1-3「隠鬼城」
それと、ハナは鎧袖に対して気づいたことがあった。
入手と同時に『鎧袖』というメニューが解禁され、開かれたそのウィンドウには様々な数値が並んでいた。
「キャラに能力値は無いけど鎧袖にはあるのね。『筋力』・『頑強』・『敏捷』・『技量』・『法力』・『抵抗』・『運気』。『重量』の概念まで……って待って、メカに『運気』て」
「『兎避けの擲弾砲』とか『豆狸の千畳網』っていうの積んでると、一撃死しにくくなったりドロップ率が上がるぞ」
「こっちがキャラより本体に見えるんだけど」
「育成要素のメインなのはそうだな。狩った魔物の素材を集めて兵装を強化していくんだ」
「死にゲーなのに狩りゲーなんだけど」
「だから今は死にゲーじゃないんだって……。回生版のマレオウの方針で……」
「まれおうって?」
「稀人逢魔伝の略称。だからさ、現行バージョンの稀人逢魔伝が万人受けするように実装されたのが鎧袖関連のシステ……まあいいや、良い解説動画のリンク送っとくからそのうち見てくれ」
「ヒマな時に、気が向いたら、そのうちね」
「見ないなこれは」
メンドくさがりなハナだが、解説動画や攻略サイトは極力見ないと決めている。特に初見プレイにおいて、予備知識が無いからこその面白さだってあるからだ。
ただ……仲間同士の情報交換なら、それもまたゲームというコンテンツの面白さだから好きだ。
ちょうど今なら、教えたがりのセンパイが目の前にいることだし。
「さてと、この子も貰ったし。今のところクエストのナビも無いみたいだけど、ここからはオープンワールドって感じ?」
「そう、チュートリアル後はどこに行くのも何をするのも自由」
千方火が表示した『紀行』のウィンドウには何も無く。一方、イチは自分の千方火に『地図』を表示させていた。
「いま実装されてるのはこの扶桑国だけだが、全長約4,000Kmもあるんだ。現行バージョン開始から1年経った今でも未知のクエストが発見されるくらい、この世界は謎と冒険に満ちてる」
最大限までズームアウトされた地図。この扶桑城が豆粒ほどの縮尺で中央の平原に在るのを、四方の春夏秋冬の地が凄まじく広大に取り囲んでいた。
「東西南北の四鬼境を旅しながら、妖魔って呼ばれるボスたちを討伐していくのが主な流れかな」
東に桜の大樹が捻れた樹海、
南に珊瑚礁の武装要害だらけの海辺、
西に竜巻と紅葉吹きすさぶ渓谷、
北に氷山と活火山が折り重なる雪山。
「なんなら町から出ずに職人や商人にもなれるが、きみに関してはありえないだろうな」
「それで良い装備に繋がるなら考えなくもないけど。そうね、スローライフはお断り」
ハナが念じるだけで鎧袖は霊気となって消えていった。それは化け物どもの暗い妖気とは異なる燐光の輝きだ。
消えた……もとい収納された鎧袖の向こうで刀匠が「早う帰れ」とばかりに肩をすくめたので、ハナはお辞儀を1つ。
「というわけであたし、そろそろ行くわ。お世話様」
イチへ不敵に笑いかける。
「招待キャンペーンでフレンド登録は済んでるわよね。あたしから組むことは無いだろうけど、遊びたくなったら誘って」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
と。ソロ専のハナをいつも尊重してくれるイチなのだが、工房を出ようとした行く手に立ちはだかった。
「最後にもう1ヶ所だけ付き合ってくれないか。鎧袖の試し乗りができる場所でさ、ぶっつけ本番よりはいいだろ?」
「……? いいけど、遠い?」
「心配無い、ファストトラベルがあるからな」
イチがマップウィンドウを開き、春色に満ちた北方のフィールドをピンチインしていった。
光点がそこかしこに灯っていて。その中でも奥地の一点を選び、『転移』を押下。
ーー 転移門 隠鬼城 ーー
