3-5「廻れ廻れ、下らば上れ」
(3線「下らば上れ、扶桑城」の1epごとの文字数調整に伴い、本日の更新は2本立てでお送りします)
(一部、前回更新で既に掲載させていただいた段落が今回更新分にズレ込んでいます。ご了承くださいませ)
「実は僕、まれおうを始めてまだ2日目の初心者なんだけど昨日は初めての友達ができてさ。っていってもフレンド登録はまだしてないんだけど、誰もできないようなスゴ技で僕を助けてくれた衆生族の女の子なんだ」
(えっちょっと待って、あたし勝手に友達にされてる)
というか、隙あらば自分語りを始めるのも何なのだ。
「その子に恩返ししたかったんだけど、カッコ悪い姿見せちゃったまま別れちゃって……。だから僕、もっと強くならなくちゃと思ってこの城に潜入したんだよ。『じあくほうと』さえ手に入れられたら、それを元手にして鎧袖をめいっぱい強化できるから。でも2階の階段の前で捕まっちゃった。たはは……惜しかったなあ」
「……その『じあくほうと』っていうのは、どういうものなんですか?」
「あれ? 知らないのに扶桑城を登ったの?」
「じゃなくてあたし、違う事でココに入れられたので。あなたの話してることがよく分かってないんです……ケド」
「なるほどね。じゃあさ、僕とパーティ組まないっ?」
(何が『じゃあ』でなんでそうなるのよ……!)
三角座りを解いた少年は、目をキラキラさせながら膝歩きしてきた。
「え、っと……はい? パーティって、どうしてですか?」
「一緒に挑戦した方がよく分かると思うよ! その時に説明してあげる! こうやって逢えたのも何かの縁っていうか運命じゃないかなって思うし、きみがフレンドになってくれたらあの子とも話しやすくな……」
「っっっっあの! そういうところだと思いますケドッッ!!」
「えええ!? 何が!?」
ハナこと看谷 英子17歳、大人しく大人らしくしているのも限界があった。
「初対面の相手に縁だとか運命だとか、そういうのちょっと重いんですケド! もっと相手との距離感を大事にして、少しずつお近づきになった方が良いと思いますッッ!」
「男女交際の話はしてないよ!?」
「あたしもしてないですケド!?」
「な、なんでそんな事言うのさあッ、わ、ッ……!?」
動揺したのだろう、立ち上がろうとした少年の足がもつれにもつれた。
「わああ!?」
「けお……!?」
蕗下族のちまっこい体躯に激突され、ハナはバランスを崩してしまった。
「あああ……!?」
(ッッッッ~~~~……!?)
ハナは恐怖した。あまりの恐怖に世界がスローに感じた。
不可抗力ではあったが、少年に押し倒されてしまったから。
そして感覚というのは実直なもので、こんな状況でも刺線能力は発揮されたのだ。
着地所を求めたのだろう少年の手からワチャワチャと、ハナのアレやコレやな箇所へ刺線刀刃が突き刺さって……、
プツンッ、と、ハナは自分の中で何かのリミッターが外れる音を聞いた。
「ぎいいいいやああああああああ!」
「あぅぶっっっっ」
ハナ、およそ女子高生らしからぬ悲鳴とともに少年を巴投げ。
そして少年が壁へ叩きつけられる前に、彼を注視することでプロフィールを引き出した。
とある項目を超高速で操作し、決定。
すなわち、『通報』を押したのだ。
[ 規約違反の疑いがある行為を確認しました ]
[ 監視システム判断内容:他のプレイヤーへの強制性的接触 ]
[ 対象のプレイヤーをゲームマスター事務局へ転送します ]
「えっ、えっ、ああああああ……!?」
千方火のソレとは違う無機質なシステムメッセージとともに、少年は壁に打ち付けられる前に霊気へ解けてしまったのだった。
「あたしの目が黒いうちは、ラッキースケベなんてさせないんだけど! …………けどぉ!!」
巴投げポーズのまま、ハナは霊気のカスをズビシと指差した。……涙目で。
「下手人たちよ! 存分に頭を冷やしたか!」
と、そんな時だった。地上への門扉が開かれ、位の高そうな奉行が降りてきたのは。
「城内への侵入、無銭飲食、商店からの窃盗、町人への不埒な所業など! 貴様らはこの世界に生きる人間としてあるまじき行為を犯した!」
