2-8「目覚めの鐘」
(いいわ。こうでなくっちゃ)
パリィの残響がのべつまくなし鳴り止まない中。面頬に秘めた口元が熱狂に引き締まり、眼差しが醒めていく。
(余計なことなんか何も考えられないくらい、あたしに死線を見せてよ)
五体を貫いてくる刺線が、冴えた光明のように感じられる。
かわして、攻めて、敵を倒せ。
その意志が一切の雑念を払った瞬間、風来姫はパリィと一繋ぎにハナ祟来無を屠っていた。
刺線の花が咲いた胸元を手刀で穿ち、そのまま抉り上げることで頭を引き千切っていた。
「コボュッ、ァ……」
「ああああ!? また子供達をッッ……ぎゃっ!?」
掲げた生首を取り戻さんとするように突っ込んできたシャクシャクを、パリィ&スラッシュ。
「ポギャッ」
次に飛びかかってきたハナ祟来無を対空パリィし、落ちる前に四肢を斬り飛ばすと刺線の花の咲いた顔面から踏み潰した。
「ポポッ、ポッ、よくもっ……あぁっ!?」
残った胴体だけでも掬い上げんとするように突っ込んできたシャクシャクを、パリィ&スラッシュ。
「ギュコポッ」
次に鳩尾めがけて突き込んできたハナ祟来無は裂けるチーズよろしくニセ刀を両断パリィ、背中へ回り込んで組みかかると喉笛を一文字に切り裂いた。
「あ、あ、あ、あ、やめてやめてやめっっ……ポポポ!?」
粘液の飛沫だけでも押し留めんとするように突っ込んできたシャクシャクを、パリィ&スラッシュ。
よせばいいのに、愛欲の尼僧はハナ祟来無が屠られるたびに分かりやすく斬られにきた。
だが致し方無い。
状況に応じて会話が滑らかに成立する高度AIであっても……、
いや、だからこそ彼女は我が子の死に激昂せざるをえない。
偽の風来姫たちは見る間に減っていったが、真の風来姫はパリィに余裕ができるとまた水柱へ飛び込んで補充していった。
「ギャゴッ」「コプァッ……」「ポゴュッ」「コゴェッ」
「ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポォォォォ……!?」
刻み、裂き、潰し、捻り、塵殺の極みを尽くしていく。
シャクシャクが冷静さをより失うように、産ませたさきから惨殺を見せつけていく。
……その効果があるかはハナにも確証は無かったが、もはやそう考える雑念も無く殺戮に舞う。
無効化した状態異常に合わせて色とりどりに発光し続けるドレスグローブ風篭手が、刀と同じくらいに粘液のカスを滴らせる。
己と同じ姿のモノたちへ湿った断末魔を上げさせるのは、心の底から…………何も感じなかった。
カノジョたちはただただシャクシャクを誘う為の『囮』であり、それ以上でもそれ以下でもなかったのだから。
ハナの目は、この死闘の核たるシャクシャクへこそ向いていた。
終わらせたくない。ゆえにこそ、終わる。
「ポ……ぁ……」
ーー 会心(Critical Hit) ーー ついに、何十回目かのパリィとクリティカルを受けたシャクシャクが刺胞棍棒の腕を投げだした。
白目を剥いた粘液帽子に、刺線の花が咲いた。
「ッッゥ……!」
飛びかかったハナの刀が、刺線の花と目玉を一閃して。
声ならざる悲鳴とともに膝を付いたシャクシャクの下腹部に、刺線の大花が咲いて。
「しッッ!」
ーー 致命(Fatal Hit) ーー 粘液帽子から刀を抜き払ったハナは身を翻して着地、その回転の力を乗せて背中越しの刃を突き込むのだった。
「ポ……ポポ……ああああああ……」
そうして。引き抜いた白刃へ追い縋るように、妖気の臓物が溢れた。
「……お館様……どうして……お迎えに来てくださらないのですか……」
「コ」「コ」「コ」「ゴ」「ゴ」「ゴ」「ポ」「ポ」「ポ」「ポ」「ォ…………」
腐り落ちる果実が如くうなだれた尼僧。ハナ祟来無たちも道連れに崩れていき、本堂に満ちていた汚濁ごと消え失せた……。
対してハナは。燐光の失せた篭手から粘液の最後の一滴を払うとともに、刀を納めるのだった。
「難敵だったわね。目、醒まさせてくれてありがと」
残心。一礼。
「……ッッでも2度と戦いたくないけど!!」
おもわず汚いフィンガーサインを投げそうになったのを、スポーツマンシップもといゲーマー精神から思い留まって。代わりに握り拳を捧げた。
対策しないといけない行動が多かっただけでクソボスではなかったが。面倒臭がりやのハナとしては、自分の脳筋ぶりを自覚しているのもあってドッと疲れさせられた……。
「お。何か落としてる」
妖気の残滓から弾けた大量のZi砂金がハナの内へ吸い込まれ終わると同時、シャクシャクのドロップアイテムを見つけた。
ソレはショートブーツの意匠を宿した皮足袋だった。
ーー 『初堂の深沓』(脚装備) ーー
ーー 地形効果(鈍足、滑落など)を無効化する。ただし罠による負傷が極めて増加する ーー
ーー また、しゃがみ状態で足音が消える ーー
「やった、これで沼らなくて済むわ。デザインもイイ感じなんだけど」
ーー 脚装備変更 ーー
ーー 『二束三文草履』→『初堂の深沓』 ーー
さっそく装備してみれば、初期装備の草履とは履き心地からして段違い。ブーツなフィット感に加え、足袋の形をしているので剣術の踏み込みでつま先に力が入りやすそうだった。
ドレスグローブ風の篭手とショートブーツ風の足袋を纏い、よりハイカラになった風来姫である。
……と。本堂の奥にも1つの変化があった。
他でもない、あの首無し女の隠し像が黒い光を宿したのだ。
「だよね、あいつを倒したから『封印』っていうのが解けたパターンなんだけど。さて何が起こるのかなっと……」
最初はか弱く不規則に明滅するだけだったが、隠し像の黒い光は加速度的に強く規則的になっていって。
最後は首の無い頭上へ集束し、光輪の形になると弾けた。
直後、地震が起こった。
「ッ? じ、地震っ?」
体幹には自信のあるハナだったがロクに立っていられずに手を付いた。
揺れは地鳴りをも起こしていたが、そこには大地が軋むのとは別の響きがあった。
鐘の音だった。
ーー 【妖魔】 封印の膿 シャクシャク ーー
ーー 八尺堂に秘されし封印の柱。祟来無に成り損なった肉体と、様々な状態異常を柔軟に操る ーー
ーー ソレはかつて八尺堂を守る尼僧だった。尼として才に富み、女として器量良く、しかし母として膿んでいたが為に封印の綻びとなった ーー




