-1-2「フルダイブMMOへの誘い」
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ベッドの上に、最新世代のヘッドマウントデバイスが置かれていた。
(フルダイブゲームかあ……。デバイスと抱き合わせで買わされた『ザ・高圧洗浄機シミュレーター』しかやったことないんだけど。五感全部でゲームするってなんかしっくり来なかったのよね)
ソレを視界の端には入れながらも、英子はゲームパッドを手にテレビへ向き合っていた。
(あたしはテレビゲームのほうが好きかな。自分の目と手元のパッドだけで全部決まるから)
画面の中では、ゴシックな直剣使いが大鉈使いの邪神と死闘を繰り広げていた。
(特に死にゲー。複雑そうに見えてやることはシンプルだから)
邪神の多段攻撃を数フレーム単位で回避し、一撃。
ディレイ攻撃に惑わされず回避し、一撃。
大技の予備動作へギリギリまで斬り込んで回避し、また一撃。
(かわして、攻めて、敵を倒す。それ以外に何も考えなくていいから)
スタミナという名の息を入れるのもままならない中で。ただただ命をやり取りしあう刹那の連続は、ある意味シンプルだ。
死にゲー。
高難易度を乗り越える達成感をコンセプトとし、心が折れるまでプレイヤーを殺しにかかってくるゲームの総称。
特に英子が贔屓にしている死にゲーは、『激ムズ』であっても『理不尽』ではない絶妙な難易度調整のアクションRPGである。
心折れない意志さえあれば何度死んでもまた挑みたくなる、目が醒めるような死闘を味わえるのだ。
(ッ……あたしの勝ち!)
そうして数分ののち、直剣使いは邪神狩りを為した。
エンディングが流れはじめると、プレイリザルトを称える画面が表示された。
『NG+13 You Hunted 256th World』。
ニューゲーム+ごとに上昇する難易度はとうにカンスト。周回数もデジタル的にキリの良い完走を迎えた。
「よし、温まった。約束だからプレイしてやるけど……あいつがランダムアイテムだの乱数調整で悪あがきしなかったら2秒は勝ってたんだけど」
テレビゲーム機の電源を落とした代わりに、英子はフルダイブデバイスを被りながらベッドに寝転がった。
目の前を覆ったバイザーの内側はディスプレイになっていて、ホームメニューを起動させた。
先んじてネットでアカウントだけ登録しておいた『稀人逢魔伝』のアイコンが目の前にあった。
(どうせフレンド数と周回数がモノを言うMMOでしょ。事前情報仕入れるのもメンドいわ、ささっとやっちゃお)
こめかみ辺りの決定ボタンをクリック。
[ Game Start 十分なスペースを空けて、楽な姿勢をお取りください ]
ディスプレイの奥へ引き込まれる感覚がして、英子の意識は電子の世界へ拡張されていった。
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そこは、霧が舞う幽玄の河原だった。
気づけばポツンと立っていた英子の前に、半透明のウィンドウが浮かんでいた。
ほぼ全てのフルダイブゲームのパブリッシャーであるフロイライン社のロゴが表示され……、
英子がウィンドウを平手打ち……もといスワイプすると、続くデベロッパーのロゴもスキップされた。
ーー そなたの写し身を作成せよ ーー
大小のウィンドウが増えるとキャラクリエイトが始まった。
(キャラクリ方式か。こういうシステム面はテレビゲームと同じ感覚ね)
姿見となったウィンドウには英子の姿が映っている。
(種族は……『衆生』、『月兎』、『蕗下』、『狐狗狸』。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人ってとこかな)
英子が種族名をタップするたびに、種族に応じた姿へとウィンドウ内の自分が変身した。
何の変哲もない衆生族。
ウサ耳と尻尾が生えているだけの、亜種族というよりはコスプレじみた月兎族。
