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1-6「刺線読み少女の戦い方」

 おそらく呪藁の履行技なのだろう妖気光線に対して、ハナはもちろん搦め手も小細工も弄しなかった。

 アイテムもスキルも鎧袖も、ハナが振るう刃の前ではノイズにすぎない。


(ったく。だからどいてほしいんだけど)

「……………………」


 ただまあ。わざわざ背後に立ったまま刺線を繋いできた彼ぐらいは、断ち斬らずにいてやろうか。

 ハナは真正面から突き刺さってきた刺線へ……遅れて突き進んできた妖気光線めがけ、息を呼ぶとともに打刀を掲げた。


「返すわッッッッ!」


 ーー 弾殺(Parry) ーー そして。ホームランじみたパリィによって、妖気光線を打ち返したのだ。


「ィィィィゴクァァァァ……!?」


 逆流したソレは一塊に集束され、呪藁の頭へ叩き込まれた。


「コク……ゴ、グググ……」


 顔面が爆ぜて抉れ、四つん這いでいるのも堪えがたい様子で打ち震えて。

 その胸から外れかけた巨大五寸釘の頭に、刺線の花が咲いた。

 刹那、ハナは肉薄していた。


「ふッッッッ!」


 ーー 致命(Fatal Hit) ーー かすかに亀裂が生まれていた巨大五寸釘の頭へ、刀を突き込んだ。

 巻藁が呪藁へ変じた時よりも鋭く、巨大五寸釘は彼の者の胸へ打ち込まれて。

 刃を受けた場所から亀裂が膨張していき、やがては巻藁の身へも増殖していって。


「グゥゥゥゥァァァァ……ァァ……ァ……!!」


 呪藁は、ついに爆発四散したのだった。

 爆風に乗って跳び退いたハナは、イチの目前に舞い戻った。


「ありがと! 良い練習台になったんだけど!」


 呪藁に化けていた鬼火たちが、納刀とともに一礼を送ったハナをすり抜けてイチの千方火へ還った。

 間も無くあのウシャナ戦後のように、イチの盟友たちが喝采とともに駆け寄ってきたのである。


「お見事ー!」「きみが噂の剣豪ちゃんだったのか!」「さっすがイチさんのリア友」「大丈夫? あんなオバケ怖かったんじゃない?」「姐御と呼ばせてくれ」「やめなってヤクザじゃあるまいし。ねーお嬢」「フェイタルヒットとは、いやはや」

「わ……。はあ、えっと、どうも?」


 反射的に後ずさりしかけたのは一瞬だけ。あの湖で同盟勧誘に血眼になっていた有象無象たちと違い、イチの盟友たちは極端に踏み込んではこなかったから。

 屈託無く強者を歓迎し、それでいて距離感を弁える礼節が彼らにはあったのだ。

 ハナがイチの勧誘を断った時に怪訝な面持ちだった者も、悪かったとばかりに惜しみ無い拍手を送ってきていた。


「みんな、今のでわかったよな。察しのとおり彼女は笛塚のウシャナを倒した凄腕プレイヤーなんだ」


 ハナの傍らへ歩み出たイチは、我が事のように誇らしげだった。


「ノーアイテム、ノースキル、ノー鎧袖、ノーダメージ。そして極め付けは……フェイタルヒット。ハナ、ウシャナ戦でもトドメに使ってたがひょっとしてまぐれじゃないのか?」


 無数の刺線がハナに刺さる。

 いかにもまぐれなんかじゃないし、イチが見たのは2度だけだがすでに数えきれないほど餓鬼相手に成功させている。

 そう言ったらどんな顔をするだろう。


「……質問を質問で返して悪いけど。フェイタルヒットの出し方ってさ、パリィとかで『意志力』って隠しパラメーターを削りきって……そのうえ見えない『核心』っていうのを突くとクリティカルヒットが変化するんだっけ?」

「うん、解説動画の受け売りだけどな。俺も偶然でしか成功させたことないし」


 あの扶桑城下の宿屋でハナはそう教えてもらったのだ。このゲームの基礎的なテクニックだとばかり思っていたのに。

 だから。イチには『クールそうに見えてド天然』とよく分からないことを言われるものだが、視線と刺線まみれのこの状況がいかにデリケートなものかはよくわかる。

 答え方次第では、ハナの身の振り方は大きく変わる……。


「…………ヒミツ」

「えええ!?」


 イチたちがズコーッと脱力したなか。肩をすくめてみせたハナは、意識を切り替えることで刺線を視えなくするのだった。


「安心して、チートとかバグ技じゃないから。あたしのユニークスキルってことでご理解頂きたいんだけど」

「う、うーんー……。まあ、並みいる死にゲーを直感と脳筋でクリアしてきたきみのことだから……きみだけにしかわからない心眼でもあるのかもな」

「そそ。ヒトには教えたくない極意なんだけど」


 茶化したがハナは冷や汗を一筋。意外と鋭いところを突かれてドキッとしたのである。


(刺線のことはほとんど誰にも話してないからね。……だけど……)

