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3-1「素振り100本、お散歩1時間」

 死にゲープレイヤーの看谷みるたに 英子えいこは、言うまでもなくインドア趣味である。

 ハマっているタイトルがある時は、自室でのゲーム三昧に休日を全投入することもしばしば。

 とはいえ、まるっきり引きこもりというワケではない。

 というか、幼少期から続けている生活リズムがそうさせてくれない。


「しッッ……」


 早朝。英子の1日は、庭での木刀素振りから始まる。

 しかも二刀流である。


「はッッ……」


 これといって技らしい動きでもなく、ただ虚空の1点を結ぶ為に順逆の袈裟斬りを交わす。

「ふッッ……」


 より疾く、より精確に。

 ただそれだけを極めていく。

 だからこそ、100刀目に迫る頃には暁光がごとく心身が冴えていく。


「やッッ……!」


 眠気はもちろんのこと、一切の雑念がかき消えていく。

 それは『己も刀も何も考えていない』慢心ではなく、『己と刀以外には何も無い』一心こそが満ちた境地だ。

 しかし。他の全てを削ぎ落としてなお、まだまだ甘い。

 ある剣豪によると、刀を振る『一心』だけが残っている時点で極意とは程遠いのだという。

 『一』の先にこそ、全てが有るのだと……。


「ッッふぅ! 今日の100本終わり、なんだけど」


 二刀なので合計200刀の素振りを終えて。英子は深呼吸とともに、汗散る額を手で拭った。

 やりきった後はいつも木刀を地面にブッ刺してやりたくなるのだが、けっきょく、腕がどれだけ下がりそうでも切っ先すら土を舐めさせない。

 鞘は無いのでショートパンツの腰辺りで納刀の構えだけ取りながら、散々斬ってきた虚空へ一礼を送った。


(あーあ、早く『稀人逢魔伝まれおう』にログインしたいんだけど。お父さんとの約束だからしょうがないけど)


 『看谷 悠斗はると』と彫りが薄くなった木刀をポーチに置くと、ガラス戸をスライドさせて家の中へ。

 まだ朝食の準備が始まってもいないリビングダイニングを横断して、キッチンへ入り込むと冷蔵庫からハーブティー入りのピッチャーをゲット。

 いつものように、洗面所の方からドライヤーや洗濯機の音が唄っていた。


「あれ? お母さーん、またハーブティーの調合変えたー?」

「わあ、よく気づきましたね。英子さんも悠斗さんもガチでお疲れみたいなので、リラックス効果をマジ盛りにしました」

「ふぁーあ……英子、最近なんか面白いゲームあるか?」

「それがさ、村鞘が誕プレで押しつけてきたフルダイブゲーが意外と良いカンジなんだけど」

「へ、へえ? あの村鞘、が、誕プレ……?」

「お父さん、反応がテンプレすぎるんだけど。ただのゲーム仲間なんだけど」


 コップになみなみと注ぎ、渇いた喉にハーブティーをイッキ。漬け込まれたブレンドハーブは味わいと呼ぶには今日もクセが強かったが、幼少期から飲まされているのでクセになっている自分もいる。


「ほら、ただのゲーム仲間ですって悠斗さん」

「いやその紹介文も逆にテンプレだろ」

「私たちだって中学の頃からのお付き合いですし、さりげ言いっこなしですよ」

「あ、あの時はまだ付き合ってない。まだ……!」

(……えーと、昨日は千方火が扶桑城に行けって言ったのよね。『真の姿』がどうのこうの。あの寺にあった4体の鬼の像が『四鬼』ってやつだとして、じゃあ隠されてた首無しの像は……)


 父母の無自覚なイチャイチャラジオから意識をスライドさせて、英子は『稀人逢魔伝』にログインした後の事へ思い馳せた。

 しかし、足元にすり寄ってきたフワフワの感触が雑念を中断させる。


「わふっ」


 期待感たっぷりに見上げてきていたのは、むちむちの食パン……いやコーギーである。


「……はいはい。お散歩行くけど」

「わうっ!」

「お父さん、エルのハーネスとリードもう乾いてるー?」

「ああ、玄関に置いてあるぞ。気をつけてな」

「いってらっしゃいませ。ちな、今日の朝ごはんは鯖のみりん焼きとにゅうめんのお味噌汁ですよ」

「良き~だけど」

「良き~ですね」


 趣味の時間はまだ遠い。二刀素振りの火照りもまだ冷めやらない内から、英子は愛犬の散歩に出かけるのだった。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「あらあエルちゃんて言うのお。ひょっとしてLサイズのエルとかあ?」

「はい、まあそんなところです」


 黒色マスクに、学校でも愛用しているパーカー。お出かけ時の英子はそんなダウナーな恰好がお決まりである。


「お散歩の邪魔してごめんなさいねえ」

「いえ、この子も嬉しそうですし。お気をつけて」

「わうわう!」


 エルをひとしきり可愛がったウォーキングマダムが、公園の遊歩道へ再出発していった。


「Lサイズのエルだって。もっと運動したほうがいいと思うけど」

「わうふ」

「……言ってるそばから休憩したそうね、エルケーニヒ(魔王)2世」 


 ベンチの前でエルが熱視線を送ってきたものだから、英子はむんずと上らせてやった。

 四肢を投げ出してリラックスしたカノジョに倣い、隣に腰かけた英子も脱力した。


(良い風。もう葉桜の頃かあ)


 全身で風流を感じ、日射しの中に溶け込む。桜並木で有名な公園には初夏の兆しが見えた。

 マスクを今だけは顎下へずらせば、露わになった口元と頬に薫風が心地よかった。

 英子は間違いなくインドア趣味なのだが。こうして外気に触れる習慣が根付いているからか、日光や草花の癒しも嫌いではない。娘の健やかさを願う父と健康志向の母にまんまと情操教育されていた。


(なんて、ボーッとしてられないっての。この時間を有効活用するけど)


 英子はスマホのメッセージアプリを起動した。


『おはよ。まれおうの事で質問あるんだけど』

『おはよう看谷。俺で良ければなんでも訊いてくれ』

(……村鞘って、あたしがいつメッセしても即レスなんだけど。暇人なのかな)


 赤い芍薬の花のアイコンと、一文字を表した鞘のアイコンが左右で吹き出しを突き合わせた。


 村鞘 市郎しろう。英子を『稀人逢魔伝』の世界へ招待した張本人、ゲーム仲間のクラスメイトだ。


『四鬼って何? 四鬼境とか四鬼の祈りとか、いろんなとこで名前出てくるけど』

『おお、看谷がゲーム内の世界観に興味持つなんて珍しいな』

『そういうワケでもないけど。ボス? 強い?』

『……質問に質問で返して悪いが、俺がリンク送ったまれおうの解説動画は観たか?』

『観てないけど。なんで?』

『いや、いいんだ。うん』


 ややあって、村鞘からの吹き出しが連続する……。

 【エルケーニヒ2世】

 看谷家で飼われているウェルシュ・コーギーの女の子。愛称エル。3歳。

 母方の祖母からお迎えしたエルケーニヒ1世が老衰で亡くなった時、英子は中学の皆勤賞を逃してでも喪に服した。

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