1-1「時(SNS)の人」
ーー 扶桑城下町 ーー
とある宿屋にて。
「悪いな看谷……じゃなくてハナ。2人っきりでこんなとこ気まずいだろうけどさ」
「べつに? 何度も言うけどあんたは攻略対象じゃないし、プログラム的に妙なコトはできないようになってるでしょ」
「……何の心配をしてるんだ。ソロ専のきみを無理やり連れ出して悪いって話だよ」
「冗談冗談。さすがにあの数のプレイヤーは捌ききれなかったし、感謝してるんだけど」
寝台の上に腰掛けた看谷 英子ことハナが見据えた先で、村鞘 市郎ことイチは窓辺に寄りかかっていた。
フルダイブ型和風MMO『稀人逢魔伝』。イチに布教されたこのゲームをチュートリアルクエスト完了まで進めたものの、訳あってここまで避難させられたハナである。
窓外の町には原色鮮やかな木造建築が密集し、歯車仕掛けのからくり過多。
ゲーム内時間の進み方は大体10分で1時間といったところか。あっという間に夜を越え、暁間近に白んだ空が扶桑城を照らしつつある。
ハナは門前の大橋からしか町並みを見ていなかったが、こうして只中にいるとゲームながら異世界に飛び込んでいることをひしと感じられる。
もっとも。このフルダイブを楽しんでいる実感でいえば、腰に佩いた打刀を思うさま打ち鳴らしていた瞬間こそ一番だが。
あの笛塚の湖で、ウシャナなる英霊と死闘を繰り広げたひとときのように……。
「確認させてくれ。逃げて当たり前のキドーに勝ったうえにチュートリアルをスキップしてこの扶桑城下に1歩も入らず、生身でかき捨ての竹林を突破したあげく隠しボスのウシャナを幻の技フェイタルヒットで倒したっていうのか」
「そうだけど。良いゲームね、負けイベントでも勝ったらちゃんと報酬とか展開の違いがあるなんて」
そう。イチの反応を見るに、ハナはどうやら奇天烈なことをやってのけてしまったらしい。ピンときてはいないが。
「負けイベントとはわかってて勝ちに行くんだもんなきみは……」
「負けるつもりで戦うなんてそれこそゲームに失礼なんだけど」
「いやいやいや、負けるつもりで道を敷いてくれてるんだからゲームも引いてるって」
「そうかな? 死にゲーの開発者なんてプレイヤーが裏掻いた時ほどドSに笑ってそうだけど」
「ああやっぱり死にゲーだと思ってる……。違うんだハナ、終末版からの歴史を見ればそうともいえるが今は鎧袖ありきのむしろ無双ゲーで……」
「そうそう、あの強化外骨格がここの町で貰えるんだって? それはスキップして悪かったと思ってるからさ、案内してほしいんだけど」
休憩もそろそろ飽きてきたので、ハナは寝台からピョンと立ち上がった。
「俺じゃなくて、きみにシメられた鬼火にお願いするべきだと思うぞ」
「ごめんって。鬼火くん……あー、鬼火ちゃん?」
ーー 鎧袖工房に目的地を設定 ーー
ハナの傍らに現れたナビ鬼火が、なんだか気まずそうに揺れた気がした。
「これもNPCからもう教わってるはずのことだが、正式名称は『千方火』。チュートリアル後もナビしてくれるありがたいモノだからな、蔑ろにしていなくなっても知らないぞ」
「そんなことあるの?」
「聞いたことないが、倒せないはずのウシャナを倒したきみならありえる。……って、SNSでもう話題になってるな」
イチが見せてくれたウィンドウにはSNSのタイムラインがあった。
他でもない、風来姫がウシャナへフェイタルヒットをキメたクリップ動画が拡散されていた……。
『悲報、ウシャナ先生撃破される』『逃げようとして撃墜されてて草』『3Dモデルを流用したネタ動画だろ』
「ちょっと。あたしの許可無しでこんなの盗撮なんだけど」
「プレイヤーネーム等の個人に繋がる情報を隠した上なら、動画や配信に映っても許容される規約になってるんだ。きみの場合はネームとかそういう問題じゃないから違反といえば違反だが」
確かに風来姫のネームプレートと目元は黒塗り処理されていたが。我ながら修羅の動きをしているので凶悪犯っぽい。
