3-4「牢と何かと……」
「俺は蓬莱 莢心、この扶桑城の主だ。お主の名は」
「ハナと申します。この度は城主様へお目通り叶いまして誠に光栄でございます」
蓙の上に正座したハナは、三つ指を添えて恭しく頭を下げた。
(お母さんに礼儀作法仕込まれた甲斐があったけど。あと、お婆ちゃんと散々見た時代劇)
「ハナか。そんなに畏まらなくてもよいぞ、今の日芙にとっては殿様なんぞより稀人こそが尊いからな。お互い腹を割って話そうではないか」
「あ、そう? じゃあお言葉に甘えて、ありがとう莢心様」
ハナは遠慮無く立ち上がり、莢心と目線を合わせた。
「ここに来れば知恵を授けてくれるって聞いたんだけど。ボス……じゃなくて強敵の居場所とかを教えてくれるってこと?」
「おう、把握してる限りで良ければな。土地柄からこの扶桑城には四鬼境の風説が集まってくるのだ。お主が稀人としてどう活きていきたいかに合わせ、今だけ遭遇できる魔境や稀少素材などを教えてやろう」
(インフォメーション役なんだ。公式サイトとかを見るんじゃなく、あくまでもこの世界観の中で情報を仕入れられるってわけね)
公式サイト上でもゲリライベントや天候などの予報があった気がするが、没入感をより深める為に彼のようなNPCが存在するのだろう。
「それに、日芙へ喚ばれたもののワケも分からぬまま魔と戦い続けているのではないか? 知りたいのなら逢魔時によって変わってしまった世界の歴史や、お主たちがこの扶桑国へこそ最初に降り立つ縁起を聞かせて進ぜ……」
「あ、そういうのはべつに。戦いには関係無いから興味も無いけど」
場内に配された衛士たちが眉をひそめていたが、莢心は肩を揺らして笑った。
「フハハハ。よいよい、世の事々に縛られぬのもまた稀人の強さよ。して何が知りたい」
(せっかくだからボスの情報を一通り聞きたいとこだけど、当初の目的を忘れちゃいけないわよね)
ハナは頷きとともに死闘欲を呑み込んで、莢心へ切り出す。
「この城に『底』って呼べるような場所はある? あるなら入らせてほしいんだけど」
「……“底”? 何ゆえそのようなことを申す」
莢心は覗き込むように怪訝そうだった。
「このヒトが行きたがってるから」
なのでハナは、傍らに千方火を呼び出した。
「……………………」
褐色の手が生えたカノジョを。
ウィンドウとしてではなく肉声で喋られるようになったはずなのだが、ただただ黙しながら手を上げていた。
「……………………」
そして一方、莢心も言葉を失っていた。
むべなるかな。衛士たちも開いた口が塞がらない様子で、この未確認浮遊物体へ武器を構えるべきかどうか迷っていたから。
それくらいの反応はハナも想定内だったので、とくに慌てることもなく千方火を指差した。
「あたしもよく分かってないんだけど、春隠の地の八尺堂ってところで変な封印を解いたらこうなったんだけど。で、このヒトが言うには扶桑城の底に真の姿とかなんとかがあるって言うんだけど。何か知ってたら教えてくれない?」
「…………もの」
「はい? ナニものって?」
「このうつけものがぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!」
「けお!?」
ハナにとって想定外だったのは、莢心が急にブチギレたことである。
鬼も真っ青になるだろうほどに憤怒の形相を赤くさせた彼は、太刀の柄を握り込んだ。
「かような化け物じみた千方火を連れておるとは、魔に魅入られた稀人に違いあるまい! 者共、こやつを地下牢へ引っ立てよ!!」
「え、ちょ、ちょっと? やる? やるの?」
怒号一下、衛士たちの刃に取り囲まれたハナもまた打刀の白刃を覗かせた……が、
「……まあいいけど」
こちらも抜いてしまえば全員殺さないといけなくなるため、いろんな意味で中止。抵抗せずに両手を上げる町娘だった。
◯ ◯ ◯ ◯
「入っておれ!」
「はいはあい……」
衛士から刺股で押され、ハナは鉄格子の向こう側へ入った。
鉄扉が乱暴に閉じられると、湿っぽい土壁にやかましく響いた。
(フツーに投獄されちゃったか。城の『底』っていうから地下牢で正解かと思ったんだけど)
ここは城郭の隅、長い通路の両側に10を超える数の房が並んだ地下牢だった。
(千方火もいつの間にか消えちゃってるし、特殊イベントじゃなかったみたいね。……じゃああんなにブチギレなくてもよくない? あのバカ殿様)
壁松明の頼りない灯り越しに他の房を見やれば、他にも投獄者たちがいるようだった。
NPCではない。こぞって盗賊か忍者めいた軽装のプレイヤーたちが悔しそうにしていた。
「くそ~」「もうちょいで天守閣だったのによぉ」「ワイらの財宝が!」「あそこに忍者とか無理ゲーよ」「28番のDマップじゃなかったの?」「ちゃんとトセさんとこのマップ使ったんだろうな」
(天守閣。財宝。泥棒にでも入ったのかな。っていうことはこの城……思ってる以上に探索できる場所は多い?)
ハナは考えを巡らせようとした……が、傍らの暗がりが蠢いた。
「や……やあ、はじめまして。アハハ」
「っ?」
同じ房の中にもう1人いたのだ。隅も隅っこで膝を抱えていたので気づけなかった。
ドワーフかコロポックルめいた蕗下族、からくり師の少年だった。
「きみも天守閣の『じあくほうと』を取れなかったんだね? こう言うのもなんだけどきみって運が良いよ、ちょうどもうすぐお奉行さんが来る時間だからすぐ出られると思う……。それまで、よ、よろしくね」
(何この人、分かった風にベラベラと……………………あっ。八尺堂の沼にいた、なんかよく分かんない人?)
訊いてもいないおしゃべりに1歩引いていたハナだったが、物凄くかかってから自ずと思い出した。……なので改めてもう1歩引いた。
「あんたね……前はハッキリ言わなかったけど、正直……」
「へ? 前はって、僕たち会ったことあったっけ?」
「え?」
まったく無垢な様子で少年が首を傾げた。
(そういえば『はじめまして』って。まさか恰好が違うから気づいてない?)
彼とはこれで3度目のエンカウントだが、面頬付き市女笠を被った風来姫は目元しか貌を見せていなかったわけで。
対して今は。装甲小袖から打って変わった町娘の装いで、被りっぱなしの市女笠も初期装備として選択できるコモンな一品なれば。
「こほん……ごめんなさい、違う人と間違えてしまいました。はじめまして、よろしくお願いします…………ケド」
「そっかあ。いいよいいよ気にしないで」
(それにしたって分かりそうなものだけど。どこに目ぇ付いてるんだか)
ハナはマフラーのように絡みついてくる刺線をガマンした。この少年、誰にでもこんな感じなのだろうか。
ーー 扶桑城地下牢 ーー
ーー 扶桑国の市中において悪行を働いた稀人が収監される場所 ーー
ーー 四鬼境の辺境の村であろうと、悪行が明るみに出た瞬間から扶桑城の同心が稀人を追跡し始める。蜘蛛のように周到で、鋼の心と体を持つ無限の『同心円』たちだ ーー




