表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/259

へ、へん……ハレンチ!

「んっんっ。じゃあ、こんな感じでいきますね。」


 狐耳巫女さんの言葉遣いが変わった。

 咳払いはスイッチの切り替えみたいなものなのだろう。

 これは私が提案したからというよりも、私に合わせてくれた、私が話し易い様にしてくれたのだ。ありがたい。


「伝えたい事がいくつかあるんですけど、少し場所を変えましょう。ここで会話を続けていると、あなただけ独り言を言い続ける事になっちゃうの。お姉さんも流石に心配しちゃうんじゃないかな。公民館の隣あたりでいいんだけど、どうですか?」


「わかりました。」


 確かにいくら我が姉でも、弟が外で独り言を喋り続けていたら心配というか、ヤバさを感じるだろう。私はすぐさま了承した。

 それと、だいぶ話しやすくなり、まだ一言だけではあるがバグりも抑えられた。

 「では行きましょうか」という流れになった時、


「はい!はい!はいっ!車乗ってみたい!!車乗せて!車で行こ?」


 と、そこで犬っぽい耳の巫女(以後犬耳巫女)さんが右手を上に挙げてテンションも上げて迫ってきた。


「ちょっと!?突然何言ってるの!」


 狐耳巫女さんが慌てて止めるが、犬耳巫女さんはキラキラした目でこちらを見てくる。

 私は当然「いいよ、乗りなよ。おじさん、どこまでだって連れてってあげるよ……。」と笑顔とサムズアップで言いたいのだが、今日は困ることがある。


「ご、ごめんね。今日は一日運転してきたからね。あと荷物もまだ載っけたままだし、ね……。」


 本当は、一番の問題は臭いなのである。掃除はちょいちょいしているので汚くはないはずだが、今日は長時間運転してきたので、汗とか脂とかそういった臭いとかがキツイのではないだろうか。自分では自分の臭いが解らないのがまた怖い。

 私は芳香剤の匂いが好きではないので車内に置きたくない。私の車に同乗するのなんて気心知れている友人たちくらいのものだし。それでも一応、封を切っていない芳香剤も用意してあったのだが、それは引っ越しの荷物のダンボールの中だ。車で使うんだから車に積んでおけよ、と過去の自分を恨む。


 このまま乗せて、若い娘に臭いなんて言われたら……精神的ダメージは計り知れない。

 この辺りはおっさんである私にとってもデリケートな話であり、正直に説明するのすら躊躇ってしまった。

 あ、姉は別である。姉だもの。


「大丈夫だよ、荷物どけること出来るよ!運ぶのも手伝うよ!」


 あまりにも真っ直ぐに見つめてくる瞳。くっ、ここは私が折れるべきか?

 いや、いざ車に乗ってみたら臭かった……という事態になったら楽しさ半減どころか、嫌な思い出になるかもしれない。

 ……正直に話すか。臭いんです、と。ぐぐぐ。


「じ、実はね……、たぶん……、今日は一日運転して来たから、車の中は私の汗とかそういった臭いとかがしちゃうか……っっっ!!!」


 はうあっ!!!

 私が覚悟を決めて話している途中に、犬耳巫女さんが鼻先を私の胸元にくっつけてくんくん嗅いできた。


「何も臭くなんてないよ?きっと車も臭くないよ!」


 パコンッ!

 あ、狐耳巫女さんが犬耳巫女さんの頭を引っ叩いた。なかなか良い音がした。狸っぽい耳の巫女(以後狸耳巫女)さんは犬耳巫女さんを、コイツすごいな!という顔で見ている。


「な、な、な、何してるの!!!へ、へん……ハレンチ!」


 狐耳巫女さんは顔を真っ赤にして犬耳巫女さんに注意した。

 でも、すごいな。ハレンチきましたよ、ハレンチが。ハレンチ前の『へん』はもしかして変態と言おうとしたのだろうか。


「むー。じゃあ、イズも嗅いでみてよ。」


 と犬耳巫女さんは言い、狐耳巫女さんの背中を押す。

 思いも依らない行動だったのだろう。狐耳巫女さんはたたらを踏みトトっとよろけて私の胸元に飛び込んで来た。

 ひょえぇぇぇぇっ!!!心で叫んで身体は完全なるフリーズ。アドレナリンか何かそういった物質がドパドパ分泌されている感覚があるが、身体は全身が強張りピクリとも動けない。


 会ったばかりの四十路おっさんの胸に寄りかかり、しがみつく様な状態になってしまっている狐耳巫女さん。女の子にとっては悪夢の様な出来事ではなかろうか。

 私が後ろに下がって離れた方が良いのかとも思ったが、体制的に狐耳巫女さんをグイっと引っ張ってしまうことになってしまうか。狐耳巫女さんをつんのめさせるわけにはいかない。

 ならば狐耳巫女さんの肩を掴んで、そっと押し返したりした方がいいだろうか。いや、ハードル高いな。私がイケメンならありだったかもしれないが、私みたいなやつに両肩をグッと掴まれたら、女の子はビクッとしてしまうだろう。恐怖体験になるまであるかもしれない。

 女の子にとって、おっさんの胸に寄りかかるのと、おっさんに両肩をグッと掴まれるのは、どちらが嫌な経験となるのか。どちらがまだマシと思えるのか。どっちだ!?

 なんて事考えたって、身体が動かないから何もできないんだけどね!


 だがそこで、ふと気付いた。

 ……あれ?狐耳巫女さんが動かないぞ??

 脳内物質が分泌され過ぎて思考が加速し『この間0.1秒』とかいうわけではない、よね?


 狐耳巫女さんが動かない事態に、ようやく身体の強張りも緩和され、止まってしまっていた呼吸も再開できた。

 あっ……

 狐耳巫女さんの香りを嗅いでしまった。

 いや、だってさ、私の鼻と狐耳巫女さんの頭が10cmも離れていないのだ。呼吸=嗅ぐという状態になってしまうのだ。

 だがこれ以上はダメだ。嗅いじゃ駄目だ。呼吸を止めるんだ。私は紳士でありたいのだ。先程嗅いだ香りを頭の中で反芻するのは止めるんだ。意識を別のものに集中するんだ。

 そうだ!獣耳だ!目の前に獣耳があるんだ。マジマジ見るチャンスじゃないか。

 おお。間近で見てもおかしな点や継ぎ目はない。やはり本物っぽい。ものすごく触ってみたい。触ってみたい触ってみたい触ってみたい。触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