3-3「城主 莢心」
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ーー ようこそ 稀人 ーー
目を開けると、ログイン完了を示すウィンドウとともに千方火がいた。
「……彼の城の底を目指したもう……」
褐色肌の女の手が生えていることだし、昨晩の続きからで間違いなさそうだった。
「はいはいわかってる。よーっしガンガン進めるんだけど」
ログアウト中は壁にもたれて眠っていた体の風来姫、英子改めハナは面頬付きの市女笠を整えながらすっくと立ち上がった。
ーー 春隠の地 ーー
ーー 八尺堂 ーー
ここは扶桑国の東の大地、春めく樹海の深部。猛毒沼の汚濁に沈みかけた廃寺の本堂だ。
中央の奥にはご本尊らしき四鬼の像があり、首無し女の隠し像も現れたままだった。
ただ、その目前には多数の参拝客が集っていた。
「ホントだぁ」「1体増えてる」「じっくり見たことねぇからピンとこねぇな」「じゃあなんで来たんです」「エクスターでトレンド乗ってたから」「右に同じくでござる」「昨日の地震が関係してるのかね」
人口密度マシマシに、プレイヤーたちが隠し像のスクリーンショットを撮り合っていたのだ。
「……げ」
ハナは嫌な予感がした。
「「「「「「「ん?」」」」」」」
さもありなん。トレンドに敏感だからこそここに来たのだろう彼らは、ハナの存在に気づくと一様に見つめてきた。
好奇心を象った刀刃が頭上に視え、ハナを無数に貫いた。
『刺線』……他者からの意識が視えるハナの超感覚。
貫かれても痛みこそ無いが、ソレがどういう性質のものかまで否応なしに感じとってしまう。
「あっ!」「ウシャナ殺しの人!?」「『魂源の篭手』だぁ!」「って、その脚装備もなぁに!?」「ね、ね、フェイタルヒット見せてくれませんか!」「もう同盟入っちゃった?」「ハウジングとかするクチ~?」
刀刃を辿るように、ミーハーなプレイヤーたちはハナを包囲してしまった。
(もう! またなんだけど鬱陶しい!)
普通は倒しきれない隠しボスを倒してしまったとかで、ハナは時の人になってしまっているらしい。折り悪く壁を背にしていたので逃げる間も無かった。
MMOなのだから他人との交流を唾棄すべくもないが。人がいる先々でこんなツチノコめいた扱いをされるのでは、ソロ専でなくとも鬱陶しい……。
「……転移門!」
「「「「「「「て!?」」」」」」」
ーー 転移門 扶桑城下町 ーー
ハナが後ろ手に『地図』ウィンドウを操作すれば、現れた手付き千方火がグルグル回ってゲートに変じた。
野次馬たちが千方火の手に面食らっているうちに、ハナはゲートへ飛び込むことで包囲網を脱したのだった。
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ーー 扶桑城下町 ーー
(おちおちプレイできないんだけど。ああいう物好きな連中に追われるのはなんとかしないと)
ガンガン進めるどころか。はじまりの都たる扶桑城下の門前に転移してすぐ、ハナは近場の茂みへダイブした。
(なんとかって、どうやって?)
