83.
何の因果か、孤児だった私が山賊集団の『うさぎの手』に拾われアウラと言う名前を貰い、いつしか貴族様であるシャルロッテ様と旅をして、今、あろうことか聖女様であられるアナスタシア様をお守りしつつ、国家の精鋭でもある聖騎士団を率いて国境沿いの街道を進んでいた。
目指す目的地は、国境沿いでは比較的大きな街であるヘマトキシリンだ。
この街は、国境線から比較的近く街の敷地面積も広いので当座の食料の備蓄にもうってつけだった。
また、監視塔を立てれば壁の監視も出来る利点もあった。
又、壁に近い事もあって、この街は他所の街以上に危機管理が出来ていて、街の周囲は堅牢な石壁に囲われていたのも、臨時司令部に選んだ理由でもあった。
今回の蛮族侵入に対しても、早い段階で対応が出来ていたので、被害は全く無かったそうだ。
私達の来訪に対しては、聖女様が同行している事や、聖騎士団の面々が居る事により諸手を挙げて歓迎して貰えることになった。
この街の中央には地方の街には珍しく、非常時に備えての総石造りの三階建ての堅牢な要塞があり、万が一の時にはここに立て籠もって籠城戦が出来るとの事だった。
その為、籠城に備え三階には巨大な倉庫があり相当量の食料が蓄えられているそうだ。
私達はこの要塞の様な建物を使わせて貰える事になり、二階にアナ様の為の御所を設置し、一階を司令部として使用する事にした。
ここに落ち着いて暫くすると、次々に情報が集まって来た。
現在までに確認された穴は、全部で七十五箇所。まだ全ての地域の捜索が出来ている訳ではないので、最終的には数百にのぼるものと思われた。
現時点での戦況は、地下の穴から侵入して来た蛮族は、発見次第逐次排除されているとの事だったので、被害は最小限に留められているものと思われた。
更に追加すると、南部小国連合は当初八か国で形成されていた小国群だったのだが、いつの間にかこの蛮族の集団に全ての国が飲み込まれてしまい。現在存在している国はこいつら蛮族の国、ただ一つだけと言う。
「しかしなぁ、こんだけの穴いったいどうやって掘ったんだ?長い時間をかけてじっくり掘れば出来ない事も無いだろうが、連中にそんな長期的な戦略が出来るものなのか?」
ガーランド閣下の副官のスティーブ氏が首を捻りつつ、次々に地図に描かれて行く穴を示した赤い✖印を見ている。
「いやいや、今までに蛮族の侵入など一切報告が無かったろうが、時間を掛けて掘ったとは到底思えん」
もう一人の副官であるフランク氏が異議を挟む。二人は共に男爵様で同期だそうだ。
「それじゃあ何か?一晩の内に、そりゃああぁぁっって、一気に掘ったって言うのか?」
「いや、そうは言ってはおらん。おらんが、そうとしか考えられんだろう。突然侵入が始まったんだから」
「穴一つ掘るにしても、どれだけの人員が必要になると思うよ?そんなに大勢が壁の近くでわいわいやってれば、必ず誰かに見られるって」
「それはそうなんだがな。どうもしっくりこないんだよ。閣下はどうお考えなのでしょうか?」
それまで、目をつぶって腕組みをしたまま二人の話を聞いて居たガーランド閣下はおもむろに目を開けた。
「有り得るか有り得ないかで言うなら、普通有り得ないだろう。だが、大事なのは現実を自分の目で見る事だ。現実的に目の前に有る事は認めなくてはならん。一つづつ穴を掘ったとするなら、掘った端から蛮族はこっちに出て来るだろうが、そんな報告は無い。だとしたら、一気に掘ったとしか考えられんだろう」
「でも、そんな事が出来るのでしょうか?」
フランク氏は全身で有り得ない感を現わしながら、閣下の回答を待って居る。
「古人の言葉に ‘有り得ないなどと言う事は有り得ない’ と言うものがある。現実的に目の前に有る事は受け入れなくてはなるまいよ」
「何者かが行った・・・と言う事ですね。しかし、どうやって・・・」
「そんなん、簡単やないのぉ~」
「なにっ?」
明るく言うその声にみんなが一点に注目した。
注目の的は、、、ポーリンだった。どんな場所でも臆さない彼女は、ある意味大物だと思う。
「どういう事かな?」
ガーランド閣下は、優しく小さな少女に問い掛けた。
「こんなん異能者の仕業に決まっとるやん」
「異能者・・・」
閣下は私に視線を移した。
「あれは、冗談ではなかったのか・・・」
絞り出す様に問い掛けて来る。
「はい、先日の土だか砂の大巨人、あれも異能者の仕業なのですよ。あれこそ、有り得ない事ではありませんでしたか?あんな事が出来るのですから、穴の一つや二つや百個や二百個、簡単に出来るのでは?」
「ううんんんんんん・・・」
再び閣下は目をつぶり考え込んでしまった。
「異能者かぁ、我々凡人が太刀打ち出来るもんなのか?あの巨人の時だって、なす術も無かったしなぁ。我々には手に負えないのではないか」
「ほな、、、逃げます?」
臆することなく誰にでもこんな事をニコニコと発言出来るのは、さすが鉄の心臓ポーリンだった。
こんな場でこんな事言えるとは、一種の才能なのだろうか?
