淀河源五郎によるラズィヲ体操暗殺術のすゝめ2
ここはやっぱり超日本、超東京都、うんももす町にある第3公園!!
ガキどもを前にし、淀河 源五郎(63歳)は、いつものよーに源五郎流ラヂィヲ体操暗殺術を披露していたッッッ!!!
8月のバチクソ暑い中、鬼の形相でイチョウの木と向かい合う!!
しどどに垂れる汗、白いタンクトップは濡れそぼり、ボンレスハムみてぇな大胸筋にはモッサリ生えた胸毛! 薄桜桃色した乳首がピクピクッと震えていた(萌ポイント)!!
そしてバックコーラスには、例のモーツァルトの『怒りの日』であーーる!!
『脚を大きく回し〜、周囲の敵を薙ぎ払う運動ッッッ!!!』
中国拳法の旋風脚の如く、源五郎は周囲の砂を巻き上げてヘリコプターのように飛び回る!
バァフォッ! という衝撃波が巻き起こり、ガキどもの横面を引っ叩いた!
そして、飛び上がった源五郎の強脚が、ぶっとい樹の幹を叩き折る!!
あれま! とんでもねぇ音を立てて、ブッ倒れるイチョウの木!
それは無情にも幼児が一生懸命に作っていた砂の城に直撃し、単なる元の砂塵へと還した!
スコップを持って、しばし唖然となった幼児! そして、ギャン泣きする声が公園内に木霊した!!
ちょうどバックミュージックも佳境のパート部分に重なって、まさに終末の様相を想起させるのに充分であーる!!
そんなカオスな状況、残ったイチョウの幹の前で残心する源五郎!
「……さあ、やってみろ」
「無理ですわよ!」「できるかよ!」
同時にそう叫んだのは、越宮 紫苑ことシオンと、諸好 健司ことタケシの両者であーった!
シオンは読者の期待を裏切らない金髪縦ロールお嬢様であり、タケシはタカシだかマサシだか馬刺しだかよくわからんモブなんで特筆することもなく、くしくも2人は同じ12歳の小学6年生であるが、両者の価値は月とスッポン、提灯に釣鐘といった有り様であり、120%の確率で恋愛関係などにはならないコンビなのであーーる!!
「できないだとォ? そんなハズはない。やればできる。脚の甲を鋼以上の強度にし、音速より少し早い速度で蹴り飛ばす。この程度のことができずに“健康”とは言えん!」
血走った目でそう豪語する源五郎は、頭のネジが数本飛んでいるようにしか見えなかった!
「いやいや、どんなに健康だからって、木を蹴り倒すなんて常人には無理ですわよ…」
「いいから、まずはやってみろ」
「それはともかく、源五郎先生よぉ。公園こんなにしちゃっていいのかよ」
やらされるこの流れを変えるべく、タケシは公園を見渡して指差す。
木はほとんど蹴り倒され、地面にはそこかしこにクレーターのようなものができ、噴水は割れて水漏れし、柵はひん曲がり、ブランコは落ちて単なるパイプの骨組みだけとなり、滑り台は爆撃でもあったのかという有り様……つまり、ほぼ廃墟のようになっていたのであーった!!
「構わん。ラヂィヲ体操程度で壊れる公共施設の方が悪いのだ。子供を健康的に遊ばせるという気構えが欠如している、そんな政府と町内会が全部悪い。奴らは紛れもない悪だ。不健康な悪だ!」
源五郎は一分の迷いなくそう断言する。
「公園の方の修理は、私のお父様に話せばなんとかしてもらえますわ。でも、源五郎おじいさま。もう少し手加減の方を……」
「手加減したら健康ではなくなる。健康になるには一瞬たりとも手を抜いてはならんのだ」
どこまでも譲歩しない源五郎に、シオンは若干トキメク! だって女のコだもの♡
「む? そろそろ7時になるな。今日はここまでだ」
源五郎の腹の虫が、正確に7時の到来を告げていた。
「マサシ。シオン。その他諸々1列に並んで、スタンプカードを出せい。ハンコをくれてやる」
「タケシだよ! はい!」
手加減を知らない源五郎は、象が筆箱を踏み潰すような勢いでカードに激しく押印する!
