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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
89/172

89.

 その声は、心底イライラさせる声だった。

 そして、二度と聞きたくは無い声でもあった。

 顔を見る迄も無い、散々あたし達を苦しめて来た変態異能者だ。


「なんで、あんたがここに居るのよッ!!レディーの寝室よっ!少しはわきまえなさいっ!!」

 あたしは、感情を抑える事もせず、一気に怒鳴り上げた。

「おーっ、そんな恰好でもおっかないのねぇ、あんたって。腰に響くわよぉww」」

「だったら、怒らせる様な真似はしないで頂けます?その声聞いて居るだけでムカムカするんですけど」

「あらあぁ、嫌われたものねぇ。あちきはあんたの事、かなり評価しているのよぉww」

 落ち着いて話しをしようと思っていたんだけど、いい加減限界だった。

「その気色の悪い女言葉、やめなさいっ!!そもそも・・・いたたたたたた」

 すかさずポーリンが飛んで来て腰をさすってくれる。そして、奴に苦言を呈してくれたのだ。

「あんたねぇ、いったい何がしたいんや?病人いら立たせてどないするんや?」

 ん?反論が来ない?どうしたんだ?振り返って見てみたいんだけど、悔しい事に腰が痛くて振り返れない。


「うん、いいねぇ。実にいい!あんたら合格よww」

「へっ!?」

 奴の意味不明な発言に、みんなぽかーん状態だった。

「あんた、何訳の分からない事いってるのよっ!気でもふれた?ああ、もともとおかしいんだったわね」

 実に恰好が悪いのだが、あたしはうつ伏せのままベッドに向かって叫んで居た。

「あ~ら、それは誉め言葉として受け取っておくわね」

 どこが誉め言葉だ!心の中でそう叫んでいた。


 すたっという音がした。窓枠に座って居たらしい奴が床の上に降り立ったのだろう。

「あんた、素晴らしいわよ。いちいちあちきの想像の斜め上ばかりの対応してくれちゃって、ほんと千年ぶりに楽しめたわあ」


「千年・・・?」

「なに言ってるん?」

 そりゃそうだろうなぁ、みんなは奴の正体は知らないんだから、頭ん中???だわよねぇ。


「あちきをこんなに感心させた人族は初めてよ。ご褒美をあげなくちゃいけないわね」

「褒美?褒美って?」

 こいつ、なにを言い出すつもりだ?そもそも斜め上な行動は、あんたの得意技じゃないのよ。


「褒美は褒美よぉ~。このままゴーレムを大きく育てていけばあんた達の勝ち。普通あんな事思いつかないわよ、恐れ入ったわねぇ。だからそんなあんた達に褒美をあげるのよ。なあんて、本当は、見ているのに飽きただけ。あいつらは引き上げてあげる。だから安心しなさいな」

「あいつら?あいつらって、蛮族の事ぉ?やっぱりあんたの仕業だったって事ぉ?」

「おほほほほ、判ってたでしょ?あちきがやってるって。あいつらは引き上げてあげるんだから素直に喜びなさいなww」

「なっ!!」

 怒りで言葉が出て来なかった。それは、他のみんなももたいだった。

 もっとも、事態が呑み込めないって事の方が大きいんだろうけどさ。


「それじゃあねぇぇ」

 そう一言だけ残して、窓から出て行ってしまった様だ、、、、って、ここ二階よっ!

 あたしは、相変わらずうつ伏せのままなので見る事が出来なかったので、後からアウラに聞いたのだが、煙の様に空中に消えて行ったらしいのだった。

 やはり、分身?分離体? 実体では無かったって事かぁ。


 やがて、我に返ったみんなが口々に騒ぎ始めた。そりゃあそうだろう。これだけ有り得ない事象が起こっているんだ、さぞや頭が追い付かない事だろう。


「おいっ、あれを見ろ!潮が引くみたいに蛮族が帰って行くぞ!」

 おじ様の声だ。窓の外を見ているのだろう。みんなが窓に駆け寄って行くのが、視界の端に見れる。

「あいつの言う通りだったな。あいつは、、、いったい何がしたかったんだ?ロッテ、これはどういう事なのか説明してくれんか?儂の頭では理解が出来ん」

 困惑したおじ様に質問を投げかけてこられるが、あたしだって理解が追い付いていないのに答えられる訳がない。おまけに、極秘部分もあるから尚更話しにくい。ここは、誤魔化すに限る。


