、『魂源の篭手』)


 ーー 『魂源の篭手』(腕装備) ーー

 ーー 『発狂』以外の状態異常を無効化する。ただし装備防御力が極めて低下する ーー


 八尺堂でも散々役立ってくれたドレスグローブ風篭手が燐光を纏っていた。

 例えば壁の装飾に埋め込まれた感知器の前を通れば、逆側の射出口から毒矢が連射された……、


(死にゲーで見飽きてるんだけど、そういうの!)


 ーー 受動技(Passive Skill) ーー

 ーー 『回避性能向上』 ーー

 ーー 回避距離 増加 ーー

 ーー 回避後硬直 減少ーー


 が、ハナは連続ステップで回避した。

 アクティブスキルを全捨てし、極振りさせたパッシブスキルの1つが役立っていた。

 例えば天井から張られた糸たちの合間を突っ切れば、床が開いて針の落とし穴が現れた……、


(それは普通に死ぬんだけど!)


 が、ハナは普通に大ジャンプ。

 床が開いたのと1フレーム単位で同時に跳べた為、落とし穴の対岸へギリギリ転がり込んだ。


「稀人か!?」

(っと!)


 軟着陸から起き上がる一瞬のもたつきから、ハナへ振り向いた武士が即座の兜割りを放ってきた。

 ハナは振り下ろされた白刃を見上げ……、


(白刃取り……!)


 両手を振り上げ……、


(ってできるかァ!)

「おお……ッ!?」


 刀に勢いが乗りきった刹那、ハナは武士の手首や肘へ手刀を打ち込んだ。

 すると不思議、武士の手は呆けたように刀を手放してしまった。


(無刀取り……!)

「ぶゅっっ」


 そのまま腕を捻って組み伏せるとともに、こめかみをチョップして失神させた。


(ありがとうお母さん、人体の急所って不思議ね)


 ハナは、人体のどこを突けばどう無力化できるのか心得ていた。


(ありがとうお父さん、無刀取り覚えてよかったわ)


 無刀取り。刃を持つ事だけが剣術に非ず、時には刃無くして機先を制する極意である。


(よっし、この階は全滅なんだけど。次いくわよー)

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 死屍累々……いや誰一人として殺してはいないので、さしずめ失神累々。

 SRPGで敵を端から順に全滅させていった時のような満足感とともに、ハナはやっと見つけた階段から2階へ上がっていった。

 ……それはたった1枚の窓からさえ漏れ出ない騒乱だった。

 天頂の月も傾げはじめた時頃、ますます賑わう城下の狂乱に近くて遠い。

 嵐のようで、凪のよう。

 情けに満ち、容赦無い。

 2階……、

 3階……、

 4階……、

 5階……、

 城内の警備隊が1人また1人と見えなくなっていくのを、城外の屋根を警備する忍者たちは誰も気がつかなかった。


(ここ上がったら天守閣ね……!)


 そうしてハナは、城外へ張り出た回廊へ滑り込んだ。

 今はもうしゃがみ走りではなく、姿勢を上げてがむしゃらに走っていた。

 というのも……、


(ああもう! あいつらァ!)

「いけいけいけぇ!」「剣豪ちゃんに続けぇ!」「よー分からんがラッキー!」「見張りは全員倒してくれたし!」「なんで不殺縛りなんだろ?」「縛りプレイがお好きなんだろ!」


 ハナの後方には、他の稀人たちがわんさか付いてきていたからだ。


(大方どっかに隠れたまま身動き取れなくなってたくせに! やることがセコいんだけど!)