「あ、あの源五郎おじいさま!」
「なんだこの野郎」
シオンのスタンプカードにズドゴンッ! と、押しながら源五郎は睨む。
「この野郎って……ヒドイですわ!」
シオンはコホンと咳払いする。
「私のこの格好どう思いますかしら?」
「格好だぁ?」
「ええ。運動がしやすいように、レオタードにしてみましたの」
シオンはバレリーナが着るようなピンクのフリルのついたレオタードを着ており、源の字マークは缶バッジで代用していた。
「動きやすい服装ならなんでもいい」
「いや、そ、そうではなく……その、似合ってるとか、カワイイとか?」
モジモジしながら問うシオン。だって、女のコだもの♡
「カワイイだぁ? 健康にカワイイさなど不要!」
源五郎が梅干し食ったみたいな顔をするのに、シオンは小さな唇を尖らかせた。
「もういいですわ! な、なら、源五郎おじいさま! ブレックファーストをご一緒しませんこと!?」
「ぶ、ぶれ?」
「朝食ですわ! この近くに美味しいパン屋さんがありますの!」
「朝飯なら朝飯と言え。ワシは朝は米と味噌汁派だ」
「なら、ライスとミソスープを出す店を今調べますわ!」
「超日本語で喋れ」
シオンがスマフォで調べようとするのを、源五郎が止める。
「それに、ばあさんが朝飯を準備して待っておる」
「そ、そうですの……」
目に見えてガッカリするシオン。
「な、なあ。男の趣味悪すぎだぜ。シオン」
「うるさいですわ! タカシ!」
「タケシだよ!」
タケシの背中を握り拳でポンポコ叩くのはどこぞのラブコメかと思わせたが、そこに恋愛感情がなければ何ら問題ない行為であーる! タケシの好感度は1ミリも上がってない!
「朝からやかましい。……最後にワシのだな。ん?」
源五郎は、自分のスタンプカードにも押印しようと胸元をまさぐり眉を寄せる。
「スタンプカードが……ない?」
「持ってくるのを忘れたのではありませんの?」
「そんなことはない。ワシは24時間、片時も外さずに首にぶら下げている。いつ体操になってもいいようにな。風呂に入る時ですら外さん」
“いつ体操になってもいい”ってどういう状況だよとガキどもは思ったが、殴られたくなかったので黙っていた。
「さっき大暴れした時に落としたんじゃねぇの?」
タケシは倒れたイチョウの木を見て言う。
「ありえんな。紐は強靭なカーボンナノチューブ製だ。ちなみにカードの部分も、紙ではなく耐腐食コーティングを施した、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持つといわれるタングステン製だ。だから、破壊したり、紐を引きちぎるよりも、ワシの首を切り落とした方が早い」
米俵みたいな頸をトントンと指で叩きながら源五郎は言う。大斧でも落とせそうにない、鍛え上げられ過ぎた太い頸であーる!
「なら、一体どこに……」
「むむッ? あの人だかりはなんだ?」
公園内を見回していた3人は、なにやら雲梯(大破した跡地だが)の方に人が集まっているのを見つける。
「はぁ〜い! それではぁ、これからぁ〜、ラズィヲ体操を〜、はじめていきたいとぉ思いまぁす♡」
鼻から抜けるような甘ったるく、舌足らずな声が響き渡った。
雲梯(跡地)の前に立っていたのは、まだ10代後半か20代前半と思わしき女性であり、そのアニメ声に相応しいポワ〜ンとした、おっとりとしたような顔で、赤いハチマキ風のリボンをつけた茶色いショートボブ、なぜかピッチピチの体操服はヘソが見えそで見えないくらいの丈であり、現代ではすでに廃止された男の夢であるブルマを着用していた!
それで、もはや読者には説明不要だろうが、当然のことながら爆乳であーる!
胸元の四角いゼッケンが歪に押し上げられ、平仮名で書かれた『あかり』のマジック文字がかすれんばかりに引き延ばされてしまっている! かつ、そのゼッケンの横にはあるべきところにある2つのボッチがあり、メンズたちの飽くなき想像力を掻き立てさせていた! もしかしたらボタンの可能性もあるにもかかわらず、そんなこと考慮する余地などないのだーッッッ!!
「アカリちゃーん♡」
「双葉 アカリちゃーん萌ェ!」
アカリというらしい彼女の前に群がっているのは、カメラを構えたメンズどもだぁ!
「もーぅ! みんな、ちゃんと体操する気ぃあるのぉ〜!?」
「怒った顔も萌え萌えェ〜♡」
パシャパシャとシャッターを切る! 彼らが匍匐前進するかのような体勢なのは、ご褒美アングル……つまり、推定Gカップのデカチチに、顔の下半分が隠れちゃってるのを撮るためであーる!
