95.
まんじりともせずに夜を明かしたあたしは、意を決してエレノア様が立て籠もっているという、白の宮殿とも呼ばれているマルティシオン教の総本山であるパレス・ブランに直接乗り込む事にした。
アナ様も頑、、、意思が固かったが、更に輪をかけて意思が固いと言われている本当の聖女様であるエレノア様を説得しなくてはならないとは、本当に気が重かった。
それも、短時間にだ。
お頭の事だ、「つべこべ抜かすんだったら、むりやりかっさらって担いで行けばいいだろうが!」と言いかねなかったので、今回は遠慮してもらおう。
アウラには転移門の管理を任せたいので、今回は連れて行けない。
明らかに人手が足りないが言った所でどうにもならない、今回はポーリン達ちびっこ五人衆だけ連れて行こう。
事は急を要するので、ファフニール一族から三体の走竜を借り受け、まだ夜が明けきってない薄暗い中、あたし達六人はキャンプを出発した。
子供竜王様は「わしゃぁ疲れたわい」と言って、竜達を連れてベルクヴェルクの山に帰ってしまったので、現状ではこれが最も早い移動手段だった。
あたし達はひたすら走った。日が暮れるまで走った。ひたすら走った。
最低限の休憩だけで、ほとんど丸一日走った。
その結果お尻がズル剝けてしまったが、仕方が無い。だけど、なんであの娘達はあんなに元気なのだろう?若さなのだろうか?
焚火を囲み、交代で睡眠をとろうとしたのだが、何故か密偵からの報告は頻繁にやって来る。あたし達の行動予定も、野営するこの場所も誰にも知らせていないのに、なんで密偵達にはもろばれなのだろう?さすが密偵と言った所だ。
不思議に思って居ると、アドラーに諭された「それが密偵なんですよ」
なぜか、納得してしまった。確かにそれが密偵なのだろう。
報告によると、始まりの村の転移門の前では大量の家財道具を持ち込んだ連中が騒いでいる為、大渋滞になっているとの事だ。
アウラ達も必死で説得しているが、家財持ちと身軽に我先にと転移門に入ろうとする者達との間で乱闘騒ぎになってしまっているそうだ。
こういう非常時に、人間性が現れると言うのは、どうやら本当の事らしい。
アウラの腕前に期待するしかないだろう。
イルクートの街中も、脱出する人でごった返しているそうだ。
こりゃあ時間がかかりそうだなぁ、エレノア様をお逃がしする迄に沈静化させるのは・・・無理かも知れない。
次の日も夜も明けきれない内に走り出した。
お尻は、ひりひりを通り越して、じんじんしている。
お尻の負担を軽減する為、腰を少し上げてみたのだが、今度は膝に負担が集中してしまい、両膝が痛くなって来た。これは想定外だった。
心配したポーリンが寄って来て声を掛けてきた。
「姐さん、お尻大丈夫でっか?馬車でも調達しまっか?」
「まだ、大丈・・・夫 じゃあないかも・・・」
もう意地を張っている状況じゃなかった。
運よく幌付きの馬車が調達できたので・・・って、良くこんな物が都合よく落ちていたなぁ、なんて思って周りを見回すと、、、、落ちているのだ、それもあちらこちらにちらほらと。
「これは・・・どういう事?」
必至で走竜にしがみついていたので気が付かなかったのだが、しばらく前からこんな感じで街道のあちこちに馬車が乗り捨てられているそうだった。
「姐さん、下を向いて必死だったもん気が付かない。あれね、盗賊に襲われたんだよ。ほら、周囲に斬られた人が転がっている」
クレアが事も無げにそう説明してくれた。
年頃の子がそういう事を淡々と話すのはどうかと思うのだが、今は敢えて目をつむる事にした。緊急時だ。
積まれたまま放置されていた家財道具類を降ろし、床に藁を広げあたしはうつ伏せに寝ころんだ。
そして、お尻をぺろんとだして、アドラーが用意してくれた薬草を貼って貰った。擦り傷に効く薬草だそうだが、やっぱりお頭置いて来て良かった。乙女のこんな無様な姿、死んでも見せられないわ。
馬車には馬が居なかったので、一体の走竜を繋いで馬代わりに引っ張って貰う事にした。アドラーとメイは御者席に乗り、ミリアはあたしの横でお世話係。ポーリンとクレアは、それぞれ馬車の左右に展開し警戒をしながら進む事になった。
