1-4「礼参り」
一方、イチの盟友たちは苦笑するやら不思議がるやら。
「ありゃフラれちった」「頭領が連れてきたにしちゃ尖ったお嬢ちゃんだ」「ひょっとして、イチさんがよく話してた死にゲーの人?」「オレらは頭領が選んだならウェルカムだよ」「ねえ侍さん、もうちっと考えてくれてもいいんでない」「ウチは入ろうと思っても中々入れない同盟なんだぜぃ?」
「あー……うん、はじめまして。あたしはハナ、イチとは死にゲー仲間よ」
「ああみんな、改めて紹介させてくれ。ハナは今日からプレイしはじめた初心者だが、ガチの死にゲーマーだぞ」
ハナは早くも、初対面でグイグイ詰めてくる『友達の友達』たちに辟易しかけていた。
「気持ちはありがたいけどあたしはソロ専なの。ここに連れてこられたのも、なんか鎧袖の試し乗りができるって聞いたからで……。イチ、ウソだったならもう出てくけど」
「待った、ウソじゃないウソじゃない。ここが修練場なんだよ、ほら」
イチがウィンドウたちを何やら操作する……と、彼の千方火が無数の分身をポポポポと吐き出した。
1つ1つは飛び火にすぎないソレらは、舞台もとい修練場の中央で組み合わさっていった。
「……………………」
完成したのは、巻藁。
手足のような突起を伸ばしていて、藁ではあるがいわゆる練習台装置『木人』の形だ。
「藁の木人? あんなの鎧袖の一撃だけで粉々になりそうなんだけど」
「…………コ、クーン」
と。突起の1つとして紛れ込んでいた、胸の巨大五寸釘がカーンッとひとりでに食い込んだ。
次の瞬間、巻藁は急激に成長していった。
膨張し、裂けた身の中から新たな藁を増殖させながら。
巻藁をいくつも継ぎ接ぎしたようないびつな姿で、やがて直立しきれずに四つ足を付く。
「ココココ、コク、マ、コクマイリャァァァァガァァァァ……!!」
巨大化した釘に貫かれた巻藁木人……藁人形が、妖気に燃える頭部に恨みの形相を現したのだ。
ーー 千方火の記憶 礼参りの呪藁 ーー
「……だからって極端すぎるんだけど」
「千方火はプレイヤーが1度倒した敵を再現してくれるんだ。礼参りの呪藁は妖怪型のボスの中でもオーソドックスな攻撃ばかりだから、あんな姿になっても良い練習相手になってくれるぞ」
「ちょ、ちょっとリーダー」「初日の初心者にぶつける相手じゃねぇって」「普通に青さめとかにしたほうが……」
親切な盟友たちがあたふたするのを、イチは口元に人差し指を立てて静粛を促した。
「まあ見ててくれ。……さあハナ、邪魔しないからおもいっきりやっていいぞ」
「どうも。見せ物じゃないんだけどね」
ーー 装備変更 ーー
ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー
ーー 『町人の小袖』→『千人針の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『町人の股引』→『千人針の膝甲』(下衣装備) ーー
ーー 無し→『魂源の篭手』(腕装備) ーー
ーー 『二束三文草履』(脚装備) ーー
ハナはまず、設定しておいた装備プリセットを念じて……町娘から風来姫へ一瞬で早着替え。
盟友たちの一部がハッとどよめいたが、気にせずに次は鎧袖を喚び出す。
飛び乗れば。四肢を通した機構が緒を締めるようにフィットし、文字通りハナの手足と一体化した。
(なるほど、確かにロボっていうよりは鎧ね。自分のカラダそのままに動かせる)
冬のある日……手袋を着けたままゲーセンで遊ぼうとしたら、毛糸のちょっとした厚みにすぎないのに指先の感覚がズレまくったのを思い出した。対してこの鎧袖というものは着心地に一点の違和感も無い。
(操作ボタンみたいなのも無いのに、兵装の動かし方だって頭に浮かんでくる)
意識が拡張されている電子世界ならではだ。脚部のパイルが出し入れされ、左肩のショットガンも照準を回した。
腰に佩いていた打刀も鋼鉄の大袖の中に転移していて。掴みやすく柄を覗かせたソレを……つい掴もうとしたがやめる。
鎧袖の試し乗りなので、右肩の鎧袖打刀を抜いた。
(軽っ。こんなにデカいのに、打刀と同じ感覚で持てるんだけど)
鎧袖の主兵装は職業の武器と同じ種類からしか選べないそうだ。結果としてもはや段平刀のような打刀を持たされたが、身の丈ほど大きくてもこの軽さなら使い勝手は変わらないだろう。
