近所の海岸で、ファイアーボールをさけぶ
初めて書いてみます。
まずは内容も整合性も深く考えずに、最後まで書ききることだけを目標に挑戦してみます。
余計な文や、逆に説明が足りない事もあるかと思いますが、どうぞよろしくおねがいします。
「ファイアーボール!!!」
猛暑の続いた夏も漸く終わりが見え、秋が近付いてくるのを感じる今日この頃。
目の前には青い空と青い海が広がっている。夏真っ盛りの頃とは打って変わり人気の無くなった寂れた海岸である。
波打ち際に立ち海に向かって右手をかざして叫ぶ男。いや、漢。それが私である。
友人からお土産に貰った海外の観光地のTシャツ(サイズが合っておらず、ちょっと大きい)が、海から吹く心地良い潮風にはためいている。
歳は、数ヶ月前に40歳、四十路を迎えた。太ってはいないが痩せてもおらず、身長170cm台半ばの中肉中背の体型。顔面は、主観ではあるが不細工ではないと思う……が、残念ながらイケメンでもない。頭髪は『ほんの少し』薄くなってきたことを機に丸刈りにした。
頭髪が『ほんの少し』薄くなってきた事を除けば、自分の見た目はこれといった特徴もない、所謂普通だと認識している。いや、髪の薄さも『ほんの少し』だけなのでそこも含めて普通だと言えるかもしれない。言える。言ってしまおう。異論のある方もいらっしゃるかと存じますが、どうか心の内に留めておいて下さい。お願いします。
そんな私が何故海に向かって「ファイアーボール」などと叫んでいるかというと、まぁ、なんというか、実験である。本気の実験をしてみたのである。
先にも記したが、私は四十路を迎えた。
四十路になったというのに私は未だ女性経験がない。そう、童貞なのだ。そういったお店でお世話になったことも一度たりともない、真の童貞なのである。
それはいいのだ。童貞のことは一旦置いておこう。いや、その年でそれは問題あるだろとか、異常だなどと言ってくる人もいるのだが、そういうのも全部置いておこう。
重要なのはここからなのだ。
私はこんな噂を聞いたことがある。
「30歳で童貞だと魔法使いになれる。」
そして、
「40歳で童貞だと『妖精』になれる。」
そうなのだ。私は妖精になれたのではないだろうか。
だから私はファイアーボールと叫んでいたのである。
……説明端折り過ぎか。
実は30歳で魔法使いになった時もちょっとだけ魔法が使えないか試してみたことがあるのだ。一応ね、一応。遊びで。遊び半分で、じゃなく遊び全部で。
当然何も起こらなかった。
そして40歳、私は『妖精』となったかもしれないのだが、妖精とは一体何なのだ。
ゲームやアニメなどのファンタジーの世界ではよく出てくるし何となくは分かるのだけれども……、もっと明確に説明しろと言われたとしたら、解らないとしか返せない。そこまで造詣が深くない、というかむしろ浅い。
まあ、でも、魔法使いから更に10年の歳月を必要とするわけだし、魔法生物とか何とかそういった感じの、より魔法などの神秘に近い存在なのではないだろうか。
ならば魔法使いのときには使えなかった『魔法』というものも、そろそろ使える様になっているのではないだろうか。
いや、違います。違うのです。
妖精になったー!魔法使えるかも!?ヒャッハー!ファイアーボール(海に向かって叫んでみた)、とすぐさま行動をとったわけではないのです。
いきなりそこまでアグレッシブな行動をとったわけではないのです。
……まあ最終的にはやったわけですが、最初は違うのです。
最初は本気ではなく、試してみただけです。もちろん遊び全部です。お約束的なものと言いいますか、何と言いますか。大晦日から年が変わる瞬間にジャンプする、みたいな。ノリとしてはアレに近いものなのかもしれないと思います。
当然何も起こりませんでした。
切っ掛けは、退職したことだった。
いや、童貞関係ないよ。上司の太鼓持ちの同僚にミスを押し付けられただけだよ。
それ自体はきちんと解決したのだが、今回の事だけでなくこれまでの積み重ねもあり、この同僚とこれからも一緒なのかと思うと日に日に心が重くなっていくのを感じた。
だが、ある日気分転換の散歩で近所の海岸へ出掛け、海を見て、広大なものを見て、思ってしまったのだ。
何でこんなことで悩んでいるのだろう。
これからもずっと暗い気持ちで過ごすくらいなら、いっそ辞めてしまおう。
もう40ではあるが、独り身で身軽だ。
いっその事、故郷に帰るのもどうだろうか。
ふっきれてしまったのだ。
そうと決まればすぐ行動に移した。気持ちが軽いと行動も軽い。フッ軽というやつだ。すぐさま退職願を提出。仕事の区切りと引き継ぎのためにまだ一月ほどは在席するのだが、なんと言っても気持ちが軽い。毎日の通勤を車など使わずにスキップで通いたい様な気分だ。
例の同僚が「俺が追い出してやったぜ」的な事を考えているのかニヤニヤした笑み浮かべていたのだが、最早そんなヤツのそんな行動などどうでも良い。私はそれ以上にニヤリ返してやった。頬肉が攣りそうなくらい思いっきり口角を上げてニヤリとしてやった。そしたらそれ以降は必要最低限しか関わってこなくなった。
そうなるとちょっと辞めるの勿体ない気がしなくもなかったが、今さらそんな事を考えてしまったら負けな気もしなくもないので、全力で頭から追い出した。
