82.
◆◆◆◆◆ アウラ@うさぎの手 ◆◆◆◆◆
すっかり夜も明けて、視界が開けるにつれて自分達の置かれている状況が呑み込めてきた。
ひょっとして、まずい?
いや、かなりまずいと言ってもいい状況だろう。
敵はあまりにも矮小な戦力しか持たない蛮族のはずだった。
のはずが、かなりの数の蛮族に囲まれてしまっていた。
なんでこうなった?
お嬢は?ポーリンは?竜のおじ様は?
ふと、竜のおじ様が言った一言が頭の端をよぎった。
「一頭のドラゴンも無数の蟻の群れには屈する事もあるのですよ」
周りには貧相な武器を持った蛮族が居て、その数を増やしながら次々と向かって来て居る。
そのほとんどが持っているのはお世辞にも出来が良いとは言えない粗末な槍だったのだが、取り囲まれるとこちらの剣ではいささか分が悪い。
こちらの届かない所から繰り出されてくる無数の槍を躱すのは、かなり骨が折れるのだ。
その証拠に、体中を槍が擦った為に血だらけになっていた。
「おっと!」
危なく蛮族の槍が目を貫こうとするのを仰け反って避けた。
が、次の瞬間別の槍が私の上半身に向かって来た。
仰け反って避けた際に態勢を崩してしまって居たため、もう避け様が無かった。
ふっ、終わる時ってあっけないものなんだな、と妙に心が穏やかだった。
きっとやるだけの事をやったので、心が満足していたのだろう。
みなしごの自分を『うさぎの手』のお頭が拾ってくれ、一人で生きて行ける様に色々仕込んでくれて、安定した生活ではなかったけど、毎日が楽しかった。
そして、シャルロッテのお嬢に出会って、今まで知らなかった世界を教えて貰い、そんな生活も楽しかった。
これからずっとお嬢を支えて行こう、そう思った。
疫病神と言われる聖女様にも出会えた。私には、お嬢の方が疫病神なんじゃないのか?なんて思った事もあったが、言わなかった。
そんなバタバタの毎日も楽しかったからだ。
そんな毎日も、もう終わりだ。
そう思って目をつぶった瞬間だった。
「戦場で目をつぶる馬鹿が居るかっ!!」
突如、怒鳴り声が降って来た。声は降って来たが、蛮族の槍は降って来なかった。
何故?そう思って、そっと目を開けると、そこにはわたしを背に庇いながら両手に短剣を持った黄色いツインテールが立って居た。
その後ろ姿は、、、そう覚えている。
「め メアリー・・・さん」
そう、颯爽とそこに立って居たのは、まさに疾風迅雷の二つ名を欲しいままにした黄色のツインテールが特徴のメアリーさんだった。
「良く頑張ったな。他に誰が居る?」
鋭い眼光とは裏腹に、優しく安心出来る声だった。
「はい、お嬢とポーリン、それと竜のおじ様です。本隊は聖騎士団のガーランド閣下が指揮を執りつつ間もなく追い付いて参ります。私達は先遣隊として一足先にこちらに来ました」
「四人だけでか?随分と蛮族を舐めているじゃないか?ま、ここで言い争っていてもしょうがない。まだ、戦えるな?わたしも部下を連れて来て居る。一緒に叩けるだけ叩くぞ。協力しろ」
確かに、周りを見回すと黄色のスカーフを巻いた手練れとおぼしき兵士達が蛮族達を圧倒していた。
「行くよっ!」
「はいっ!」
立ち上がり、再び剣を握りしめ、メアリーさんの後に続いた。
「いいかい、こういう混戦の時はじっとしていては駄目だ。直ぐに囲まれてしまう。とにかく動き続けろ、戦線を固定させるな、常に流動的になる様に引っ掻き回すんだ」
「はいっ!」
「呼吸が上がって来たら、木や塀などを背にして呼吸を整える」
「はいっ!」
さすが、伝説の剣士と言われたエルンスト・ガトー殿の孫娘である疾風迅雷のメアリーアン殿だけあった。
彼女が歩を進める度に数体の蛮族が地面に崩れ落ちて行ったが、その鬼神の様な手の動きは早くて全く見えなかった。
時々キラキラと刃物のきらめきが身体の周囲で見えるだけだった。
ば ばけもの・・・?