「おじ様、取り敢えずアナ様が心配です。ここには若干の連絡兵を残して、アナ様の後を追いましょうよ。その手はずをお願い出来ませんか?後、蛮族の中に切り込んで行ったお頭達も心配です。救援をお願いします」

「わかった。詳しい事は後で聞くことにするとして、今はムスケル達を救出に行こう。アウラは出発の準備を・・・」

 一言そう指示を出すと、おじ様は部屋を駆け出して行った。

 やがて、窓の外から、「ムスケルを助けに行くぞーっ!」というおじ様の声が聞こえた。

 これで、あっちは安心だわね。聖騎士団が全力出撃するんだから大丈夫。出発の準備もアウラが中心になってやってくれるから大丈夫。

 後はあたしの腰だわね。なんだってこんなに痛いのだろう。あの後、村の呪術師みたいのが入れ代わり立ち代わり来て、何かやっていたが当然効果は無く、訳の分からないお香でただ部屋を臭くして帰って行っただけだった。善意だから無下にも出来なかったし、動けないから抵抗も出来なかったしね。


 明け方近くになって、お頭達が帰った来た、、、らしい。

 一階が急に騒がしくなったので、恐らく帰って来たのだろう。

 なんて考えていると、ドカドカと階段を上がって来る足音とお頭の怒声が聞こえて来た。

「どういう事だあぁ~っ!!」

 ドスドスドスッ!!ばあああぁんっ!! って感じで荒い息のお頭が部屋に入って来た。


「おおいっ!!どういう事なんでぃ!!何であいつら引き上げたんだあぁっ!!」

 大きな声ださないでえぇ、腰に響くう~っ!!


 相変わらず下を向いて四つん這いのままで様にならない恰好であたしは答えた。言葉を選びながら。

「そんな大きな声出さないで頂戴。あたしだって混乱していて訳が分からないんだから」

「だけどなぁっ!」

「さっき、あの変態異能者がふいに現れたのよ。それで、全部自分の仕業だって白状したのよ」

「あいつの仕業だったのか、それは判ったっ!だけどなぁ」

「それ以上は聞かないで!何故自白したのか?何故引き上げたのか?何の為にやっているのか?あたしだって知りたいわよ。でもね、判らないんだから、現実を直視するしかないでしょお?」

「そ それは、、、そうか」

 さすがのお頭でも状況が解ったのか、大人しくなった。

「とにかくね、今はアナ様の事が一番心配なの。だから夜明けとともにここを立つわ。お頭達はどうします?」

 荒い鼻息は聞こえなくなっていた。少しは落ち着いたのかな?

