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19-16「献花」

「「…………!!」」


 ハナの手の中で大太刀は重くなかった。打刀と比べて“重心”を強く感じる握り心地が絶妙だった。

 どんな稀人でも自在に扱えるように、それこそ全ての武器は体感型ゲームデバイスじみているのだろう。

 ただ、己の職業(ジョブ)のモノではない得物は“武器”として機能するのか?

 ハナは知らなかった。

 そしてたぶん、イチは知っていた。


「「    」」


 だからというわけでもないだろうけども、視線が交わされた。

 大きくてまっすぐな“カギ”の大刀型刺線が、『信頼』を2連撃(ダブルアタック)していた。

 だから。


「「チッッッッ……!!」」


 活かしたい(殺したい)相手の武器を。2人は同時に、元の持ち主めがけて畳を滑らせた。

 さらには己自身も地を蹴った。

 相手を目指すとともに、我が刃を受け取ったのだ。

 はたして、


「「しッッッッ!!」」


 その牙を、投げつけた。

 おそらくイチも、ハナの体幹が整うまでの一瞬でも不意打ったのだろう。

 けれどもやはり、結果的には完全に同時。

 ただし、そこから先はほんの少しだけ違った。


「ん……!!」


 ハナは。鉢金の額へ飛んできた大太刀を、睫毛(まつげ)に暴風吹き抜けるほどの超至近距離でフロントステップ回避。


「ッッら……!!」


 ーー 弾殺(Parry) ーー


 対してイチは。胸元へ飛んできた打刀を、左拳のフックでパリィ。

 そして2人は“ほぼ”同時に、『素手』vs『素手』が届き合う圏内に踏み込んでいた。


「「ハァァァァッ!!」」


 ハナは手刀を、

 イチは拳を、

 相手の横っ面を目指し、交わした。

 クロスカウンターだ。


(狩られる……!)


 ……ただし、ハナのほうが2フレームだけ不利だった。

 その(ゆえ)は、体格差にあった。

 腕の長さ、踏み込む脚の幅、筋肉の剛柔。

 青年()少女()の……ハダカの今こそシンプルに響くリーチの差だった。


(さすが男子の剛拳……!)


 互いにリアルに等しいヒューマン風(衆生族)アバターを宿して。様々な有利不利を補って対等に殴り合ってきたのに、ここぞとばかりに致命的。

 まったく同時に放ったクロスカウンターは……あと数フレーム先のほぼ同時に、イチがハナをぶん殴ってみせるだろう。

 ハナが今さら超集中してみせようが己の腕は止まらないし、伸びもしない……、


(でもね)


 だが、


(最後の最後、そこが男子のバカなとこ)


 止まらなくても、

 動かし続けることなら、

 伸びなくても、

 曲げることならできる。


(バーーカ)


「あお……!?」


 ハナは。己の腕を伸ばしきる前にイチの二の腕を引っ掴み、それを鉄棒代わりに跳ねていた。


(こういう時、投げられた刀をパリィ“しない”のがあたしよ)


 投げられた打刀を“踏み込み”の一環でパリィしたイチに対して。ハナは、投げられた大太刀を“助走”の一環でステップ回避していた。


(柔らかく。弾んで、活かす)


 “人体護身術”で、イチの腕の力を1フレーム抜いておくのも忘れていなかった。

 全ては、因縁を返す為に。

 ハナたちが育ててしまった、死せる狼を……“一”から“零”へ進める為に。


(あんたの刺線は、こんな時でもまっすぐすぎるのよ)


 跳ねたハナは、イチの頭上を越えて背後へ回っていた。

 殺されるほどの『好意』に刺し穿たれてなお、捻りを加えて翻弄していた。

 右の打刀と左の手刀を、面頬が如く交わして溜めながら。


「……!?」


 振り向こうとしたイチは、しかし脱力した腕に引かれてまた1フレーム程度の遅れを取っていた。

 合計2フレームの差は、これで殺した。


「ーーーー!!」


 それでも。イチの拳は、相討ち上等とばかりにストレートパンチを振り抜いていた。

 だから。


 ーー『《九九(見えず、聞けず、)(言えず)》』

 ーー(あの6本指が、あいつの剣を絶技に高める)


(殺したいなら。まず活かす)


 ハナは。眼前で溜め込んだ両手を、放つのではなく胸元へ抱いた。

 地獄の釜の底の仏像阿修羅が、絶技一閃の構えをごく窮屈に抱いたように。

 それに……、


 ーー「……『札沼流 柔剣投げ』」

 ーー「ぎゃっ……!」


 この果たし合いの最初、ハナを1度死なせた投げ技を自ら再現するように。

 しつこい女の怨み(怨み骨髄)

 (のろ)いあれ、(まじな)いあれ。


(あたし流、柔“拳”投げ)


 柔術の『浮落(うきおとし)』より半回転強烈なセルフ投げ落としが、ハナの落下を瞬間超加速させた……、


「ふッぬぁ……!?」


 イチの剛拳をすり抜けさせた。


(『踏鳴』)


