92.
「き え た ・・・・・」
目の前で、、、まるで煙の様に、、、消えてしまった。
しばらく誰もがその場所で固まったまま、視線を祭壇の奥から外せずにいた。
みんな、頭の中でこの事態が呑み込めないと言うか、起こった現象を頭の中で消化しようとしているかの様だった。
かくいうあたしも、何も考える事が出来ずに呆然と視線を祭壇の奥に漂わせていた。
そうしてどの位固まって居たのだろうか、ふいに発せられた言葉に、ハッと我に返った。
「だから忠告したであろうが。言わんこっちゃない」
声の方に振り返ると、さっきの長老達がこっちを見ていた。
「わかったであろう。さあ、同じように天界に召されたくなかったら、さっさと村から出てお行きなされ」
最長老は、憎しみのこもった目であたし達を睨むと、村の入り口を持っていた杖で指し示した。
必死で頭の中でこの後どうしたらいいのか考えていたが、全くまとまらなく、口から出た言葉は・・・
「ありえない、こんな事、、、、ありえない」
これだけだった。
そんな静寂を破ったのは、お頭だった。
「お嬢っ、そこをどけっ!!」
お頭の怒鳴り声と同時に、手を思いっ切り引かれて、思わずよろけて地面に手を付いてしまった。
しゃがみ込んだままお頭を見上げると、その両手にはこぶし大の石が握られていた。
「お頭?なにを・・・」
あっけに取られて四つん這いのまま見て居ると、お頭は持っていた石を思いっ切り祭壇の奥に広がって居るであろう洞に向かって投げ始めた。
最初の一発は洞の縁の岩に当たって粉々に砕け散った。物凄い速度で投げられているであろう事がわかる。
すかさず、二発目を投げた。今度は見事洞の中に入って行ったが、入った瞬間、、、消えたみたいに見えた。
お頭は、さらに石を拾い集めて、連続で投げ続けたが、どの石も洞の中に入った瞬間消滅した様に見えたが、小さく早いので良く分からなかった。
すると今度は、近くに置いてあったニメートトルはあろうかと思われる竹竿を投擲した。
今度ははっきりと見えたのだが、やはり洞の中に入った瞬間、消え去ったみたいだった。
「罰当たり者めが・・・」
最長老の吐いて捨てる様な声が静まり返ったこの場で聞こえる唯一の声だった。
その時、思考を再開したアウラが、息をハアハア吐いて居るお頭に近寄り声を掛けた。
「お頭、ひとつ実験をしたいのですが、いいですか?」
「ん?なんだ?」
「もっと長い物を、投げずにゆっくり洞の中に差し込んでもらいたいのです。出来ますか?」
「長い物だと?」
「はい、宜しいですか?」
「何か考えがあるみたいだな、よし分かった!」
そう言うと、近くに居た『うさぎ』の一人に長い竹を切って来させた。
「どうだ?こんなのでいいか?」
それは幹回りが、お頭の腕位ある五メートトルはあろうかという立派な竹だった。
「はい、大丈夫です。それを洞の中にゆっくりと差し入れて欲しいんです。その際、やばいと思ったら、直ぐに手を離して下さい」
そう言うと、アウラはお頭が抱えている竹の末端の太い部分に赤い布を巻いていった。
「なんだか分らんが、分った」
お頭は長い竹を小脇に抱え、恐る恐る洞に近づいた。そして、唾を飲み込むと意を決した様に竹を洞に差し入れた。
すると、さあーっと差し入れた先端部分から竹は消滅していき、お頭が持つ根本の方に向かって消滅が進んで来た。
「うわあぁっ!!」と、叫んで慌てて手を離したお頭だったが、離した瞬間今まで持っていた部分も消えて無くなり、お頭はその場で尻餅をついてしまった。
よく見ると、竹の末端に巻いた赤い布も消え去っていた。
「なるほどー。洞に侵入した物に接触している物は、同一個体として認識されてしまうと言う事なんですね。驚きました」
何事も無かったかの様に淡々と考察を述べるアウラだったが、お頭はワナワナと震えている。
「じ じゃあなんだ?もし、手を離すのが遅れていたら、俺も飲み込まれていたって事かぁ?」
「はい、そうなりますね」
一切動じないアウラの心の臓は、どこまで強いのだろうと思った。たいしたもんだ。
「てっ、てめえぇ、俺を実験台にしやがったなぁっ!!」
