三、いついつおれる
「不動さん! 今度一緒にカラオケ行かない?」
歪に揺れる書類の山をえっちらおっちらと運び、職員室を目指していた深月。
その前にぞろぞろと、微かに見覚えのある顔立ちの男子達が集まり、必要以上に距離を詰めて来る。
「ぇ、えっと…あの……」
「不動さん声綺麗だしさ、歌ってるとこ聞いて見たいって噂になってんだよね!」
「昔、合唱部に入ってたらしいじゃん? そろそろの時期だし練習も兼ねて行こうぜって話になったんだけど、いいよね!?」
「み、みつきちゃんの私服も見て見たいんだな…」
「ふ、ふひ…! きょ、今日もかわいい……きょ、きょにゅ……んふっ」
無遠慮に迫って来る男子達……右から面皰、小太り、ひょろ長、猿顔の四人。
全員鼻の下を伸ばし、鼻息を荒くした上で、深月の顔ではなく胸元の大きな膨らみを凝視して話しかけてくる。
「あ、えと、あの……」
思わず一歩後ずさるが、男子達は更に一歩近づいてきて圧迫感を与えてくる。深月が怯えた表情になっていても御構い無しだ。
この四人も、入学初日から絡んでくる深月の悩みの種だ。クラス分けで顔を合わせた直後から度々話しかけてくる、常に視線がいやらしい集団。
ちらちらと視線だけを寄越してにやつく他の男子とは違うとでもいうように、毎日深月の側に寄ってきては遊びに誘う。勇敢の意味を履き違えていると評すべき四人組だった。
「ぁ、あの……私、やる事があって……ど、どいて、ほしいな……って」
「えー? じゃあさ、約束だけ先にしようよ! 放課後に駅前のカラオケ店集合で! ね? いいでしょ?」
「ていうかそんな紙束どうでもいいじゃん? どうせクラスの性悪女共に押し付けられた仕事でしょ。捨てちゃえ捨てちゃえ」
「ほんと、いつも天使な不動さんとは雲泥の差だよな、あのクソ女共は…」
視線と表情に嫌悪感を抱き、深月は毎度誘いを断っているのだが、彼らはしつこく誘ってくる。
一目でわかる獣慾に満ちた視線が怖くて、普段からなるべく近づかないようにしているのだが、彼らはいつも深月の動向を監視しているようで自由時間になると即やってくる。
深月も一度頷けばどんな目に遭うかと警戒しているため、時間切れを待ちながら曖昧な返事をするだけにとどめていた。
「こ、困るから……先生に提出するもので、あの、い、急いでるから……」
「おねがい! 一回だけ! 一回だけ参加してくれるだけでいいから! そしたらもう無理には誘わないから!」
「うんって頷いてくれたらもう行くから! ね? ね?」
「ぶひ、ひひ……いいにおい」
徐々に血走ってくる四人組の目。大きく開いた鼻で生臭い息を吐く様は、餌を前にした豚のようだ。
見た目もみるみる人外染みたものに見えてくるほど、深月は追い詰められがたがたと肩を震わせる。
ぎゅっと縋るように書類の山を抱きしめ、その所為で胸がむにゅりと柔らかく変形し、より一層四人組の興奮を誘っている事にも気づけない。
青ざめた顔で、涙を目尻に滲ませて呼吸を不安定にさせ始めた時だ。
「ーーーいい加減にしろよ、お前ら」
不意に、背後に立つ人の気配がし、背中に手を添えられる。
深月ははっと目を見開き、いつの間にかすぐ側に立っていた一人の男……背の高い、整った顔立ちをした黒髪の生徒の姿を視界に捉える。
「げ、武宮……」
「お前らいい加減しつこいぞ。深月さんが困ってるのが見えないのか? そんな事も察せられない奴らが女子の気を惹けるわけないだろ」
武宮理玖。成績優秀で運動神経もいい、甘い顔立ちで学校の女子達に人気の高い男だ。
正義感としても人気の高い青年は雑誌のモデルにも劣らない端正な顔を怒りで歪め、四人組を睨む。
四人組は誘いの邪魔をされた事で苛立たしげに顔を歪め、しかし自分達より遥かに体格のいい相手に分が悪いとばかりに閉口する。
「ちっ…お、俺達はただ、クラスの女子達とうまくいってなさそうな不動産を助けてあげようと思っただけだ! 邪魔してんのは……お、お前の方だろ」
「そういうのは本人の意思を尊重するもんだ。善意の押し付けは迷惑だって、前から何度も言ってるのにまだわからないのか?」
「そ、そんな事ねぇよ! 不動さんも楽しみにしてる! だ、だよね? ね?」
面皰が舌打ちしながら食ってかかり、深月に同意を求めてくる。
当然頷くわけもなく、怯えた表情でまた一歩後ずさると、四人組は忌々しげに顔を歪めて武宮を睨みつけた。
「不動さんはこの通り嫌がっている……あんまり鬱陶しいと俺も黙っちゃいられないな」
「ぐっ…ちっ!」
なおも名残惜しそうに深月を凝視する四人組に、武宮は語感を強めて告げる。拳を握りしめてみせると、四人はそれぞれ悪態をつきながらすごすごと踵を返し去っていった。