10-3「穴埋め」
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[ Game Start 十分なスペースを空けて、楽な姿勢をお取りください ]
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ーー ようこそ 稀人 ーー
ログイン完了。
ーー 春隠の地 ーー
ーー 清瀧ノ鬼門 ーー
英子もといハナは、立ったまま目覚めた。
ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー
ーー 『千人針の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『千人針の膝甲』(下衣装備) ーー
ーー 『魂源の篭手』(腕装備) ーー
ーー 『初堂の深沓』(脚装備) ーー
ありふれた着物に小札を縫い付けた簡素な戦装束、面頬付きの市女笠。ドレスグローブ&ショートブーツ風の戦利品をハイカラに尖らせた風来姫である。
リアルでは潔すぎるおかっぱボブの黒髪は、ここでは膝裏まで届く姫カットロング。
“春”を感じさせるうららかな日差しとそよ風を、開いていった瞼の向こうに感じた……。
「おはようございます。ハナ」
「けお……」
なんと。鼻先が触れそうなほど間近にあったのは、白黒オッドアイが際立つ褐色美少女のご尊顔だった。
波打つ質感の白髪は、タコの目のようなブレイドから触手風お下げ髪が垂れたサイドテール。
「おはよ、千方」
サイバースーツ風の白黒狩衣を纏った堕浮冥人……地獄の管理者たる“天使”、千方だ。
ハナの鎧袖を輪廻させた“義顔”が、本来は首無しである彼女の(無)表情を形作っていた。
「昨日はごめんね、急にいなくなっちゃって。……怒ってる?」
「否定。稀人の突発的帰還はそう稀有な事でもありません」
他のNPCに比べたら異界の事々に理解ある“友”は、己の頬へ両手を遣った。
……むにょーん、と指で口角を吊り上げて笑顔を作った。
「ほら、笑顔です。にこにこ」
「口だけなんだけど……」
昨晩。ジャクジャクおよび隠鬼大討滅戦を見事果たしたハナは、フルダイブデバイスのバッテリー切れで強制ログアウトしてしまっていたのだ。
最後の瞬間には、千方が隠鬼戦の為に生成した異相世界に立っていたのだが……、
2人が立ち話を交わしていたのは、1枚1枚が盾を思わせる巨大な鱗の上だった。
「それにしても。ジャクジャク、残ったままなのね」
全長1Km以上はある超巨大アオダイショウ、髄獣ジャクジャクの遺骸の背中だった。
ハナが卵胞を抉った跡までそのままに、この桜の樹海『春隠の地』のリッパなランドマークと化していた。
「肯定。“核心”を喪失したれいどぼすは、その“穴”を以て龍脈の気を循環させる“龍穴”と化します。半永久的に、周辺一帯の妖気を抑制しつつ霊気を放出してくれることでしょう」
(空気清浄機にしちゃドでかいわね)
確かに遺骸は青色と土色の輝きをごくゆっくりと明滅させ、“死”どころか“生”を感じさせる美しさがあった。
マップを開いてみれば、セーフティエリアを示す強調表示とともにファストトラベルポイントとしても登録されているのだった。
「また星辰が満ちた時に限定されますが、このような『大仏』さえあれば異相世界にて大討滅戦の再現が可能です。撃破報酬も生成しますので、千方火の演算学習の為にもぜひ参加してみてください。現在参加可能な大討滅戦を表示しますか?」
「なるほど、定期的にリプレイできるんだ。……ううん、興味あるけど今は遠慮しとく」
ゲリラ的に発生したお祭り騒ぎが1回こっきりで消滅してしまっては、プレイヤーたちの千差万別なログイン環境に対して誠実とはいえない。公式サイトに復刻ローテーションのカレンダーでもあるのだろう。
千方の言葉でハナは合点がいった。
どうりで。ジャクジャクが強制顕現させられた大穴こそ土砂で埋まっていたが、大蛇が這い回った獣道の戦場までそのまま残っているわけだ。
今現在も、熱心なプレイヤーたちが遺骸や地形を見ながら予習中だったからだ。
レイドの配信切り抜きやインターネットスレッドを参照しながら、記念スクショの催しも盛んのようだった。
ユニークNPC千方とともに遺骸の背に現れたハナへ、遅かれ早かれ多くの者が気づいていた。
「お、ハナさんだ」「おーいハナちゃん!」「ハナチヤン、こんにちはー」「隠鬼レイド見てたよ!」「カッコよかったぜ!」「ね、ね、復刻に備えて攻略法教えてくれない!」「あの鎧袖輪廻っていうーのどうやって使えるようになったのー!」
挨拶、応援、勧誘、おねだり。課金っぽい派手なエモートで目を引かせたり、遺骸をよじ登ってカサカサと迫り来る一団も少なからずいて……、
「千方。それよか今日はやらないといけないことがあってさ、付き合ってくれる? 世界を救う冒険ってわけじゃないんだけど」
「肯定、“カワイイ顔”の我はそなたの為ならなんなりと」
「なにそれ。なんか機嫌良いね」
ーー 《鎧袖輪廻》 ーー
ーー 素早さ 上昇(絶) ーー
ーー 回避距離 増加(絶) ーー
ーー 回避後硬直 減少(絶) ーー
ーー 回避無敵時間 増加(絶) ーー
ーー 鎧袖改造の型(Build)に応じ、鎧袖能力値を絶大強化したうえで稀人能力値へ変換する
ーー
ーー 戦闘時は解除不可。また発動中は鎧袖輪回を除く全ての鎧袖機能が使用不可となる ーー
ーー 発動中に死亡すると、全技能魂、全通貨、全所持品、全鎧袖兵装を失う ーー
強化外骨格『鎧袖』の隠し機能、『鎧袖輪廻』をつけっぱなしにしているおかげで千方も“義顔”ONのまま。「ただのおまけ機能」みたいに言っていたが、何やらまんざらでもなさそうだ。
「そなたこそ。他の稀人たちが接近してきていますが、過去の類似状況から予測するに『泣いて転移する』か『泣いて隠れる』を選択しなくていいのですか」
「泣いてないんだけど!?」
そしてハナも。数多の稀人の“言霊”に満ちたあのレイドを超えて、心境に変化があったのは確かだ。
「……そりゃメンドいのはメンドいけど大丈夫。今からやることが上手くいけば、あたしもああいう人たちも少しは楽になるはずだから」
マップをスクロールしていき、ハナが実際に行ったことのある数少ないロケーションをタップ。
「というわけで。ついでに“あの子”の顔も見たいし……行きましょ」
「承諾」
ーー 転移門 隠鬼城 ーー
千方の手元から渦巻いた鬼火がファストトラベルのゲートを形作った。
「ごめんねみんな! 知りたいことは“また後で”!」
逃げる為でも隠れる為でもなく、前へ往く為に。ハナは、同じゲームに浸る同胞たちへ後ろ手を振りながらゲートをくぐった……。
ーー 龍穴 ーー
ーー 大規模討滅戦にて倒された強敵の遺骸が、喪った“核心”の“穴”を以て龍脈と繋がったモノ。周辺一帯の霊気と妖気の均衡を保ち、魔物が寄りつかない安全圏と為す ーー
ーー 逢魔時より前から、人は“霊”と“妖”の均衡を保つ装置を生み出してきた。世とともに悉く壊れてからは忘れられて久しく、その名を『大仏』と云う ーー