85.
◆◆◆◆◆ 復活のシャルロッテ ◆◆◆◆◆
気が付くと、あたしはアナ様に寄り添われて見慣れない部屋でベッドの上に座って居た。
ここは、、、、どこだ?あたしは何故ここに居る?
たしか、蛮族を掃討しつつ、壁際を進んでいたとおもったのだが・・・。
途中から記憶が無い。
いったいどうなっているんだ?思い出そうと頭を抱えて居ると、アナ様が優しく背中をさすってくれている。なんて、恐れ多い事だ。
あたしは、とっさに立ち上がって、非礼を詫びた。
だが、アナ様は優しく微笑むだけだった。
「アナ様・・・。」
「シャルロッテ様、やっとこちらの世界にお戻りになられたのですね」
「こちらの・・・世界?」
「はい、シャルロッテ様は心の奥底の世界に閉じ籠られていたのですよ。あまりにもショックが大きかったので、しょうがない事なのです。でも、シャルロッテ様はご自分の心と戦って戻って来られたのです。これは、誰にでも出来る事ではありません。素晴らしい事なのです」
そうなのだろうか?まだ、現状を素直に納得出来ない自分がいるのだ。素直に喜んでいいのだろうか?わからない・・・。
「シャルロッテ殿は、心がお優し過ぎるのですよ。あの蛮族ですら成敗する事に心を痛めておられた。だが、戻ってこられたっていう事は、心の中で何らかのけじめがつけられたと言う事なのではないでしょうかな?」
部屋の隅で静かに佇んでいた竜さんが優しくそう言った。
「わたくしは聖女などでは御座いません。ですので、全ての命を平等にとか、いかなる殺傷もするべきではないとか、そんな偽善的で非現実的な事は申しません。勿論、無駄に快楽の為の殺生は人として許せるものではありません。ですが、今回の事は同胞の命をただいたずらに奪おうとしている蛮族相手なのです。襲って来る限りは殲滅するべきだと思います。非力な同胞、残虐な蛮族、どちらを優先して護るのかと言う事なのです。これは割り切らねば、心が壊れます」
「アナ様・・・」
「聡明なシャルロッテ様なら、もうご理解して頂いて居ると信じております」
「そうですね、小さな事に囚われておりました。ですが、今はもうすっきりしております。もう大丈夫です。現状がどうなっているのか教えて頂けませんでしょうか?その上で自分に出来る事をしたいと思います」
「それでしたら、私がご説明いたしましょう」
竜さんが説明役を買って出てくれて、手短にあたしが閉じ籠ってしまってからの事を説明してくれた。
竜さんの説明は簡潔に纏められておりとても解り易かったので、あたしは状況を全て理解出来た。
「そう、アウラが指揮を執ってみんなを纏めてくれているのね。それで、今は火の海地獄攻撃の準備をしていると・・・」
「はい、アウラ殿は立派に役目を果たしておりますな。ここからは指揮権を取り戻しますかな?」
竜さんの目は面白そうにあたしを見ている。
「ううん、アウラが立派に役目を果たしているのなら、そのまま任せるわ。あたしは、フォローに回ろうかと思います」
「なるほど・・・」
「壁の周りを火の海にして、蛮族を追い返すのよね、炎だけで連中は引き上げるのかしら。アナ様、どう思いますか?」
「そうですわねぇ、獣でしたら退散するのですけど、蛮族の場合いかがなものでしょうか。でも、他に方法も有りませんですし・・・」
うーん、他の方法かぁ。確かに有効打は何も無いわよねぇ。
だったら・・・。
竜さんと一言二言言葉を交わすと、にこっと微笑んでくれた。
「分かりました。お任せ下さい」
そう言うと、竜さんは窓際に立ち人化を解き本来の竜に戻り、そのまま飛び立って行った。
あたしはアナ様と窓際に立ち、飛び去って行く竜さんを見送った。