 それでいて。溜め込んだ力を、“着地”そのものの『踏鳴』で倍化させていた。

 弾きたいならまず避けろ。

 抜きたいならまず溜めろ。

 刃は、殺す力が大きいほどに活きるのだ。


「御免ね」


 数多の(のろ)いを視て、己を先に進ませる(まじな)いへと研鑽してきた意志が……、

 今、積まれた怨嗟を超越した。


「がっっ、は…………」


 影が落ちるよりも迅く、イチの胸を刺し穿った手刀。

 発生、0フレーム。


「イチ」


 ……ハナは、力無く膝を付いたイチの体を受け止めた。


「ハ……ナ……」


 彼の首の後ろに霊気がほつれ、そして刺線の大花が咲いたのを視た。


「カッコ悪かったよ」


 彼が「ぉぁ……っ」と投げ出されるのにもかまわずに、スルリと背後へ回り込んだ……、


「史上最強に、ね」


 彼が弾き落とした打刀『臨華』をちゃっかりと蹴り上げて回収、

「成敗!!」


 介錯。己の腹をも詰めるわけにはいかなかった、不良勇者の首を斬ったのだった。


「……くっ…………はは…………」


 ーー 致命(Fatal Hit) ーー


 隠しパラメーター『意志力』の限界を見せるように、ダメージエフェクトが噴き出した……、


 ーー 決着 ーー

 ーー 勝者 大将ハナ ーー


「……イチ」


 が。その血煙じみた余韻へ、ハナは両腕を伸ばした。

 背を向けることも残心を納めることもなく、今度は背中から彼を抱き留めていた。

 自分で狂わせ、斬ったくせに。

 右手の打刀も握ったままに。

 ……曝した唇を、彼の耳元へ。


「あたしね。ヒトのシセンから心を視る力があるの」


 それは。ハナにもまた、溢れ出した意志だっただろうか。

 リアルよりも皆に見られてしまうこの世界で、抱き留めた彼にだけそっと囁いたのだ。


「…………は……?」

「…………ヒミツ」


 そして。今まででいちばんのアホ面を晒した彼を、ふと堪えきれなくなって下ろした。

 この決戦場へ花を献するように。

 散りかけ霊気の男を、そっと。


 ーー 同盟戦:『隠鬼城天覧試合』 ーー

 ーー 後段:天守戦  ーー

 ーー 終了 ーー


 ハナは改めて彼に背を向け……いや、次に見るべき方向を探した。

 西に『ゆきつきはな』の親友、

 東に『いちもんめ』の盟友、

 北に地獄天使と土地神、

 南に城下いっぱいのゲーム仲間。


(さて)


 さて。


(どこ見ようが、死ねるくらい恥ずかしいんだけど)


 今さらにお目目グルグルな少女は、どこから見ればまだ軽く死ねるだろうか。


「けおっ?」


 だが。

 その“イチ”バンの答えは、四方のどこでもなくド真ん中にあった。

 つまりは、後ろから手を引かれた。

 手を取られた。


「ハナ」


 散りかけ霊気の男……結界から霊気を回復させられながら無様に輝いていく彼に。

 人間。どれだけ視線を外そうとしたところで、不意に呼ばれて振り向かない者はいない。

 ましてや。握られた指に……自分のものとはまるで違う、滅多な事では貫かれないだろう“男の子の手”を見出だしたら。

 その熱を……、


「好きだ」


 『好き』の熱刺線を、見出だしたら。


「けゃに……」


 ハナは。この大バカ野郎の、大型犬っぽいアホ面を見下ろした。

 決戦の余韻の中、誰もが聞こえるほどハッキリと言ってみせた彼は……、


「………ハッ」


 当人からして真っ赤に仰天していて。


「バッッ……」


 ライブ中継にも、ネットにも、どうせ抵抗しても後でアーカイブ配信にも。

 この瞬間は、もはや消えようのないリアル。


「バカーーーーーーーーッッッッッッッッ!!」

「ばぎゃんッッッッッッッッ」

「「「「「「「おおおおおおおおーーーー!?」」」」」」」


 ハナは握られた手越しに、イチを背負い投げた。


 ーー 攻城成功 ーー


 やかましい。


 ーー 敵対行為 発生 ーー

 ーー 『イチ』へ果たし状を送信  ーー


 やかましい。

 これで規約違反プロトコルでも発動するなら是非そうしてほしかった。


 ーー 隠鬼城 城主同盟継承 ーー

 ーー 『ゆきつきはな』 ーー


 しかし。それでも。ハナこそが決めた悪企みの結果に、これからの歩みは向けられていたのだった……。 

 ーー 職業と武器 ーー

 ーー 稀人の職業は、彼らの写し身に霊気を安定させたる“役割”ぞ。その内でこそ武器は稀人と結びつき、折れたひのきの棒とて魔を討つに至らん ーー

 ーー 故、己の武器は同じ職でも他者に扱いきれぬ。手に職を付けるとは斯様なり ーー

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