「に 逃げる・・・か。それ良いなぁ、うん、良いねぇ。そういう訳で、後頼んでもいい?いいよねぇ?」
なぜ、そこで私を見る?
「閣下?本当に宜しいので?このまま帰ってしまって」
私は冷たく返してやった。
「い いや、それは・・・ああ、こほん・・・その・・・あれだ・・・例えばの話しだ。さて、どうしたらいいもんかな?せめて奴らが解散してくれればなぁ」
ばつが悪かったのか、閣下はくるっと後ろを向くとうろうろと歩き出した。
そして、はたと立ち止まるとくるっとこちらに向き直り、にまっと笑うと思いもかけない事を言って来た。
「壁のこちらから投石器で攻撃を仕掛けたら、奴ら気が付くかな?気が付かないなら一方的に叩けるんじゃないか?」
私は思わず大きなため息を吐いてしまった。
「閣下?真面目に考えています?あの数を減らすのに、いったい何基の投石器を集めるおつもりです?あまりにも非現実的なので却下です」
「えーっ!!」
閣下は、何で却下するんだあ?と不満げだった。
「しかし、何で奴らここに集まって来て居るんでしょうねえ?最初は移動して来た食肉獣の捕獲が目的かとも思って居たのですが、連中に食肉獣の移動は分からないと思うんですよね。教えたとして一体誰が教えたのでしょう?」
スティーブ氏は腕を組んで考えている。
「食肉獣の事を教えたとして、連中に理解出来るのかな?ろくに言語を持たない民族でしょお?どうも、情報以外に奴らをここに留めている何らかの要因が有るのではないかと思えますね」
フランク氏も首をかしげている。
「臭いって事は無いですよねぇ。やはり、異能者・・・ですかねぇ」
「アンジェラ?連中は壁の近くに集まって来て、何をしているんだ?」
何かに気が付いたのだろうか?閣下は情報部のアンジェラに連中の行動について問いただした。
「特に何も・・・」
「何も?」
「はい、奴らは只集まってたむろするばかりで、何かをしようとはしておりません。たまたま穴を見つけた個体が穴の中に入って来る程度で、大半の個体は穴を見ても何も行動を起こしてはおりません」
「うーん、理解ができぬ。アウラ嬢、そなたはいかが考える?」
「そうですね。最初は何か暗示の様なものでもかけられているのかとも思いましたが、そうでも無い様子ですよね。彼らに何らかの命令がなされているとしたら、壁の近くに集合するべし、この一点のみに思えます。集まった後は、各自自由行動をしているみたいなので、時が来るのを待って居るのでしょうか?」
「時が来る・・・とな?」
「はい、確証がある訳ではありませんが、一斉蜂起をする時を待って居る、そんな感じがするのです。ああ、あくまでも私個人の感想ですが・・・」
「ううむ、確かにそれは儂も感じてはいたが、なにぶん裏付けするものが何もないから、行動を起こしようがないのう。やはり様子見をするしかないかの」
相手が異能者となると、これと言って打つ手が無いので、どうしても後手後手になるのは致し方が無いのだろうか?
