ガード下を抜けるとまるで異世界だった
私の故郷は田舎である。
地方自治体としては一応『市』という分類ではあるのだが、そのとある市の端っこ、小さな山々の間に位置する小さな集落、そこに私の実家がある。
集落内には山に沿って小川が流れており、小さな魚が泳いでいる。時期が来れば少数だが蛍を見ることもできる。
山肌の一部には段々に作られた田んぼがあり、その用水路には沢蟹も生息している。
夏には家の明かりにカブトムシやクワガタが寄ってくるなんてこともある。
そんな自然の溢れた集落である。
現在は故郷へと帰る道中。自分の車で移動中である。
田舎だと公共交通機関を用いての移動があまり便利ではないので、多くの家には自家用車がある。2台3台と所有している家も少なくない。気分によって乗る車を替えるとかではない。もちろん保存用布教用とかでもない。家族のそれぞれが使う生活の足なので複数台必要となってくるのだ。
所謂、車社会というやつだ。
いつもならば高速道路を使用して帰っていたのだが、今回は折角なので、お金に余裕のない若かりし頃の様に高速道路を使わずに下道で帰ってみることにした。
この道を通るのは十数年ぶりとなるのだが、意外と見覚えがあるものだ。
あっ、このコンビニはいつも休憩に使わせて貰っていたコンビニだ。イートインスペースはなくなっちゃったか。イートインスペースを初めて使用したのがこのコンビニだった。
お腹が減って食べたカップラーメンの匂いが店内へ広がり、その事態にビビってしまい口の中を軽く火傷しながらも急いで食べたのを覚えている。
あれ?そういえばこの辺にいかがわしそうな本やDVDを売っていた店がなかったっけ?ドーンと一目でわかる看板というか店構えというかが強烈に興味を惹きつけられるものだったのだが……見当たらない。なくなってしまったのか、それとも記憶違いでここではなく別の場所だったか。
当時は店の前を通るたびに、今度寄ってみよう。と思っていたのだが、結局寄ることはなかった。行きそびれてしまったか。
あの看板のショッピングモールは、道に迷ったときに目印にした場所だったかな。
当時は今ほどカーナビが普及していなかった。私の車にも付いておらず、道路地図の本を購入して車に置いていた。だが、急ぎの用のない一人旅、よく思いつきで寄り道もしていたのだ。寄り道からのさらなる寄り道なども。そんなことをしていたので、時偶自分がどこにいるのか地図を見てもわからないという事態に陥ったりもしたのだ。とはいえ、山中ではなく町中でのことである。道に迷うというのも面白い経験だった。
そんなこんなを見ながら思い出しながらも、野を超え山を超え、時折休憩を取りながらも移動を続け、海が見えてきた。以前の住居のある太平洋側から、実家のある日本海側へと移動してきた。
途中通過する都市部の渋滞に巻き込まれたくないのと、陽があるうちに実家に到着したかった為、陽が昇るずいぶん前に出発した(借りていた部屋は昨日引き払い、近所のビジネスホテルに宿泊した)のだが、もう陽が傾いてきている。
もうすぐ実家に着く。
実家まではあと5分もせずに到着できるだろう。集落の看板を超え、集落の境目付近に位置するガード下を通過する。
……えっ!?
……桜が咲いている?
そろそろ秋だから桜ではないのだろうが、どう見ても桜である。当然秋桜ではない。春に咲くあの桜にしか見えない。しかも満開である。
ほんのついさっき、数秒前までは普通に秋の景色だったのだが。
びっくりして事故りそうになった。
……あの岩、浮いてないか??
なんか、宙に浮いた様に見える岩(むしろ小山と言った方がいいかもしれない大きさ)があるが、目の錯覚だろうか。宙に浮いている様に見えるその姿は、小島と表現した方がしっくりくるかもしれない。
びっくりしてまた事故りそうになった。
……獣耳付けた女の子が歩いている???
見覚えのない女の子が獣耳付けて巫女さんのコスプレをしている。しかも1人2人ではなく、集落のあちこちに、見える範囲だけでも10人近くはいるだろうか。
大変素晴らしいことである。大変素晴らしいことである。大変素晴らしいことだと思うのだが……なんでだ?
興奮して事故ってしまっては大変なので一旦止まろうかと思ったけれど、停車してから女の子をじっくり見るのはそれはそれでヤバいことである。心の中で血の涙を流しながらも周囲確認以上のことをしないよう、欲ぼ……興味を押し留め運転を続けた。スピードがゆっくりになったのは安全の為である。余所見はしていない。
……あれ?こんな道なかったよな????
この見知らぬ道は山の上の神社へと続いている様だ。道幅は1.5mもないだろう。土と石でできている様に見えるが、道の下に土台部分は20cmほどしかなく、それが山の上の方まで続いている。宙ぶらりんというか宙に浮いたような道となっている。吊り橋ではない、下に支える柱があるわけでもない、超技術である。手摺はない、超デンジャラスである。
びっくりしたが、今回は慌てず車を停車させた。びっくり慣れ。
秋だけど満開の桜にしか思えない木々。
浮いている様にしか見えない巨岩群。
獣耳巫女姿をした見覚えのない女の子達。
前回の帰郷時には無かった、かなり特殊っぽそうな道。
故郷へと帰ってきたはずなのだが、何が起きているのか。
そこには、まるで異世界の様な景色が広がっていた。