1プレイヤーの努力でどうにかできる事なのだろうか。
(迷惑してるあたしがなんでこんなに悩まないといけないのよ。アホくさいんだけど)
ーー 装備変更 ーー
ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー
ーー 『千人針の小袖』→『町人の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『千人針の膝甲』→『町人の股引』(下衣装備) ーー
ーー 『魂源の篭手』→無し(腕装備) ーー
ーー 『ういどうの深沓』→『二束三文草履』(脚装備) ーー
とりあえずハナにできることといえば、風来姫から町娘プリセットへと着替えて茂みを出ることだった。
「今日はどこ行く?」「あ、ごめーんまだ日課終わってない」「昨日の突発イベント、竜巻の中からタコさめが降ってきてさあ」「あいつらマジでバラエティ豊かよな」「え、1本うどんて知らん?」「え、あれリアルにあるやつなの?」
門前の大橋からして相変わらずの往来の多さだったが、誰もハナを気に留めていない様子だった。その証拠に、偶さか目が合った時ぐらいしか刺線が伸びてこない。
(目指すは扶桑城の『底』とやらね。そもそもあの城の中に入れるのか、からだけど)
ハナは往来の一部となって城下町の奥へ歩きだした。
ハナと同じく『町人モード』適用中の者は少なくないようだ。頭上を凝視してもネームが見えないという、街中限定のオプションがあちこちで適用されている。
また、わざわざ町人風のオシャレ装備に着替えているらしい者も相当数見受けられる。ハナの着物なんかまだ地味な方だ。
プレイヤーネームやRPG的使命を脇に置いておしゃべりや食べ歩きにただ興じられる、メタバースな遊び場としても街は機能しているらしかった。
だからこそ。市場や広場といった活気の場所で、大声を上げているガチ勢の目立つこと目立つこと。
「ウシャナ殺しの侍について!」「なんでもいいので情報求めます!」「えー昨日は春隠の地にいたと思われー」「昨晩の地震にも関与してるとかしてないとか!」「報酬金も出すよお」
(……こんな街中でも探してるとか引くんだけど。お願いだから、手当たり次第にプロフィール参照とかしてこないでよね)
コマンドとしてプロフィールを調べられれば、町人モードであってもネームやIDが提示されるらしいのだ。匿名性と防犯性のバランスを考えれば妥当な仕様だろう。
とはいえ数えきれないほどのプレイヤーたちがオシャレして行き交う中、ドンピシャに見破られる可能性なんか心配しても仕方ない。
風来姫としての人相を隠してくれていた市女笠と面頬に感謝しつつ、ハナは進み続けた。
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扶桑城の大手門前へ到着。
門扉の左右を守っていた衛士2人が、交わした槍でハナの行く手を阻んだ。
「稀人どのか。はじめて見る顔だな」
「今の刻限ならばお館様はお会いになってくださるぞ」
ハナは首を傾げた。
「……? お館様?」
「なんだ? 蓬莱家ご当主、莢心様へお目通りに参ったのであろう」
「この国の中心たる扶桑城の総代として、魔を祓うのに役立つお知恵を授けてくださるぞ」
「よく分からないけど、いちばんエラい人に会わせてくれるのね? じゃあお願い」
槍が解かれた先には順路として石畳が続いていて、城郭内へ踏み出しても迷いはしなかった。
白石が敷き詰められた庭園の渡り廊下を行く。
目に付いたのは警備に当たっている人員の多さだ。
本丸を見上げれば格子窓の向こうに裃姿の武士が巡回しており、持ち場ごとに最低でも2人組以上で死角を減らしている。
縦横無尽に連なった瓦屋根の上には忍者が堂々と立っていて、もしも曲者がいたら避けて通れないだろう要所を守っている。
ハナが歩いていく城郭とて、順路から外れてしまえば塀が何重にも巡らされた迷路になっているようだった。
刀、槍、大太刀、忍者刀、風魔手裏剣、鎖鎌。ハナの視界の端々で得物がちらついていたし、目に見える数以上に刺線刀刃に貫かれていた。
ようやっと刺線が気にならなくなったのは、本丸から張り出した御殿に着いてからだった。
白石に蓙が敷かれ、御殿に上がった先の広間を見上げる席となっていた。
「よく参った、稀人」
広間に座していたのは、一片の曲がりも無く背筋を伸ばした老齢の殿様だった。
かつては偉丈夫だったに違いない。老いに手足から痩せながらも体はまだまだ筋肉質で、佩いた太刀が埋もれてすら見える。
灰色を基調にした綸子の着物をシックに着こなし、現代でいうところのロマンスグレーな髪と口髭がよく似合っている渋い御仁だった。
ーー 扶桑城 ーー
ーー 全長約4,000Kmにわたる扶桑国の中央、この地の霊脈の要に位置する城 ーー
ーー 四鬼事変の後、城下を含めて急速にからくり化が進んでいった。それは城主が終末の中より見出だしたという天啓を、救国の才女が形にした賜物だ ーー