「閣下、様子見も宜しいのですが、多少問題も出て来ておりますが・・・」
報告書の束を持ったアンジェラが報告を続けてきた。
「問題とな?」
「はい、連中は日がな一日歩き回るか座り込むかしかしていませんが、どうやら干し肉の様な物を持参しておりそれを食べてはそこここで糞を撒き散らしており、人数が人数なので、目がしみる程の物凄い悪臭となっております」
「なんと、確かに奴らも生き物である事を忘れておったわ。生き物なら糞をするのは必須であるか。忘れておったわい」
「それだけではありません。もっと重大な危機が迫って来ております。先ほど仰られていました‘時'が秒読み段階に入ったと考えられます」
「なんじゃと!?秒読みじゃと?」
「はい、早ければ今日、明日の可能性が高いかと」
一同の視線がアンジェラに集中した。
「食料やな?」
ぎょっとしたみんなの視線は、こんどはポーリンに集まった。
「食料・・・とな?」
「そうや、今は持参した食い物があるさけ、ふらふらしてるだけやけど、食べきってもうたら空腹で暴れるんでないんか?」
目を見開いたみんなは、暫しポーリンを見つめたまま行動を停止してしまった。かく言う私も今後起こりうる状況が脳裏に浮かび恐怖に震えていた。
「お前さんの言う通りだ、食料を食い尽くした時、連中は退却するか、壁を越えて来るか、どちらかを選ぶしかないって事だな」
「ここまで来て退却は有り得ないと思いますね。なにかきっかけがあれば、一斉にパニックになって暴動を起こすのは動物では良く有る行動です」
「そうですな、なにかきっかけがあれば、、、一番良いのは音か?一発の爆発音だけで、連中は暴動を起こすのではないでしょうか?」
「うむ、さすが情報部だ。良く気が付いたな」
「はっ、有難う御座います。これも仕事ですので」
アンジェラは相変わらずクールだ。そんなじゃ、彼氏できないよ。
「さて、どうするかのアウラ嬢ちゃん。いや、司令官殿」
そんな重大な事、ニコニコ聞かないで欲しい。私はアンジェラ殿みたいに頭が切れる訳じゃあないんだから。
でも、どうしよう。全軍に物音を立てない様に命令を出すか?いや、そんな時間は無いかもしれない。もっと有効な対策を立てないとだめだ。でも、どうしたら・・・。
その時、その場に居た全員の意識が二階へと続く階段に集中した。
ゆっくりと降りて来られるのは聖女様であらせられるアナスタシア様だった。あ、今は魔法戦士?と名乗っておられるが、私達にとっては聖女様に変わりはない。
全員が、立ち上がり腰を深く折りアナ様をお迎えする。静かに、音も無く歩いて来られたアナ様は、部屋の中央に置かれた大テーブルの上の地図を見ながら閣下の反対側に回り込みそこに着席した。
「皆様、どうぞお座り下さいな。状況はどの様な事になっておりますでしょうか?」
閣下と私以外はみな着席して、緊張した面持ちで成り行きを見守っている。
「はい、それでは現状について当部隊最高司令官代理であるアウラ殿からご説明をさせて頂きます。さっ、アウラ殿、ご説明を・・・」
!!!!!!!!!!なんて事言うの?この爺様わっ!言うに事かいて・・・・
アナ様をうかがうと、真っ直ぐ私を見ながらニコニコと報告を御待ちになられていらっしゃる。だめだ、何か言わないと。
「あ ああ 僭越ながら、えーと現状のご報告をさせて頂きます」
私は、深々とテーブルに頭が付く位に深いお辞儀をした。
頭を上げる数秒の間に、考えを纏めて冷静さを取り戻さねば・・・。
横目でこそっと閣下を見ると、涼しい顔をしている。面倒くさい事皆纏めて丸投げしてきやがって!あーむかつく!くそ爺いめ!たぬきめ!
