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目指すのは固すぎない優等生

「あなた、能力はあるんだから、隠さずに使い切ってみなさいよ。あなたの本気を私が見たいだけなのだけど」


 出会ってすぐの頃、先輩に言われたことを思い出す。手を抜いて成績を真ん中少し下で維持していたことに気づかれていた時だ。


 当時、やんわりと断ってしまったのが心残りである。


 張り出されたテスト結果、優秀者順に並べられた名簿の先頭に名前があることを確認して頷く。


 先輩に成果を見せられないことが残念だ。



「そろそろお戻りになりませんか?」


 影から声が聞こえた。


「私はやることができた。しばらく戻らない。皆にそう伝えておけ」


「はい」

 

 答えると気配が消えた。これでしばらくは自由に過ごせる。

 

 同学年の数名がにこやかにこちらに声をかけてきた。私も笑顔で返す。彼らは私の学年の成績上位者かつ高位貴族の子息子女たちだ。


「君、留学生だったよね。すごいな、今まで隠していたのかい?」


 探るような目を隠し切れない男に私は穏やかに笑いかける。


「……この国の言葉を書くことに慣れていなくて、筆記テストがうまくいってなかったんです。この国の文字は美しい分、書くのが難しい。やっと教授の読める文字を書けるようになりました。」


 男が頷いたのを皮切りに、口々に言葉が投げかけられる。それに丁寧に答えていくうちに彼らの表情が柔らかくなっていくのを感じる。


――大丈夫ですよ。先輩。私はうまくやります。


 そう心で呟いて、私は彼らを静かに見定める。彼らの持つ情報、影響力、力関係。誰を味方につけるか。


 彼らが気が付かないように、ゆっくりと。


 先輩と並んで見た、色づいていた木々の葉はすでに落ち、むき出しになった枝が、寒そうに震えていた。


 すぐに、長い冬は終わり、新芽の季節を超え、深緑の季節となる。

 

 そうして月日は流れ、迎えた。私の卒業式。


 私は難なく成績トップを維持し、首席卒業を果たした。


 仲良くなった貴族たちの口利きで卒業後の宰相付き文官見習いのポストも手に入れることができた。


 別れを惜しむ学生たちの中を歩きながら、先輩と最後にあった裏庭へ向かう。


 あの時と同じ、再び色づいた木々が待っていた。


 けれど先輩は、いない。


 まだ迎えにはいけない。


 卒業証書を見せてほめてもらった後、先輩に私の実家へ来てくださいと言いたかった。


 少し感傷に浸っていると、先輩と昼食をとるときに使っていたベンチになんとなく違和感を覚えた。

 近づいていくと、小さな白い花が添えられた手紙が括り付けられていた。


 花を一目見て、先輩を思い出した。


 先輩の好きな花だ。好きな花がないといった私に「次に好きな花を聞かれたら、この花の名前を答えなさい」と言ったときの、あの花だ。


 思わず手紙を開く。


 中には何も書かれていなかった。


「頑張ります。先輩」


 聞こえないことはわかっていた。柄ではないのも、でも、どうしても言いたくなったのだ。


 ****** 


「新しい見習いは君ですね」


 たっぷりの髭を蓄えた男が私を品定めするように見た。


「今年の首席だとか」


「運がよかったのです」


「……その運が続くといいですね」


 試すような視線が絡みつく。


「えぇ、この国の頭脳と呼ばれる皆様のご指導を賜り、実直に働きこの運を実力にしたいと思います」


 私が言うと、男は満足そうに頷いた。どうやら合格らしい。

 この男は、宰相付き文官の中でも高い地位にいるようだ。周囲から慕われているような様子が見て取れる。

 男からの合格は私の文官としての立場を安定させる最初の基盤となるだろう。



 私がほかの文官たちになじんだころ、第二王子が結婚した。婚約者が懐妊したらしい。王子としての立場も確立できていないのに、のんきなものだ。どうやら、あの王子はあまり学ばないらしい。