馬車を引いても走竜には余裕だったみたいだが、馬車が耐えられないのでアドラーが適当に制御して速度を抑えてくれてはいるが、それでもなかなかの速度が出ており、走行中体はぽんぽんと宙に舞ってしまっていた。
お尻は痛いわ、気持ち悪いわで、もう散々だったのだが、気が付くと日は落ちていた。
つまり、一日中平和だったという事なのだが、お約束通り厄介は日が落ちてからやって来た。
まあ、エレノア様を説得する事に比べたらたいした事ないんだけどね。
辺りが真っ暗になった頃、そいつらは現れた。
あたし達は夕食が終わりお茶を飲んでいるタイミングだった。
寝静まってからの登場でなかったのは、恐らく女子供ばかりなので完全に舐めてかかっているからだろう。
そいつらは、いかにもにわか盗賊という感じのチンピラ八人組だった。
嫌らしい下卑た笑いを浮かべながら、その男達は近寄って来た。
何を考えて居るのかは、言わずもがなだった。
あたし達はそいつらには全く脅威を感じなかったので、気が付かないふりをして、お茶を飲んだり焚火に薪をくべたりしていた。
「へっへっへっ、お嬢ちゃん達ぃ、こ~んな寂しい所でなあぁにをしてるんだあぁい?」
「おんなだけで、つまらないんじゃあねえかい?」
「けけけけ、俺達が相手してやろうじゃねーかよ、うれしーだろう」
ああ、これじゃあ女性にはモテないだろうなぁ。それに、あんな足運び、盗賊としても落第だわね。
あたし達が返事をしないのを、恐怖で震えて居ると思ったのだろう。更に無防備で近寄って来る。
「へへへっ、誰が最初に相手して欲しいんだあ?まぁだ子供だけど、俺は構わんぜえぇ。ひゃっひゃっひゃっ」
やれやれ、顔も悪い、口も悪い、頭も悪い、盗賊としての腕も悪い、最悪だわ。
その時メイの強い視線に気が付いた。
何を考えて居るのか良くわかったので、いいよ、と頷くとメイは勢いよく立ち上がった。
メイは自分がみんなのお荷物なのではないかといつも悩んでいた。
そんな時、ギロチン工房の大将に才能を見出してもらったトンファーと円月輪を、毎日一人で練習していたのだった。大将が言うには、かなりの適性があるのだそうだ。
トンファーは四十センチ程の真っ直ぐな縦棒に短い横棒を垂直に差し込んだL字型の近接戦用の武器で、通常は殺傷能力は低いのだが、面白がった大将が内緒であたしのレイピアを造った残りのアダマンタイトを使ってこしらえてしまった趣味の一品なので、それはそれは恐ろしい仕上がりになって居た。
円月輪は、十センチ程度の薄い円盤状の投擲武器で、縁は鋭い刃になっていた。こちらは鋼で出来ていて、いつも腰に十枚程ぶら下げていた。
最近では、練習に付き合うあたしでもタジタジになる位の上達ぶりなので、あんなチンピラの五人や十人なんでもないだろう。
一応ポーリンも剣を手に、いつでも飛び出して行ける様に待機しているから安心だ。
あたしは・・・焚火の横でうつ伏せに転がったままだww
メイは立ち上がると、すかさず右手をさっと前方に振り上げると、猛然とダッシュした。
先頭に居た口の悪い奴の元に達した時には、その男は前のめりに倒れこんで居た。円月輪が顔面に命中していたのだった。
「ほう」と感心していると、そのまま男達の中を駆け抜けて行き、振り返った時には八人全員が倒れていた。
パチパチパチ
あたしは、賞賛の拍手を贈った、実に見事だった。
メイは「えへっ」と舌を出してから大きく息を吐いた。
息を止めて突っ込んで行ったのか、凄いな。
ポーリン達は剣を構えながら、恐る恐る検分の為に盗賊の元に歩いて行ったのだが、直ぐにこちらに振り返り肩をすくめた。
「姐さん、みーんな一撃やわ。おっとろしいわぁ、情け容赦なくって感じやね。まぁ、情けをかける必要もあらへんけどな」
ポーリンのその一言が全てを物語っていた。
八人の盗賊は、みんな一撃でこと切れていた。
一瞬で八人・・・走り出すと同時に円月輪で一人倒していたから、正確には七人。
あのぽやぽやしていたメイが、凄い変わり様だった。足を引っ張るどころか、接近戦では主力級といってもいいだろう。
だが、横から突っ込まれたら、こうはいかないだろうから、次回はポーリン達に両サイドを固めさせた方がいいだろう。
戻って来たポーリン達の表情が険しかったので、どうしたのかと思っていたが、すぐ分かった。