「じ 時間が差し迫っておりますれば、簡潔に要点だけ申し上げます。現在、蛮族は壁の周囲に数十万集結しております。壁を越えて来た蛮族は数が少なく、発見しだい殲滅しており被害は食い止められ混乱も沈静化しております。差し迫った問題は、空腹になった蛮族がいつ壁を越えて来るかと言う事であります。恐らく一両日中ではないかと思われるのですが、現在有効な対応策が見つかって居ないので御座います」
「アウラ様、ありがとうございました。良くわかりましたわ」
「ははっ、有りがたきお言葉。もったいのう御座います」
反射的に再び最敬礼する私。まだ、心臓がはちきれそうだった。
「食料という観点から事態を判断する。素晴らしい事です。指揮官として有能でいらっしゃるのね。ほほほほ」
「そ そんなっ、とんでもございませんっ!全て情報部の手柄にございます」
「さて、空腹になった彼らが次にどの様な行動に移るのかが話し合いの焦点なのですね?」
「はっ、ご賢察感服つかまります」
「まあまあ、もっと肩の力を抜いて下さいな。いつもみたいで宜しいのですよ。わたくしは聖女では無く、一介の魔法戦士に過ぎません。普通にお願い致します」
「おっ!?何かの会議中だったかぁっ!?」
会議室に入って来たのは、お頭とメアリーさんだった。
「穴はほぼ埋まったぞ。新たに掘られても困るからな、現在偵察隊を組織して巡回をしている。壁の向こうの奴らは大人しいもんだ、その内いなくなるんじゃ、、、ん?何だ?何だ?この雰囲気は?何が起こった?」
「お頭、今彼らが腹を空かした時の事を話し合っているんです。空腹に耐えかねて、壁を越えて来るんじゃないかって」
「はああっ?空腹だとお?空腹がなに・・・」
「はああああああああああああああ」
メアリーさんが盛大にため息を吐いた。
「だーかーらー、あんたは脳筋男って言われるんだよ!もっと頭使いなっ!!」
「なっ、なんだとおおっ!!」
「奴らが腹減ったら、どこから食料を調達すると思ってんだい!?」
「そんな当たり前の事聞くんじゃあねえよ。馬鹿にしてんのかっ!?そんなの壁越えりゃあ、簡単に・・・・あ」
あ、固まったww
ホント、お頭ってば、メアリーさんの前だと形無しなんだからww
「アナ様、連中が壁を越えだしましたら、私達では歯が立ちません。ここは撤退する事をお勧め致します。まあ、アナ様のご性格上承服出来かねるとは思いますが、配下として意見具申はさせて頂きます。これもお役目ですので」
「メアリーさん、あなたの仰る事は恐らく至極真っ当な事と存じ上げます。ですが・・・」
「あ、いや、そこまで。アナ様、私が意見具申致しましたのは、お役目上の事。この後の事はアナ様のご決定に従いますのでご安心くださりませ」
「メアリーさん・・・」
「そう言えば、そこに居るのは聖騎士団のガーランドではないか。聖騎士団を首にでもなったのか?ああ、そうかもう定年だったかww」
「無礼なっ、儂はまだ現役であるっ!王都内がきな臭くてな、お忍びでこちらを支援しに来て居るんだよ」
「そういう事にしておこう。して、貴様の配下はどれだけ居る?」
「みんなお忍びなのでな、二千ってとこだ」
「ムスケルの手勢は?」
「三千だ」
「その他に、ファフニール一族が走竜と共に三十名。それと義勇兵が四千程おります」
私もおずおずと発言した。
「しめて一万弱か。戦力になるのは五千か・・・あまりにも少ないな。真っ向からぶつかったら、一瞬で潰されるな」
「ですから今後の対応について話し合っていたのです。奴らはもう直ぐ持参した食料を食べ尽します。空腹になったら、壁を越えて来るのは必定。このままここに踏み止まって飲み込まれるか、一旦安全圏に避難するか・・・」
「なるほどな、仔細相分かった。聖騎士団と私と山賊がここに踏み止まって、他のみんなは後方に下がるのがベストだとは思うのだが、そうもいかんのだろうな」
「いきません!」
アナ様の凛とした声が室内に響いた。
