3-7「(不)鏖」
(…………待って。そういえばこのゲーム、魔物じゃない相手だと……)
「うおおおおおおおお!」「らああああああああ!」
やにわに。廊下の物陰に潜んでいた盗賊風のプレイヤーが2人、小刀を手に警備隊へ斬りかかった。
「ぐわっ!?」「うう……!?」
ーー 奇襲(Stab) ーー 標的にされた武士2人が背中を刺されると、プレイヤーがデスした時と同じように霊気へ散ってしまった。
「む!?」「曲者ぉ!」「貴様ら!!」「御用だ御用だ!」「出会え出会えぇぇい!」
「ちょっ、完璧な不意打ちだったじゃん!?」「なんで気づかれるのよクソゲー!」
(いや、うおおとか言いながら不意打ちするからなんだけど)
やはり視覚だけではなく聴覚でも侵入者を警戒しているらしい。警備隊の増援がわらわらと駆けつけてきて、盗賊2人の突破口を阻んでしまった。
「御免!」「外道め!」「神妙にいたせい!」「捕縛符!」「捕縛符!」
「「ぎゃああああ!!」」
警備隊は数の暴力で以てメッタ斬り&メッタ刺し。そうして2人が倒れると、霊気へ散りゆく前に御札が貼り付けられた。
するとどうだろう。御札は縄状の輝きに変じて2人の霊気を縛り、姿を留めさせたまま拘束した。
「いやだああああ!」「もう罰金も払えないよクソゲーーーー!」
そうして彼らはどこかへ……おそらく地下牢へ転送されてしまったのだった。
「ふん……」「ひどい稀人じゃ」「おーい! 2人やられてしもうた!」「あいわかった!」「参る!」
警備隊が元の巡回へ戻っていけば、どこからともなくやって来た武士たちが人員の穴を埋めた。
「……ねえ千方火、バカみたいなこと訊くけど。魔物じゃない普通のNPCって斬っていいの?」
「……応であり否……」
ハナの耳元に手付き千方火が現れた。
「……稀人が振るう力には強い霊気が込められている……。魔を殺せば妖気を祓い滅するが、妖気無き人を殺せばむしろ霊気を満たし回生させるのみ……」
「つまり?」
「……そなたたちほど即座にではなくとも、いずれ元の姿で死に戻りを果たす……」
「えぇ……優しい世界なんだか命が軽い世界なんだか」
システム的にいえば『リポップ(再出現)』するということか。
「……殺害には違いない故、その罪と罰は負うことになるものの……稀人の旅路に正道無し……。そなたが信ずる道が為、存分に……生かし、殺し、与え、奪うといい……」
「……ズルいこと言ってくれるんだけど」
是非も無い。ハナが城内への扉を握り込めば、手付き千方火は消えていった。
が。落とし物でもするように、1枚のウィンドウを残していったのだ。
「う、ん?」
その内容を読んだハナは、刃がごとく鋭くなっていた眼光をきょとんと瞬かせた。
……そして、面頬の下でクスと笑った。
(……ホントにズルいんだけど!)
刹那、ハナは物置から城内へ突入した。
背を向けていた手近な警備隊めがけて、しゃがみ走りで廊下を疾走。
しかしてその機動には、警備隊を振り向かせる足音は一切無かった。
(『初堂の深沓』……!)
ーー 『初堂の深沓』(脚装備) ーー
ーー 地形効果(鈍足、滑落など)を無効化する。ただし罠による負傷が極めて増加する ーー
ーー また、しゃがみ状態で足音が消える ーー
ふしだら尼僧シャクシャクから手に入れた深沓による消音パッシブスキルだった。
2人の武士のすぐ背後へ至れば、腰の打刀がほくそ笑むように揺れた。
(悪いけど)
ハナは、風切り音さえも殺す冴えで手を翻した。
「ゅっ……」
そして1人目の武士は、悲鳴にもならない息だけをこぼしてくずおれた。
……霊気に散ること無く、ただ失神して倒れた。
刀傷1つすら無く。
ーー 『手刀』(素手) ーー
(悪いけど、仕事してるだけのNPCは斬れないでしょ)
ハナは腰の打刀を抜かず、自らの手刀だけで武士の首を打ったのだから。
「っ……!? 何奴、ゅっ……」
仲間の異変に気づいた武士が振り向く前に、鳩尾へ手刀を抉り込んでまたも失神させた。
(『不殺』。こんなシステムもあるなんて粋なんだけど)
ハナは手付き千方火が見せたあのウィンドウを思い返した。
ーー 『不殺(Take Down)』 ーー
ーー 『素手』に分類される武器を用いれば、相手を殺害せず無力化できる ーー
ーー 魔物以外と相対する際に罪を軽くしたり、獣を手懐ける(Tame)のには役立つかもしれない ーー
ーー しかし素手ではただ殺すより難しい。それだけの揺らがぬ情けと、容赦無く急所を突く技前が必要ぞ ーー
あのTIPSが無ければ、ハナはおそらく刀で峰打ちでも試して撲殺していたかもしれない。
(NPCを殺害できるタイプの死にゲーだと、イベントフラグ折ってでも殺した方が楽に攻略できたりするんだよね。あたしはやらないけど)
いわゆるラグドール状態にぐんにゃりしてしまった武士2人を踏み越え、ハナは前へ。
(不殺だとその場に倒れるだけで消滅しないか……ってことは)
「んん……!? おいどうしたっ、何があったぶぎぅゅ」
1人の忍者が倒れた2人に気づいたが、その瞬間にはハナに丹田を突かれて失神した。
(殺害して死体を消すより証拠隠滅は難しい、と。……隠してる暇も無いし、一気に行くしかないわね!)
仲間の異変にも気づくAIとは手強い。倒れた者にも接触判定があることからして物陰へ引きずるぐらいはできそうだが、今のハナには突き進む以外の最適解は無かった。
そう、トラップがあっても。
泥で満たされた鈍足床が行く手に広がっていたのを確認すると……、回り道なんかせずそのまま踏み込んだ。
ーー 鈍足(Slow) 無効 ーー
が、ハナのしゃがみ走りはちっとも鈍らなかった。
他でもない、『初堂の深沓』が地形効果を無効化させていたからだ。
(やっぱりイイじゃない、このクツ!)
そもそもトラップの無い回り道だって当然見抜いていたのだが、ハナは鈍足床をわざわざ踏み越えたのだ。
無効化されると確信していたからでもあるが。それ以上に、直進しなければ間に合わない事があったからだ。
だってトラップを迂回していたら、その先にいた忍者の視界に先手を取られてしまうではないか。
「なん……ゅゅっ」
毒矢の発射音に忍者が振り向いた瞬間には、ハナの手刀が顎をアッパーカット。その衝撃から脳震盪を与えて倒した。
(トラップも警備も、中途半端に避けてくだけじゃ運ゲーになるだけ……それなら……)
這い寄る無音の風来姫は、次に黙らせるべき背中へ駆けていくのだ。
(それなら、見つかる前に全員倒せばいいじゃない)
全員倒せば、見つかるもなにも無いではないか。
上階へのステルスルートではなく……警備隊を端から順に全滅させていくルートをこそ、ハナはノンストップに思い描いていくのだった。
ーー 『不殺(Take Down)』 ーー
ーー しかし素手ではただ殺すより難しい。それだけの揺らがぬ情けと、容赦無く急所を突く技前が必要ぞ ーー
ーー これを重ねることで得られる装備や出会いもある。何かを得る為に殺すも殺さずも同じなら、真に情けというものはありうるのだろうか ーー