不思議な文様が刻まれた体躯が小学生ほどに小柄な蕗下族。
人の貌こそあるがモフモフの二足歩行獣な狐狗狸族。
……目の前に垂れるウサ耳を跳ね除け、
ちまっこい手足の文様を掻き、
狐の尻尾の毛並みをニギニギした。
(普通に衆生で。ウサ耳とか体格差とかモフモフとか気になってしかたないんだけど)
『衆生』族に決定。つまり最初の姿のままだった。
ーー 職業と出自を選べ ーー
ーー 職業は後で変更できる ーー
ーー 出自によって最初に持っている道具が異なる ーー
(お、出自なんて死にゲーっぽいんだけど。職業ごとに武器種は固定で……スゴい数)
『武者』、『義賊』、『侍』、『破戒僧』、『忍者』、『からくり師』、『踊り子』、『法術師』、『呪術師』、『陰陽師』、『巫覡』、『薬師』、『歌舞伎者』、『戦場漁り』、など。その1つ1つで得物とロール(役割)の方向性が異なるようだ。
(『ブラッドドーン』や『ダークソイル』ではクセの無い直剣を使ってたけど。和風MMOだけあってそのポジションは『武者』の『太刀』……いやコレってむしろ特大剣ね、重装騎士型タンクなのか。じゃあこっちの軽装戦士型アタッカー『侍』の『打刀』っと。……刀、ねえ……技量武器ってイメージだけどまあいいか。すぐにやめるんだし)
職業はリストの真ん中辺りにあった『侍』に決めて、最後に出自を選ぼうとした英子は1つ気づいたことがあった。
(ていうか……このキャラクリ、ステータスとかレベルの表記が無いんだけど? 種族補正とかないタイプ?)
キャラクリエイトウィンドウのどの項目にも、この手のMMORPGではお馴染みのレベルやステータスの表記は無かった。
(ステ振りはゲーム開始後にってことかな。出自は……この『うぶめのお守り』ってアクセ持ちの『鬼子の末裔』でいっか)
ーー 『うぶめのお守り』(装飾品) ーー
ーー 取得Ziと遺物発見率が2.5倍に増加する ーー
ーー ただし……
そして最後に、外見の細かな変更と初期装備のバリエーション選択。
ただし、体格変化のスライダーや色彩パレットが現れても英子は手を出さなかった。
(フルダイブゲーはリアル同様に動けるから、実際の自分との差に慣れない人もいるって村鞘が言ってたっけ)
ネットで拾った知識だが、自分の姿のままでMMOをプレイしたい者も『転移派』なんて呼ばれるくらいには多いとか。
(ただし、ヘンな出会い厨とかに狙われないように変えるところは変えないとね。女子高生ですし)
個人の特定といったリスクがあるため、大部分は変えないとしてもちょっとした匿名性を持たせるのがマナーらしい。
(んー……頭装備はこんなんでよくて……髪でもイジってっと)
おかっぱボブが膝裏まで届く姫カットへ伸びた。
そうして初期装備ともどもキャラクリがほとんど終われば……、そこに立っていたのは、
面頬付きの大きな市女笠を被り、小札という短冊形装甲を着物にあしらった風来の姫だった。
ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー
ーー 『千人針の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『千人針の膝甲』(下衣装備) ーー
ーー 『古手の手甲』(腕装備) ーー
ーー 『二束三文草履』(脚装備) ーー
(キャラ名は、いつもどおり『ハナ』)
腰に佩いた刀の柄頭を弄びながら、己の分け身に背負わせる名を入力。
英子改め、ハナはキャラクリ完了の確認ウィンドウを『はい』とタップした。
すると幽玄の河原は、ハナを巻き込んで白い闇へとほどけていったのだった……。
ーー 『うぶめのお守り』(装飾品) ーー
ーー 己の故も知らない鬼子が、物心つく前から持っていたお守り ーー
ーー じっと握っていると、封じられた袋の中に確かな何かを感じる。それは温かさであり、執着でもあった ーー