「だったら、ムスケルが一人で残るって言うのはどうだろうか?国には損害は無くて素敵なアイデアだと思うが?」
「メアリーさん!」
「冗談ですよお」
両手を上に上げたメアリーさんは降参のポーズだった。
「真面目な話し、どうするんだ?ガーランド」
「どうもこうも、あ奴らが動いた時点で儂達の負けじゃよ。どうしようもない。せめて、聖騎士団全軍に国軍が半分でも居れば状況が違っていただろうがな」
「そうか・・・。なら、奥の手でシャルロッテを先頭に攻め込むか?あ奴らも嫌がる事だろうて。総崩れで逃げ出すやも知れんぞww」
「それは、いいかもしれんなぁ」
無責任にお頭も同意しているし・・・。
「みなさんっ!もっと真剣に考えて下さいませ。国家存亡の危機なのですよ!」
たまらずアナ様が声を張り上げたのだが、当の二人はいたずらっ子の様に首をすくめそっぽを向いただけだった。
ホント、似た者同士だわ。
「あのぉ、アナ様。ひとつお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」
私は、おずおずと小さく右手を上げながら質問した。どうしても確かめたい事があったのだ。
「はい、どの様な事でしょうか?」
「あのう、アナ様は竜王様の元で修行をなされたと思うのですが、あのう~なんといいますか、ええと~」
やはり、言い出してはみたもののこんな事をお聞きするのは、気が引ける~。
だが、気が引けない人間が一人居た。
「ようするにさあ~、竜王の爺さんから何か必殺技を教わって来て無いのお~って聞きたいんやないのぉ~?」
あああ、言っちゃったヨ、ポーリンさん。まさに、その通りなんだけどねぇ。
アナ様は難しい顔をしたまま下を向いたまま固まって居たが、おもむろに話し出した。
「えーとですね、竜王様の元では新しい技の取得では無く、力の制御に特化して学んでいました。時間も有りませんでしたので・・・」
「力の制御?」
「はい、私は技を放出しようとすると、持っている体力を全て一気に出してしまうそうなのです。なので、技を放出する度にスタミナ切れで倒れてしまいますの」
「それって、技を使えるのって、一回限りって事なんですか?」
「はい、その通りで御座いますわ」
「それって、一回技を使ったら担いで逃げねーとならねーって事かっ!?ホント使えねーっ!使えねー技じゃあねーかよ」
「お頭っ!そんな失礼な事を言ったらダメですって~」
「おほほほ、宜しいのですわよ、本当の事ですから」
「それで?特訓で力だだ漏れ必殺技は、制御出来る様になったんか?」
力だだ漏れ必殺技って・・・他に表現方法は・・・無かったんだろうな、お頭の語彙力では・・・
アナ様は、まだ下を向いてもじもじしている。駄目だったのだろうか?
「私、あまり器用では無かったので、それほどの進化は出来ませんでしたが、多少なら変化がありました。例えば・・・」
そう言うと、アナ様はそっと目をつぶった。
すると、アナ様とは違う方向から悲鳴が上がった。
「うわああぁぁっ!なんだこれはっ!!」
声の主は、、、お頭だった。
穿いて居たズボンを両手で必死に掴み、腰を後ろに付きだし前屈みになって焦っている。おまけに、どうしたもんだか、極端な内股になっていて、あまつさえ半ケツになっている。何だ?何が起こって居る?
居合わせたみんなも唖然とお頭の醜態に注目している。
さらに、お頭は奇声を上げたので、みんなビクッと反応してしまった。
奇声の原因はポーリンが、半ケツになったお頭の剝き出しのおしりを突っついたからだった。
涙目のお頭は、前屈みのまま部屋の隅っこに移動してお尻をガードしている。
もう、驚いたと言うよりも、可笑しくて可笑しくて、みんな笑いを堪え切れなくなっていた。
「お お お前・・・何をしたんだ!何で、こんな事に・・・」
お頭の声も、後半は弱弱しくなっていた。
「不幸をもたらす範囲を全周囲では無く、地域限定に出来る様になりましたあww」
それって、、、、何の意味が?