「ともかく、類い稀なプレイヤーなのは間違いない。きみを除けばたった1人しか装備者がいない、その『魂源の篭手』が良い証だ」


 イチが指差してきたドレスグローブ風篭手を「コレ?」、ハナは手を持ち上げて示した。

 ……ソレに包まれた指先が、そっと掬い上げられた。


「ハナ、もう1度だけ言わせてくれ。俺と一緒に来てくれないか」


 かしづいたイチが、ハナの手を取ったのだ。

 盟友たちから「おおお……」とざわめきが上がった。特に女性陣から。


「……ちょっと。あんたってどうしてそういう……」


 対してハナは、学校の昇降口で誕プレを渡された時よりも苦い顔。

 しかし、イチはどこまでも真摯にハナを見上げるのだ。

 彼から向けられる刺線は。背負った大太刀とは裏腹に、反りも無ければ刃も無い大刀の形をしている。

 一見すると刺さりようもないくらいなのに。良くも悪くも背まで貫いてくる他者の刺線と異なり、切っ先で胸の真ん中だけをちょうど刺しながらハナと繋がるのだ。

 いつも、いつも。


「俺たちが目指してるのは前人未到の四鬼城全制覇。扶桑国一の同盟になるためにいずれは他の城主へ挑んでいくつもりだ。この夢にきみも加わってくれるなら、俺は嬉しい」


 彼に同調してか、盟友たちもアツいぐらいの温かな視線を向けてきた。


(そっか。あんたってばこんなとこでもお節介焼いてくれるのね)


 ハナは悟った。鎧袖の試し乗りなんて言って戦わされたのは、盟友たちがハナを忌憚なく受け入れられるようにするためだろうと。

 『頭領が連れてきた友達』というだけではなく、同じ盟友たりえるプレイヤーとして情熱を示す為に。


「ありがと」


 ーー 頭装備変更 ーー

 ーー 『逃亡姫の市女笠』→無し ーー


 ハナは市女笠を装備解除した。

 リアルな自分よりも長い髪が、桜風になびいた。


「ま、あたしの答えは変わらないけど」

「ガ……ガーン……」


 イチのエスコートから手を離し、素顔で笑ってみせたのだ。


「あんたたちがどうこうじゃないんだけど。あたし、これくらい身軽じゃないとやっぱ戦いにくいのよね」


 イタズラっぽく我が身を示してみせながら、大きく1歩ずつ後ろへ。


「だから……言ったでしょ、イチ。あたしから組むことは無いだろうけどって」

「ハナ……」


 イチは今度こそ引き留めてはこなかったが、この上なく残念そうで。


「だから、城攻めの時は誘ってよね」


 彼はハッとしてハナを見据えた。


「それで強敵と闘えるなら。その時だけは、同盟でもなんでも入ってあげるけど」

「……! ……ああそうだな、それでこそきみらしいというか……」


 彼の情けない顔がいつもの凛々しさをみるみる取り戻していくのが、ハナには可笑しかった。


「忘れないでくれよ。その言葉」


 鎧袖工房を出る時に言っただろうに、忘れていたのはそちらではないか。

 ハナは青年武者に呆れたが、とりあえずは頷いて応えた。


「じゃあみんな。またね」


 修練場の端には飛び込み台よろしく突き出た場所があって、『八尺堂方面』と書かれた立て札が突っ立っていた。

 霊気を纏った桜風が飛び込み台の先で渦巻き、それは眼下の樹海へ向けてスライダーよろしく続いていた。

 だからハナは、ゲーマーの直感に則って迷い無く身を投げた。


「イチ! また明日!」

「明日は日曜だぞハナ。まあ、またな」

「お嬢ー!」「また来いよ!」「ご武運を!」「楽しんで! まれおうの世界を!」


 霊気の桜風に乗って。見送りの声たちを背に受けて、ハナは広大な『春』の魔境へ飛び込んでいく。


(……あんたにもいつか、話せたらいいと思うんだけど。刺線のこと)


 ーー 頭装備変更 ーー

 ーー 無し→『逃亡姫の市女笠』 ーー


 再び装備した市女笠に笑みを秘し、風来姫は往くのだった。


  続く

 【村鞘 市郎】

 自他共に認めるゲーマーで、ゲームとリアルの両方においてコミュニケーションやマルチプレイを重んじる男子高校生。17歳。

 有るものは何でも使うプレイスタイルもあって英子とは真逆だが、互いに距離感を尊重し合いながらも遠慮の無い性分から意気投合している。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 関係性てえてえ……
[一言] 花の刺線は出現してそこにくりだすことで今の所は手刀でも相手に入ればクリティカルだが一撃で撃破してきたそれはまるで相手に死相のような死の線が出ているようで言うなれば、死の花を咲かせる即ち、【死…
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