さらにタイムラインの最新部分では、別のプレイヤーたちが壊れた笛塚の前に集まっている様子が投稿されていた。
どこかで見たような見ていないようなからくり師の蕗下族少年が、恐る恐る旅立ちの祈りを捧げる……。
『ベケケケケ!』『うわあ!? ままままたキドー!?』
壊れた笛塚の下から溢れた妖気が初陣狩りのキドーと化した……が、それはハナが体験したものと異なる。
『悲報、呼び水の笛塚からウシャナ先生出てこなくなる』『初心者狩りできず引きこもってて草』『笛塚壊れてる!?』
笛塚から現れたウシャナがキドーを放つ、というイベントだったが、笛塚は彼の者の撃破とともに壊れてしまったのだから。
『安心しろ、他のエリアでは相変わらず乱入してくるよ』『倒せるか試してくるわ』『フェイタルヒットブームくるか』
『……剣よ。稀人、神器の剣と成りうる稀人よ』
春夏秋冬に雰囲気が分かれたフィールドたちで、色合いが微妙に異なるウシャナがプレイヤーたちを狩っていた。
「……へえ。アイツ、何体もいるんだ……」
「こらこら、目が据わってる。ウシャナ以上のボスだっていくらでもいるから」
「ホントっ? どこ、どこにいるっ?」
「目を輝かせてるところ悪いが、教えてほしかったら今は俺の話を聞いてくれ。きみは扶桑国をアツくさせてる張本人なんだ、ほとぼりが冷めるまで動きには気をつけたほうがいいと思う」
イチが『所持品』のウィンドウを操作すると、同シリーズらしい上衣と下衣が虚空から取り出された。
ーー 『町人の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『町人の股引』(下衣装備) ーー
装甲はどこにも見えない、普段着感漂う小袖の着物と股引だ。
「とりあえず服装を変えて誤魔化そう。町中に限っては町人モードって設定でネームが見られないようにできるから、鎧袖を貰いに行くまでは大丈夫だろう」
窓外の彼方に、日の出の輝きが閃いた。
◯ ◯ ◯ ◯
ナビ鬼火改め千方火が胸元辺りに浮遊し、矢印めいて揺らぐ。入り組んだ路地と往来の中で導となる。
町中にて。長屋型の商店から呼び込みの声がこだまする市場を、長い黒髪をなびかせて歩いていく町娘が1人。
ーー 装備変更 ーー
ーー 『逃亡姫の市女笠』(頭装備) ーー
ーー 『千人針の小袖』→『町人の小袖』(上衣装備) ーー
ーー 『千人針の膝甲』→『町人の股引』(下衣装備) ーー
ーー 『魂源の篭手』→無し(腕装備) ーー
ーー 『二束三文草履』(脚装備) ーー
「わあ。小さい頃、お婆ちゃんに時代村連れてかれたの思い出すけど」
「ごほん……」
「なに? その最高にダサくて目立ちそうな着ぐるみで窒息した?」
「いや、コイツは通気性バツグンだしネタ装備としてはメジャーなほうだから心配ご無用だが……」
面頬付きの市女笠はそのままながら、装甲付きの着物も激レア篭手も脱ぎ去ったハナ。……そして傍らには、メンダコの着ぐるみに包まれたイチが歩いていた。
ーー 『面蛸の着包み』(上下衣装備) ーー
「じゃなくて……その。看谷って髪伸ばしたらそんな感じなんだな……」
メンダコマンがモソモソした。
「どんな感じよ。べつにこの髪型じゃなくてもよかったんだけど、リアルのままの姿は個人情報的にマズいかって思っただけだから。似合ってない?」
「ごほん……ん、んん…………似合ってる」
「風邪なの? そういうイチこそリアルそのままのキャラなんて心配なんだけど」
「俺はもういいんだよ、誇りを持ってプレイしてるからな。eスポーツの選手だって顔出ししてるだろ」
「何その例え。……ていうか今さらだけど、あんたまで変装する必要無かったわよね」
イチは肩をすくめただけだったが、べつに深掘りするほど興味は無かったので鎧袖工房へ歩みを早めた。
ーー 『面蛸の着包み』(上下衣) ーー
ーー 深海の偶像、面蛸になりきれる着包み。異界の品(課金アイテム)。 ーー
ーー 稀人は蛸を食らう。まったくもって狂気の沙汰である ーー