「もーぅ♡ アカリ、勝手に始めちゃうぞ〜ォ!」
真っ赤なほっぺをプクーとさせるのは、当然のことにシャッターチャンスであーる!
そして、例のBGMがどこからともなく流れる!
「おいっちにー、さんしー♡」
さて、説明するまでもないだろうが、アニメにしかいなさそうなとんでも爆乳だ! それが軽く動いただけでどーなるかは、懸命なる読者諸君は容易に想像できるだろう!
アカリのワガママボディは、超地球様がもたらした重力という絶対的な物理法則に逆らう! これはもはやワガママボディVS超地球様といっても過言ではなーい!
あいや! それでも説明しろと言うのネ! お客さんも好きネ!
なれば、説明しよう! とどのつまり、乳がバインバインでボヨヨ〜ンなのであーる! ちなみにこの部分は真顔で書いていることを告白しておく!
とにかく、物理の法則を無視して左右の乳房が別々に上下するわきゃねーだろとか、昔の格ゲーみたいに乳の部分だけが揺れるわけねーだろうとか、乳がこんだけ動いてんのに痛くねーわけねーだろうとか、こんなデカチチ維持するためにブラつけてんだからありえねーだろとか、乳袋とか舐めとんのかとか、そんな女性読者の思いを無視して、乳は激しく揺れ動くのであーーった!!
「ハァハァ♡ あん♡ あーん♡ いやぁん、う、うぅん♡」
なんでラズィヲ体操ごときで息も絶え絶えになって、顔真っ赤にしてこんな声出してんのかと思うが、これはもちろん視聴者サービスであーる!!
そして、ついに皆が待ち構えていたメインディッシュ!
そう! “両足を揃えてジャンプ”の時間がやってきようとしていた!
脇を伸ばす運動ですら爆動していたのだ! それが飛び上がったら、とんでもねーことになるのは誰の目にも明らかだ!
もちろん、カメラを構えた男たちはそんなシャッターチャンスを逃すわけがない! あるものは連続写真、あるものは動画に、その奇跡的な瞬間を逃すまいと固唾をのんで待ち望む!!
「グォラァーッッッ(巻き舌)!!! 神聖な公共の場でいかがわしいことをするな!!! 不健康的だぞ!!!」
空気のまったく読めない、源五郎の怒号が響き渡る!!
ラズィヲ体操の音源は掻き消され、アカリはキョトンとその場に立ち尽くした。
「おい! ジイサン! なに邪魔して……あんぎゃぁー!」
文句を言おうとした勇気あるメンズだったが、源五郎のビンタ1発で公園外に側転でもするかのようにブッ飛んで逝った!
その際に撮影機材が破壊され尽くしてのを見て、男たちはカメラなどを隠すように後ずさる。お宝映像を駄目にされては事だからであーる!
「こんなところでなにを……ん!? 貴様の胸に挟まっているのは!!」
殴りそうな勢いで近づく源五郎は、アカリを見てびっくら仰天する!!
「ワシのスタンプカード!!」
「え? えへへ、そこで拾ったのですぅ!」
でっけー乳に挟まれて埋もれていてよくわからなかったのだが、そりゃよく見りゃ、黒光りするそれは源五郎のナニ……もとい、スタンプカードであったのだ!! うらやまけしからーん!!
「貴様ァァァッ!!! それを返せェェェッ!!」
「いやぁ〜、止めてくださぁいぃ!」
乳を揺らして逃げるアカリに、ハゲ頭を光らせて追いかける源五郎。どこからどう見ても源五郎が悪人にしか見えない絵面であーった!
「ちょい、待ちなはれ」
源五郎を遮るようにして、突如として登場した男が立ちはだかる!
「なんだ貴様は!」
「九之助様!」
アカリは、その男の背に隠れる。
「なんや貴様はってか? さいです。ワイは宝來院 九之助ちゅーもんですわ」
その男は長身の痩躯、金髪の細面、キツネ目で関西弁! あるあるの強敵キャラっぽいテンプレのまんまだった!
もちろん服装はこのバチクソ暑い中、和装と相場が決まっている!
まあ、キザにもアカリに手を振りながら「大丈夫やで」なんて言ってるのが腹が立つ!
とりあえず名字に『院』つけときゃ、坊ちゃま感と金持ち感だせるってのはまったくもって安直の極みである!