"「姐さん、あいつら全身に女性用の装飾品つけとったわ。絶対良からぬ事をして奪い取ってんで、胸糞悪いわぁ
」"
なるほど、それで機嫌が悪かったのかぁ、無理も無いわね。
「そうね、でもあなた達の、特にメイのおかげでもう二度と悪行は働く事は出来ないわ。あなたたちは、良い事をしたのよ」
納得がいかなそうなポーリン達をなだめつつ、夜は更けて行った。
翌日も早朝から進撃は続き、イルクートの西門を遠くに見ながら北上を続け、パレス・ブランのあるアルドラ山が見えて来たのは、更に二日後だった。
それまでには、走竜の爆走に耐えられずに車軸が折れたり、車輪が取れたり、床が抜けたりと決して楽な道のりではなかった。一番多かったのは、やはり車軸の破損だった。その度に馬車を乗り換えて都合七回も馬車を乗り換えての強行軍だった。
途中街道は、避難する国民によって長蛇の列が作られていた。
可能な限り声を掛けて、荷物の最小化を促したが、ほとんど聞き入れては貰えなかった。聞き入れるどころか、棒を振り回して追い払われるか、挙句の果てには石を投げつけられる始末だった。
あたし達もアウラには申し訳ないと思いつつも、先を急がねばならなかったので、そのまま放置してここまで来てしまった。
明日にはパレス・ブランに入れそうだという最後の野営地で、この旅の最後の夕食を摂って居た時だった。
食いしんぼミリーが、串に刺されて焚火で焼かれている肉を見つめながら、ぼそっと呟いた。
本人にとっては何か深い意味があって呟いたのではなく、ただ、愚痴を漏らしただけなのだろうけど、それを聞いたあたしは雷に打たれた位の衝撃を受けてしまった。
「聖女様って、国民を犠牲にしてまで護らないといけないのかな・・・・・?」
焚火の前でうつ伏せになっていたあたしは、勢いよく飛び起きてから、腰が居たくて再び倒れ込んでしまった、
そんな事、思った事もなかった。聖女様は、国民を犠牲にしてでも護るべき存在。そう物心のつかない幼少の頃から教え込まれて来たから、一度たりとも疑問に思った事などなかったのだ。
「あんた何ゆうとんのや、聖女様言うたら尊いお方やで。護られはるのは当たり前やないかぁ」
物凄い勢いでポーリンが食って掛かった。
「ん・・・ん・・・、だって、小さい頃教わった。人はみんな平等だって。差別したらいけないんだって」
「当たり前やんか、聖女様も言うてはるやろ?人は差別したらあかんて、争ぉたらあかんて、仲良うせなあかんて」
「んー、なら何で聖女様だけ特別に保護されるの?私達下々の者が飢えても、聖女様は決して飢えないよね?」
「う うううそれは・・・」
「今だって、聖女様の我儘のせいで、本当は国民を一人でも安全に避難させなくてはならないのに、私達は避難民を放っておいて聖女様を助けに行くのよね?なんで?」
「そら、やっぱり聖女様は大事やさけ・・・」
「それ、答えになってない。人はみんな大事なんじゃないの?聖女様は尊くて、村の子供は尊くはないの?」
「ううっ・・・・・・」
「聖女様が聖地から離れたくないって言うのなら、そんなの放っておいて避難しようとしている避難民を全力で護るのが正しい道なんじゃあないの?」
全く反論が出来なくなったポーリンが、うるうるした目でこっちを見ている。助けて欲しそうだ。
「ミリー、良く考えたわね、偉いわ。あたしは、産まれてこのかた疑問にも思わずただただ盲目的に命令に従っていたわ。ミリーは自分の頭でそう考えたのね、偉いわぁ、あたし達もその姿勢は見習わなくちゃいけないわね」
「えへっ」
怒られると思っていたのだろうか、思わず褒められて耳の先まで真っ赤にして照れている。
「自分の頭で考えるのは基本良い事だと思う。でも、みんなが勝手に思い思いの事をしてしまったらどうだろうか?統制が取れなくなって、国が機能しなくなってしまうんじゃないかしら?」
ミリーは、きょとんとしている。そりゃあそうだよ、あたしだってそういう事は良くわかんないもん。ミリーの歳ならなおさらだと思う。
「まずは、使命を果たす事を第一に考えて、その上で平等について考えるって事でどうかしら?」
そこまで言ってあたしは自分のセリフに違和感を感じた。
なんだろう、なんか変?どこが変?なにが変?
