ただし、優しくの
「いいかの?距離感についての今のおぬしの状況を確認するぞ?」
「はい。」
「おぬしが今まで接してきた相手は人間。耳が顔の横にあり頭の上には無い。そして尻尾は存在すらしていない。神域の者たちと輪郭が違うんじゃ。」
「はい。」
「これは、見てるだけならば僅かな違いに過ぎん。ただ耳が頭の上部についている『だけ』、尻尾がある『だけ』じゃ。触れぬ位置からじゃったら、本当にそれ『だけ』なんじゃ。」
「はい。」
「じゃが、近付くと大きく違う。無かった所にある。触れる可能性すら無かった場所で触れてしまう。」
「はい。」
「耳は……まぁ今のままでええじゃろ。撫でて喜ぶ相手を撫でておるだけじゃし、毎回気を遣って撫でておるようじゃしの。おぬしが問題となるのは尻尾じゃの。」
「えっ!耳はそんなんでいいの!?」
「まぁ、エロ度で言えば、耳<尻尾じゃからの。」
エロ度って……!
「それに耳を触る可能性は、かなり低いというか、特殊な場合じゃろうて。電車で吊り革に掴まっていたら誰かの耳に触った、とかも起こりえないのじゃ。神域の者は電車に乗らんからの。高い所の物を取るなんて場合も、誰か越しに取る事態もそんなにないじゃろうし、誰かいるなら一声かけるじゃろ?頭の上に耳の無い人間相手だとしても。頭を撫でるのもタマモとクロくらいじゃろうし、わざと耳を触ったりしなければそれでいいじゃろ。」
「クロは、ケイなら好きなだけ触ってもいいよ。」
「これ!それはまだダメじゃ!さっきラスに注意されたばかりじゃろう!」
クロの耳触っていいよ発言に内心大興奮してしまうが、平静を装う。ここで触りたそうなリアクションを見せてしまえば、クロは本当に触らせてくれるだろう。クロの為にも今は平静を装わねばならないのだ。……ん?まだって何だ?
「で、問題の尻尾じゃ。これは人間同士の距離感じゃとどうしても失敗してしまう場合が出てくるのじゃ。」
そう、尻尾はヤバい。えも言われぬ吸引力があるのだ。
「胴体を基準に考えると、尻尾はそこから数十cm飛び出してきている状態じゃ。種族にもよるがの。おぬしと関わりが深い、イズナもクロもラスも、それからこのタマモも、誰もが立派な尻尾を持っているからの。」
あ、そっちか。
「おぬしが人間とすれ違う時、無意識、とまではいかぬかもしれぬが、そこまで深く考え込まなくともすれ違えるじゃろう。じゃが、おぬしが生きてきた時間で培ってきた対人の距離感が、この神域では違ってくるのじゃ。例えば廊下などの限られた空間で神域の者の背後を通らなければならない場合も今後あるじゃろう。次回以降、おぬしが一人でここへ来るかもしれぬしの。左右、どちらかに寄っていれば、反対を普通に通れるじゃろう。じゃが、反対側にも誰かいる場合はどうなるじゃろうか。どちらの者も外側を向いているが、何か作業中じゃ。通れる隙間が無いわけではないが、困るよのぅ。尻尾は、動くんじゃもんのう。」
「それ!本当怖い!!いや、尻尾に触れてしまったなら、その瞬間は幸せなんだけど、その後の事を考えると本当に怖い!!あれじゃない?人間でいう、すれ違いざまにお尻触ったみたいなそんな感じの行動に当てはまっちゃったりするんじゃない?」
相手がこちらに気付いていないなら、尻尾含めどんな動きでこちらに接触してくるかわからない。
相手がこちらに気付いているとしても、自分の尻尾の距離感は正確に掴めているのか?反対側で作業している人に気付いているのか?またその反対側で作業している人の尻尾も含めた、尻尾✕2の距離感を把握できているのか?
また、完全に通れないならともかく、一応通れるだけの隙間があるならば、作業中の人に「後ろ通りますよ〜」と声かけるのもコミュ力がいる。
というか、尻尾むき出しなのに触ったらエロ判定とか、なんでなんだよ!
いや、隠せと言いたいわけではないですよ。それは絶対にダメです。
「当たらずとも遠からずといったところじゃの。……今おぬし、なんで尻尾触っちゃダメなんだとか考えたじゃろ。」
「なぜ分かるの!?」
「なんか悔しそうな顔になったからじゃ。」
そんなんで分かっちゃうのか。さすがでございます。
「まぁ、人間の女性も、胸部を守っているのは布が数枚だけじゃ。甲冑や鉄板で守っているわけでもないのに、触れるだけでダメじゃろ。そういう事じゃ。」
「えぇ……。」
それとこれとはちょっと違うような……?でも、ある視点においては同じ事と言えることもあるのだろうか?
まあいいか。とにかくダメなんだ。重要なのはそれだけだ。
「クロはケイなら、耳も尻尾も胸も触って良いよ。」
ごっふぅ!!!
鼻と口から色々と飛び出てしまった。
春姫ちゃんの頭と耳を汚してしまった。あぁ、背徳感……。
「そのかわりケイのも―――」
「だからダメじゃってば!!!ケイも、クロと二人きりの時に言われても決して応じる事のないように!」
「はい!……あと、頭、ごめんなさい。」
私はポケットからハンカチ(普段は持っていないことも多いが、今日は土地神様と会うからきちんと装備を整えていた)を取り出し、春姫ちゃんの頭を拭き拭き。あ、耳は……どうしよう?
「耳は、どうしようか……?」
「そのまま頼むのじゃ。自分じゃ見えぬからの、しかたないのじゃ。こういう場合は一声かけて許可貰えばいいのじゃ。ただし、優しくの。」
ズギューン