「俺達も直ぐに出発するぜ! と言いたい所だが、怪我している奴も大勢いるし、みんな疲労困憊だ。治療と栄養補給して一休みしたら後を追う事にするぜ」

「うん、ありがとう。そうして頂戴。それで怪我人そんなに居るの?被害、大きいの?」

「いや、流石に数が多かったんでな、周りをぐるっと取り囲まれての戦いだったんでよ、致命傷は受けて居ないが、みんなかすり傷だらけだ。大したことはねえぜ」

「そっかぁ、良かった。心配したんだよ」

「すまんな。じゃあ少し休憩してくるわ」

 そう言うと踵を返して部屋を出て行った。ポーリンが言うにはばつが悪そうな顔をしていたらしい。


「あのぉ、これ、、、何でしょう?」

 クレアがおずおずと持って来たのは、何やら頑丈な革製の腹巻の様な物だった。周りには四本の長い紐が付いて居る見た事も無い物だった。

「どうしたの?それ」

「そこの窓の脇に置いてあったんです。さっきは無かったと思ったんですけど・・・」

 みんな不思議そうにいじくりまわしている。

 だが、これが何だか知っている者はいなかった。

 その時、報告の為にジュディが入って来た。

「シャルロッテ様、報告が届いて・・・何をされているので?」

 ポーリン達が得体の知れない腹巻みたいな物をいじくりまわしている姿を見て固まってしまった。

 やがて何か思いついたのか、つかつかと歩み寄って来ると、その腹巻に手を伸ばした。

「ちょっと宜しいですか?」

 腹巻を受け取ると、詳細を調べているらしいがさがさ擦れる音が暫く静まった部屋に響いた。

 やがて、ふふんと楽しそうな声が聞こえた。

「なるほどねぇ、シャルロッテ様これはどうなされましたか?」

 何か解ったのだろうか、その声は軽かった。

「何でも、窓の付近に置いてあったらしいんだけど」

「うんうん、なるほどです。シャルロッテ様は愛されているんですねぇ」

 げっ!!何を言い出すんだよ、気味の悪い。そもそも誰に愛されて居るっていうんだよ。

「えーっと、言っている意味が判らないのだけど・・・」

「ふふふ、シャルロッテ様はこれを何だと思われますか?」

 なんなんだ、その訳アリの笑顔は。

「何だって言われても、、、腹巻にしか見えないんだけど・・・」

「流石です。半分正解ですよ」

「半分?半分って?“腹”と“巻”どっちが合っているの?」

 一瞬、戸惑った顔をしたジュディだったが、突然吹き出したかと思ったら腹を抱えて笑い出した。

「え?」

「あははは、失礼しました。半分と言うのはそういう事ではありませんよ。これは遥か東方の国の物で、確か顧留節戸コルセットとか言う物で、腰痛時に腰に巻く物だそうですよ」

「そうなんだ。腰痛治療用の物だったんだ。でも何でそんな物がここに?」

「それは、愛されているからでしょうね」

「誰によぉ?」

「それは、勿論彼に決まっているでしょう」

「彼って?」

「彼は彼ですよ。シャルロッテ様にご執心の異能者の彼」

「あんなの!彼じゃあないっっってえ、いててててててて」

 思わず勢いよく起き上がろうとしてしまい、激痛が前進を駆け巡ってしまった。

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・」

 涙がちょちょぎれるとは、まさにこの状態の事だと身に染みて思った。

「その症状は、東方の国の医学では『魔女の一撃』と呼ぶそうで絶対安静しか治療方法が無いそうなんです。その際、この顧留節戸コルセットを腰に巻いておくと非常に楽なんだそうですよ」

 一撃どころか二撃も三撃もされた気分だわ。クリティカルヒットかも知れない。地獄以外の何物でもないわあ。


「ほんでなんやぁ。姐さんに着けて貰いとうて、あいつが置いて行ったんや」

 ポーリンまで、そんな恐ろしい事を・・・

「やめて、やめて、考えるだけでも身の毛がよだつわあ」

「取り敢えずですねぇ、これを着けましょう。かなり楽になりますよ。今後の移動にも係るので、是非着用願います。さあ、皆さん、シャルロッテ様を取り押さえて下さいまし」

「や や やめてええぇぇっ!!来ないで、来ないでっ!!」

 みんなが意地悪そうな笑みを浮かべながらじわじわと近寄って来るじゃない!冗談じゃあないわよおおおぉ。


 その後少しして、明け方の夜空をつんざく様な叫び声が響き渡ると、その後は静寂が訪れた。

 毎夜吠えて居た野良犬も、叫び声が響き渡った瞬間、吠えるのを止めこそこそとどこかに消え去って行ったと言う。


 魔の一夜が明けると、アウラを中心にした一行は、アナスタシア支援の為多くの街人に見送られつつタフニアの街を出立した。

 しかし、その一行の中に、指揮を執るべきシャルロッテの姿は見えなかった。

 そう、彼女は隊列の先頭近くの馬車の中で白目を剥いたまま気を失ったまま転がされていた。

 顧留節戸コルセットを装着する際の激痛が、いかに凄まじかったかを物語っている姿と言えよう。

 起きて来ると五月蠅いので、静かに馬車に移されてそのまま出発していたのだった。


 一行が出発してから半日お昼を少し回った頃、王都で情報収集をしているはずのアンジェラの部下が報告に現れた。


「王都からの報告・・・に参りましたが。あのぉ、その、そのお姿は、、、、いったい」

 報告に来た連絡員は、うつ伏せに寝込んでいるあたしの姿を見て驚いていた。

「いいから。気にしないで頂戴。王都の方はどんな感じなの?」

 茫然としていたその連絡員の青年は、あたしの声に我に返り、慌てて報告を始めた。

「王都は表面上は平和そのもので領民にも混乱はありません。ですが・・・」

「ですが?」

「はい、領民に関しては平和なんですが、その、我々の様な裏の世界の人間には魔物の巣窟みたいでして、一緒に展開していた仲間達が一人、また一人と消息を絶ってしまい、もう何人も残ってはおりません」