国の統制が取れなくなるから・・・黙って盲目的に聖女様を護る?従う?
聖女様って、国を運営して行く為の、国民をまとめて政治がしやすくする為の道具?もしくは方便?
「うん、、、そうね。そうする。でも、もし聖女様に会えたら、質問してもいいかな?」
「そうねぇ、あたし達が話し掛ける機会があったら、それも可能かも知れないわね、としかあたしには言えないわね。事が大きすぎるもん」
「ほらっ、姐さんがこまっとるやん。その位にしとき」
「はーい」
その後ポーリンは黙って肉を食べ始めた。串に刺した大ぶりの肉十本は食べ過ぎな感じはするが・・・。
あたしは、いい問題提起をして貰ったと思った。
確かにポーリンが思っている理不尽さは普段から思っていない訳ではなかったが、立場的にそういう事は思う事も、口には出す事もいけない事だと心の底にしまって決して表には出さないで来たのは事実だった。
子供竜王様から真実を聞いてしまった今、ミリーの疑問はあたしの中でも頭を持ち上げつつあるのは否めなかった。
だけど、だからと言ってどうしたらいいのだろうか?相談できる大人もここには居ないし、こうなったら直接謁見を願い出て、訴えるしかないのか?
エレノア様の親衛隊に問答無用で斬り捨てられる案件かもしれないなぁ。
みんな真剣に考えているんだから、頭から否定して押さえつけるのはどうなんだろうと思わないではないが・・・。
でも、明日、パレス・ブランに入ってからの事で頭が痛いのに、これ以上問題を増やされてもなぁ。
あたしは、頭を抱えていて周囲への監視が疎かになっていたので、その接近には全く気が付かなく、ふいに声を掛けられてびっくりしてしまった。
「ちびっ子共もなかなか考えているんじゃあね?お前よりよっぽど的を得た発言してる様に聞こえるぜww」
ぎょっとして顔を上げると、そこにはニヤニヤしたお頭が立って居た。
い いつの間に・・・。
「お お頭っ!どうやって追い付いて来たの?転移門の方は大丈夫なの?」
「へっ、あっちは大丈夫だ。『オレンジの悪魔』の連中が、国境から駆けつけて来てくれたんでな。どうせ、明日は宮殿に突撃するんだろ?戦力は多い方がいいからな。聖女さん引っ担いで逃げてやるぜ!はっはっはっ」
だから呼びたくなかったのよ、お頭と居たら国賊にされちゃうわよ。
「それで?どうやって追い付いたのよ!」
「俺の馬、何だったか忘れたんか?」
お頭の馬?
「ああ、確か帝国のマブダチ将軍から借りた馬ね。それなら納得だわww」
「誰がっ!マブダチだあぁっ!!」
「あははははは、そんなに照れなくてもいいのにいww」
「てめえ、俺に喧嘩を売るたぁ良い度胸じゃあねーか。覚悟は出来てるんだろうなぁ」
お頭が、両手をにぎにぎしながら迫って来た。
「ち ちょっとお、なにするつもりなのよお。こっちは、身動きのままならないいたいけない少女なのよぉ」
「だああれがいたいけない少女だってぇ?ああっ?もう少し言葉を覚えた方がいいんじゃねーか?」
さらににじり寄って来た。やばいっ、お頭、間違いなくあたしの腫れているお尻を狙って居る。
「ポーリンっ、助けてぇ~」
あたしは、必死に助けを求めたのだが・・・。
「ああ、えろうすんまへんなぁ、うちらは明日の準備でいそがしいんよ。ふたりでじゃれていてくださーい」
夜更けの森に、あたしの悲鳴が響き渡った。