「源五郎おじいさま!」「源五郎先生!」
シオンとタケシが唐突に叫ぶ!
「なんだ? シオン? バサシ?」
「いえ、ヒロインなのに忘れ去られそうな気がしまして……」「バサシじゃねぇよ!」
「用もないのに呼ぶな!」と源五郎はやっぱり激怒する。
「なんや、聞いてたよりオモロイやっちゃなぁ。淀河源五郎クン」
でたー! 九之助の謎の上から目線! 余裕の笑みがやっぱり腹が立つ! あと年長者を“クン”づけすんな!
「……貴様、ワシの名前を」
「よう知っとるよ。源五郎流ラヂィヲ体操暗殺術の宗主はん」
源五郎の額にグワッとシワが寄る。
「アカリクンはお願いされて、この公園で“健康的”にラヂィヲ体操をやってただけや。お仕事やってんな。堪忍したってや」
アカリはコクコクと頷く。
「貴様は…」
「そして、なにを隠そう、このワイこそがや。このアカリクンにラヂィヲ体操をお願いした……宝來院流武術体操の宗主と言えばわかりええかな? 平たく言うなれば、黒幕ちゅーわけや」
でたー! 九之助は片目だけ薄く開いて言う! つむってたら見えねぇなら、最初から開いとけってんだ!
「なにがだ?」
「へ?」
源五郎が首を傾げるのに、九之助は少し動揺した。
「せ、せやから、宝來院流や! 『健康のための武術体操』…名前くらいは知っとるやろ!!」
「あ! 思い出しました! よくテレビに出ている人ですわ!」
シオンはポンと手を叩く。
「せや! お嬢ちゃん! 今じゃテレビだけやのうて、SNSにも出とるやろ! ワイの顔よぉ見てや!」
「マジだ! ウンモモッターで検索したらたくさん動画でてくんぜ!」
バサシがスマフォを見ながら言うと、九之助は「ナイス!」と親指を立てて安心したように頷く。
「そうですぅ! 九之助様は時の人ぉ! 超有名な方なんですよぉ〜!」
アカリはどこからから週刊誌を取り出し、宝來院流の健康法が特集され、九之助がインタビューを受けているページを指差す。
「そんなものは知らん」
源五郎の無情な一言。九之助とアカリはズコーとなり、源五郎の後ろにいたシオンとバサシは「ウソー」っという顔をした。
「知らんものは知らん。源五郎流ラヂィヲ体操暗殺術以外に、この世に体操など存在せん!」
「いやはや。まったくオモロイやっちゃなぁ。意外性ナンバーワンの男なんかいな? 源五郎クン」
「なに言ってんだ、コイツ? 頭いっちゃってんの?」みたいな顔で源五郎は怪訝そうにする。
「そんな話はどうでもいい。さっさとワシのスタンプカードを返せ」
「あはは〜。せやな。けど、“奪ったもん”、返すわけにはいかんやろ〜」
アカリからスタンプカードを受け取り、九之助は悪戯っぽく舌を出す。腐女子の萌ポイントであーる!
「う、奪ったって……なにを言ってるんですの! さっきアカリさんは拾ったって……」
「せやな。ワイが奪ったもんを、彼女がたまたま拾うた……なんも間違っちゃおらへんよ」
「な、なんでそんなことを……」
「実んところ、源五郎クンにラヂィヲ体操をしてもらいたくない御人がおってんなぁ〜」
九之助はスタンプカードを団扇代わりに扇ぐ。
「……それで、源五郎クンは、このスタンプカードがないとラヂィヲ体操ができへんてホンマかなぁ?」
源五郎の太い眉がピクッと動く。
「……それが事実なら万々歳。安心したってや。今日から、宝來院が責任を持って、市民の皆々様に体操を教えるやさかいにな」
「なにぃ?」
「アカリちゃんもヤル気マンマンや」
「はいぃ!」
アカリは直立して挙手する! 乳もやっぱり揺れる!
