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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
99/187

99.

 ちょっとコースがずれている?と思っていたら、途中からコースを変えて迫って来た。

 ほう、器用なもんだ。だが、速度を変えたら何か有ると相手に用心されるだけだろうに、つくづく残念なダルマだ。

 あたしはかんざしに気を込めて、迫って来る襷に対して一振りした。

 それだけで、襷の先端部分は粉々に粉砕され宙に舞った。


「な、馬鹿な・・・」

「ふん、無駄よ。あんたの攻撃はあたしには通用しないわよ。もう終わりかしら?終わりなら、そこをどいて下さらない?」

 あたしはニコッと語りかけた。


 だが・・・

 襷の攻撃が無駄と悟ったダルマは、襷を投げ捨てた。

 そして大きく股を開き、腰を深く落とした。

 ん?この態勢は・・・白兵戦?突っ込んで来るのか?


 訝しんで見ていると、右肩に力を込め始めた。

 ほうほう、右肩を中心に突っ込んで来るんだな。

 何故か、その時のあたしは妙に冷静にその姿を見つめる事が出来て居た。


 来るのか?来るのか?さあ、どうやって迎え撃とう?

 あ、来るっ。

 対策を決める前に来ちゃったよお。

 ええいっ、ままよっ!!


 あたしは咄嗟に右手を突き出していた。

 特に確信があった訳じゃ無かった。何となくこれが最善であると思ってしまったのだった。

 突き出した右手の手の平を相手に向けて精神を集中した。


 ぶつかるっ!吹き飛ばされるっ!

 そう思った瞬間、思わず目をつぶっていた。すると差し出した右手にずしーんと衝撃が走った。

 だが、何故か吹き飛ばされなかった。

 恐る恐る目を開けてみると、視界一面に巨大な筋肉ダルマの筋骨隆々な右肩が広がっていた。

 良く見ると、あたしの右手の平はダルマの肩をしっかり受け止めていた。

 正確に言うと、ダルマの肩とあたしの手の平は接していなかった。

 そこにはわずかな隙間があったのだった。

 ・・・?

 気の力で跳ね返したとでも言うのだろうか?


 筋肉ダルマは突撃が抑え込まれた事実に驚きながらも一向に前進を止めようとはせず、ぐいぐい押して来ている。

 だが、不思議な事にあたしの右手は体重差を無視して、巨漢の突撃を抑え続けている。


「もう・・・やめませんか?何もあたしは敵対する為にここに来た訳ではありません。エレノア様を無事安全な所に避難させる為にここに居ます」

「ここは、神聖な神殿である。なんびとたりと侵す事は許されない」

 ふー、職務に忠実なのも、ここまで来ると哀れにも思えるわあ。

「あなたの忠節は良くわかりましたが、そのせいでエレノア様が危険に晒されても構わないとお考えか?」

「我が君に害成すものを許す訳にはいかない。この命に代えても排除するまで!」

「今、一番エレノア様を害している者は・・・あ・な・た なんですけど?今この時も、カーン伯爵の軍勢がエレノア様を害さんと向かって来ているのよ?時間がないの」

「貴族がどうとかは、自分のあずかり知らん事。自分の使命はここを死守して我が主様をお守りするのみ」

 そう言うと、さらにぐいぐいと押して来る。もっともあたしはびくともしていないのだが・・・。

 なんか、段々とイライラしてきたわ。なるべく、穏便にと思って来たけど、もういいわよね。こいつ、殺しても死ななそうだし、一回殺してもいいわよね。


 ちょっと、、、ほんのちょっと、、、少しだけ、、、右手に力を入れた。

 殺意は無かった。ちょっと脅かせればいいかなあって・・・。


「はっ!!」


 軽く、ほんの軽く力を入れた結果、、、筋肉ダルマは姿を消し、壁には大きな穴が穿たれた。

 ちなみに、隣の部屋を覗くと、誰もおらず、さらに隣の部屋の奥の壁にも大きな穴が開いていて、そこから二本の足が覗いていた。


「やばい、やり過ぎた・・・か?」


 と、思ったのだが、心配はいらなかった。

 ガラガラと音を立てて、二本の脚がずるずると穴の向こうに引っ込んで行った。

 代わりにぬうっと穴から筋肉ダルマの顔が現れた。

 その顔は、なぜか嬉しそうだった。

 壁に開いた穴の縁に手を掛けて上半身を穴から出して来た。

 なんて呆れるほど頑丈な身体をしているんだ。ほとんどダメージは受けていないのではないだろうか。

 あれを食らって無傷だと?お前、本当に人間かぁ?

