98.
手鏡を持った手が小刻みに震えているのは気のせいでは無いだろう。
正直、あたしも心底驚いていた。
だって、あの・・・凄まじい顔がトレードマークだったのに、あろうことか絶世の二枚目になってしまっては威厳が無くなってしまうってものだろう。
あ、別にひがんでいる訳でも、羨ましがっている訳でもないのだけど・・・。
「姐さん、お頭はん、えろうハンサムになってんやねぇ」
ポーリンの目は点になっていた。
「お頭、、、変身、、、別人、、、有り得ない」
もぐもぐ何やら食べながら、ミリーが呟いた。
有り得ない・・・か。いやいや、一番有り得ないと思っているのは、お頭本人だろう。
その証拠に、まだお頭は手鏡に映った自分の顔を見たまま固まっている。
見惚れているのだろうか?
永遠とも思える長ーい、長ーい時間の後、お頭は正気を取り戻し・・・た?
不意にこちらに振り返ったお頭の顔は・・・呪いは解けているはずなのに、再び完全に破壊されていた。
いや、以前より一層不気味感が増していた。
そもそも何よ!あのだらしなく垂れ下がった目じりわっ!
あー、なんてだらしない顔っ!見てられないわ。
「あんなお頭はん、初めて見たわ。あんなんやけど、顔の事は相当気にしはってたんやねぇww」
「ぷっ!」
思わず吹き出してしまった。そして、うんうんと目一杯・・・同意してしまった。
だって、「にたあぁ~」と言うか、「にへらあぁ~」と言うか、もう見るに堪えなかった。
なんて呆れて居たら、不意に声を掛けられた。
「なああああああぁぁぁぁぁぁっ、どおおおおおかなああああぁぁぁ、俺の顔。中々いけるんじゃあねーか?」
えっ?
「なあなあなあなあ、どうだっ?どうだよっ、俺の顔っ!見ろよ!見ろよっ!!」
だめだぁ、こりゃあ。ポーリン達と顔を見合わせ、一瞬で意思の疎通が出来た。
放置だ!
「では、あた・・・私達は先に馬車の所でお待ちしております。でわっ」
さっと立ち上がるとエレノア様に声を掛けて、あたし達は謁見の間を辞した。
お頭は当然その場に放置だ。
勢いで一気に馬車の元に戻った。
そこには、先程の警備兵達が居て、こちらを睨んでいる。
「どうした?追い出されたのか?そうだろうなぁ」
ニヤニヤしながらこちらを見て笑っている。
どこまで人を見下してくるんだよ、こいつら。
「残念だけど、追い出されたんじゃないわよ。それより、これからエレノア様はお出掛けになるわよ、あんたらも支度した方がいいんじゃなくて?余計なお世話かもしれないけど、ここに残っていても死ぬだけよ」
それだけ言い残すと、あたし達は馬車へ向かった。
後は、エレノア様を転移門に送り届けるだけだ。
そう思っていました、たった今まで。
馬車に戻ると王都方面の密偵からの連絡員が待って居た。
彼のもたらした情報にあたしは大慌てする事になった。
「ポーリン、急いでお頭を引っ立てて来て!クレアはエレノア様のお支度を急がせて頂戴」
まずいまずいまずい、なんでこんなタイミングで・・・。
「姐さ~ん、どうしたのお?」
不思議そうにミリーが聞いて来るが、あたしはそれどころじゃなかった。
なんせ、王都を制圧したカーン伯爵が、ここパレス・ブランとイルクートに兵を向ける準備を始めたというのだ。
たぶん、もう先遣隊はこちらに向かって来ているだろう、急いでここを出ないと・・・。
それにしても、お頭はなにをやってるんだ?気がせいて居ると時間の経つのが長く感じる。
急がなければ、急がなければと、一人で空回りしてしまう。
エレノア様も出て来ないし。どうしよう。どうすれば・・・。
「ねえ、時間稼ぎならボクとミリーで出来ないかなぁ?」
「えっ!?」
突然のメイの言葉にあたしはハッとした。そうか、時間稼ぎだけに目標を絞れば、出来る事も見えて来る・・・か。
勝たなくたっていいんだもん、気が楽よね。
「姐さあ~ん、お頭来たよ~」
ニヤニヤした顔で手鏡を見ながらお頭がよろよろとパレスから出て来た。
あたしは、そんな姿を見た瞬間、思いっ切り駆け出していた。
そして・・・・・
ばっちいぃぃんんんんっ!!
思いっ切り、そのすっきりしたその顔を張り倒した!
