第1部 転生のアメリカ編 VOL6「無邪気なアメリカ人」、VOL7「乗れるの? 乗れないの?」、VOL8「平和な昼下がり」 (1990年)
ー転生のアメリカ編 VOL6ー
「無邪気なアメリカ人」
ロスアンゼルス 1990年3月
ディズニーランドへ。
ひとりで遊園地なんて初めて。
日本でならゼッタイありえない行動やなあ。
でも色々観察して歩いてると面白くて
全然退屈しないのだ。
(現在はディズニーランド、ワールドは
オーランド、香港、パリ、東京にもあるけど
’90当時はまだここだけやったから、
ものすごく貴重な空間のように感じた。)
ここではタバコを吸って歩くヒトが
まったくいない。
灰皿もほとんど置いていないし。
さすが非喫煙者の権利に
うるさいアメリカだ。
タバコの価格が日本の2〜3倍(’90年当時)
とすごく高いのも喫煙者が少ない
理由のひとつなのだろうか?
(アメリカのタバコが高いというよりも
日本のものが安い!ということを
いろんな国の人と話して後で知ることになる。
この数年後、ロスアンゼルスの
全レストラン内で禁煙となり、
さらにアメリカ全体の公共の場で
禁煙にする傾向がますます強くなる。)
急流すべりの注意書きには
「濡れてしまうかも」(MAY)と
書いてたが、頭からキタナーイ水で
びっしょ濡れになった。
「ゼッタイ濡れるに違いない!」
(MUST)やろうがあ!
でもみんな「キャアアアアッ!」
って喜んでる。
テレビで見たのでは、ロスアンゼルスの
もうひとつの大人気遊園地
「マジックマウンテン」の
アトラクションに驚いた。
急流下り?で滝の中を屋根のない乗り物で
頭から水をかぶって通るというスゴイもの。
スーツ姿の男まで全身ずぶ濡れで、
彼は乗り物から降りると
皮靴をひっくり返して
水をジャーッと流して笑っていた。
なんでアメリカ人はそんなに
濡れるのが好きなのだ?
川とかキレイな水なら
俺も大好きなんやけどなー。
子どもの手首に何かをはめて
そこから長ーく伸びるヒモがついてて、
親がそのヒモの端を持って歩くのを
ちょいちょい見かける。
2、3人の子どもがあっちこっち行こうと、
夫婦はのんびり楽しそうに話しながら
「鵜飼い」のように時々ヒモを引っ張って、
子どもをまとめて歩いていく。
すごいなあ。
合理的なアメリカらしいやり方だ。
親になったって子どものためだけに
遊園地に来るのではなく、
恋人同士の頃と同じように自分達も楽しむ。
それとこのヒモのもうひとつの意味は、
子どもの誘拐、行方不明事件が
毎年約1万件!(やったかな?)
も起こるという社会背景に
基づいているのでは?
マイケルジャクソン主演の15分ほど?の
3D映画「キャプテンE.O」を観る。
マイケルが画面に登場すると、
赤と青のセルロイドのメガネをかけて
観ているアメリカ人達が皆コーフンして
おとなも子どもも大声で「マイケルー!」
と叫ぶのには驚いた。
遊園地の映画でさえこれなら、
ライブでならいったいどんなんなのだ?
改めてマイケルがスーパースター
であることを感じる。
(素晴らしいシンガー、ダンサー、
そしてプロデューサーでもあった
マイケルの冥福を祈る)
「カントリーベアハウス」でも
ユニークなクマの人形達が歌うのに
合わせて手を叩いたり、歌ったりする
無邪気なアメリカ人。
俺も今日1日一緒に楽しみながら
考えてしまう。
このひと達が子どもっぽすぎるのか、
何事にも感情をあまり出さないと言われる
日本人が冷めてるのか、どっちやろう?
夕方になってミッキーマウス達が
勢ぞろいしてのパレードが始まる。
大きなてんとう虫や馬車などの
イルミネーションが美しい。
迫力いっぱいのサンバチームが
賑やかに歌って踊るのを観ていると、
さすがショービジネスの国やなあ、と思う。
お父さんが子どもを肩車して観せる。
恋人同士は自然にキスをする。
みんな「この時間」を
生き生きと過ごしている。
スターウォーズ風の画面を観ながら
座席が上下左右に激しく揺られる
「スターツアー」では
あまりの臨場感に大コーフン!したし
(当時、日本にはまだなくて、後にUSJに
これのバックトゥーザフューチャー版、
スパイダーマン版などが登場)、
いろんな乗り物にも乗ったし、
初のディズニーランド体験は
すんごく楽しかった。
ちなみに2022年現在ウチのロックバンドの
ギター&ヴォーカルのドミニクは
USJでバックトゥザフューチャー版の
ドク役、ハリーポッターエリアの
駅の車掌役などを演じていた。
ー転生のアメリカ編 VOL7ー
「乗れるの? 乗れないの?」
ロスアンゼルス~サンフランシスコ
1990年3月
さあ、いよいよ初めて「スタンバイパス」
を使ってアメリカ国内線に乗ることになった。
サンフランシスコ行き出発ゲートの
カウンターで受付を済ませた後、
空港内のバーでビールを飲んだりして
搭乗20分くらい前にゲートに戻ると
搭乗が始まり、バックパッカー達が
4、5人カウンターの近くに残った。
ははあ、コイツらも俺と同じような格安の
スタンバイパスを持ってるなっ。
ちゅうことは、むむっ!ライバルかっ!
