大丈夫じゃ、問題ない
「戻ったのじゃ〜。何か質問あるかの〜?」
春姫ちゃんが戻って来た。手には朱肉を持っている。
「おかえりなさ〜い。じゃあ、早速質問なんだけど、こんなに簡単な内容のもので良いの?」
「うむ。問題ないぞ。」
春姫ちゃんは炬燵の私の対面に座ると、持ってきた朱肉を私の前に置いた。
そして私の方を見て、もう他に質問はないのか?と表情で問いかけてきた。可愛い。
「私が何かやっちゃった場合に、神域が保証してくれるって内容になっているけれど、それ大丈夫なの?普通それって私自身で賠償したり、クビになったりするものじゃないの?」
「問題ないのじゃ。そこに記載されている通りじゃぞ。」
マジか。神域企業に所属するって、思った以上に恵まれているのか。いや、もちろん損害を与えるつもりなどないが、全く知らない世界に飛び込むにあたって万が一を考えると心強すぎる。
「右も左もわからない状況だから、ものすごくありがたい内容だよ。」
「人間が神域で働く場合は、その人間の信用度で契約内容も変わってくるのじゃ。おぬしに渡したのは最も信用度の高い人間に対しての契約じゃな。まだ対外的に公表できぬ妖精という事を抜きにしても、妾が直におぬしの記憶全てを視たからの、堂々とお墨付きを与える事が出来るのじゃ。普通はどんなに信用できる人間だとしても、普通の人間の企業と同程度の手続きは必要となるのじゃ。」
そう言うと春姫ちゃんはもう冷めきっているお茶を一口飲んだ。
そうか、『視た』からなのか。やましい事があろうがなかろうか、その全てを視られている。一切の隠し事が何もない状態である。が、それでもこの契約内容は、私には非常にありがたく思う。
「ありがとうございます。その信頼を決して裏切りません。」
「うむ。じゃがそんな気負わずとも、いつもの通りのおぬしでいてくれたら、それで問題ないのじゃ。この契約は『いつものおぬし』を視てのものじゃからの。」
にっこり笑顔でそう言ってくれる春姫ちゃん。今はタマモちゃんの身体ではあるが、その笑顔は私の精神内で見たものと重なった。守りたい。
「他に何かあるかの?」
「あ、三枚同じのだけど、内容から考えるとこれって、自分保管用、神域用、政府提出用ってことかな?」
「うむ、そうじゃな。」
「政府に提出用の書類もかなり簡単だけど……こんな書類で大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ、問題ない。」
どこのイーノックだよ?
いや、私の聞き方がおかしかったのだけど、偶然である。『こんな』なんて言い方してしまった私が悪いのはわかる。
でも、春姫ちゃんの顔にちょびっとドヤ感を感じるので、解ってて言ってるよね。
「いや、装備じゃなくて正式?な書類だよ!?」
「これはの、我ら神域側はこの者をこれほどまでに気に掛けておるぞ?という証でもあるんじゃ。一番いいのを頼まなくとも大丈夫じゃ。」
やっぱり!完全に解ってて言ってた!私もついついニヤリと笑ってしまった。
それにしても、記憶を見て貰ったのがこんな事にまで繋がってくるなんて……。
でも、政府から注目されちゃったりしないかな?
「まぁ政府からは注目されるじゃろうが、まだ藪をつついて蛇を出す様な事はせんじゃろ。力関係的にの。今はまだ政府には『記憶を全部見られた可哀想な人』としての報告しかいかないのじゃ。」
わかりて……!私が考えそうな事を答えてくれる。春姫ちゃんの顔が、解っておるぞ?と物語っている。
しかし可哀想か……私は記憶見られて大喜びしちゃったよ。
「来年政府関係者との面談時に、頭の中を覗かれた後遺症なんかの話もされるかもしれんの。」
「えっ!?後遺症なんてあるの?」
「精神面での話じゃな。大抵の者は頭の中覗かれた後は精神的に不安定になるのじゃ。」
「だったら来年の面談時に心配されるのは遅くないかな?」
「そこは我らとの力関係よの。さっきも言ったじゃろ?ただの可哀想な人の為に藪をつついて蛇を出す様なことは出来ぬのじゃ。その書類の契約は信頼の証であるとともに、我らのマーキングの証みたいなものでもあるのじゃ。この者の面倒は我らが見る、という宣言じゃな。」
マーキング!……悪くない。悪くないよ!素晴らしい。
「おぬし、今何を想像した?すりすりくらいに留めておくのじゃぞ?」
そんな事を言うから妄想が暴走しちゃうんじゃないか!
でもタマモちゃんが聴いているかもしれないから変な事は言えない。
「何のことでしょうか?それよりも、神域と日本政府の力関係ってどんな感じなんですか?」
すっとぼけて、それから話題をそらす。
「霊力的に言えば、その差は歴然じゃな。おぬしの精神内でも伝えたのじゃが、人間は波長が強くとも霊力自体は弱いのじゃ。種族として霊的にハンデのある状態じゃな。解りやすく直接的な戦闘職を例にするならば、人類最強の戦士を連れてきても、一般的な警邏隊員と良い勝負じゃろうの。」
「警邏隊って強いんだね……!」
トライデントもそんなに強いのだろうか。
「警邏隊は全員もれなく見習いかろの叩き上げじゃからの。見習い時から自身と同格やそれ以上の相手との戦闘訓練も積み放題じゃ。それに回復術の使い手も多いからの。結構ガチ目の、文字通りの半分死ぬ様な訓練も可能なのじゃ。そもそも寿命が違うからの、年季が違うとも言ってしまえるのじゃ。」
半分死ぬってどういうことだろうか。気になる。いや、気にならない、知りたくない。精神衛生上ヤバい気がする。
……トライデントは警邏隊見習いだっけ。
「人間の猛者は上に行けば行くほど同格以上の相手と戦いにくくなる。絶対数が少ないというのもあるのじゃが、組織や派閥の力関係やメンツの問題もあってのぅ。逆に言えば、それらあらゆるハンデを背負っておっても、叩き上げの警邏隊に匹敵する域にまで達するというのは驚愕に値するのじゃ。」
なるほど。人類最強→私には想像もできないほどの強者→警邏隊はそれと同等の強さ→警邏隊ヤベー!って思ってしまったけど、神域的には逆なのか。まあ当たり前か。
「まぁ、里の幹部や幹部候補レベルになると、その一般警邏隊員相手でも霊力ゴリ押しだけで勝ててしまうからの。」
おおう!戦闘訓練どうこうという事じゃなく、それだけ神域内でも霊力の差が大きいって事だろう。
「あぁ、もちろん、霊力差が極端に離れていなければ、訓練した者の方が普通に強いからの。訓練は裏切らないのじゃ。」
「なるほど、至言です。」