 他のプレイヤーが敵と戦っている間にフィールドを駆け抜けるのはMMOあるあるだが、どいつもこいつもハナが敵を全滅させるまで湧いてこないものだからセコい。

 しかもここまで上がってきたからには、便乗どころかハナを追い抜こうとしている金魚の糞まで見受けられる。だからがむしゃらに走っているのだった。

 ただ。天守閣目前の見晴台に差し掛かった時、行く手を塞ぐ形で躍り出た影があった。


「「「ゲラゲラゲラ……」」」


 ソレらは、蜘蛛脚が生えた茶釜のからくりだった。


「ナニアレ」


 ハナが踵で急ブレーキをかけたよりも早く、漁夫の利ヤロウどもも立ち止まった。

 何だアレはと思えども、蜘蛛脚が生えた茶釜である。

 他に形容しようがない人間大のからくりである。

 その珍妙さに比べたら、茶釜からドデカい導火線が生えているのなんて些末な事……、


「「「チャッガ」」」

「ん!?」


 いや。火花散らして着火された瞬間、ソレこそが彼らの本質だと気づいた。


「爆弾ッッ……!?」

「「「「「「げっ、笑蜘蛛(げらぐも)だーーーー!」」」」」」

「「「ゲ、ラ、ゲ、ラ、ゲ、ラ」」」


 中の何かが煮立っている様子で蓋を暴れさせながら、笑蜘蛛なる3体は三方からにじり寄ってきた。


 ーー 【ムシ】 笑蜘蛛 ーー


「嬢ちゃん! 最後の正念場だよ!」「ソッコーで撃破するんだ!」「1体でも爆発したら即死ですぅ!」「ヤツらは俺たちを通さなけりゃ勝ちなんだからな……!」「噂のフェイタルヒットを見せてくれ!」


 と好き勝手に言いながら、ハナの後方から1歩も動かなくなってしまった寄生ヤロウどもである。


「…………わかった! みんな、あたしの後ろから離れないでほしいんだけど!」


 ハナが刀の柄と鞘を握り込めば、有象無象どもは密度を増してハナの背後に寄り集まった。


「「「ゲッラッラッラッラッラ」」」

「ッ……しっ……!」


 あと1歩踏み込めば斬りかかれる圏内へ笑蜘蛛たちが迫った刹那、ハナは抜刀していた。

 その手の中から刀は飛んでいった。


「「「「「「へ?」」」」」」


 十把一絡げどもは点になった目で刀の行方を追ったが、

 なにもハナは刀がすっぽ抜けてしまったのではなかった。

 わざと、意図的に、狙って投擲したのである。

 見晴台の端、浮き上がっていた床板へと。

 刀がスコンッと突き立った床板は……トラップの起動スイッチは押された。

 次の瞬間、見晴台は斜め45度にガコンッと傾いた。


「「「「「「あ?」」」」」」

「「「ゲ」」」


 お人好しどもも笑蜘蛛たちも、その場に留まっていられたのは一瞬だけ。


「「「「「「へあーーーーーーーーッッ!?」」」」」」

「「「ララララララララ」」」


 みんな、見晴台から空へと滑り落ちていった。

 一瞬遅れて状況を理解した様子だったが、何か恨み言を叫ぼうとしていたが全て遅かった。

 ついに釜の中へ火花が至り……釜の中から輝きが縮退し……、笑蜘蛛たちは大爆発したのだから。

 閃光、轟音、爆風。


「…………ベー。なんだけど」


 チョイとつまんだ市女笠で凌ぎながら、ハナは斜め45度の坂道に立っていたのだった。


 ーー 『初堂の深沓』(脚装備) ーー

 ーー 地形効果(鈍足、滑落など)を無効化する。ただし罠による負傷が極めて増加する ーー

 ーー また、しゃがみ状態で足音が消える ーー


 ハイカラなおクツの踵をカンと鳴らしてみせた。


「悪いわね。あたしに付いてきたあんたらが悪い」


 爆風の晴れていった空。からくりの残骸たちが流れ星となって地へ落ちていき、対してからくりではない霊気たちが天へ昇っていった……。


(さてと、最後まで油断せずにいきましょ)


 人間が耐えられる坂道の角度はせいぜい20度なのだという。改めて『初堂の深沓』を気に入りながら、打刀を床から引っこ抜いたハナは斜め見晴台を駆け抜けていった。

 ーー 【ムシ】 笑蜘蛛 ーー

 ーー 今は『救国の才女』と呼ばれし弾御前はずみごぜんこと札沼さっしょう 久藻きゅうもの手になる、自走自爆からくり ーー

 ーー 茶釜型の腹に詰まっているのは火薬に非ず。時として花火より鮮やかに弾け、からくりにすぎないはずの彼らに笑みをこぼれさせる何かだ ーー

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