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3-2「四鬼事変」

『四鬼はいわば扶桑国の守り神だ。

 地獄から溢れた魔を抑える為に遣わされて、各地の城から結界を張ったり稀人へ霊力を与えてたんだ。

 東の春隠はるがくれの地には、隠鬼。

 南の水夏すいかの地には、水鬼。

 西の風秋ふうしゅうの地には、風鬼。

 北の冬金とがねの地には、金鬼。

 1人1人がNPCとしてちゃんと存在してて、当時のキーキャラクターだったからいろんなイベントクエストやレイドに登場してたんだよな。

 『終末版』って呼ばれる旧バージョンのまれおうには、鎧袖が無かった代わりに『分霊』システムがあってさ。要するに死にゲーでいうところの『百霊』だな、NPCを相棒にして戦えたんだが……四鬼城の主だけが契約できた四鬼たちは凄まじく強かったらしい。

 その時の俺は右も左も分からない初心者だったから、風の噂で聞いただけだけどな』

『ボスじゃなくて友好NPCかあ。だけど、後になってよく分からない理由で襲ってくるかもよね。死にゲーあるある』

『きみがフレーバーテキストとか読まないからよく分からないんだと思うが……。それに期待してるところ悪いが、そもそも四鬼はもうこの世界にいないぞ』

『いない? 守り神なんでしょ?』


 村鞘は『うん』と頷くメンダコマンのスタンプを送ってきた。英子は少しイラッとした。


『正確に言えば、NPCとしては退場したって言うべきか』


 英子が『で?』とスゴい目で見つめるカエルのスタンプを返す前に、村鞘はまた吹き出しを連続させる。


『自分たちを人柱にして、扶桑国を滅ぼしかけた魔の大群を祓ったんだ。

 ちょうどその時のまれおうは、新バージョンへの移行が決まっていた過渡期だった。

 世界観的に、全員が強い霊力を持つ稀人は日芙の地に存在してるだけで魔を祓ってる。討伐に限らずクラフトとかギャザリング(素材収集)をしてるだけでも、世界を侵そうとする魔の妖力を退けてるんだ。

 ただ、旧バージョンのまれおうは高難易度すぎて過疎る一方だった。

 稀人が減ったことで世界の霊力は薄くなり、逆に野放しになった魔物の妖力が濃くなっていったんだ。四鬼たちが祓いきれないぐらいにな。

 メタな話、過疎で世界が終了(サービス終了)しかけたから起死回生を余儀なくされたわけだよ。

 運営はそんな状況を作中世界にも落とし込んで、新バージョン移行直前には実際に扶桑国が終わりかけた。

 強化個体かつ無限湧きになった魔物たちが、本来は結界に阻まれて侵入できないはずの町中にすらなだれ込んできたんだな』


 1枚のスクリーンショットが添付されてきた。

 そこに映るはあの扶桑城下だった。

 ただし、からくり過多な街並みではなく素朴な木造と石造りばかり。扶桑城も階層数からして少ないささやかなもので。

 紫がかった妖気の空の下、大小の魔による蹂躙へ稀人たちが抗う様が捉えられていた。

 そこには、足軽風の凡百装備ながら大太刀とともに奮う青年武者イチの姿もあった。


『うわ。おちおち宿屋にも行けないんだけど、こんなの』

『ああ、じっさい宿屋は使用不可だったしアイテムを補充しに行くのも命懸けだった。

 皮肉な事に、旧バージョンの中では稀人たちがいちばん団結してた瞬間だったよ。新バージョンになったら装備もスキルもリセットされるって分かってたのに。

 そしていよいよ旧バージョン最終日。人柱になった四鬼たちの霊力が扶桑国中に満ちて、魔の勢いはひとまずリセットされたんだ』


 またも添付されてきたモノはムービークリップだった。

 魔に覆い尽くされてしまった町を眼下に、扶桑城天守の屋根に登った稀人たちが動画を撮り合っていた。

 中でもイチが記録していたのは、四方の四鬼境の彼方である。

 莫大な霊力の柱が天地に吼えた。

 その輝きたちが、妖気の空や魔物たちを祓いながら扶桑国全域に広がっていった。

 そしてついに扶桑城とイチたちをも包み込むと、世界はホワイトアウトしたのだ。


 ーー 回生まで あと71時間:59分:52秒…… ーー


 そんなメッセージを表した千方火が画面中央に滲み出たところで、録画は終えられていた。


『この時の事は、『四鬼事変』って呼ばれてるんだ』


 見計らったように送られてきた一言には、古参プレイヤーの得意気が含まれているような気がした。


『というわけで通称『終末版』を乗り越えて、『回生版』になった世界からは四鬼が消え去ってたわけだな』


 三度目の添付ファイルは、4枚の画像を1枚に編集したもの。

 それぞれに四季のモチーフを感じさせる天守閣の中、儀式的な法陣を敷いた座が一段高く据えられていた。

 さながら御神体の輪郭がごとく、人型の霊気の影が焼きついた座だった。


『『終末版』の演出も今じゃ語り草になってて、四鬼たちに会いたいって声も多いんだがな。

 千方火が語るアイテムやエリアのフレーバーテキストを読み取る限り、彼らは土地そのものの概念になってしまったらしい。

 例えば俺たちがいた隠鬼城は桜の大樹の中にあっただろ。アレこそ隠鬼の力の先触れで、城や町を結界で護ってるってわけだ』

『ふうん。土地そのもの、か』


 今度は、英子の方がファイル添付の操作をするのだ。


『ねえ。その四鬼ってさ、5人目とかいたりする?』

『5人目? なんだそれ、四鬼って言ってるのににににろろろろ』


 村鞘の語尾がおかしくなってしまったのは、差し込まれた添付ファイルを確認したからだろう。

 ソレは、フルダイブデバイスに自動保存されていた視覚情報から切り抜いた2枚の画像である。

 あの八尺堂の廃寺、本堂に祀られていた4体の鬼の像を見上げたのが1枚目。

 東側には、忍者風の幼女の鬼。

 南側には、踊り子風の青年の鬼。

 西側には、戦場漁り風の少年の鬼。

 北側には、巫覡風の少女の鬼。

 そして2枚目では、4体の中心に首無し女の隠し像が増えていた。

 英子が謎のクエストで暴いた『封印』である。

 その結果として、千方火から謎の女の手が生えた様もバッチリ写っていた。


『八尺堂か? 5体目の像だって? ていうか千方火から手が生えてるぞ!? バグか!?』

「わぅ」

「ん? やばっ、そろそろ帰らないと朝ごはん遅れちゃう。道場の雑巾がけは勘弁なんだけど」


 忠犬エルケーニヒ2世をわしゃわしゃと撫でてやって、英子はベンチから立ち上がった。


『オッケー、あんたも知らないならべつにいいけど。また明日、学校でね』

『看谷! きみはまた何をしでかしたんだ!?』


 レスもそこそこに、家路を急ぐ英子だった。

 【終末版】

 稀人逢魔伝の旧バージョンを指す俗称。当時は鎧袖システムが無く高難易度すぎたため、プレイヤー数減少という意味でも終末が起こりかけた。

 新バージョン『回生版』への過渡期には『必死版』という俗称だった。『必死にならざるをえないクソゲー』・『必ず死ぬマゾゲー』といった古参プレイヤーからの愛憎入り交じる揶揄だったが、当時に幻想を抱く新規プレイヤーが増えたにつれて字面の良い『終末版』と呼ばれるようになった。

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