お頭の物凄い剣幕に、周りに居る者もびびっていた。その頃には、村中に散っていた『うさぎ』の面々も、村の入り口を固めていた聖騎士団の面々も、なんだなんだと集まって来ていた。
「特に問題は無いと思うのですが。お頭は、こんな危険な事を部下に丸投げ出来ます?人任せに出来ます?自分だけ安全な所で見て居られます?」
矢継ぎ早なアウラの言葉に、さすがのお頭もたじたじだったのは、なかなか面白い絵図だった。
「あー、うー、確かにそうかもしれん。そうかも・・・・だがなぁ、なんかもやもやする」
お頭は、納得がいったのかいかなかったのか、自分の両掌を見つめながら複雑そうな顔をしていた。
「小動物に紐を付けて洞の中に行かせ、消え去った後に紐を引いたらこちらに引き戻せるのかなぁって思っていたのですが、これじゃあ駄目ですねぇ、紐を持った人まで引き込まれてしまいますねぇ」
こんな短時間に、そんな事を考えていたのかぁ、アウラ、あんた凄いわねぇ、感心したわ。
「お嬢、ここは長老達の言う通り引き上げるしかありませんねぇ」
しばらく思案に耽ったアウラは、振り返るとそう結論付けた。
「いったんあの丘の上に引き返して、今後の事を話し合いましょう。その間に、私はこの村に伝わる古文書等がないか調べてみます」
「でも、あなた一人では無理よ、ここはみんなで・・・」
「ご心配なく。我々の周りには、アンジェラ殿のお仲間が何人も待機されているので、一緒に調査をお願いします。彼らはその道のプロですので安心して任せられますよ」
完全に言い負かされていた。ぐうの音も出ないとはまさにこの事だろう。
「分かった。どの道この戦力では何にも出来ないし、一旦撤収しましょう」
肩を落とし、お頭を見やると、お頭も了承した様で、みんなに声を掛けてくれた。
「おうっ!丘に向かって進撃するぞっ!ぐずぐずするなよっ!!」
撤退で無く、進撃って所が負けず嫌いなお頭らしく、思わず笑いが漏れてしまった。
丘に戻って来たものの、出来る事は何もなかった。
今後の話し合いをしようにも、出来た事と言えばみじめに減少してしまった現有戦力を思い知らされる事だけだった。
食欲が全く湧かなかったのだが、ポーリンに半ば強制的に食事を勧められ、無理やり胃に放り込んだがその後も眠る気にもなれず、焚火から舞い上がる火の粉をぼんやりと見て居ると、夜半過ぎにアウラ達が戻って来た。
「只今戻りました。まだ起きていらしたのですね」
疲れ切った顔のアウラ達調査隊の面々が暗闇からふらふらと現れた。
「お疲れ様。疲れたでしょ、まずは食事をして一休みして頂戴な。ポーリン食事の準備を・・・」
「いえ、食事は後で結構です、まずは報告をさせて下さい」
疲れ切ったアウラの顔からは、良い報告なのか、悪い報告なのかの判断は出来なかったが、アウラの目には強い光が灯っていたのを感じたので、あたしは報告を受ける事にした。
焚火の周りにアウラを囲む様に主要メンバーが集まって、報告会が始まった。
「お嬢、まずはこれをご覧になって下さい」
そう言って、アウラは小さく畳まれた三枚の紙きれを差し出して来た。
そこには、走り書きみたいな乱れた文字で何かが書かれていた。
焚火の炎にかざして読んで見ると、そこには驚きの事が書かれていた。
書いたのは、ジュディである事に間違いなかった。一枚目には、メアリーさん達が洞に消え去った後、調べられるだけ調べた内容をメモに残し、洞の中を調査に向かうとの事が書かれていた。
二枚目以降は、小さい文字で書かれていた。
「んー、随分と小さい文字で書いたわねぇ。それもびっしり」
あたしは、苦労しながら書かれた内容を読んでいった。
「ええっと、コメッソ-ヴィラそれがこのムラの本来の名前で、現代風に言うと、『始まりの村』とでも言うのだそうだ」
ふむふむ
「村の古文書を発見。以下は古文書に書かれていた内容を記すが、古い物なので所々読めない所があるので、判る範囲で記す だそうだ」
みんな、まん丸な目で聞き入っている。
「今から二~三千年前にこの地に流れ着いた祖先がこの地に住み着き、ここで営みを始めた。その当時はこの地以外は荒地だったので、ここ以外では生活が出来なかったそうだ」
そんなに荒地ばかりだったのなら、わざわざこんな内陸にまで来ずに、海岸沿いで生活すれば良かったのではないのだろうか?
