-1-1「刺線」
看谷 英子は、自分に向けられるシセンが嫌いだ。
「アンタさぁ看谷ぃ、前々から気に入らなかったんだよね。何でもご勝手にどうぞって感じでいつもすまし顔なのに、変なトコだけズケズケ突っかかってきてさ」
今日なんか、校舎裏で不良な女子グループに呼び出されたものだからますます嫌いだ。
「あたしまで変に見られるようなコトはしたくなかっただけ、なんだけど」
潔すぎるほど毛先をぱっつんと切り揃えた黒髪おかっぱボブ。黒色マスクの奥でこぼした英子は、セーラー服に羽織ったパーカーを手持ち無沙汰に整える。
「スマイリーボブのコスプレでゴミ拾いって、美化委員関係無いんだけど。自分の推しキャラねじ込んでるだけのアイデアなんだけど。だいたい何年前に流行ったキャラって話なんだけど。ていうかアレって幼児向けのアニメだったはずなんだけど」
「う、うるさぁぁい!」「委員会で散々聞いたわ!」「ケドケド女!」「こっちは感情で来てんのに理詰めで返すなバカ!」「ロジハラ!」「幼児向けでもマニア受けするんだよ!」
キャンキャンとやかましかったが、英子はただただ不良たちを見つめていた。
「ま、あたしが言わなくても不採用だったはずなんだけど。ああ違うか……やっぱあたしが言わなかったら、みんなあんたらに屈してたかもね。住宅街に下りてきたおサル並みに何するかわかんないもん」
「こんのっっ……そういうとこなんだよ!!」
不良リーダーの、刀の刃じみた鋭いシセンがはっきりと見えていた。
比喩ではなく、英子には実際見えていた。
不良たちの胸元に現れた刀刃が、悪意を持った様々な形で英子に突き刺さっているのを。
だから。不良リーダーの手へ新たに現れた刀刃が、頬に刺さった直後……、
彼女が不意打ち気味に放ったビンタの、フレーム回避くらい造作もなかった。
「手。出したね」
表情まで「んなっ」とつんのめった不良リーダーへ……、直後、回避の勢いを乗せたカウンタービンタを食らわせた。
「ほげぇぇぇぇ!?」
3回転半した不良リーダーは、慌てて受け止めた取り巻きたちもろともぶっ倒れた。
「次はグーでいくわよ。どうする?」
急激に動いたものだから黒マスクが片耳から外れてしまった。
黒髪おかっぱボブがよく似合うカワイイ系の小顔ながら、鋭い目付きの少女は不良たちを見下ろすのだ。
「じょ、女子をひっぱたくなんてサイテェェェェー!」
対して不良たちは、リーダーの逃走を皮切りにダバダバと撤退していったのだった。
「おま言うなんだけど!? ったくもう……時間返せ」
情けない後ろ姿たちが振り向くたび、刀刃がギャグみたいな長さで英子に刺さってきたが。やがて校舎の角向こうへ走り去っていったのに合わせて、刀刃も消えていった。
(刺線。こういう時だけは便利よね)
看谷 英子17歳。他者からの視線……意識が刀刃の形でわかるという、不思議な能力を持っていた。
英子はその刀刃を『刺線』と呼んでいた。
『刺さった』と感じるだけで痛みは無いが、それがどういう性質のものかまで否応なしに認識するのだ。
今みたいにビンタの先読みだってできるし。
相手から英子が認識できてさえいれば、どんなに遠くからでも察知できるし。
今、校舎3階の窓ガラス越しに伸びてきている刀刃のように。
「はいはい、今戻るんだけど」
手で振り払ってみせてもすり抜けた。幽霊を無視するくらいの気持ちで、英子は折り合いをつけるしかなかった。
◯ ◯ ◯ ◯
「看谷、見てたぞ。また必要無いケンカしてただろ」
「なんの話? 村鞘。ゴミ掃除してただけなんだけど、美化委員らしくね」
2年C組の教室に戻ると。2人分のカバンを持った男子が、廊下の窓際で呆れていた。
村鞘 市郎。元運動部だけあってやや引き締まった体格の、落ち着いた眼差しの男子だ。
「きみの使命感の強さは立派だよ。だけどなあ、“いちばん楽な方法”でかえって物事を難しくしすぎなんだ。脳筋プレイだけじゃなくて、アイテムやスキルを工夫すればそもそも回避できるバトルだってあるんだぞ?」
「隠しスキルなら使ってるんだけど」
「なにって?」
「なんでもない。それよりカバン返してほしいんだけど、今日はもうさっさと帰りたいの」
村鞘は言い足りなさそうではあったが、英子のカバンを素直に渡してきた。
ふと、教室でダベッていたクラスメイトたちが帰り支度を終えて2人を通り越した。
「じゃあなー村鞘ぁ、看谷ぃ」「なんだなんだムズカシイ顔して」「死にゲー? の話?」「趣味が合っててイイねぇ」
「またあんたらはそういう……。何度も言うけどこんなの攻略対象じゃないっての、ただのゲーム仲間」
「ああおい、待てって看谷」
手を振ってまとめて挨拶したのだが、今日も今日とて村鞘はついてきた。
「俺が攻略対象じゃないって? 他に男っ気も無いくせによく言うよ」
「恋愛ゲームとかで主人公の目がボカされてるのって、意図的なんだってさ」
「そのチョキをしまってくれ。冗談はさておき、『ブラッドソウル』RTAは俺が勝ったんだから約束守れよな」
「わかってるんだけど……。招待キャンペーンの条件達成のところまでだかんね」
「それはもちろん。そこからさらに続けるかどうかは看谷次第だ。まあ俺もハマったんだから続けるだろうが」
「押しつけがましいゲーマーは嫌われるんだけど」
とうとう昇降口で早足を追い抜かれて、村鞘はカバンから取り出したものを看谷へ差し出した。
それはフルダイブゲームのパッケージだった。
「『稀人逢魔伝』。完全ソロプレイ可能で、プレイヤースキルこそがモノをいうMMORPG」
どこかメカニカルな和風装備を纏ったキャラクターたちが刀や御札などを構え、日本らしい四季折々の原風景を背にしたキービジュアルがプリントされていた。
あと、リボンで包装されていたのと『誕生日おめでとう!』の自筆メッセージカードが添付されていた。
「最凶のマゾゲーといわれた旧バージョンから新生して、今や同接プレイヤー600万人突破の覇権ゲーだぞ!」
「それより渡し方ァ!」
周りの生徒たちが「誕プレ……」とニマニマざわついていたので、さしもの英子も刺線を受けまくって赤面した。
【看谷 英子】
他者からの視線や意識が刀刃の形として自分に刺さって視えるという超感覚、『刺線』能力を持つ少女。17歳。
多感な中学時代は刺線のせいで人嫌いを患ったが、家族ぐるみの付き合いがある友人たちとの交流などを経て上手く切り替えられるようになる。