「せやから、源五郎クンは大人しゅう、退屈な年金生活を送っててほしいちゅーことやねん。簡単なお話やろ?」
「貴様……」
「おや、えらい怒気が感じられまんな。アカリちゃん。ちょぃとコレまた持っててや」
「は、はい……。九之助様」
九之助はアカリにスタンプカードを渡す。無くさないようにと、アカリは自分の首にカードを引っ掛けた。
「返せ」
「返してほしきゃ、取り返すしかないんやないかなぁ〜」
源五郎が拳を握るのに、九之助はユラリと手を前に構えを取る。
「せや。せっかくや。ヤリ合う前にオモロイもんでも見せたろか?」
「ヤリ合うって? なにもそんなもの見たくもないですわ…」
シオンが首を傾げるのに、九之助は「ふーん」と彼女の全身を上下に見やる。
「ジロジロとなにを……」
レオタードを視姦するロリコンなのやもと、シオンは気持ち悪そうにした。
見られたいのに着たのに、そんなには見られたくない…女心はまったくもって複雑であーる!
「ほう。そこのお嬢ちゃんはかなりの健康体やな。“ヘルスパワー”182ってとこかな」
「え?」
指差されたシオンは目をパチパチさせる。
「そこの坊っちゃんは……マイナス5ってとこやな」
「ま、マイナス? な、なんだよ……その数字?」
バサシも目……(略)。バサシの行動など描写するに値しない故に!
「で、でたぁ……! 九之助様の特殊能力ゥ……! 九之助様は……、相手の“健康力”を……数値化することが……できるので……すぅー!」
アカリは台本を見つつ、大根役者よろしく棒読みな説明をした。
「せや、健康になるために武術や体操に費やしてきた成果……それこそがヘルスパワーやねん。普通の健康的な一般人の平均が100を基準にした値やな」
「ふざけんな! シオンより長く体操してきた俺の方が数値が低いって……しかもマイナスってどーいうことだよ!!」
怒るバサシだったが、モブに興味のない九之助はシカトした。
「せやかて、この能力も万能やなくてな。実力が拮抗していると“手合わせ”してみぃひんことには、ヘルスパワーは正確には測れへん」
九之助は、源五郎を見て二イッと笑う。
「ちなみに、ワイの平常時のヘルスパワーは……およそ12万ってところやな」
「12万!? け、桁がぜんぜん違うじゃありませんの!」
「せやで! せやからぁ、ちょいと源五郎クンの健康力……測らせたってやぁ!!」
一足飛びに、九之助が襲い掛かる!
──宝來院流 健康武技三幕目『滝払扇打ち』──
「で、出たぁー! 九之助様の十八番ぉ! 体操としての機能性もさることながらぁ、武術としての理合、そして演舞としての観る者の目も健康にしてしまう華麗なる健康武技ぃ!!」
棒読みではあったが、一番の見せ場と練習の甲斐あってか、アカリは一言一句間違えずに言ってのけた。
さて、九之助がなにをやってるのかと言えば、左右の手を交互に大きく振り、脱力と遠心力を利用した中国拳法の高等技法である鞭打…もしくは劈掛拳と呼ばれる武術の動きに似た打撃なのであーった!!
(最速にして最強の打ち込み! シンプルだからこそ、対策がしにくい一撃や! 避ける? 防御する? さて、どうする? 源五郎クン!)
ベッチーーンッ!!
「は?」
源五郎の脳天に、九之助の強烈な一撃が直撃する!
「源五郎おじいさま!?」「源五郎先生!?」
「なんでそのまま受けてんねん自分?! ワイの一撃はハイペリオンの木も砕くねんぞ!」
「そうか。蚊でも止まったのかと思ったぞ」
「あぁ?」
九之助は眉をひくつかせる。
(しかし、なにかおかしい……。コイツに戦う意思がないせいなんか? 手合わせしたっちゅうんに、ヘルスパワーが測定できひん)
九之助の眼には、源五郎のヘルスパワーは以前として『????』となっていたのであーった!
「ほなら、これならどうやぁ!?」
──宝來院流 健康武技八幕目『真龍槍』──
それは全身をバネにし、震脚と呼ばれる強い踏み込みからの、槍による突きを思わせるような鋭い双拳による中段突きであーる!!
「ワイのホンキの発勁! 内臓ズタボロ確定やでぇー!!」
スドォン! と、源五郎の分厚い胸板に拳が突き刺さるが、本人は知らん顔で鼻毛をブチブチと抜いていた!
「…は?」
「さっきからなにをやっとるんだ?」
「お、オモロイやん…」
これは小っ恥ずかしー! 自信満々で厨二病っぽい技使ったのにまるで効いていない! これは恥ずかしい! 恥ずかしすぎるッッッ!!