そしてようやく退職。
だが実は次の勤務先はまだ決まっていないのだ。
一応、故郷に帰り縁故を頼ろうと思っているのだが、大学入学から20年以上過ごしたこの地にも愛着があり、少しだけゆっくりしようと過ごしている。
この地に来て以来、毎年参拝していた県内の有名神社へは、最後かもしれないお詣りをしてきた。
県内にはテーマパークや遊園地もあるが、そういった場所は友人達と一緒に遊ぶから楽しいのであってその施設自体には特に興味がないから、40男が独りで行っても仕方ないだろう。
行ったことのない県内の観光地は他にもまだまだあるのだが、この地で20年以上過ごしていてまだ行っていない場所へは、いまさらわざわざ行ってもなぁ……。
あ、親しい友人はほとんどが県外におり、纏った時間は取れず会ってはいない。普段からSNSで連絡を取っているし、今後も何かと理由をつけて集まる事もあるだろうし、今回はまぁいっか!ということになった。今度ゆっくり出来るときに会って、その時はガッツリ飲みあかそうぜ!と。
数少ない近場にいる友人とは、学生時代によく通った飯屋に行ってみた。だが、その思い出のある大盛り店が無くなっていた。そのショックが大きく、二人して元気をなくし、結局全国チェーンの牛丼屋へ行った。牛丼はいつ食べても変わらず美味いが、今日はちょっぴり寂しい味がした。
などなど、帰る前にやっておきたいことはすぐにやりきってしまった。
あとは何をしようか。
そのとき思ってしまったというか、魔が差したというか、何というか……
魔法を全力でやってみるか!
と頭に思い浮かんでしまったのだ。
三十路の時も四十路になった日でも既に試したのだが、それは遊び半分どころか遊び全部である。遊び120%と言ってもいい。
遊びでやったくらいで魔法が使えるわけがない。
魔法を使うなら、もっと真剣にやらねばならない。
理論も何も知らないのだから、せめてイメージは真剣に想い浮かべてみよう。兎に角イメージだ。イメージしろというやつだ。
と考えてしまった。そして、
こんなバカな事を本気で試そうとするなんて、この先もう二度と無いぞ。10年後も遊びでやるかもしれないが、全力でやるなんてきっと今しかないぞ。
そう思ってしまったのが、自分の中で決定的な瞬間だった。
ラストバカチャンスである。
退職して、無職になり、長く過ごした地を去り、故郷へ帰る。そういった時分の複雑な心境が自分の中で可笑しな作用をしたのかもしれない。
バカなことだと自覚はあるのだが、もう後には引けない、そう思えてしまう。
そう決めたなら、魔法使う以外のものを一切合切心から取っ払おう。バカバカしいだなんて考えはポイと投げ捨てる。
とは言え、近所迷惑になってはいけない。物を壊したりなんかしてもいけない。
ということで、どこか良い場所はないか。
そこで海なのである。
そしてファイアーボールなのである。
「ファイアーボール!!!」
ダメだ、恥ずかしい。海に向かっているし、波の音もある。付近には誰もいないのをしっかり確認している。だが恥ずかしい。やはり恥ずかしい。
恥ずかしがっている場合ではない、イメージしろ、集中しろ。
「ファイアーボール!……ファイアーボール!……ファイアーボール!」
慣れとは恐ろしいもので、繰り返しているうちにだんだん恥ずかしくなくなってきた。
慣れるの早すぎだろ!と我ながら思うのだが、一回一回全力でやっているからかもしれない。
そんな事を考えていないで集中だ、集中。集中。集中。
集中だとか考えている事自体が集中してない証じゃないかとか考えてしまうが、そんな事より集中だ。
集中とか言いながらも実は周りをちょくちょく確認している。全力で魔法を使おうとしているだけなのに、通報でもされたら大変だもんね。
いろいろかなぐり捨ててもそこだけは譲れない一線なのだ。通報されたら迷惑かけちゃうもんね。目撃者にも、通報先にも。
結局、魔法は使えなかった。
途中、テンション上がってなんだかハイってやつになったのだが、使えなかった。
喉がガラガラするくらいまではやってみたけれど、やはり使えなかった。
ここで『やはり』と言えちゃうことがダメなのかもしれないが、まぁ……やはり、だろう。
残念。ここで私の全力魔法チャレンジは失敗に終わった。
全力ってんならたった一日やっただけで終わるんじゃねえよ!と思われるかもしれないが、体調を崩してしまったのだ。体調を崩した程度で……!と思ったならば、それは、すまん。
何度も何度もファイアーボールと叫び続けたのが原因か、ずっと海風を浴び続けたのが原因か、はたまた魔法のイメージという普段と違う脳の使い方をした知恵熱的なやつなのか。そのへんは不明。医者へ行き「海でファイアーボールと叫び続けました」などとは説明できないし、そこまで重症という感じではないので、とりあえず家で寝た。
暫くの間寝て過ごすこととなってしまった。
ようやく体調も戻り日常生活が送れる様になった頃、アパートの退去の期日が迫っていた。
一度実家に戻ることになっており、古くなった家具家電は思い切った断捨離を決行したので荷物は少ない。
体調を崩す前から引っ越し準備を進めていたので慌てることもない。
第二の故郷とも呼べるこの地よ、いざさらば。今までありがとうございました。