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2-1「導き手」

 春隠の地、隠鬼城麓にて。

 そこは静謐なる樹海だった。

 木漏れ日とともに降る桜の花びらが意志あるかのように舞い、風を運んでいく。苔むした岩木が春花のさざめきを見守る様には遥かなる年月の息吹を感じられた。


(さて)


 城主イチとその盟友たちへ別れを告げたハナは、霊気の桜風に乗って意気揚々と降り立った。


(いよいよ探索の旅の始まりなんだけど。良い死闘ができるボスはどこにいるかしら……っと)


 死闘を愛する風来姫が野に放たれたとも言える。

 財宝も名声も興味は無く、勝利の達成感さえ良き死闘のオマケに過ぎない。

 死にゲープレイヤー看谷 英子は、同接プレイヤー600万人突破の覇権MMO『稀人逢魔伝』の世界を往くのだ。


「ねえ千方火。近くのボスが分かる機能とかないの」


 ーー そなたが目にした事々でなければ、千方火は記録できない ーー


 ハナの傍らにナビ鬼火もとい千方火が現れ、そう書かれたウィンドウを現してみせた。


「初見は自分で探せってことね。了解。この手のゲームだとNPCと話してクエストとか貰うのが定番だけど……」


 ハナはクエストメニューにあたる『紀行』のウィンドウを表示させた。

 『逢魔伝』・『討妖伝』・『風説伝』・『工商伝』と様々なタブがあったが、どれも空白ばかりである。


(まあまっさらよね、扶桑城下じゃ工房のお爺ちゃんとしか話さなかったもん。あそこまで戻るのも興醒めだし、どうせならまずはこの春隠の地で村でも…………ん?)


 ウィンドウを閉じようとしたハナはその片隅を二度見した。

 『???』と銘打たれたタブ名に、通知を示す光点が灯っているではないか。

 展開してみると、そこにはクエストらしきバナーがたった1つだけあった。


 ーー ??? 『千方火の目覚め ーー封印解除ーー』 ーー

 ーー 発生条件 逢魔付以上の魔物を致命撃で倒す ーー


(千方火? 封印? よくわかんないけど、期間限定クエストか何かかな)


 タップすれば『受諾』と『拒否』の2択が現れたので、拒否する理由も無く前者を選んだ。


「…………我が封印を……」

「けおっ?」


 刹那、傍らから囁き声。


「……そなたなら……致命へ至る意志持つ稀人なら……あるいは……」

「ち、千方火? あんた喋れるの?」


 そう、千方火が声を発したのだ。

 今まではあくまでもウィンドウの文字で意志疎通していたのに。

 ノイズだらけでひび割れていたが、ソレの本質はあどけなさの残る女声のようだった。


「……何卒……頼み申す……」


 一層消え入りそうな懇願を最後に、千方火はマップウィンドウを表示した。

 プレイヤーが開拓していかなければ詳細地図にならないらしく、ハナが隠鬼城から飛び降りてきた一帯を除いてどこもかしこも不明瞭だ。

 ただ、そう遠くない未知の場所に鬼火の目的地マーカーが灯ったのだ。


「封印って言った? ここに何があるの」


 ……、

 …………、

 ………………千方火はウンともスンとも言わなかった。


「ちょっとー? 千方火? 千方火ちゃん? ……なによ、寝言みたいに言うだけ言って」


 いくらつついてみても変化は無かったので、ハナはひとまず諦めた。今後もずっとお供してくれるナビゲーターとのことなので、そこらの木の皮でこそいだりウインドミル投法でぶん回すのはやめておいてやろう。

 ただし、1つのウィンドウが千方火から展開された。


 ーー 『四鬼の祈り・裏』(仕草)を手に入れた ーー


 するとハナに霊気が満ち、エモートを手に入れたのだ。


(エモート? 『裏』って、『表』も知らないのに……あ、初期エモートに『四鬼の祈り』っていうのがある)