その理由が次に書いてあった。
「天渡る船が嵐の為に難破してしまい? 何だ?天渡る船?なんだそりゃ?」
あたしが悩んでいるとお頭から声が掛かった。
「今はそんな事いいから、先に進めよ」
「あー、うん、わかった。えーと、難破してしまい、この地に降り立った。幸いここには一人の先住民が居て、怪我人の手当をしてくれ、食料の面倒もみてくれた。その男は・・・・」
あたしは、そこ迄来て固まってしまった。これは読んでいいのだろうかと暫し躊躇してしまった。
「おいっ、どうした?続き読めよぉ、難しい字でもあったか?」
「ああ、ごめんなさい。ええっと、その男は、、、、マルティシオン・ド・リンデンバームと名乗った」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
今度は、みんなが絶句していた。これは竜さんから聞いていた事と同じだった。事実だったんだ。
「おいっ、それって、、、、まさか?聖女様の祖先って事か?」
お頭は、妙な顔で立ち上がっていた。
「あたしに聞かれても困るわよ。読んでいるだけなんだから」
「ああ、そうだな。すまん。続けてくれ」
「その男を我々はリンデ様と呼んだ。リンデ様はどんな病も一瞬で治してくれたし、リンデ様が耕すと、作物の収穫量は数倍になった。何百年も生きられたリンデ様を我々は神として崇め奉つることにした」
「何てことだ・・・」
お頭?心の声が漏れているわよww
「リンデ様は洞の中には決して入るべからずと仰った。中は天界に続いているので、出入りして良いのは私のみ。人間は入ったら二度とは戻れないとも仰った。我々はこの教えを子子孫孫にまで伝え続ける事にする」
「やはり、入ったら出てこれへんのや」
ポーリンは目に涙を浮かべている。
「以上が古文書からの書き写しみたい」
「天界ってあったのですね?」
普段無口なアドラーが神妙な顔で誰に聞くでも無くそう発していた。
「あの洞がやばい所だってことが確認出来たってだけで、なんの進展もないって事か。で?どうするよ、ここに居てもしょうがねえだろうよ」
お頭の言う事はもっともだ。ここはしっかりと明確な指針を示さないといけないわよね。
「うん、夜明けを待ってイルクートに向かいます。みんなもそのつもりで準備をお願いします」
その夜は、これにて解散となった。
翌日、朝食を摂り、出発の支度をしているそんな時だった。
朝日を浴びながら、何者かが王都方面より飛んで来るのが見張りからの報告で知らされた。
それは、どうやらハトの様だと言う事だった。
ハト使いの兵が、鳩笛でハトを誘導している。
やがて、ハトはハト使いの元に着陸し、その足に付けられた足環の手紙がハト使いの兵の手で届けられた。
「シャルロッテ様、これは・・・」
ハト使いの顔は青ざめていた。その理由は、ハトが持って来た手紙にあった。
それは、メモの紙切れでなく、立派な黒い封筒に入り、金色の蝋で封印され家紋の押された正式な手紙だったのだ。
金色の蝋を使用出来るのは、王族とほんの一部の政府官僚だけだった。
すなわち、この手紙は聖騎士団団長兼国軍総指揮官である父様からの重要な連絡である事を意味していた。
そして、黒と言う非常識な色の封筒の意味する事は・・・
封筒を持った手が、無意識に震えているのが分かる。
きっと、なにか重大な事案が発生したに違いない。
あたしは、意を決して封筒を開封し、中の手紙を取り出した。
そして、その内容を見た瞬間、、、
便箋は音を立てて燃え出し、一瞬で灰になってしまった。
そう、黒い封筒は薬品で処理をした便箋が入っている事を意味していた。
他者に読まれてはならない超重要な内容の際に使われる手法で、あたし自身も実物を見たのは初めてだった。
一瞬で頭に入る様に内容は隠語で書かれていたのだが、こんな事が必要な事態が発生しているなんてと、一瞬呆然としてしまった。
「おい、どうしたんだ?何が起こったんだ?」
お頭の声に、はっと我に返ったあたしは、お頭に視線を移し、それからみんなの方に向き直って話し出した。
「これから話す事は、あたしが言うのでは無く、国軍総司令官からの伝言だと理解して下さい」
みんなは、声も無く黙って頷いていた。
あたしは頭の中で、書かれていた隠語を思い出しながら必死で解読した。
「今、、、土地?地面? ああ、あたし達の居るこの大地か が、まもなく無くなる?消滅? するので、直ちに、、、人?みんな? あ、国内の全臣民を、、、か。それを、、、『ムラ』 このムラの事だな に集めろ でいいのかな」
みんな絶句している。そりゃあそうだろう、あたしだって、自分で言って居て意味が分からないんだから。
そんな中、意を決してアウラが手を挙げた。
「あのぉ、申し訳ありません、私の理解力が足りないのか、意味が分からないんですが・・・。一体どの様に理解したら宜しいのでしょうか?」
周りのみんなも、無言で頭を上下に振っている。
「あのね、言っていて悪いんだけど、あたしも意味が分からないんだわ」
そりゃあそうでしょうよ、こんな事いきなり言われたって、理解出来無いって。
その時だった。突如何も無い空間から笑い声が聞こえて来た。
慌てて周りを見回すがそれらしい人影は見当たらず、みんな困惑していた。
声につられて、みんなが視線を移した先は馬車の幌の上だった。
「ほっほっほっ、久しぶりぢゃのう。ワシが説明をしてやろうぢゃないか」
幌の上に居たのは、意外な人物?だった・・・
面白いかどうか分からなくなって来たので、そろそろ切り上げてまとめに入ろうかと思っております。小説って難しいものですね。ここまで読んで下さった方には、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。後少し、お付き合い下さいませ。