全ての房を見渡せる位置に立ちはだかった奉行は、稀人たちを厳しく睥睨しながら説いていった。が、慣れた様子の一部プレイヤーは彼に合わせて暗誦なんかしていた。
「しかし、稀人が日芙の魔を祓う希望であるのも事実。そこで莢心様の御温情により、罰金刑で以てその方らを釈放するものとする!」
すると、ハナも含めた獄中人たちの目前にウィンドウが現れた。
そこにはゲーム内通貨Ziによる金額と『承諾』・『拒否』の選択肢があった。
ーー 罪状 『扶桑城主 蓬莱 莢心への無礼千万』 ーー
……ただしハナの場合、他の罪人たちへの罰金額とは文字通り桁が違っていたが。
「は、払う払う。こんな所早く出して」
罪状は憎たらしすぎたが、ハナは所持金のほぼ全額を占める罰金をすぐさま支払ったのだった。
◯ ◯ ◯ ◯
地下牢から釈放されたハナは、扶桑城の外堀に掛けられた橋の下にいた。
ゲーム内時間もすっかり進んでしまって、もう夜中。高く昇った細月を天守閣が戴いていた。
「あんたが挨拶の1つでもしてくれたら、あの殿様も怖がらなかったんじゃない? ひどい目に遭ったんだけど」
「……彼の城の底を目指したもう……」
「あんたはそれしか言えんのか」
城の裏手の方面であり、こちらからは城下町ではなく扶桑平原へだけ続いている。それゆえに人通りは極端に少なく、橋下の陰に潜んでいれば手付き千方火を呼び出しても大丈夫そうだった。
「少なくとも地下には行ったでしょ。ただでさえフワッとしたお導きでここに来たんだから、手掛かりくらい貰ってもバチは当たらないと思うんだけど」
ハナは千方火の手を肘で小突いた。
「……ん? あんたさ……」
「……………………」
千方火は城主の御前で見せていたのと同じように、上方へ手を上げていた。
「どこ指差してんの?」
それが縋るように弱々しい指差しだとハナは気づいたのだ。
そういえば八尺堂でも、カノジョは扶桑城がある方角を指差していたではないか。
あの時は春隠の地から南を示していただけのように見えたが、今はほとんど真上へ指先が向いていた。
つまり、間近に聳える扶桑城の最上階……天守閣へ。
「天守閣? 城の底を目指せって言っといて意味分かんないんだけど」
しかしよくよく考えてみれば。千方火は『城の底』とは言ったが、それを字面通りの『地下』と解釈したのはハナだ。
『底』というのが、単に地理的な事を指すモノでないとしたら。
千方火が最初から、“上”をこそ指差していたのだとしたら……。
「……意味分かんないから、面白いんだけど」
ハナは、遠目からでも鉄壁の守りたる城を見上げたのだ。
「オッケイ! あんな言いがかりで牢屋に入れられたんだもん、もう礼儀を尽くす必要は無いよね」
そうして念じれば、面頬付きの市女笠が相貌を秘した。
ーー 装備変更 ーー
ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー
ーー 『町人の小袖』→『千人針の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『町人の股引』→『千人針の膝甲』(下衣装備) ーー
ーー 無し→『魂源の篭手』(腕装備) ーー
ーー 『二束三文草履』→『ういどうの深沓』(脚装備) ーー
町娘から、風来姫へ早着替え。
ハナは橋の下から上へ躍り出ると、城郭内へ駆け込んでいったのだった。
【アバター型フルダイブゲームの倫理観】
特にアバターを用いるフルダイブゲームでは、匿名性ある仮想世界という観点から倫理観が緩みがちである。よってプレイヤー間の交流における過度な『性的』・『暴力的』・『宗教的』などのアクションには厳しい監視プログラムが設定されている。
“プレイヤー間の交流における”というのが肝であり、ゲームのコンテンツとして提供される事柄に関してはこの限りではない。フルダイブゲームが主流になってからというもの、ゲーム倫理を扱う審査機構はより必死に仕事をするようになった。