お頭も、涙目のまま、わなわなしている。
室内は、大爆笑の嵐になっていた。みんな腹を抱えて笑って居る。いや、完全にみんなの笑いのツボにはまったらしく、地べたをドンドン叩きながら四つん這いになって笑い転げている者も居るありさまだ。
流石に閣下は威厳を保っておられ、片手で口元を抑えて堪えていたのだが、限界を超えたのだろう、テーブルをバンバン叩きながら、涙を流しながら笑い出した。
その様子を悔しそうに睨みつけていたお頭だったが、アナ様をキッと睨むと声を絞り出した。
「こっ この技が一体何の役に立つんだ!俺に技を掛けながら他の人にも掛けられるとでも言うのか?」
「はい」
アナ様は静かに右手を前方にかざした。
すると、今度は閣下の指揮官の二人が悲鳴を上げると同時にしゃがみ込んでしまった。
「あ アナ様、こ これはあまりにもヒドイ仕打ちにございますぞ!」
「そうであります。この様な事はムスジケル殿がもっとも適任でございましょう!」
二人とも、涙目で顔を真っ赤にしている。
「そのムスケル様は、ここにはいらっしゃらないものでして・・・」
「「「「「えっ!?」」」」」
慌てて視線を巡らすと、お頭が居た場所はもぬけの殻になっていた。
いつの間に・・・・
「はっはっはっ、逃げ足の速さは流石であるな」
閣下は上機嫌だった。
「アナ様は、相手を限定させて不幸を発動させられる様になったと、そういう事でよろしゅうございますな?」
ひとしきり笑った閣下は、そう静かにアナ様にお尋ねになられた。
「はい、申し訳ございません、なんのお役にも立てませんで・・・」
アナ様は、本当に申し訳なさそうだったので、誰もそれ以上はこの件には触れられなかった。
「アナ様の大出力の波動攻撃は当面封印するとして、現在使える長距離攻撃能力は、ロッテ嬢とポーリン嬢のみですので投石器と弓に頼る事になります。が、連中にしても旧式な弓しか持って居ないので、心配はないでしょう。当面の問題はあの非常識な数ですな」
閣下は、落ち着いた様に現状分析をしている。
連中には高い知能が無いので武器を開発したりする事が出来ないので、いつまでも旧式な武器を使用しているから問題は無いと仰られるが、確かに見た感じ時代遅れののボロボロの武器を使っていたので、閣下の仰られるとおりなんだろう。でも、もし誰かが最新の武器を与えたら?作れなくても、使う事は出来るんじゃないのだろうか?考えれば考える程不安になって来る。
「どうなされた?アウラ殿」
閣下が心配そうに覗き込んでこられるが、いまは根拠のない不安で事態を混乱させる時ではないだろう。
「大丈夫です。それよりも今後の行動ですが、あくまでこちらからは仕掛けず、専守防衛に徹するべきなのでしょうか?」
「それよ。ある程度の戦力差だったら、少しづつ削っておきたい所なんだが、あまりにも敵が多すぎるでのう、手の打ちようがない。こちらの戦力も、そうそうは増やせんのでなあ、現状の戦力で出来る事と言ったら護りを固めるしかないのでは?」
「王都の聖騎士団も駄目、国軍も駄目、国の存亡がかかっているこの現状で、何故動かせないのか、駄目な理由をはっきりさせて欲しいですよね。カーン伯爵の残党が悪さをするのなら、さっさと潰してしまえないのですか?そうすれば後顧の憂いも無くなるでしょうに」
「うーん、確かに貴殿の言わんとしている事は真っ当ではあるし、それがベストではあるのだが、政治が絡むと、そうは言えんのだよ。儂の様な下っ端にはな」
「国が滅んでしまえば、政治も何も無いと思うのですけどねぇ。まあ、私達はさっさと逃げて、又山賊に戻ればいいだけなんですから気楽でいいですけどねぇ」
「そう言わんでくれ。君達の事は頼りにしているんだ。君達にそっぽを向かれたら、私達だけでは何も出来ん」
「まあ、ここまで深入りしてしまって、知らん顔も出来ませんけど、これだけは言って置きますが、壁を突破されたら、その瞬間全てが終わりですからね。無理やりにでもアナ様をお逃がしする事位しか出来ない事を覚悟して置いて下さいね」
「ああ、わかっているさ。わかっている。わかっていても、引けないのが軍人であるって事もわかっている。家族にも別れは言って来た。いざとなったら安全な所に逃げろともな。こんな所で蛮族に蹂躙されて死ぬのは、、、、嫌だなぁ。悲しいよなぁ。寂しいよなぁ。せめて、女子供だけでも、逃がしてやりたいよなぁ」
そう呟く閣下は、もはやあの自信に漲っていた閣下と同一人物には見えなかった。
そんな時だった。
「報告ぅ~っ!!」
若い伝令と思われる兵士が駆け込んで来てそのまま勢い余って倒れ込んだ。
その背中には、矢が刺さっていた。
フランク氏が抱きかかえ、矢を抜いてやったが、その矢はまだ真新しい矢だった。
最新の飛距離を伸ばす矢じりも付いて居た。
「これは・・・一体どういう事なんだ?」