「なんてこと・・・」

「何か大きな組織が動いているの?例えば、カーン伯爵とか・・・」

「いえ、全くその様な動きは御座いません。むしろ伯爵の配下の者に危ない所を助けて貰った仲間も居る位なんです」

「訳が分からないわねぇ」


 それまで黙って報告を聞いて居たジュディがおもむろに口を開いた。

「伯爵は決して自らは動かないのです。だから尻尾も出しません。命令系統も全く不明です。だから我々も手を焼いているんですよ」

 忌々しい思いが滲み出た重い言葉だった。

「頭がいいんやねぇ」

「違いますよ。そう言うのは頭が良いとは言いません。たんに憶病でずる賢いだけですよ」

 単純に感心しているポーリンをアドラーがたしなめていた。

 普段なら見ていて微笑ましいのだが、今はそんな時ではなかった。腰も痛いし。


「わかったわ。アンジェラには無理しない様に伝えて頂戴」

「おい、それだけでいいのか?何か指示を出さなくてもいいのか?」」

 慌ててガーランドさんが口を挟んで来るが、王都の方は今の所これでいいと思っている。

「大丈夫よ。王都には父上も兄上もいらっしゃるし、あたしが何か言わなくてもきちんとやられるでしょう。それよりも、あたし達が心配しなくてはならない問題は目の前に山積みになっているはずよ。まずはそれを片づけなくてはいけないわ」

 するとお頭が目を丸くしてこちらを凝視してきた。口もぽかーんと開いたままだ。

 何をそんなに驚いているのよお?あたしの事、何だと思って居るの?失礼ねぇ。


 そして、入れ替わりにイルクートに先乗りで出していた偵察員が戻って来た為、あたしはゆっくり休んでも居られなかった。

 その顔色は真っ青だったらしい。あたしは相変わらず四つん這いだったので顔色迄は確認出来なかったし、腰が痛くてそれどころじゃあなかったのだが、その報告を聞いたとたん、腰の痛みも忘れて飛び起き、、、そうになり、再び苦悶の表情で呻いてしまった。

 

 その時の会話はこんな感じだった。


 王都の使者が報告を終えてあたしの馬車を辞した直後だった。

 使者が報告を終えて帰って行き、やっと一息つけると思ったそのタイミングだった。

 ほっとして力を抜いたその一瞬の隙を突かれてしまった。

 手足の力を抜いたその瞬間、御者の叫び声と同時に馬車が急停止したのだ。

 あたしは、踏ん張る事も出来ず、馬車の中でもんどりうってしまい、床の上で転がって悶絶してしまっていた。

 あまりの痛さに叫び声すらも上げられず悶絶して、ほとんど失神しかかっていたが、使者の発した一言で意識が一瞬で戻ったのだった。


「シャルロッテ様ぁっ!アナスタシア様が、聖女様が消えてしまいましたっ!!」


 激痛に悶えながら、必死で使者の方に顔を向け、絞り出すように口を開いた。

「どういう・・・事 なのかな?」

 激痛で後半は声が掠れていたが、今はそんな事はどうでも良かった。

「アナ様を護衛しつつ先行出発したガーランド閣下の一行の行方が突然辿れなくなってしまいました。煙の様に消えてしまった様です」

 まるで頭を大きな木槌で叩かれたかの様なショックにあたしはすぐには言葉が出なかった。


「ま さ か おじ様が付いて居てそんな・・・」

「ムラの集落まで、後十キロロの地点までは辿れたのですが、集落に入った形跡が見つかりません。集落の中はくまなく調べましたが、何の痕跡も見つかりませんでした。申し訳ございません」

 使者は、下を向いたまま肩を細かく震わして居た。

「あなたの責任じゃないわ。何か理由が合って姿を隠したのかもしれないわ。とにかく、集落まで急ぎましょう。アウラ急いで出発よ!」

「ですが、姐さんの腰が、、、、」

「そんな事どうでもいいわ。ぼやぼやしていると手遅れになるわ、又あいつが何を企んで要るのか判らないのよ、とにかく急いで!」

 あたしの物凄い剣幕に、引いて居たアウラだったが、思いがけない声で事態が動いた。


「いやーねぇ、あちきは何にもしていないわよ。誤解よぉ」



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