しばらく竜さんが飛んで行った空を見ていると誰かがあたしを呼ぶ声が聞こえた。窓の下を見回すと走り寄って来る人影が見えた。
「お嬢っ!戻って来れたんですねー。これで肩の荷が降りますぅ~っ!」
アウラだった。
肩の荷が降りる?何の事?まあいいわ。
「アナ様、下に降りましょう」
あたしは、アナ様と一緒に司令部にしているらしい一階に降りた。
あたしには、この司令部の記憶は全くと言って良い程無かったので、とても違和感があった。
司令部内を見渡していると、アウラが飛び込んで来た。
「お嬢~っ!!」
アウラは叫びながら飛びついて来た。
「あらあらあら、どうしたの?そんな子供みたいに・・・」
アウラの頭を優しく撫でてあげたのだが、暫く泣きやまなく困ってしまった。
やがて落ち着いて泣き止んだタイミングで、ガーランドのおじさまに話し掛けた。
「おじさま?王都の状況はいかがです?聖騎士団も国軍も身動きとれませんか?支援は見込めませんか?」
おじさまはばつが悪そうに下を向き、歯切れが悪く、ぽつりぽつりと話し始めた。
「王都は・・・色々とだな・・・その・・・大人の事情が・・・だな」
あたしは、思わずふふっと声を漏らしてしまった。
「王都には頭の黒いゴブリンが徘徊しているのですね」
にこにこと話すあたしに、おじ様はハトが豆鉄砲を食らった様な顔をしたまま硬直している。
分って居るのなら聞くなよ、とでも言いたいのだろうか、複雑な顔をしていた。
「おじさまを責めているのではないですよ、現状を確認しただけです。援軍が無くたって戦い様はありますもん」
「ロッテ・・・」
「現に、今もアウラの立案で攻撃の準備をしている所なのでしょう?きっと上手くいきますわよ」
おじさまは、ハンカチで額の汗をしきりに拭いて居る。
あまりいじめたら可哀想か・・・。
「報告ーっ!!攻撃の準備が整いました」
指令室に飛び込んで来た兵士が準備完了の報告をしてきた。
いよいよか、さあて、どっちに転ぶかお楽しみってところね。
「アナ様、よろしゅうございますね。攻撃を開始します」
「はい、宜しくお願い致します」
いつもの通り、深々とした礼をするアナ様。
「さあ、みんないくよおっ!アウラ、宜しくね」
あたしは皆に声を掛けながら、司令部を駆け出して行った。
街の外壁を出ると、攻撃地点は目と鼻の先だった。
攻撃地点では、攻撃担当のいかつい男達が壺に結びつけてある紐を握りしめ、今や遅しと攻撃命令を待っていた。
壺の口を塞いでいるぼろ布に火を点けたら、後はぐるぐると遠心力を使って壁の向こうに壺を放り投げるだけだった。
彼らの後方では、万が一蛮族がパニックを起こして壁を越えて来た時の為に、剣を握りしめた戦士達が大勢待機している。みんな緊張しているのか、顔色が悪い。
「こちらが騒がしいせいか、奴らの動きが慌ただしくなっていますぜ。まだ壁を越えようとする奴はいませんがね。やるなら今ですぜ」
木に登って壁の向こうを窺っていた兵士が、あたしに気が付いて壁の向こうの様子を報告して来る。
「ありがとう!」
あたしは近くにあった大きな岩の上に飛び乗って、すらりとレイピアを抜いた。
「準備はいいかーい!?一気にやるよーっ!!」
「「「「「「おーっ!!!」」」」」」
「いけええええぇぇぇっ!!」
叫ぶと同時にレイピアを塀の向こうに向けようとした瞬間・・・。
まるで見計らったかの様に、目の前の壁が百メートトル以上に渡って、そう、まさに爆発するかの様に吹き飛んだ。
みんなは、咄嗟に身をかがめ両手で飛来する壁の破片から頭を守っている。まさに反射神経のなせる技だった。