 などと思って居ると、ニコニコとこちらに向かってくる。


 それなら手加減は要らないって事ね。

 どんどん行くわよお~。

 あたしは第二撃を撃つ為に再度右手を前方に差し出した。

「今度のは、ちょーっと痛いわよ~ww」

 その時だった。


 ちり~ん・・・


 微かに鈴の音が聞こえた気がした。

 それも、最近どこかで聞いた聞き覚えのある音だった。

「・・・・ん?」


 その瞬間だった。

 本当に、その瞬間。あれは聞いてからの行動ではないだろう。ほとんど条件反射と言ってもいいだろう。


「はあぁ~い、ただいま参りますうぅ~っ」

 

 気色悪い声と共に、筋肉ダルマは横ッ飛びで部屋から飛び出すと廊下を走り出した。

 思わず呆然とその後ろ姿に見入ってしまった。


 いかん、見失ったら又迷子だ。あの鈴の音は間違いなくエレノア様のものだったから、後をつければエレノア様の元へ行けるはずだ。


「まてぇ~筋肉ダルマあぁ~!」


 あたしも、ダルマの後を追って走り出した。

 走り出したんだが、何だ?この速さは。何であの速さで速度を落とさずに直角に曲がれる?

 廊下の角を曲がる度に距離が離されていく。

 あたしも脚にはちょっと自信があったのだが、奴の人間離れした脚には離される一方だった。


 何度も廊下の角を曲がり、必死に喰らい付いて、心臓が悲鳴を上げ始めた頃、突如視界が開けた。そこは中庭だった。

 中庭には豪奢な装飾をされた四頭立ての馬車が、所狭しと並んでいた。


「こ これは・・・?」


 思わず足を止めて辺りを見回すと、中庭に向けて渡り廊下が突き出している場所があった。その伸びた廊下の先には、一段と大きく豪奢な六頭立ての馬車が居た。

 筋肉ダルマは、その巨大な馬車のところで膝まづいていた。

 あたしは、呼吸を整えながら、その馬車の元へ歩を進めた。


 近づくにつれ、何やら会話が・・・と言うか、年配の女性のキンキン声が聞こえて来た。

 さらに近づくと、土下座した筋肉ダルマが一方的に上等な身なりの女官に叱咤されている事がわかった。


 これは、一体どういう事になっているのだろう?

 などと考えながら近づいて行くと、あたしに気づいた上級女官とおぼしい女性が顔を上げた。

 あらぁ、なんか怖い顔をしている?機嫌が悪いのかな?それとも、生まれつきあんな顔なのだろうか?


「そこな下郎っ!なぜ許可も無くここにおるのか?」


 下郎?誰が?あたし?あたしなの?

 ああ、あたしの事目一杯指差してるからあたしの事かぁ。


「神聖なる聖域に無断侵入するとは、マルティシオン神に対する冒涜である。これは万死に値します。その命でもって罪を償いなさい。さあ、クライスフェルト始末なさい」

 そうクライスフェルトに命じると、、、命じると?え?誰っ?クライス?まさか・・・筋肉ダルマ?

 あいつ、クライスフェルトって名前だったんだ。そりゃあ、確かに筋肉ダルマって名前じゃあないよなぁ。


 上級女官から命じられた筋肉ダルマは、おもむろに立ち上がってこちらに向き直った。

 あらぁ、やる気満々?忙しいのになぁ。

 こんな狭い所で、大立ち回りはしたくはないんだけどなぁ。

 この中庭にひしめく馬車の半数を破壊してもいいのだろうか。

 などと考えていると、馬車の中からクレアが顔を出した。こいつ、ちゃっかりエレノア様の馬車に乗ってるんかい!

