2-2「スキル振り」
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隠鬼城付近から謎の目的地方向へ歩を進めていくと、周囲の様子がなんだか湿気ってきた。
地面はぬかるんでいて。
木々は水分過多で腐りかけていて。
草花も毒々しい色のものが増えてきた。
そんなホラーチックな中へどんどん進んでいきながらも、ウィンドウを多重展開したハナはまるで気にしていなかった。
(戦闘中以外なら振り直し自由っていうのがイイわね)
死にゲーで慣れ親しんだダークな風景より、スキルの割り振りをあーだこーだと気にしていたからだ。
(ウシャナ倒した時にすごい量のポイント入ったみたいだし、一点集中ならスキルツリーの最後まで進めそうなんだけど)
初心者のハナでも分かるくらい、桁数の多い技能魂が溜まっている。すでに何度か試行錯誤でスキルツリーを埋めていたが、派生ルートへ浮気しなければ何も不自由しないくらいだ。
(んー……ワザ系のアクティブスキル、一応触ってみるけど。この《五輪来光》っていうのがたぶん1番強いでしょ、1番最後にあるし)
ただそれだけの理由で、ハナは『地』・『水』・『火』・『風』・『空』の紋が組み合わさったアイコンをスキルショートカットへ……。
その時、行く手で異音が上がった。
見れば獣道の草場を、大きなクッションのようなモノが掻き分けてきた。
「コ、ゴ、コゴ、コポポゴ……」
「うわ。スライム」
なんと、スライムがあらわれた。
ーー 【妖】 祟来無 ーー
膿を思わせる黄ばんだ塊が子供サイズほどに膨れ上がった、可愛げなんてどこにもない妖だった。
「コポ、ォッ!」
「いきなりなんだけど……!」
ーー 『無銘刀』(打刀) ーー
ーー 弾殺(Parry) ーー 刺線乱れ打ち。祟来無がイソギンチャクじみた刺胞をいくつも突き込んできて、ハナは居合い抜きした打刀で一息にいなした。
祟来無を数メートルほども打ち返したが、ハナはせっかく咲いた刺線の花へ追撃しなかった。
「コ、コ」「ポコポッ」「……コポ……」「コポポポ」「ポコココ」
なにしろ、かの1体の後ろからもう5、6体ほどにじり寄ってきていたからだ。
「可愛くないヤツ。でもちょうど良かったわ」
ハナは上段の構えをいっそう強めた。
「《五輪来光》!」
ハナが祟来無たちへ飛びかかれば、5つのかすかな霊気が四肢と打刀に纏われていた。
(技名で発動って……ちょっと恥ずかしいんだけど!)
地に足着けず、繚乱なる空中連撃。
『地』を抉る斬り払い、
『水』の流れを汲む回転斬り、
『火』を見るような斬り上げ、
『風』を巻く順逆袈裟斬り、
『空』の心を求める大上段構えの精神統一……、
「はああああ!!」
そして刃に霊気の雷光を宿し、両断の一刀を放ったのだ。
「コッポ?」
「はああああ??」
ただし静電気ほどの雷光で、ほとんどノーダメージに祟来無へめり込んだだけだったが。
「ポゥッッコ!」
「ちぃっ!」
刺線。放射状の刺線に貫かれたので跳び退けば、祟来無はカラダを広げて呑み込もうとしてきたので口先(?)をパリィ。
「スキル弱すぎだけど!?」
ーー 致命(Fatal Hit) ーー スライムボディにはたして『核心』があるのか一瞬心配だったが、刺線の花が視えたとおりに貫けば木っ端微塵に吹き飛んだ。
「1番強いスキルじゃないの!? スキルツリーの1番最後にあるんだからそういう感じじゃないの!? っ《五輪来光》!」
ハナは再度の《五輪来光》を祟来無へお見舞いした。
「コポュ……?」
「ああもう!」
結果は同じ。祟来無をほんのりメリこませただけ。
しかも三度連打しようとしたところ、
「《五輪らい……けおっ!?」
5つのかすかな霊気すら纏われず、空中連撃できずに顔面から墜落した。
視界の端に現れたSPゲージが、すっからかんに気力の尽きたことを警告していた。
(SP切れ!? 2回しか使えないんだけ、ど……あわわッ!?)
危うく祟来無に覆い被さられそうになったところで、ハナはわたわたとローリング回避した。
気づけば祟来無たちはひしめき合いながら隊列となっていて、もしも突き崩せなければ今度こそ呑まれてしまいそうだった。
「えーと、っ、スキルの説明説明……!」
ハナはバックステップで距離を取りながら、スキル画面を開いた。今の今になってはじめてスキル説明を読み込んだ。
「……はえ!? 《五輪来光》は、先に5つの五輪書スキルを使っておかないと威力補正が大幅マイナス……ってナニソレ!?」
ーー 《五輪来光》 ーー
ーー 以下の技を使用するごとに強化効果『霊厳』が付与される(上限:5) ーー
ーー 《四地》・《三水》・《二火》・《一風》・《零空》 ーー
ーー 『霊厳』:《五輪来光》を強化する ーー
アイコンの脇に説明文が付属している。いやそれ自体はハナも知っていたのだが、スキル1つごとの文章量が多すぎてろくに読んでいなかったのである。
ーー 1種の技につき、『霊厳』の付与は1度限り(《五輪来光》・《二天一流》の発動で初期化される) ーー
ーー 攻撃対象が『人間型』かつ『天』の星辰を持つ時、最終威力計算に『武器攻撃力の12%×(失った最大生命力の割合)』を乗算する ーー
ーー 《五輪来光》には能動技能《乾坤一擲》の効果は加算されない ーー
「だああああっ、複雑すぎるんだけど!?」
威力に、補正値に、コンボ条件に、特効ボーナスに、例外処理に、シナジー。脳筋少女には煩わしすぎた。
というか『侍』という職業そのものが、スキル回しの複雑なテクニカルジョブらしい印象だった。
「「「「「「コッコッポッポッポッポゥ……」」」」」」
「くぅ……」
笑われている。煽られている。そう確信できるほどに、祟来無たちが滑稽に伸び縮みした。
「……~~っっ、スキル見直すからいったん逃げるけど! あんたたちなんか『ダークボーン』だったら松明1本で倒せるんだからね! バーーカ!」
ハナは戦略的撤退を選び、獣道へ飛び込んだのだった。
(だからアクティブスキルなんか苦手なんだけど!)
ーー 『四鬼の祈り』(仕草) ーー
ーー 稀人の武運を祈る際に用いられる仕草。2つ指を四肢へ交わして胸に留める所作は、四鬼の加護を貰い受ける祈りを意味する ーー
ーー しかし、ソレは元々の意味とは反転している。鬼ではなく人間として敬意を表したがゆえに、ある事が抜け落ちているからだ ーー