「もういいか? ワシも運動するぞ? はやくスタンプカードを返してもらいたいからな」
「はぁ? ワイはまだホンキの勁力を練った一撃は使っとらへんで。遊びはここま……ッ?!」
──伍之型 身体を素早く曲げ、横に居る敵を串刺しにする運動──
ブボッシュッ! と、まるでジャンボジェットが通過したような衝撃波を受け、九之助は防御の構えを取る。
(な、なんやこれ?)
九之助の目に飛び込んで来たのは、スクロールでもするかのように貫手を繰り出す源五郎!
(テレフォンパンチもええところやないかい! トーシローまるだし! 所詮は“ごっこ遊び”やね!)
余裕のよっちゃんとばかりに避けようとして九之助は、自分の身体の違和感によーやく気づく!
「な、なんや? 身体が動かへん……」
九之助の指先から頭の先まで、ピクリとも動かせないのだーった!
「……ラズィヲ体操がなぜ“暗殺術”と呼ばれるか貴様に教えてやる。相手に“そうと気づかれぬ様”にブッ殺す。だから、“暗殺”なのだ」
「は!?」
九之助は、源五郎の指先がパクパクしていることに気づく!
なにがどーなってるか、ここにいるヤツらで説明できる解説役がいねーので、あえて説明しよう!!
源五郎のラズィヲ体操によって鍛え上げられた全身は、その“指先”をも含まれる!
そしてその指先をパクパクさせることで、真空状態を作り、吸引力の変わらねぇー掃除機の如きバキュームを生み出して、九之助の動きを止めていたのだーった!!
「ラズィヲ体操に無駄な動作はひとつもない…」
九之助が動けないのをいいことに語りだす源五郎!
「かつて超米ソ冷戦時代に、ラズィヲ体操をしているフリをして要人にと近づき、敵対勢力を次々と血祭りに上げた伝説の超日本人が……」
「なん…やて?」
「……いたとワシは思う」
「なんやてー?! それ、ただの妄想やんけ!!」
両手をパクパクさせているシュールな源五郎を前に、九之助はその立場に相応しく噛ませ犬の如きギャグキャラと化した!
「な、なんやて!? まさか、手合わせしてもヘルスパワーを測定できんかったのは……もしや規格外! ワイよりも遥かに高みにいるちゅーことか?! 信じられへん!!」
説明ご苦労! もはや「なんやてー!」という以外にやることのない、噛ませ犬的な関西弁キャラの宿命なのであーる!
そしてもはや説明するまでもなく、源五郎の無慈悲な暴力によって、某擬人化バイキン男の如くブッ飛ばされる九之助!!
九之助は早々にお空のお星さまになったのであーった(早朝という意味でも)!!
「すげーぜ! 源五郎先生!」
「本当にスゴいですわ……」
ガキどもの称賛を受けるヒーロー、源五郎!
「ブッフーッ!!」
熱い鼻息を吹き出す源五郎!
鼻毛がチロチロと見えるのも、これまた愛嬌に見えてくるから不思議であーる!
「ひ、ひぃいいい! 九之助様がぁ!!」
テンパったアカリは、眼の奥を螺旋にグルグルさせて、ハイハイで逃げる! それでも前屈みによる乳揺れは健在だ!
こんなシャッターチャンスなのに、男どもが近づけないのは、“歩く不健全抑止力”こと源五郎が側にいるからに他ならない!
「待て」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」
源五郎に睨まれ、逃げ切れないと見たアカリは服従する犬のごとく、腹を見せてその場に転げる!
その姿は半べそ、デカチチは左右に乱れ、ピチピチのシャツはヘソから下乳まで丸見え、M字開脚は……もはや“事後”であるようにしか見えなかったが、そんなことは描写する必要はない!
源五郎は鬼の形相のまま、片腕をグイッと伸ばす。
「ヒッ!」
アカリはこのまま源五郎の慰みものにされた上、海外に売り飛ばされる自身の運命を覚悟した!
しかし、彼女のエロマンガ読み過ぎな予想に反し、源五郎は彼女の首にかかったスタンプカードの紐を掴んでいた。
「ワシの目的はこれだけだ」
「……え?」
源五郎は紐をブチッと猛禽類みたいな鋭い爪で軽々と切る(読者諸君は忘れてるだろうが、紐は強靭なカーボンナノチューブ製である)。
そして、源五郎は自身の頸にスタンプカードを固結びして装着すると踵を返して行ってしまう。
「源五郎おじいさま!」「源五郎先生!」
シオンとバサシが唐突に叫ぶ!