「あ、姐さ~ん、もう支度出来ていますよぉ~」

 なぬっ?半日かかるんじゃあなかったんか?


「あらぁ、あの下賤の者はクレアちゃんのお知り合い?お付き合いするお相手はよおく考えて選ばないといけませんわよ。ほほほほほほ」

「・・・・!げっ 下賤の者ぉ?誰が下賤の者だってぇぇぇっ!?」

 思わず声を荒げてしまったわ、まったく!

 だが、こんなのにかかずらわっている暇は無い。


「たかだか、女官風情が口を出すんじゃあない!自分で言いたくはないが、私はリンクシュタット侯爵家息女である!時間がないのだ、さっさと馬車を出されよ!」

 これで、身の程を知って大人しくなるだろう。さあ、さっさと出発を・・・


「クレアちゃん、姫様の馬車を出してもよろしいのかしら?」


 かーっ!!なんであたしが言っているのに、クレアに聞き直すのよっ!意味がわからんっ!!


「女官の姉さま、時間がありませんので、直ぐに出発して下さいませ」


 はあああああああああっ!?あたしは姐御で、たかが女官風情が姉さまだとおおおぉ??


 ふーん、ふーん、ふーん、ふーん!!

 あたしゃあ、猛牛の様に鼻息が荒くなってしまった。


 が、怒ってばかりもいられない。馬車は動き始めたのだ、あたしは一行の護衛に徹しなければ・・・。


 純白の装甲で化粧された馬に乗った、こりゃまた純白の鎧を身に纏った聖騎士が百騎ほどパレス正門から出発した。

 前方の護りなのだろう。これだけいれば、盗賊の類に関しては安心だ。王都からの追撃の兵だけ注意していればいいだろう。

 門の脇に立って出撃して行く頼もしい騎馬兵達を見ていると、門の奥から今回の旅の主役が現れた。

 五色に輝くひと際大きな馬車がゆっくりと、、、本当にゆっくりと、いやのろのろと姿を現した。

 なんだろう、歩くのとたいして変わらない速度だ。みているとなんだかイライラする。

 高貴な人の馬車って、こんなにゆっくり移動するものなのか?急いでいるのになぁ。


 エレノア様の馬車の後に続いたのは、、、、エレノア様の馬車だった。・・・えっ!?

 ・・・・?えっ?更にもう一台?あ、更にもう一台?どういう事?


「あれは・・・ダミーだ。賊の攻撃を分散させる為に同一の馬車を三台用意している」

「そうなんだ」

 いつの間にか横に来た筋肉ダ・・・いや、クライスなんたらが説明してくれた。

 もう、攻撃して来るつもりは無いらしい。命令従順タイプの典型的な者なのだろう、護衛にはもってこいなのだろうが、今回の様にイレギュラー満載の事案にはたして対応出来るのだろうか疑問ではあるな。


 エレノア様のご乗車されていると思われる絢爛豪華な馬車三台が出ると、その後には護衛の聖騎士団の騎馬が百騎ほど続いていた。これじゃあ、ここに居ますと言っている様なもんじゃないのか?

 更にその後方からは、荷馬車隊が・・・えっ?えっ?どういう事?

 荷馬車の列がぞろぞろと、本当にぞろぞろと続いていた。

 まさか、広大な中庭に居た馬車が全て続く訳でもないだろうに・・・


 だが、その杞憂が現実の物として認識する事になるのに時間は要らなかった。

「我が君の御成りである、この程度の車列は当然である。全て合わせれば千両近くになるのは必然」

 なんたる税の無駄使いだ。こんな事をしていて、エレノア様は民の貧困を知らないのか?誰も異を唱えないのか?