 展開したのはエモートショートカット。

 そこには風変わりな仕草のアイコンがあって、タップしてみる。

 すると頭の中に手順が浮かんできたので、ハナは揃えた人差し指と中指を胸へ当てた。

 人差し指と中指を揃えた手を左肩へやって、次に右足へ、右肩へ、左足へ。

 十字を切るのとは似て非なり、最後に手を胸の前へ持ってきて一礼した。


(これが『表』の『四鬼の祈り』? じゃあ『裏』は……って、まあ今はいっか)


 このタイミングで取得ということは……。ゲーム脳からいくつか予想はできたが、おそらく今すぐに使うものでもないだろう。


(アテも無く探索するよかいいけど。このクエストだけちょっと触って今日はログアウトかな)


 手を組み上げてストレッチ。メニューウィンドウの端で、リアルタイム時計がずいぶん深い時刻を刻んでいた。

 アバターは疲れ知らずだが、脳波を通してプレイしている看谷 英子としては当然遊び疲れていくものだ。

 たぶん現実世界で寝転んだままの肉体も凝りかけているのだろう、大きなあくびが出た。


(そうだ。スキル振りもしたいんだけど)


 もうちょっとだけ触ったらログアウト。

 ……そう思えどもなお、やりたいことが湧いてしまうのはこのゲームにハマっている証拠だろう。


  ◯ ◯ ◯ ◯


『まれおうには無数のクエストが存在いたしますが、『やらなければいけない』モノはチュートリアルを除いて1つもございません』


 さめ兜の傾奇者。攻略動画チャンネル『まれおう物解録』の管理人トセが屋敷で語る。


『クエストメニューにあたる『紀行』では、冒険の方向性に応じていくつかのカテゴリー分けがされております』


 彼女の傍らに動画編集ソフトのウィンドウが現れる。各紀行ごとの箇条書きが色分けされていた。


『最強のユニークボスたる4体の逢魔に迫る『逢魔伝』。各地で復活を繰り返す妖魔の討伐を狙う『討妖伝』。町での噂やフィールド上の痕跡から財宝等を求める『風説伝』。職人と商人向けに大口依頼が舞い込む『工商伝』』


 最後に、一番隅にあったウィンドウをトセは引き寄せた。


『そしてミソなのが、『???(ハテナ)』のクエストでございます』


 白黒に縁取られた『???』のソレは、無味乾燥としているようでいて底知れなさを秘めている。


『コレは秘密の条件を満たした時に発生する、隠しクエストのカテゴリーなのです』


 そのウィンドウの裏側から、秘密の発生条件を記載した小さなウィンドウたちをポイポイと並べていく。


『例えば、誰も見向きもしないような最弱の魑魅魍魎を10000体倒したり。通り抜けられる壁を越えて隠しエリアを発見したり。ごく短期間だけ出現するNPCとのイベントを進めたり』


 隠しクエストのウィンドウたちは増え続け、他の『逢魔伝』などの銘あるウィンドウたちよりむしろ存在感を増してしまった。


『攻略サイトでも全てを網羅しきれてはおらず、回生版1周年を迎えた今でも未知のクエストが発見されるほど。そんな具合でございますから、隠しクエストの解明こそをゲームの本筋と見る向きもあります』


 トセはカメラ目線で向き直った。


『ただし。発生条件が簡単だったり最序盤に運良く達成できるものでも、いざ隠しクエストへ挑まれる際には侮り無きよう』


 大仰なのに芝居がかった風も無く、人差し指を立ててみせる。


『万全の心構えをオススメいたします。なんとなく発生していた隠しクエストだったのに、超高難易度クエストだったという報告は後を絶ちませんから』


 さめ兜のせいで口元しか見えないが、愉しげな微笑を見せるのだった。

 ーー 逢魔伝 ーー

 ーー 稀人が倒すべき最大の魔、7体の『逢魔』に迫る紀行分類 ーー

 ーー そなたはこれをやっても良いしやらなくても良い。達成によって逢魔の情報は得られるものの結局はこの広い世界から己で探し当てねばならず、出逢う時は薬草摘みの最中とて出逢うゆえに ーー

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