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-1-3「ハナの初陣」


  ◯ ◯ ◯ ◯


 永らく続いた戦乱が、天下に平和をもたらすことはついになかった。

 群雄割拠のつわものどもは夢破れ、古戦場の風に囁く怨嗟ほどにしか名残も無い。

 戦禍の時代からようやく歩を進めつつあった世には、地獄の釜から溢れた魔が満ちている。

 ここは日芙にふ。光の大神が創りだしたもう1つの天秤。

 そなたは稀人。異界より訪れし、今はまだ誰にも視えない揺らぎ。

 天を目指して魔を祓う者となるか。

 地に在りて世を識る者となるか。

 人に寄り添いてえにしを築く者となるか。

 どうかそのうつろいが、いつか、そなただけの運命さだめとならんことを。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「ん……」


 白い闇が目の前から霧散していくと、ハナは日差しに目をすがめた。

 そこは切り立った岩山の頂上だった。

 崖の向こうに、パッケージで見たような和風世界が広がっていた。


「おおー。さすがフルダイブMMOなんだけど」


 ハナがいる岩山も相当な高さだったが、摩天楼じみた城が間近にそびえている。ここはささやかな裏山にすぎなかった。

 大都市と呼んで差し支えないだろう城下町を中心として盆地が広がり、四方の彼方には四季折々の表情を見せた魔境が待ち受けていた。


 桜の大樹が捻れた樹海、

 珊瑚礁の武装要害だらけの海辺、

 竜巻と紅葉吹きすさぶ渓谷、

 氷山と活火山が折り重なる雪山、

 などなど。


(この城下町がマップの真ん中にあって、周りのフィールドを攻略してくって感じ? うわあどこまで続いてるんだろ、オープンワールド感スゴいんだけど……画面越しじゃなくて自分の目で見るとなおさら)


 ワクワクしていたハナは、そんな自分にはたと気づいて咳払いを1つ。

 と、頂上の一角に巨影が降り立った。


「は?」


 チラと見えたその存在感に、ハナは嫌な予感とともに振り返った。


「ベケケケケケ……」


 まさに降って湧いてきたソレは、僧兵風の大男だった。

 粗製の武器のクズで、人型が形作られた妖だ。


 ーー 【妖魔】 初陣狩り キドー ーー


 ソレが背中から抜刀する動きをとれば、己を構成する武器クズの一部を間引いて鎖鉄球が出来上がった。


「ちょっ、と、ちょっと……いきなりなんだけど?」


 反射的に刀へ手を添えて身構えたが、心臓が早鐘を打っている。鎖鉄球を頭上で回しはじめた大男は電子の産物ではあるが、この胸のざわめきは紛れもなく本物だ。

 ふと、ハナの傍らから手乗りサイズの鬼火が飛び出すと崖の先端へ移動した。


 ーー 初心者指南 逃げよ!! ーー


 注目させるように鬼火が回ったのと同時、ハナのそばにウィンドウが現れた。


(鬼火……ナビ機能? コレってチュートリアルか)


 よく見れば崖の下には滑りやすそうな斜面があって、城下町の目前まで続いているようだった。

 だからハナは白刃を現しかけていた刀を……、

 納めることなく一息に抜ききった。


「冗談! 試し斬りもせずに逃げるとか、死んだほうがマシなんだけど!」


 ーー 『無銘刀』(打刀) ーー


「ンケベベケケケケェ!」


 その意気や良しと言わんばかりに、キドーは鎖鉄球を振り抜いた。

 大上段からの叩き潰し。鎖の挙動が一定ではなくディレイ(引っかけ)がかかっていたが、見切るのは難しくなかった。


(右サイドステップ、からのバックステップ。連続攻撃に注意して、まずはガードでモーションを見る)


 しかし。

 動きだそうとした時、ハナの足下から胴にかけて刃の群れが刺さった。


(刺線……!?)


 それは実際の刃ではなく、ハナだけに認識できる刺線の刀刃だった。

 クズ鉄を寄せ集めた刀刃だった。

 痛くはないのに、それよりも鮮烈な怖気がハナの目を醒ました。


(……違う、前だ!!)


 サイドでもバックでもなく、ハナはキドーめがけて前へと跳んだ。

 次の瞬間、ハナが立っていた地面の中から武器クズの槍襖が突き上がった。

 ハナがもしも左右なり後ろへステップしていたら、槍衾の餌食となっていただろう。

 かくてハナはキドーの懐で刀を振り抜いていた……が、斜め後ろの死角からまたも刺線を感じた。

 フェイントにすぎなかったはずの鎖鉄球が豪快な追尾性能を見せ、地面スレスレから襲いかかってきていたのだ。


「ッッ……!」


 ハナは考えるより先に、無理やりにでも身をよじって刀を構え上げていた。

 直後の轟音は、凛と澄みきっていた。


「ンケイッッ……!?」


 キドーが無様にのけぞっていた。


 ーー 弾殺(Parry) ーー


 なぜならハナが翻した刀が、キドーの鎖鉄球を弾き殺したからだ。

 パリィ。

 コンマ1秒レベルの精確さで攻撃を“いなす”ことで発生する、ジャストガードとも呼ばれるテクニック。

 ただのガードであればいくらか貫通してしまうダメージを0に相殺できるうえ、相手を硬直させる……というのが多くのアクションゲームにおける仕様である。

 実際、ハナはノーダメージだったしキドーは隙を晒していた。

 そして呼応するように、風来姫の目は異様なモノを捉えていた。

 キドーの胸に、刺線刀刃が無数に突き刺さったのを見たのだ。

 それらは幾重もの交差となり、ただ1点に結ばれた花のようだった。


「しッッ!!」


 ハナが突き込んだ刀が、刺線の花を散らした。

 キドーの背の向こうまで貫いた刃を、渾身の力を以て振り抜いた。


「ベ……ケヤァァァァァァァァ……ッッ!!」


 ーー 致命(Fatal Hit) ーー


 するとどうだろう。その一撃にてキドーは膝を付き……大の字に倒れゆきながら、妖気へと散ったのだった。

 砂金型の通貨『ジパング』が大量に飛び散り、ハナの中へきらびやかに吸い込まれていった。

 ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー

 ーー 垂れ衣がすっかり擦りきれた市女笠。結び付けられた面頬は旅笠の一部としてはやや厳めしい ーー

 ーー 致し方なし。人間の天下を終わらせた最後の戦を前に、持ち出せる形見はこれだけだった ーー

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[一言] 隙の糸?
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