するとイチの千方火が大きく姿を変え、鬼火渦巻くゲートとなった。
「へえ。あたしのほうには無いんだけど、どうやったら使えるの」
「付いてくればわかるよ。さあどうぞ」
まさに火へ飛び込んでいくのは本能的に一瞬躊躇ったが、彼のエスコートの手には頼らずハナはゲートへ入った。
次の瞬間、ゲートを出ていた。
工房内の熱気と鉄臭さから一転、桜混じりのそよ風が燦々とそよいだ。
「わ。……キレイなんだけど」
そこは、山よりも高い桜の大樹の中腹だった。
青空へと張り出した、演舞場じみた舞台の上だった。
眼下には樹海が波打ち、孤島よろしく突き出た桜の大樹たちを要害にして村が点在している。
一方、街道を遥か外れて存在感を示しているのはダンジョンめいた武家屋敷や沼地など。
ハナがいる桜の大樹は他のどれよりも立派だったのだが、なぜか真下には城郭の迷宮が広がっていて……どの村からも相当離れた僻地に聳えていた。
ーー 春隠の地 ーー
ーー 隠鬼城 ーー
そう。千方火が教えてくれたとおり、振り返った先には……、
舞台から続く大樹の洞の中には、城があったのだ。
洞に繁った蔓草に溶け込む土色。あの扶桑城の威容に比べるとかなり小振りだが、からくりがすこぶる多い。
幹の隙間から射し込む陽光で密やかに照らされながら、歯車の響きをコトコトと口ずさんでいた。
ーー 四鬼の霊脈に触れ、千方火が力を取り戻した ーー
ーー 転移門(Fast Travel) 解放 ーー
「ほら使えるようになった。本来ならココに到達するのもけっこうな長旅なんだが、フレンドのよしみってことで」
「それはどうも。……おんきじょう? 扶桑城とは別の町?」
「いや、町じゃないけど俺の城」
ハナが「は?」、メンダコヘッドの奥の真面目な眼差しを見透かそうとした時……城の方から足音が連なった。
よく見れば城内や洞中でたむろしていた稀人たちが、イチの姿を見つけてゾロゾロとやって来たのである。
「イチ!」「頭領!」「おう城主!」「こんにちわ」「おはコックリ~」「なんでメンダコ装備?」
「やあみんな。っとそうだな、装備は戻していいぞハナ」
と言われても。青年武者へ一瞬で着替えたイチに対して、ハナは着替えずに怪訝な眼差しを続行。
「あんたのフレンド? それにあんたの城って?」
「同盟の仲間だよ。俺、『いちもんめ』って同盟の頭領やってるんだ」
「出た。あんたさあクランのあるゲームだと絶対その名前なんだけど。自キャラの名前付けるとか恥ずかしくない?」
ソロ専のハナに対し、イチはマルチ要素があるゲームでは野良から積極的に交流するタイプ。そういう一期一会こそオンラインならではだとハナも理解はしているが。
「恥ずかしいもんか。俺が掲げたこの旗印とともにみんなで戦ったから、一国とまではいかなくても一城の主になれたんだしな」
イチが向けて見せた陣羽織の背には、欠けた円環を一文字が繋いだ紋があった。
「稀人逢魔伝では数ヶ月に1度、四鬼境の城を賭けたクランバトルがあってさ」
呼応して他の稀人たちも装備を翻せば、肩当てや膝甲などのどこかしらに同じ紋。
「俺たちはこの春隠の地のナンバーワンになって、隠鬼城を勝ち取ったんだ」
頭領にして城主。イチは、驕りを感じさせない実直な笑顔で誇ったのだった。
「ふうん。で、もしかしてだけどあんたもあたしを勧誘しようってわけ?」
「……ダメか?」
「ダメ。ごめんね、フレンドは良いけどクランとかは性に合わないから」
ハナがあっさりと手を振れば、イチは『ガーン』と聞こえてきそうなほどたじろいだ。……大げさだなとハナは思った。
ーー 春隠の地 ーー
ーー 扶桑国の北部を占める、『春』を象徴する地 ーー
ーー 桜の大樹たちは霊気を帯びているがゆえに妖を忌避させ、人々の拠り所となっている。ソレらは隠鬼の背から伸びた先触れである ーー