それでも、多くの人が吹き飛ばされたり、壁の破片に当たって血を流し地面に転がって居た。
巻き上がる土煙の中、思い思いの武器を持った蛮族が壁の無くなった所から雪崩れ込んで来た。
あちこちでギギーとかギャーとかの叫び声は聞こえるものの、基本無言で突っ込んで来るその姿は不気味以外のなにものでもなかった。
しかし、事前の取り決め通りに、立ち直った護衛役の兵達が蛮族に向かって一斉に矢を射掛ける。三斉射した後、剣を持った兵士達が一人又一人と突っ込んで行く。
武器を持たない後方要員の男達は、倒れている仲間を後方に引きずって行く。
そんな非戦闘員にも奴らは容赦なく襲い掛かって来るが、護衛役の一部は素早く彼らの援護に回って居るので救援隊は安心して後方に下がって行ける。事前の打ち合わせをすっかり詰めておいたおかげだった。
壺を投げようとしている投擲部隊も護衛の兵ががっちり固めて居るので安心だった。
「みんなっ!味方に注意して投擲を開始してちょーだい!もうだいぶ多くの蛮族に侵入されちゃったから、素早くお願いねっ!」
そう声を掛けると、あたしも岩から飛び降りレイピアを片手に蛮族の群れへと駆け出して行った。
あたしの両脇にはポーリン達ちびっ子五人衆が展開する。
彼女たちはまだ子供だが、この時代を自分達で乗り越えて来た強者だ、安心して見ていられるだろう。それに、蛮族は基本的に戦闘レベルが低いので油断しなければ大丈夫だ。
破壊された壁の近くに達したので、一旦立ち止まってちらっと後方に目をやるとあちこちで火の玉がぐるぐると回転している。投擲態勢に入ったのだろう。
やがて、火の玉は回転を止め一直線にこちらに向かって飛んで来た。
そのまま頭上を越えた火の玉は壁のあったあたりに着弾、あたりは一瞬で火の海に包まれていった。
それを皮切りに、次々と火の玉が着弾していき、壁の向こう側は火の海になっていった。
火の海を越えてやって来る蛮族はおらず、こちらに侵入していた奴らも次第に数を減らして行き、余裕が出て来た。
が、それと同時にほかの場所が気になった。
まだ、態勢が整わない内に百メートトルに渡って壁が爆破されたのだから、即火の海攻撃が出来たのは、様子見の為に準備をしていたこの前面だけのはずだった。他の場所ではうまく蛮族を押さえられているだろうか?
だが、心配無用だった。あたしが思う以上にみんな有能だったのだ。ここの攻撃が有効だった時の為に準備していた他の方面の部隊は壁の爆発を見て、各々の判断で異常を察知して前倒しに攻撃を開始していたのだった。
今や壁が破壊された全面で火の海が展開されていて、蛮族の攻撃をしっかり押さえ込んでて居た。
後は、この火の海を持続させるだけだった。もちろんその間に破壊された壁の修復も急務であった。
左官職人達が、修理資材を載せた荷車を引きながら、低い姿勢で破壊された壁の後に急行して行くのが見える。一々指示を出さなくてもみんなが自分の仕事を分かってくれている。ありがたい事だ。
万が一に備え、壁の近くに守備隊を残し、他の者は交代で休憩をとる事にした。
石に腰かけて水を飲んでいると、時折頭上を火の玉が飛んで行く。火の海を絶やさないのは最優先事項だ。
「姐さん、奴らはほんまに火がおとろしいんやね、全く火の海を越えてきまへんねぇ」
干し肉を咥えながらポーリンが呟く。
「やはり、獣と同じって事でしょうか?」
アドラーも感心するかの様に炎の壁を見つめている。
「アウラ姐さんの作戦、的中っすねぇ。凄いっすわ」
食いしん坊ミリーは、いつの間に調達して来たのか、両手に握り飯を持ち、両頬を膨らませながら器用にしゃべっている。