お頭は、手鏡を持って呆然としたまま、こちらを見ている。
なんか、、、変。まともな顔をしているお頭、ハンサムなお頭・・・変。絶対・・・変。認められない。
違和感満載だ。
などと思って居ると、お頭もショックから立ち直ったみたいで、こちらを睨みつけて居る。
「でめえぇ~、良い度胸じゃあねええかあぁぁ」
元の顔も怖かったけど、整った顔も迫力があって怖い。が、そんな事言っている場合じゃない。
あたしは、大きく唾を飲み込み、意を決して叫んだ。
「いつまでにやけてんのよっ!!今はそんな事している場合じゃあないのよっ!!」
「なにっ!?」
「時間がないのよっ!!」
「何の時間だ?」
「あたし達の時間よ」
「お前の時間が無いのは構わんが、何故俺の時間も無いのだ?」
わかって聞いているのだろうか?こういう会話はなんか腹が立つんだけど。
「カーン伯爵がこっちに兵を差し向ける準備を始めたのよっ!もう出発しているかも知れないわ」
「ほう、物好きな事だ」
なんで、そんなに落ち着いていられるんだろう?ここは慌てるところじゃないの?
「兎に角っ!あたし達で妨害するから、お頭はイルクートまでエレノア様を護して頂戴」
だが、お頭の返事は想像の斜め上を行っていた。
「別に壊滅させなくていいんだろ?進路を妨害するだけなんだから俺だけで十分だ。お前らは聖女様を護衛してイルクートへ行けよ。そもそも、お前が来ると相手の被害が増加するから来ない方がいい」
「一人で大丈夫なの?」
「ははは、大丈夫!今日の俺の大剣の切れ味は、一味違うぜ」
そう言ったお頭がニヤッと笑った時、歯がキラっと光ったと思ったのは気のせいだったのだろう。
「あーあ、行っちゃったよ・・・」
ま、お頭の事だから心配など不要なんだろうけど・・・
今、心配しなきゃならないのはそっちじゃあない。
おかしい、、、あれからだいぶ時間が経つのに、何故エレノア様は出て来ない。
あたしは、門の前でたむろしている警備隊長達の元へ駆け寄った。
「ねぇ、エレノア様はどうなったの?なんで出て来ないのっ?一体何が起こっているの?」
警備隊長に向かって矢継ぎ早に質問を投げかけたが、隊長は「何バカな事言ってるんだ?」的な顔であたしを見下ろしてくる。
「どれだけ時間が経ったと思って居るの?時間かかり過ぎよ!ちょっと行ってせっついて来てよ!」
だが、焦るあたしとは反対に隊長の反応はのんびりしたものだった。
「いや、何を言っているのだ?我が主がご出立なさるのなら、常識的に考えても準備に後半日は掛かるであろう。気長に待たれよ」
・・・・いやいや、一体どんな常識なんだよ。
「あのねぇ、常識的に考えて軍隊に襲われたら、お命が危険に晒されるのよ!?分かってるの!?理解出来てるのっ!?」
はあはあ息を切らしながら訴えるのだが、今の状況に対する温度差には天と地ほどの開きがあった。
「その危険を排除する為に、その方達がおるのであろう?ならば、己の任務を果たす事を考えるべきであろう?違うか?」
かーっ!駄目だあぁ、頭の中がお花畑だあぁ。ここまで危機感が無いって、どうよっ!今まで、危険な状況に置かれた事って無いのだろう。だからと言って、いいのか?こんなで?
「そんな呑気な事言って居て、何かあったらどうするのよっ!!あんた、責任とれるのっ!?」
だが、そもそもの認識に対する考え方が違い過ぎた。沸々と沸騰する熱湯と氷水くらいに・・・
「だから、その為にその方達がおるのであろう。何かあって責任を取るべきはその方達であろうが」
平時であるなら、それでも勤まるのであろうが、この緊急時にそれでいいのか?
こうなったら、直接エレノア様をせっつくしかないか。
そう思ったあたしは宮殿内に向かって走り出していた。
「あっ、こら待てっ!」と後ろで叫んでいるが、待てと言われて待つバカもおらんだろう。あたしは無視して宮殿の奥に向かって・・・
ん?このだだっ広い宮殿のどこに向かったらいいのだ?
お着換えをしているはずだから、私室におられるのだろう。だとしたら宮殿の一番奥だろう。
で、どっちに行ったら奥なのだ?なにやら広いホールに出たが、左右前方、更に斜め前方にも廊下が続いている。ここはダンジョンか?