「なんだ? シオン? バサシ?」
「いえ、だから、ヒロインなのに忘れ去られそうな気がしまして……」「だから、バサシじゃねぇよ!」
「だから、用もないのに呼ぶな!」と源五郎はまたもや激怒する。
「げ、源五郎……さま」
そんな、ほのぼの系の日常系アニメみたいな光景を見たアカリは、頬をピンクに染め、胸元をキュッと握る。
──恋の訪れはいつも唐突で……──
そんなアオリ文みてぇなのが、アカリの背後に出ていた!
彼女の心情になにが起きたかというと、ここで散々描写したように、彼女は恵まれたスゲベッティきつエロッティなボディを持ってしまったがゆえに、アイドル志望だったにもかかわらず、こんなスケベッティでエロッティな案件の仕事しか舞い込んで来ず、実のところ「私の価値ってオッパイだけ?」という劣等感に苛まれていたのだーった!
そんな折、オッパイだけじゃない男(目的はスタンプカードだったのだが、そんな細かけぇことはいいんだよ!)が現れたことにより、食パンくわえイケメソにぶつかった昭和の女子マンガのヒロインのごとく、アカリはチョロインと化したのであーーる!!
さらに言わせてもらえれば、あの九之助をワンパンでボコしたヒーロー的な立ち振舞い、かつ今アカリが死の危機に際してドキドキしていたのも要因の一端であった!
そう! 恐怖にドキドキしたのを、恋によるものと勘違いしてカップルが成立してしまう状況、つまり、かの有名な吊り橋効果が働いたのだァァァ(最近の学説じゃ、吊り橋効果はウソだとか言ってたけどそんなことはこの際どーでもいい!)!!
そんなアカリの心情はつゆ知らず、源五郎は自分のスタンプカードに押印する!
ちなみに超硬タングステンの板に朱肉はつかないんじゃねぇかと思われるかもだが、源五郎の超健康的な握力をもってすれば、押印による圧力で深い“跡”ができるのでなんにも問題はないのであーる!
「これでよし。さあ、朝飯だ」
「源五郎おじいさま! 明日は私との朝食を!」
「うるさい奴だ。そんなにワシと食いたきゃ、明日はワシの家に来い」
「え? い、いいんですの?」
「ただし、タクアンはひとり2切れまでだがな」
「はい!」
ウキウキのシオンであーる!
「あ、あの……」
「ん?」
「な、なんですの!?」
アカリがおずおずとやって来るのに、シオンは歯を剥き出して警戒する。
「源五郎様。お詫びというわけではないのですがぁ……よ、よかったらコレをぉ……」
アカリが差し出してのは、自分が開くライブのチケットであった。それも写真撮影、握手会込みの特別優待券であーる!
「ワシはこんな不健全な集まりには行かん」
源五郎はチラッとそれを見ると、わざわざ受け取ってビリビリに破く。
「あ……」
破くことはねぇやんとは周囲が思いつつ、アカリは泣きそうな顔になる。
しかし、源五郎は自分の小汚いズボンのポケットから新品のスタンプカードを取り出してアカリに差し出した。
「……だが、貴様が健康になりたければ話は別だ。この公園に毎朝来い。朝6時半だ」
「……あ」
──恋の訪れはいつも唐突で……──
そんなアオリ文みてぇなのが、またアカリの背後に出ていた!
今度は恋の応援ソングと、心情風景的には春の風とともに桜の花びらが舞い散っていた!
そしてアカリはこの時点でスケベッティ的なエロッティ的な、最終的にはスキャンダルAV墜ちしかねぇようなアイドルの引退を決意した!
とどのつまり、彼女の心は源五郎によって今まさに“健康”になったのだと言って過言ではあるまーい!!
「明日、6時半……か、必ずぅ!」
スタンプカードを嬉しそうに受け取り、アカリは頬を染めてモジモジする。
もちろん側では自身の立場が危うくなりそうなシオンが唸り声を上げ、すでに存在感が消えているバサシが特に描写する必要もない顔をしていた!
「あ、あの、そういえば朝食がどうのこうのってぇ……」
「は? ちょっとお待ちになって! アナタには関係のないお話ですわ!」
「もしよろしければ、私も一緒にぃ……」
「ダメダメダメ!」
「ドイツもコイツも他人の家の朝飯ばかり狙いおって……」
「あ! 源五郎先生! 俺もたまには先生の家で飯食いたい!」
「たまには……? ということは、源五郎おじいさまの…」
「自宅で御飯を一緒にしたことがあるとぉ?」
空気読めない発言をしたバサシに、シオンとアカリはギロリと冷たい目を向ける。
次の瞬間、公園の入口の方でガンガンと鳴り響く音がした!
