17-2「地獄名物」
「タコは!? タコはいないの!?」
「いませんが、そなたの回転が迅すぎてタコに見えます」
「ミミィィィィッ」「カカァッカカカ」「ザ、ザ、ザザ」
我が身のスピン、双刃銃刀のスピン、閻魔武器のスピン。タコというには足が2本ほど少ないかもしれないが、ハナは巨大海産物どもの合間を残像とともに滑っていった。
さながら特撮映画のポスターじみた海獣大乱闘。
肉弾戦を仕掛けてくるわハイドロビームを噴きかけてくるわと、ヘタな十王の幻よりも強いかもしれない野生ぶりにハナのほうが茹で上がりそうだった。
だが、メリットもあった。
この江深淵を渡っているかぎり、ヌシたちに倒された魔物の経験値はハナに吸収されていったのだ。
(フロイゲー……っていうかフロイ式死にゲー名物、敵同士で倒しあっても経験値がプレイヤーに入る漁夫の利仕様)
いわゆる放置稼ぎの1種。攻略サイトにも載るような小技なので何ら恥じることは無いのだ。
「ちなみに、貝ならいます」
「バババババッッッッ!!」
「川よねココ!?」
なんと、足場に化けていた巨大二枚貝が浮上。5本足の美脚で歩く珍妙な出で立ちで参戦してきた。
タコというなら、“義顔”の中に頭足綱っぽい巨大目玉を秘した千方こそがハナをいちばん殺しにかかっているかもしれない。
「おりゃああ! 陸棲生物ナメんな!」
「ミ」「カ」「ザ」「バ」
そしてハナが霊長類の矜持を示しきり、ヌシたちは川底へ沈んでいった。
(ここで山水瀬へ跨いで……!)
大量に取得した経験値を振り分けながら、ハナは3つのルートの仕切りである結界を跳び越えた。
「ミミミミミミミミ」
「カカカカカカカカ」
「ザザザザザザザザ」
「ババババババババ」
するとちょうど。倒したばかりのヌシたちが、川の“輝き”としかいえないモノに覆われて復活したのを見た。
(水棲生物コワい……ッ)
地球上の7割は海や川なのだという事実に戦々恐々としながらも、ハナは岩にまみれた浅瀬から三途の川を渡河し終えた。
ーー ! ! ! ーー
ーー 初江殿 ーー
「ーー そなたの路は盗まれたものなるか ーー」
ーー 十四日の十王 初江王(堕浮冥人) ーー
“弐”の宮へ到達、全身が人間の『舌』でできた龍が首元の袋を膨れ上がらせた。
そして彼の者が開けた大口から虹の橋が伸びて、
「バウバウバウ!」「マァァァオ!」「コッコッコッコ!」「ブゥオオンッ、ブオオンッ!」「シュアァァッ!」「キキーッアァッァァッ!」「フゴフゴッゴッゴッゴッゴ!」「キュキュキュキュキュ!」
動物の幽霊、その大群による突撃ブレスが吐瀉された。
「ううううううゴメェェェェェェンッッ!」
ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾弾殺(Gun Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾殺(Parry) ーー ーー 弾弾殺(Gun Parry) ーー
ハナは真っ向から踏み込み、パリィ回しで動物霊の波濤を割っていった。
回り込みながら徐々に接近していく戦法が安牌であるものの、そんな時間的余裕は無かったのである。
(いかにも憎たらしい亡者犬とかだったらまだよかったのにっ……なんでどのコもちゃんとカワイイのよ!)
ユキヨはハナを“愛犬家”と評したが、正確には動物なら大体何でも好きである。
週末にバイトとして働かせてもらっている母の仕事にも申し訳なかったが、生き残る為にアニマルゴーストたちを蹴散らしていった。
「ーー 誤りし渡河なり 証言に偽り有りて そなた 定められた路の重みを知るがいい ーー」
ーー 冥途:弐 ーー
ーー 二十一日 ーー
「ド畜生に言われたかないんだけど!」
ハナは一身に受けてしまった動物霊の『殺意』刺線へ心中で合掌しつつ、先を急いだ。
ーー 宋帝殿 ーー
山と川を越えて、そこはついに都の中。
奥へ向かうにつれて合計5つの宮が連なり、それらを結ぶ順路が分散と合流を繰り返している迷宮だった。
しかし今、ハナに開放されていたルートは1つだけだった。
崩壊を免れた……というよりも崩壊しようがないだろうサイバーな隔壁が作動していて、宮中から押し退けられたような悪路へ誘導していた。
通常ルートより強MOBが多くたむろしている。さりとて、それらの巨体を無視するわけにもいかない陰鬱な小路だ。
ーーキキキキキキィッ!
ーーキュキャキャキャギャギャ!