 憤慨するあたしを尻目に、永遠とも思える馬車の車列は目の前をゆるゆると進んで行く。

 冗談ではない!こんな速度で進んで居たら、直ぐにカーン伯爵の追手に捕まってしまうぞ。

 おそらく、どんなに口を酸っぱくして言っても改善はしないどろうな。高貴な者共はそう言う物だ。自分の身の危険が迫って居ても認識出来ないんだからたちが悪い。


 振り返ると、クレアを除いた四人の少女が口を半開きにして呆れながら馬車の列を見ていた。

 その後ろには、先程追い付いてきた『うさぎ』副頭領の一人、馬に乗って居たら天下無敵である単脚のレイモンド氏が愛馬に乗ったまま呆れた顔をしていた。

「おい、嬢ちゃんよ。なんなんだ?この有様はよお。身一つで避難じゃなかったんか?」

「ははは、そうなんだけどね。やんことない連中には現状を理解するのは難しいみたいでさあ」


 あたし達の会話に顔を真っ赤にした筋肉ダルマが割って入って来た。

「きさまあっ!!我が君を愚弄するつもりかあああぁぁっ!!」


「お嬢、なんなんです?この筋肉ダルマは」

 ああ、あたし以外の人が見てもやっぱり筋肉ダルマなんだぁww

「エレノア様の護衛よ」

「なるほど・・・宮殿の飼い犬ですな。どうりで弱そうだと思いました。はっはっはっ」

「なにいぃっ!!!」

「ああ、弱いんだけど、めっちゃ打たれ強くて、面倒な奴ではあるわね」

「貴様らぁぁ!!言わせておけば、好き勝手言いおって、許さんぞっ!!」

 一触即発状態だった。いいぞいいぞ、やっちゃえやっちゃえっ、って思って居たら冷静な突っ込みが入った。残念。

 

「どうでもいいけど、そんなくだらない内輪揉めしてていいのかしら?簒奪さんだつ者から見たら、絶好の獲物じゃないのかしら、この馬車の列」

 いつも冷静なアドラーだった。

 言い合っていた大男達は、思わず顔を見合わせていた。

「うむ、確かに嬢ちゃんの言う通りだ。このクソ長い列をどうやって賊から守るかだ。貴様との決着はその後だ。いいな」

「おう、承知した。だが、どうやる?列は長いぞ」

「長くしたのは誰だって話しだよ。どうせ身一つでしか避難できんのだ。貴金属は全部捨てていけないのか?」

「いや、そんな事は許されない。どれ一つとっても貴重な一品ばかりだ。全て持って行く」

「聖女さんと金品とどっちを優先するつもりだ?」

「そりゃあ、考えるまでも無い。どちらかを選べと言われたら、両方だ。当然だろう」


「おい、お嬢。こいつ頭は確かか?本気で言っているぞ?」

「そういう人種なんよ。難儀よねぇ」


「筋・・・クライスさん。はっきり言っておきます。命懸けで荷物を護っても、向こうに着いたら、全て破棄する事になりますから、どうしたらいいかよっく考えて行動して下さい。これは脅しではありませんよ。もし、最後まで荷物の優先を主張するのであれば、国王陛下の名の元にエレノア様を斬り捨てます」

 そこまで一気に言うと、あたし達は踵を返して列から離れた。


「レイモンドさん、兵隊はどの位集められます?」

「今からか?無茶を言うなぁ。今からじゃあ、どんなに頑張っても百かそこいらがせいぜいだぞ?」

「そうよね。だったら宮殿の入り口に立って、出て行く馬車に声掛けして頂戴。それなら出来るわよね」

「ああ、可能だが何て言うんだ?」

「国王陛下の命である、賊に襲われたら荷物を放棄して走って前方の仲間に合流せよと。自分の命を一番に考えよと」

「なるほどな。了解した。さっそく行動に移そう。先に行った馬車には馬に乗った奴にやらせよう」

 ニヤッと笑みを残すと、レイモンドさんは走って行った。


 取り敢えず、これで出来る事は全てした、、、はず。後は、、、、野となれ山となれ だな。

 エレノア様に運があれば切り抜けられるだろうさ。



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