「ん?」
音の鳴る方を見やると、オタマでアルミ鍋の蓋を叩いている幼女がいた。
美しい真っ白なロングヘアーで、白いワンピース姿の、それはそれは御伽の国から出てきそうな美少女だった。眠そうな瞳で、少し不機嫌そうに口をへの字にしている。
そんなファンタジーっぽい美少女が、オタマとアルミ鍋の蓋を持っているのは、なんとも言えないギャップがあっーた!
「朝ごはんの時間……」
「む? 7時20分か。かなりオーバーしてしまっとるな」
幼女が不機嫌そうに言うのに、源五郎の腹の虫が正確な時間を告げた!
「健康になり過ぎて、脳卒中か心筋梗塞になったかと心配した……」
「スマン、スマン」
ずっと鬼の形相をしていた源五郎がプリプリする幼女に破顔する! 源五郎、初めての笑顔であーる!
「ええっと、お孫さん……ですわよね?」
明らかにただならぬ関係なのを見て、シオンが尋ねる。
幼女は源五郎の拳の位置に頭があった。身長130センチくらいだとすれば、10歳前後……つまり、シオンより小さな女の子である。孫かひ孫に相違ないとシオンは思うのも無理はない。
「でも、あれは……」
アカリが見ていたのは、その幼女の胸だった。まだ第二次性徴期も来ていないであろうはずなのに、自分を超える爆乳……いや、超乳とも言うべき代物がそこにあったからだ! つまり、ロリ巨乳以上の……フェミニストが毛嫌いする創作界のオーパーツだったのであーる!
「なに言ってんの? あれが、源五郎先生の奥さん。円華ばーちゃんだよ」
バサシのトンデモ発言に、シオンとアカリはフリーズする!
「……年下、幼妻」
バサシの言葉に、マドカがニヤリと笑って答えた。
「なにを言ってる? 年下ではあるが、この前ちょうど還暦を迎え…ッッッ!?」
源五郎の向う脛を、マドカがエナメルシューズの爪先で蹴り飛ばす!
「ギィヤアァッ!!」
源五郎は苦痛に倒れてのたうちまわる!
「年齢はヒミツ。アンチエイジングの賜物」
──超乳ロリババアだと!? これ、若作りってレベルじゃねぇーぞ!!──
シオンもアカリもそりゃ心底びっくら仰天する!!
「メザシ。マドカ呼ぶ時は“ばーちゃん”ダメ……」
「メザシじゃねぇよ! バサシ……じゃなくて、タケシだっての!」
拳骨を作るマドカから、メザシは自分の頭を庇う。
「なら。タケシ。ごめんなさい……は?」
「わりぃ! マドカ“大”先生!」
「よし。エライ」
メザシの方が大きいので、彼が前屈みになるとその頭をマドカは「イイコ、イイコ」と背伸びして撫でた。
「帰るよ。源五郎。ご飯。冷めちゃう」
「う、うむ……」
ようやく立ち上がった源五郎の手をマドカが握る。その姿は本当に祖父と孫にしか見えなかった。
ちなみに源五郎の蹴られた方の脚は変な方向に曲がっていた。
「……ああ見えて、源五郎先生より強いんだ。怒らせない方がいいぜ」
メザシは小さな声で、シオンとアカリにそう言った。
「……あ。忘れてた」
「ん? なんだ? ばあさん?」
マドカはなにかを思い出したかのように、シオンたちの方に振り返る。
──源五郎にちょっかいかけんじゃねぇぞ──
──殺すぞ。女狐ども──
と、無表情なマドカが、そう言わんとしているのが気配だけで、シオンにもアカリにも背筋が薄ら寒くなるほどに理解できた!
((こ、こりゃ、ちょっと勝てねぇーわ))
戦闘力の差を見せつけられたシオンとアカリは
、試合前に真っ白に燃え尽きたのであーーった!!
ちなみに余談だが、源五郎は“夜の体操”の方も現役であり、大変なテクニシャンであったので、還暦を過ぎた2人でも夫婦仲は良好すぎるほど良好!! まさに超日本人が理想とする、超健康的なおしどり夫婦であったのだ! つまり、源五郎のヘルスパワーは∞なのであーーる!!!
──終──