と、進むべき方角から聞こえてきたのは魔物の雄叫びではない。
硬質で甲高く、文明に生きる者にこそ恐怖感を与える“走行音”だった。
生ける骸骨が凝り集まった、トロッコである。
2台で2車線、小路いっぱいに幅をきかせながら爆走してきたのだ。
行く手の魔物を、大小無差別に1撃で轢き殺しながら。
「フロイゲー名物ッ、“転がるスケルトン”ッッ……!」
『DARK BORNES』シリーズでは車輪と合体したスケルトンが多段ヒットで轢き殺しにきたり、スケルトンを団子にした玉が轢き殺しにきたりとロクな目に遭わない限りである。
「コレを量産しなさいよ!」
地面で辛うじて発光している線路は、どうやらさっきの初江王を怒らせたからこそ起動しているらしい。
骸骨トロッコ2台は横並びに小路を占有しているように見えて。刺線能力と遠近法を凝らせば、ちょうど1台分だけ前後にズレて走っていた……、
(南無南無南無……!)
タイミングにしてコンマ1秒の世界、ハナはチキンレースよろしくその隙間をすり抜けた。
鍛練期間中はツキリンとユキヨも何度か付き合ってくれたものの、轢死ばかりしていたものだ。
それもそのはず、これらのトロッコは正攻法としては“避ける”より“倒す”ものだろうギミックらしかったから。
ーーギギギギギギギィッ!
ーーキュキョキョキョギョギョ!
荷台に寄生し、骸骨の車体を操っていたモノがこれ見よがしな弱点として揺れていた。
枯れ色のドクロがすずなりに生った巨大植物である。
「なんで!? なんで金魚草なの!?」
金魚草。金魚似のふくよかな花を咲かせる一方、枯れてからは“吊られたドクロ”型の莢を実らせるホラーな植物だ。
なんでと問うても、フロイゲーのモンスターはシュールなパロディ精神に溢れている。そういうものである。
「よく知っていますね。あの金魚草は別名“すなっぷどらごん”……“莢龍”といい、廃棄された堕浮冥人を動力資源として転用したものです」
「ブラック企業って騒ぎじゃないわね!?」
ともあれ、あの莢龍を攻撃してトロッコそのものを停止させるのは意図的に避けた。
何しろアレが轢き逃げしていった魔物の経験値も、江深淵と同じようにハナへ取得されていったからだ。
ーーギョィンギョィィィィン!
ーーギョギョッギョギェェェェ!
「でもほんのり楽しそうね!?」
注意点としては、ハナを通りすぎてしまったと見るやすぐさま急ブレーキ……そして逆行運転してくること。
常に前後どちらかを死の車輪に追われ、すり抜け、あるいは助けられながら走り続けた……。
ーー ! ! ! ーー
ーー 宋帝殿 ーー
「ーー みだりに、淫らに、乱れ……るるるるるぁあッッ ーー」
「次!」
ーー ! ! ! ーー
ーー 五官殿 ーー
「ーー 目だ……みみゃぁッッ ーー」
「次!」
……悲しいかな、とくにルート分岐も無いらしい“参”と“肆”の十王はランナーズハイとともに消化しながら。ハナは走り続けた……。
はじめて攻略した時と比べればスキル振りが格段に最適化され、感慨を抱くまでもなく倒してしまう。コレもまた“サバイバー”系ゲームのあるあるだろう。
ーー 閻魔技能魂 ーー
ーー 残り0 ーー
ーー 攻撃力:拾(最大) ーー
ーー 防御力:零 ーー
ーー 最大生命力:玖 ーー
ーー 回復力:零 ーー
ーー 武器回転率:拾(最大) ーー
ーー 攻撃範囲:拾(最大) ーー
ーー 弾速:零 ーー
ーー 効果時間:零 ーー
ーー 攻撃回数:拾(最大) ーー
ーー 素早さ:拾(最大) ーー
ーー 成長効率:拾(最大) ーー
ーー 呪い:拾(最大) ーー
ーー 復活:零 ーー
というわけで他の十王には悪いが。ハナが仲間たちの期待も背負って“因縁”をぶつけるのは、やはりカノジョを置いて他にいないのだ。
ーー ! ! ! ーー
ーー 閻魔殿 ーー
「ーー そなたの“業”と“業”を以て、我、六道の輪廻を指し示すなり ーー」
ーー 三十五日の十王 閻魔大王(堕浮冥人) ーー
「今まで逃げててごめんね! やっと向き合えるわ!」
「いいのです、最後に我の前に戻ってくれるのなら」
「いやまああんたに言ってるんだけどあんたじゃなくて!」
“伍”の龍、千方ならぬ閻魔大王。
双刃刀の龍剣士ならぬ、偶像杖の龍術士。
「いざ……いざッ、いざッッ!!」
「ーー 指折り数え上げよ、三善趣 ーー」
即死詠唱を振り上げた大魔王を、一日千秋の思いで殺しにかかった……。
【トロッコ】
閉所や難所でも比較的運用しやすい、簡易な貨車。“人力式で爆走する”概念から、ハイファンタジー世界やアクションゲームでもしばしば活用される。
トロッコごとジャンプしながら奈落に落ちる。2分で復活する屍村人を一網打尽に轢き殺す。全裸で襲ってくるウイルス超進化系妹と死闘を繰り広げる。トロッコとはドラマを運ぶものである。