「奴らが後どの位でここを諦めて帰ってくれるのかが心配だわね」
そう、それが現在一番の懸念だった。油だって壺だって無限ではないのだ。
「それともう一つ懸念が御座いますぞ」
突然後から声がした。ジェイだった。もういちいち驚いても居られなかったので平然と答えた。
「爆破犯ね?」
「はい、どの様な手を使ったのかわかりませんが、この長い国境のあちこちでやられますと、防衛はほぼ不可能かと」
「ジェイ、あなた随分と冷静ねぇ」
「いえ、これでも内心慌てて御座います。ですが私に出来る事は何も御座いませんので」
「ふーん、それでも悪だくみは考えているんでしょ?」
「そんな、悪だくみなど、思っても申し上げられません」
「思って居るんじゃないの。で?何考えたの?」
「そんな、まだ具体的には・・・」
「そう、だったら概要だけでも話してよ」
「そんな、お嬢様を餌に犯人をおびき寄せようだなんて恐れ多い事で御座います。あ、つい心の声が・・・。お嬢様もお悪うございますな」
「どこがよっ!!ジェイあなた、何考えてるのよっ!それに、犯人ってだれよ?」
後ろ手に組んだまま、ジェイはゆっくりと歩き出し、おもむろに口を開いた。
「お嬢様も、信じたくは無くても薄々分って居るものと思いますが?」
いきなり核心を突かれて言葉が出なかった。
「まさか・・・又あいつが、あいつが関わっているとでも?」
「おそらく・・・信じたくはありませんが」
「ひょっとして、蛮族が国境に集まって来たのって、奴がなにかをしたから?」
「そう考えますと、スッキリするのですが」
「あの、歩く非常識と又顔を合わせるのぉ?勘弁して欲しいんだけど」
「そうですなぁ、出来ましたらもうお会いしたくない御仁ではありますが、何故かやたらとお嬢様に絡んでおりますので、又やって来るのでは?」
「おおっ、やだやだやだ。もう勘弁して欲しいわよ。食欲なくなるわ」
「ダイエットに最適でありますな・・・」
ぼそっと酷いことを言う爺さんね。
その後、新たな壁の破壊は行われず、静かな?時間が過ぎて行き、次第に辺りが暗くなって来た。
今日は一面の曇り空だったので、赤々と燃える炎の色が雲に反射して、おどろおどろした色になっていた。
物見からの報告では、蛮族共は炎を避けて少し壁から離れた所に避難してはいるものの、一向に帰る気配は無いそうだった。
もう食料も残り少ないだろうに、何故帰らないのだろう?やはり集団催眠かなにかで操られているのだろうか?
物思いに耽って居ると、司令部から閣下とアウラがやって来た。
「お嬢、どんな感じですか?」
「どんなと言われてもねぇ、なんか長期戦の様相を呈して来たわよ」
「長期戦ですか?」
「うん、あんたの火の河は効果があって問題は無いんだけどね、問題はあいつらの方なのよ」
「あいつらがどうかしました?」
「どうかしてくれればまだいいんだけどさ、壁を修復してからは全く反応がないのよ。只、熱くない範囲の所でずっとたむろしているだけ。帰ろうともしないのよ。油にも壺にも限りが有るから、このままではジリ貧になってしまうわ」
すると、それまで黙って聞いて居た閣下が口を挟んで来た。
「すると、やはり何らかの暗示にでもかかっているのですかな」
「確証はないんだけど、そう思わないと連中の行動に説明が付かないわね」
「はああぁ、又例の変態異能者ですか?」
「正直、あいつだとは思いたくないわね」
「まったくです・・・」
「おおそうそう、先程王都から、、、と言うかお父上からハトが届きましたが、、、ちょっと、、、その」
「えっ?お父様から?で、何て言って来たの?応援を出してくれるの?」
なんか、閣下の歯切れが悪いのは気のせい?