「よし。……いくわよ」
ハナが地を蹴れば、生身とは比較にならない勢いで呪藁へ飛び込んだ。
(ああ、なるほど……これが鎧袖のプラス補正)
その力強さや速さだけではなく、一歩目から不思議な感覚を覚えていた。
(見たいものがスローモーションになってくみたいな……)
全身を引き絞っていく呪藁が、降る桜ともどもスローモーに捉えられる。
(視界が広がってくみたいな……)
眼球による視覚を超えて、三人称視点のゲームよろしく背中越しに世界を認識できる。
(ステータスだけじゃなくて、あたし自身の反射神経や認識能力もブーストされてるってわけね)
イチから道すがら聞いた話だと、初期カスタムの鎧袖でも生身の数倍の戦闘力を発揮できるのだったか。
(使えるモノ。鎧袖打刀、パイルバンカー、ショットガン、打刀、鎧袖の機動力……)
なるほど、これならアクションゲームが苦手な者でもストラテジーゲームぐらいには猶予ある思考が可能だろう。
「コクァァッ!」
迎え撃つ呪藁は、タックルの構えだろうか。
はち切れんばかりの肩から発せられた釘まみれの刀刃が、ハナの胸元へ突き刺さって予兆となった。
刺線。ゲーム内のシステムでもスキルでもなく、看谷 英子が持つ超感覚。
他者から向けられる視線や意識が、身に刺さる刀刃として視えるのだ。
攻撃の予兆としても発生するため、ハナは死にゲーで鍛えた直感と合わせてパリィ剣術を振るうのである。
「コッッッッ!」
今も、予想通りに呪藁が解き放ってきたショルダータックルへ鎧袖打刀を掲げ持ち……、
「うぅぅりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁ!!」
「連打プレイ!?」
鎧袖打刀で斬りかかりながらパイルバンカーで膝蹴りしつつショットガンをぶっ放して打刀へ切り替えて鎧袖の機動力で連続スウェイ。
「コマッッッッ!!」
「けおッッ!?」
「ハナぁぁぁぁ!?」
パリィ失敗。どうやらスーパーアーマーのタックルらしくぶっ飛ばされた。カエルみたいな声が出た。
倒れたハナは、鎧袖をズザザザと床に擦らせながらイチの足元まで陸揚げされた。
「大丈夫か!? 修練モードだからダメージは無いがモロにぶっ飛ばされたぞ……!?」
「ちょ……ストップ、一旦ちょっとストップ、一旦」
イチが「ポーズ!」と念じれば呪藁は一時停止した。その間にハナはプルプルと立ち上がる。
「……ちょっと。ものすごく戦いにくいんだけど、コレ」
「連打プレイするからだよ! 鎧袖は強力だが生身よりモーションが大振りなんだ、無闇やたらに連打したって硬直狩られるのは当たり前じゃないか……。兵装1つ1つにとって最適なタイミングを考えてコンボにしないと」
「そんなのメンドいんだけど。有るものはガンガン使わないともったいない気がしない?」
「ああ……しまった。そういえばきみ、ゲーセンで『エクストラヴァーサス』とかやっても連打プレイだっけ……」
「格ゲーって苦手なんだけど。死にゲーと似てるのにコンボとかセオリーまみれで」
「え、この子とゲーセン行ったりするんリーダー」「仲良いね」「ひょっとして彼女って」「カノ……」
「ご、ごほんっ……静かにみんな! 今はそういう余計なこと言わなくていいから!」
「……そうね。余計なことは省くべきだわ」
何故か赤くなっているイチは気にせず、ハナは鎧袖のカスタマイズウィンドウを操作した。
決定ボタンを押下すれば……、四肢の兵装が全てパージされた。
「あたし、死にゲーでも『アーマード・ギア』だけはクリアしたことないのよね」
鎧袖打刀もショットガンも、床に落ちた先から霊気へと散っていった。盟友たちはギョッとしていた。
「せっかくだけど、やっぱこれくらいシンプルなのが良いわ」
ーー 『無銘刀』(打刀) ーー
ただの強化外骨格を纏った風来姫は、鋼鉄の大袖の中から生身用の打刀を抜いたのだ。
ーー 礼参りの呪藁 ーー
ーー 修練に用いる巻藁が、ぶつけられてきた念によって変質したもの。 ーー
ーー 要である大五寸釘のおかげで、変質前の巻藁はどんな攻撃を受けても倒れない。それゆえに彼らはいつか呪藁となり、礼参りを以て役目を全うするのだ ーー