「婚約発表はしてありましたし、大した混乱は見られないでしょうね……」


 髭の上司の言葉の言外に第二王子だし、という言葉を感じ取り、文官部屋が静まりかえる。


「聖女様なんですよね。魔王を倒してくれるとか」

 

 ムードメーカー的ポジションの茶髪の男が言うと、上司が一瞬顔をしかめた。


「歴史上、魔族の国との戦争は繰り返されていますから。かの国は我が国の脅威ではありますね」


 上司はそれだけ言って雑談を締めた。茶髪の男は話題ミスっちまったよ、と私に声をかけてくる。ここで私に声をかけるあたり、この男は引きがいいように思う。



 あれこれと仕事をこなし、着実に信頼と実績を積み、次の年、私は見習いを卒業した。

 異例の速さだと言われたが、私の力は先輩には到底及ばない。


 もう限界だ。


 あと一年、それ以上は待てない。私にしては頑張ったほうだろう。


 ******

 

 見習いが外れて文官として仕事をし始めた矢先、突然の異動を命じられた。


 第二王子の側近に欠員が出たらしい。


「私が王子の側近? ……欠員の理由をお尋ねしても?」


 王子の側近なんて、王子が生まれたときに同年代の貴族の中でほぼ決められているポジションだ。不慮の事故や暗殺で死んだり、犯罪者になったりしなければ、欠員が出るなんてめったにない。

 これくらいは聞いてもいいだろうと思っての返答だ。


「王子妃殿下に、誘いをかけたそうです……」


 言いにくそうに告げる上司、私は思わずため息が出そうになるのを飲み込んだ。


 まだ学生の色恋沙汰みたいなことをしているのか。


「えぇ、それで、なぜ……私に?」

 

「殿下はとにかく年齢の近い一番有能な者を選べと。間違いなく条件に当てはまるのは君です。しかしうちとしては手放したくないので……少々ごまかそうとしてみたのですが、最終的に殿下が1つ下の代の首席卒業者、と名指しされまして」


 第二王子は、私と先輩との接点にすら気が付いていない愚か者だったようだ。文官が第二王子の側近になるのは異例の出世とも言えるが、第二王子の評判が悪すぎて、いつも自信にあふれている髭の上司が私に対して気を使いすぎていて挙動不審になっている。


「承知しました。いつから殿下にお仕えすればよろしいですか」


「……明日からだそうです」


 第二王子の頭に現業務の引継ぎなんてものは存在しないらしい。申し訳なさそうな顔で息をつく上司につられて私も息を吐いた。


「承知しました」


 しばらくは引継ぎなどで宰相室や文官室を出入りする許可をもらった。短い期間でしたが、お世話になりました。最後にそう言うと、上司が申し訳ないと頭を下げる。

 この上司の中での第二王子の扱いがよくわかった。


 側近の話は、少々面倒だが好都合と言えば好都合だ。


 文官室や宰相室に出入りが許されたのも儲けものだ。この初対面の印象よりも有能な文官である髭の上司と宰相とのパイプはもう少し残しておきたかった。


 あと一年で迎えに行ける。そう自分に言い聞かせ、私は第二王子の執務室の前に立つ。警護をしている騎士に、新任の補佐官だと告げると、すぐになかに入れてもらえた。哀れなものを見る目で見られはしたが。


「よく来たな。非常に優秀な文官だと聞いている。しかし、ここは宰相よりも激務だ。せいぜい期待に応えてくれ」


 第二王子がティーカップを優雅に持ち上げながら言葉を発した。あまりにも何も気が付いていない発言に思わず顔から表情が消える。第二王子は現職の宰相に途中までやって放置した政策や事業のしりぬぐいを何度もしてもらっているのだ。そのしわ寄せは当然文官にも来ていた。宰相周辺の仕事を増やしている男がなぜそこよりも激務になるというのだ。


 そこまで考えてまずいと思い、先輩の顔を思い浮かべる。少し落ち着くと心にもないお世辞と口上がすらすらと出てきた。

 第二王子はそれを聞いて満足そうにふんぞり返っている。


 やはり、先輩のご尊顔は記憶の中でも私を落ち着かせる素晴らしい力がある。

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