「その逆でして、、、我々に対して、兵を割いて聖女様の、アナスタシア様の護衛を出して欲しいと・・・」
「はあああああぁっ!?何言ってんだあ?寝言は寝て言えって。この状況でどうやって護衛を出せって言うんだよ!!」
突然の怒声はいつの間にか戻って来たお頭だった。
「そうね。どちらかと言ったら、増援を数十万の単位で出して欲しい状況なのに一体どういう事なんだろうねぇ、何か裏が有りそうなのだけど・・・」
メアリーさんも疑心暗鬼になっている。
「こんな所で悩んでいても埒は開かないわ。アンジェラ、悪いけど・・・アンジェラ?」
見当たらないアンジェラを探してキョロキョロ見回して居ると、妹のジュディが前に出て来て跪いた。
「シャルロッテ様、勝手して申し訳ありません。姉は既に馬で王都に向かっております」
さすが、一流は動きが速いのね。
「いいのよ、思った様に動いていいって申し渡しておいたからね。あなたがたの様な一流の諜報員に足枷をかけるのは愚の骨頂ですもん、自由に動いて頂戴ね」
「ははっ、有りがたきお言葉で御座います。姉は暫く王都に留まり都度情報を送って来る事になっております」
「わかったわ、情報が届き次第教えてね」
「御意」
報告だけすると、又暗闇の中に消えて行った。
「大した姉妹だ。感心してしまうよ」
そう呟いたのはメアリーさんだった。
「私の部下に欲しいものだ」
あら、あの小難しいメアリーさんがこんなに諸手を上げて褒めるなんてすごいわぁ。
などと感心していると、メアリーさんはこちらに向き直り真剣な目で語り始めた。
「私の部下も大勢王都に潜り込ませている。諜報が主な仕事だからな。我々は国軍直属であるので、王都は最も安全な職場であるはずなんだが・・・」
「あるはずなんだが?」
「今現在連絡のとれる人員は、約半数だ。半数は音信不通になっている」
「えっ!?それって・・・」
「おまえなど足元にも及ばない手練れが半数も、それもごく最近に消息を絶っている。どういう事かわかるか?」
「良く分らないけど、何らかの大きな敵対組織が暗躍している・・と?」
「ふっ、鈍いお前さんの頭でも流石に分かるか。こういう場合に賊が狙うのは、国王、宰相、国軍司令官、そして聖女様のいずれか、もしくはその全部」
「そんな・・・・!」
「参謀総長のシュヴァインシェーデル伯爵は、恐らく黒だな。だから、こちらの動きは、と言うか王都からの命令は全て筒抜けになるのは自明の理。奴に気付かれずに動くには、独自の命令系統で動くしかない。今それが出来るのはお前さんしかないんだよ。だから応援を出してくれないかと言って来たんじゃないのか?聖女様をお守りしてくれと」
「独自で動く・・・。でも、国境線の問題もあるしあたしは動けないわ、無理よ。それに戦力が無さ過ぎるわ」
「お前と閣下が行けばイルクートの聖騎士団の新兵百と引退したはずの老兵二百も味方に付いてくれるだろうよ」
「だけど・・・・」
煮え切らないあたしに業を煮やしたのかポーリンが叫んだ。
「姐さんっ!うちらが必死に国境線守ったかて、国の中枢が悪い奴らに乗っ取られたら意味あれへんねん!悪に染まった国家として存続するんやったら、いっそ無くなった方がきもちええわ」
「良く言った。そのちっさな姉ちゃんの方がよっぽど正しく事態を把握してるじゃねーかよ」
腕を組んだお頭はニコニコ顔でうんうんと頷きながら吐き捨てる様に言って来た。
「ここは、俺達に任せろよ。心配せんでもあんな蛮族風情に遅れを取る様な『うさぎの手』じゃあねーぜ安心して王都に行け!」
そんな事言われなくたってわかってるわよ。あたしだって一刻も早く父上の元に行きたい、でもまだ行けない。
「もう少し待って。最後の一手を打ってあるの。それを確認したら王都に向かうわ」
絞り出す様に言った。