さあどうする。クレアが傍に付いているはずだ。
「クレアーーっ!!クレアーーっ!!」
叫んでみた。
・・・・・が。
「クレアーーっ!!クレアーーっ!!」
「クレアーーっ!!クレアーーっ!!」
「クレアーーっ!!クレアーーっ!!」
「クレアーーっ!!クレアーーっ!!」
返って来るのは、ホールに反響したあたしの声ばかりだった。
まずい、これは非常にまずい。どうする?どうするあたし?
そんな時だった。不意に声を掛けられた。
「何を騒いでおる。そんなに大声を出したら迷惑である、控えなされよ」
声を掛けて来たのは、さっき見掛けたエレノア様の従者?の筋肉ダルマだった。
「迷惑って、迷惑になる様な人なんて、誰も居ないじゃないのよ!」
「分かっておらんな。この神殿に対して迷惑だと申して居るのだ」
・・・んが。
「あんたっ・・・」
いやいや、今ここで危機管理の何たるかを講釈している暇は無いのだった。
「そんな事より、エレノア様は何処におられるのよ!急いでって言ったのよ?もうお支度は終わられているのでしょうね?」
だが、呆れた風な顔をされてしまった。
「何を馬鹿な事を。あのお方程の高貴なお方がお支度をなされるのだ、急いでも半日は掛かるのが常識であろうが、黙って門の外で待たれよ」
ふっ、見掛け通り筋肉の塊だけあって、思慮の欠片も無い。こんなのと言い争いをしていても埒が明かない。
「あんたと論議している時間は無いの!エレノア様の所に案内なさい!」
だが、素直に案内するつもりは無さそうだった。
おもむろに両手を後ろに回し垂れ下がっていた紐状の物を下に引っ張った。すると背中にあった赤い布で出来た大きなリボン状の襷が一瞬で身長よりも長い紐の様な形状へと変貌した。
ん?あれはまさか、、、鞭?鞭になるのか?
宮殿内は武器の携帯が認められていないので、あの様な形で護身用の武器を携帯していたのか。
「一度だけ警告する。大人しく表に出て待たれよ」
あらあら、もの凄い殺気だわ。
でも、それなりの腕ではありそうだけど、それ程大した腕では無いのか?本当の達人は、殺気など漏らさないもんね。
あたしでも対処出来そうなレベル、、、なのかな?
「あたしも最後に後一度だけ聞くわよ。エレノア様の元へ案内なさい。今直ぐ」
あ、顔色が変わった。駄目よ、顔に感情を出したら。
「残念だが、力づくで排除させてもらう」
さて、武器を調達しないとねぇ。
どうしようかと思案して居ると、筋肉ダルマが動いた。
「いやああああぁぁぁぁぁっ!!!」
掛け声と共に突っ込んで来た、今は鞭と化した襷と共に。
一直線に向かって来る襷を身体ぎりぎりの所でかわすと、襷はあたしの後方の壁に着弾した。
激しい音と共に無数の破片を撒き散らした壁には、子供の頭程の穴が空き、外の光が射しこんでいた。
ええっ!?あの襷って布じゃあないのお?
いやいや、それよりも宮殿を破壊してもいいのお?
色々な意味で驚いて居ると、第二撃がやって来た。
今回も物凄い速さで、唸りを上げて飛んで来たのだが、成果は壁の穴を増やすだけだった。
「うぬ、やるなお主」
やるなじゃあないでしょうに、どうするのよ壁の穴。
心なしか筋肉ダルマの顔は嬉しそうだった。
黙って逃げ回っているあたしを見て、必死にかわすのに手一杯だと判断したのだろうか、一気に距離を詰めて来た。
筋肉ダルマにとっては想定外なのだろう、あたしは全然焦っていなかった。第三撃が来るのに合わせてあたしも前に出た。
壁に三つ目の穴が開いた時、あたしは筋肉ダルマの横をすり抜け、その後方に着地していた。
振り返った筋肉ダルマの顔には、流石に驚愕の色が見て取れた。
その理由は、攻撃がかわされただけでなく、あたしの右手にはたった今まで筋肉ダルマの髪の毛を留めていた一本のかんざしが握られていたからだった。
筋肉ダルマは一瞬驚愕の表情になったが、すぐに余裕の表情に変わった。
「ふんっ、そんな物一本で一体何をするつもりなんだ?お主が絶体絶命の状況には変わりないんだがな。はっはっはっ」
「さあ、どうかしらねぇ」
あたしも負けじと余裕の表情をする。
だが、それが気に入らなかったのだろう、更なる攻撃がやって来た。
今回は先ほどの攻撃より速度が遅かった。
なんだあ?と思って居ると、途中からコースを変えて襲い掛かって来た。
新年あけましておめでとうございます。
本年も頑張って投稿して参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。