⑤
僅かに血糊が着いた刀を振ってから納め、細く息をついた。
結構ギリギリだった。こちらの世界の狼はよく見かける部類の生き物なのだが、一般人にとって見れば、十分に脅威的な存在だ。こんな幸運が続くとは思えない。次からはもっと気をつけなければ…
少し反省しながらその人の方をむく。
年齢は40代くらい。眼鏡をかけており体型は痩せ型。身長は160半ばくらいの女性。
うん、情報とほとんど一致している。
今更だがもうちょい服装とかの詳しい情報も教えて欲しいものだ。
「大丈夫ですか?怪我はしていませんですか?」
見た感じ大丈夫そうなのだが、気が動転しているようだ。
それもそうだろう、気がつけば知らない所に居て、気がつけば殺されかけて、その相手を気がつけば見知らぬ少年が倒していたのだから。
自分で考えときながらも、その女性の境遇に同情してしまう。
「君は、誰なの…」
その女性こと中絵優子さんがそんな質問をしてきた。
そこら辺にいる一般学生です!……とはもちろん言わない。
こういう時は何も言わずに助けるべきなのだろうか……いや、それも余計な心配をかけるだけか。
はぁ、まあいい。ちょっと個人的な尊厳が死亡するが仕方ない。
「特捜部、第一班隊長。氷浦晴真です」
うん、恥ずかしい。
冷静に考えてみれば赤の他人に『秘密部隊の一員で〜す☆』って言ってるわけだからね。
改めて現実を把握して羞恥に悶えているとは知らず、安心した顔を浮かべて中村さんが倒れてしまった。
とっさにその体を支えて脈をとる。
大丈夫、心拍も正常。緊張が切れて気絶したってところか。
さて、どうしたものか…
「おいっ、氷浦。どういう状況だ」
おっとナイスタイミング。少し遅れてきた桐津達が追いついてきたようだ。
「群れのリーダーは倒した。一応気配も探ってみたが、この近くは何もいないみたいだ」
先程までのリーダーとしての口調ではなく普段通りの話し方に戻した。
「そうか、なら連絡してくれよ…」
「すまん、忘れてた」
「お前に万が一が……なんてことは無いか。なんでもない、忘れてくれ」
「少しは心配してくれてもいいんだぞ」
「人外を心配しても無駄だからね」
やれやれといったふうに首を振る桐津。
こいつ……と思ったものの、自分の行動を振り返ってみれば十分人からかけ離れているのでロクな反論ができない。
すると残りの2人が茂みから姿を現した。
「氷浦先輩、無事ですか!」
「晴真君、敵は…って、また戦果なしかぁ」
天海が心配したように駆け寄ってきて、角田が活躍できなかったことを悔しがっている。
ちょっと待てい。それは女子としてどうなのか?明らかなまでの戦闘狂発言に苦笑いを浮かべるしかない。
「わかった、じゃあ帰りの警護はお前に任せるよ」
「え、ホント!」
むっちゃ目がキラッキラしてる。それはもうずっと欲しかったものを与えられたかのようだった。
思わず目を背けてしまったのも無理は無いと思う。
するとその先に天海がいたが、何やら浮かない顔だ。
「どうしたんだ天海、元気ないぞ」
「いや、また氷浦先輩が先行したので…」
「言っただろ、俺は大丈夫だからって」
「僕が言ってるのはそこです」
肩が跳ねた。なにか言い返そうと口を開くが、上手く言葉にできない。何より天海の真っ直ぐな瞳が反論を許さないと物語っていた。
「氷浦先輩が強いことはわかっています。だからでしょうか……なんだかそれがどこかに1人で向かうためのように見えてしまって……」
明確な意味にすらなっていない言葉だった。
しかしそれは俺の隠した決意をしっかりと表していた。
俺は仲間に戦わせる気は無い。
今回の先行も被救助者がピンチだったのもあるが、何よりその事が根底にあった。
上手くバレないようにしていたつもりなのだが、天海の観察眼には驚かされる。
だから……
「勘のいいガキは嫌いだよ」
「え?」
「なんてな、そんなことないぞ。俺はいつでもお前達と一緒にいる。だから心配すんな」
いつもみたいに笑って誤魔化す。
その思いだけは絶対にバレてはいけない。それは仲間に対する裏切りだからだ。
「それじゃ、帰るか」
中村さんを背負い、元来た道を歩き出す。
そこには普段通りの和気あいあいとした風景があった。
ああ。この風景を守るためなら俺は何度だって嘘をつき続けようじゃないか。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
ひとつ謝罪を
前回中途半端なところで終わってしまったこと、本当にすいませんでした
こんな作者でもいいと思ったらこれからも暖かく見守ってください