まえにも書いたがスタンバイパスというのは
一般の搭乗券の乗客が全員乗り終わって
さらに空席がまだあれば乗せてもらえる
という実にビミョおーな、シビアな、
ハラハラドキドキ、大丈夫かな、
お願いよ、うっふうーん的なスリリングな
シロモノなのである。
もしかしたらコイツらが乗れて、
俺はアカンかもしれない。
受験発表の結果を待つみたいな気持ちで
時間は過ぎていく。
もう出発時刻5分前というのに
まだ乗れるかどうかわからない。
じれったくなってカウンターの
オニイサンのところへ行って
「ど、どうやねん?」って訊いたら、
「まだわかりません、座っててください。
どおどお。」
とたしなめられた。
せっかくこうして空港まで来て
「残念でしたっ。またドーゾおー!」
ってかろやかに言われたらたまらんなあ。
その場合はまたダウンタウンか
どっかへ戻って今日の宿を探して、
明日またここへ来て
サンフランシスコ行き搭乗にトライするか、
又は行き先を変更してあと何時間か後の
ラスベガス行きにトライするかだ。
どっちにしてもかなりメンドーだ。
出発時刻を3分ほど過ぎて
やっと名まえを呼ばれた。
「ハイハイハイハイ!」
飛行機は俺とライバルたちを乗せた直後、
あっという間に離陸したのであった。
ふうううーー。ま、まずは1勝だぜえー。
(この旅行で5回このパスでトライして
結局は全部乗れた。
時期や場所によるけど、ビンボーでも
時間の余裕はあるというヒトは試すべし。
期間中その航空会社のどの国内線でも
トライできる。
アラスカやハワイ便もあった。
’90当時アメリカン、ノースウェスト、
USエアーなどいくつかの航空会社が
3、4回搭乗分のパスを発行していて、
俺は60日間、回数無制限で
料金も他社と差がない
400ドル=当時約6万円という
デルタ社のパスを選んだ。
フシギなことに今まで日本人で
このパスを使って旅行してるのを見たり、
聞いたりしたことは
なぜかいっぺんもないけど。)
ー転生のアメリカ編 VOL8ー
「平和な昼下がり」
サンフランシスコ 1990年3月
到着した空港で知り合った
見知らぬ日本人の20代の女の子と
ホテルにチェックインして(別々の部屋ね)、
さっそく名物のケーブルカーで一緒に
フィッシャーマンズワーフへ行く。
車両が走ってるのに飛び乗ったり、
飛び降りたりするひとがかなりいるし、
ドアもないし、満員でひしめきあってるし、
すごい乗り物やなあ。
こんな状態で車掌さんはちゃあーんと
のがさずに全員の運賃を徴収するそうである。
ううーーん、ホンマかなあ?
ついタダ乗りに挑戦してみたくなる。
坂道をどんどん下っていった
突き当たりが目的地だ。
カニ、ロブスター、カキのどれかを
食べたかったけど、けっこう高い。
海辺で肌寒いのでとりあえず
ホットココアを飲む。
(3$くらいやったかなあ?)
おいしいし、日本の喫茶店で
出てくるものの3杯分!くらいの量がある。
知っての通り、アメリカでは食べ物や
飲み物はたいてい量が多い。
レストランで食後のコーヒーを飲んでも
ウエイトレスはこっちが「もういい」
と言うまで何回でも大きなカップに
水のように注いでくる。
まるでわんこそばだ。
これで1〜1.50$くらい。
なんでもたくさん飲みたいタイプの
俺は満足である。
数m下の海面からはアシカが
のどかに顔を出しているし、
観光客がたくさんいて実に平和な雰囲気だ。
俺の防衛本能が「今ここは安全」
と教えてくれている。
ロサンゼルスの緊張感とは
まったく違う世界だ。
(ただしここでも夜のダウンタウンなどは
安全とは言えないらしい)
ゴールデンゲートブリッヂへ行ってから、
坂を下りきったサウサリートへ。
絵によく描かれる小さな港町だ。
歩いていくと何か楽器の音が聞こえてくる。
人だかりの中を見るとキレイな緑色の衣装で
揃えた10数人の中学生?の少女のグループが
路上で見たことのない踊りを披露している。
2人のタータンチェックの
スカートみたいなのを履いた男が
フシギな笛を吹いている。
味わい深い笛の音に合わせて
少女達が躍動的に華麗に舞う。
「なんやろう!?この素敵な踊りは?」
次に紫の衣装の高校生?のグループが続く。
大衆の真ん中で少し緊張しながらも
一生懸命踊る彼らの姿から目が離せない。
踊り終わると彼らはコーチと思われる
やさしい目をした30代くらいの
女のひとのまわりに集まり、
「やったわー!!」
と跳び上がって、抱き合ってはしゃいだ。
※この光景を撮った写真は帰国後、
写真屋のオッチャンが気に入って
サービスで引き伸ばして額に入れてくれて、
駅前の銀行の壁に半年くらい飾ってもらった。
(当然まだフィルムを使ってた時代だ。)
後でわかったけど、この踊りは
その後10年?くらい経って
大阪でも公演されて大ヒット、ロングラン
となった「アイリッシュダンス」だった。
ちなみに緑はアイルランドの
国を表す色であり、
アイルランドの建国記念日には
みんな緑の服を来て、
顔にも緑のペイントをして、
ビールまで緑のものが登場して、
踊って騒いで国をあげてのお祭りとなる。
この面白い笛はバグパイプと呼ばれ、
スコットランドなどで受け継がれる
民族楽器である。
一度聴くと忘れられない味わい深い音色。
形もなかなか個性的でイイ。
タータンチェックは伝統的な民族衣装に
織り込まれる柄だ。
※スコットランド出身の2022年現在
ウチのロックバンドのギター&ヴォーカルの
ドミニクが日本で知り合いの結婚式に
この民族衣装で出席したら
大好評!だったそうな。