「最後の一手だと?」
「ええ、だからおじ様、それにジェイは馬車でイルクートに向かってちょうだい。タレスも護衛お願いね。イルクートの手前に小さな村があるの。目印は村の入り口に飾ってある巨大なバイソンの頭蓋骨よ、あたしも後を追うからそこで落ち合いましょう。おじ様、みんなを宜しくお願いします」
「わ 私がか?」
おじ様、聖騎士団の副団長であるガーランド閣下は驚いた様に聞き返して来る。
「ええ、責任を取る大人が居た方がいいと思うの。少数精鋭がいいからおじ様と、部下十名程が付いて来てくれればいいわ。支度が出来たら、直ぐに出発して下さいね」
「私は腹切り要員なのかよ。まあいいけどな。わかったよ、直ぐに出発しよう」
「はい、お願いします。みんなも、無茶しないでね、ムラで会いましょう」
「姐さあ~ん」
「ほれほれ、そんな情けない顔しないの。あたしが選んだ最強メンバーなんだからさ」
「して、その村は何という名前の村なんだ?」
「ムラ よ」
不思議そうにしている閣下にそう答えた。
「ムラ? 本当にそんな名前なのか?」
まあ、不思議に思うのも無理は無い。あたしだってアンジェラに聞くまでは信じられなかったもんww
まあ、そんな感じで先行隊の乗った二台の馬車はムラに向かって闇夜に溶け込む様に消えて行った。
「それで?最後の一手って何なの?」
普段にも増してキツイ表情のメアリーさんだった。
「うん、上手く行けば蛮族を一掃出来るかなあって思ってるんだけど、もう直ぐ届くから、ちょっとだけ待ってね」
それだけ言うとみんなから離れて赤々と夜空を染めている火の海が近くで見える岩の上に立って、修復なった壁を眺めていた。
そうしている間に、嬉しい報告が届いた。
あの帝国がご自慢の精鋭であるレッド・ショルダーを先頭に増援を送って来たのだった。
あのイケメンなハイデン・ハイン将軍の親書を携えて。
前代未聞の国難に際し、隣人として救いの手を差し伸べる との事だった。
果たしてこの申し出を素直に信じて良いのか判断の難しい所ではあるが、ここは将軍の人柄を信じようと思う。
こちらには竜族との親交がある事を知っていて、敢えてちょっかいは出してこないだろうと判断をした。
三万人にもなる増援の皆さんには、国境警備のお手伝いをして貰う事として、現在は分散して持ち場に就いて貰って居る。
お頭の顔の広さには、感心するしかない。
「親友には宜しく言っておいてねぇ」って言ったら、「親友なんかじゃあねえぇっ!!」って、むくれていたが、いいコンビだと思う。
空が白み始める頃、東の空に黒い豆粒が見えて来た。
その豆粒は次第に大きくなり、やがて二枚の大きな羽も視認出来る様になってきた。
その頃になると、異変に気が付いた兵達が口々に叫び出して居た。
「何か飛んできてねーか?」
「あれは、、、なんだ?」
「こっちに来るぞ!」
「だんだんでかくなって来てるぞ!」
「ありゃあ、ドラゴンでねーか?」
「そうだ、そうだ、まちげーねー、小型のドラゴンだ!」
次第にあたりは騒然となっていった。
「おいっ!最後の一手って、まさか竜のぢぢいなんじゃねーだろうなぁっ?」
お頭がすっ飛んで来て、唾を撒き散らしながら叫んでいる。きたないなぁ。
「確かに、竜族の攻撃力は我々なんかとは雲泥の差が有る事は否定すまい。しかし、たった一体でどうするつもりだ?蛮族の中に突入させるつもりか?」
メアリーさんも訝し気だった。
「んー、そんなにあたしって単細胞に見られているんですかねぇ。もうちょっと頭は使って居るつもりなんですけどねぇ」
「をいっ!あの竜、何か棒みたいな物持ってねーか?」
その声に、みんなが空を見上げた。
「あれって・・・・」
「ふっふーん、そうだよ、あれはあたしのレイピアよ。散々かき回された忌まわしい奴ね」