そんないけない事を考えてしまった。当然内緒だけどね。
周囲に居るメアリーさんのお仲間さん達も、大概化け物揃いで、あれだけ居た蛮族共もちらほらと散見する程度には減って居た。
良かった。もう流石の私ももう体力の限界でした。
へたり込みながら、そういえばと周りを見回すと、お嬢とポーリンも疲れたのか肩で荒く息をしながら膝に両手をついて立って居るのが見えた。
良かったぁ、みんな無事だったんだぁ。自分の事で一杯一杯で、みんなの事すっかり忘れちゃってたのは内緒にしておこう。
水分の補給をしつつ軽く干し肉を口に放り込んでいると、メアリーさんの部下が突然叫んだ。
「おーい、来てくれえぇっ!穴だあぁっ、穴が掘られているぞおぉっ!!」
反射的に声のする方を見ると、そこは壁の近くにある低木の茂みだった。
声に反応した味方が、一人また人一人とその茂みに向かって集まり出した。
穴?なに?何の穴?そう思いながら私も穴に向かって走り出した。
問題の箇所に着いて見ると、確かに穴が掘られている。直径一メートトルはあるだろうか、真下に向かって垂直に掘られて居た。
周りが茂みで囲まれていたので見付からなかったのだろう。
「こ これは・・・」
誰とは無しに言葉が漏れた・・・。
「ここから侵入して来たのか?」
「わからん、入って調査をせんと確実な事は言えまい」
「いやいや、中で連中と鉢合わせしたらしゃれにならんぞ」
「じゃあ、どうするんだ?」
みんな意見は言うが、纏まりを欠いて居た。
そうだっ、お嬢は?
キョロキョロと周りを見回すが、お嬢は見当たらなかった。
そんな私の心の動きを察したのか、メアリーさんが話し掛けて来た。
「あ奴は腑抜けてしまっているからあてには出来んぞ。自分達でやるんだ」
「自分達で・・・」
「そうだ」
「でも、この様な場合、てっぺんと言いますか、まとめ役が必要かと存じますが・・・」
「そんなら、お前がやればいいじゃねーか。今やお嬢の片腕とも言うべき存在になっているお前が、お嬢が復帰するまでの代理をして纏め上げればいいんじゃあねーか?簡単なこっちゃねーかよ」
振り向けばそこにはいつの今にか現れたお頭が居た。
「ムスケルっ!簡単に言うな!事はそんな簡単なものじゃないんだ、無責任な事言うんじゃないっ!」
メアリーさん、怒っている。
この二人の言い合いは迫力が半端ない。言い換えれば、さしずめドラゴン同士の喧嘩だ。
「どうせ、お嬢が居たって表立って戦うのは俺達なんだからよ、冷静な奴がてっぺんに居てくれた方がやり易いだろうがよ」
「ううむ、それも一理あるか・・・。お前もたまにはまともな事が言えたんだな」
「なんだとおおおぉっ!!!」
「やるかあああぁっ!!!」
あちゃああぁ、この二人、息が合うんだか合わないんだか、この分だと、蛮族の前にこの二人に殺されそうだわ。
「はいはいはい、落ち着いて下さい。今は仲間内でいがみ合って居る場合じゃあないですって」
私が命懸けで間に入ると、二人ともやっと口を閉じた。多分性格が似すぎて居るので反目するんだろうな。周りからしたら、迷惑極まりないのだが・・・。
「で、どうするの?部下には命令に従わせるから、指揮してみなさい」
拗ねた、と言うかばつが悪そうな顔でメアリーさんが歩み寄って来た。
「ここは、味方の安全を第一に考えます。どうせ、出て来るったって一人ずつしか出て来れないんですから、一つの穴に対して二人も居れば十分でしょう、何かあった時の伝令を含めて、一つの穴に三人を貼り付けましょう。他にも穴は沢山あるはずです、動員出来る全員を壁際に集めて、総力でローラー作戦を行い、まずは国内侵入を食い止めましょう。それと穴埋め専門部隊を組織して片っ端から穴を埋めていきましょう。兵士だけでなく力自慢の領民の力を借りるのも良いでしょうね」
「さすが、俺が育てただけあって、頭が切れるぜ」
ちらちらとメアリーさんの方を見ながらマウントを取ろうとするお頭。まるで子供みたいですよ。
「あなたも、こんなのと一緒で御気の毒ねぇ、よかったら私の元に来ない?あんな奴の下に居るなんて勿体ないわよ」
メアリーさんも負けていなかった。ほんと似た者同士なのねぇ。
「大丈夫です。もう慣れましたからww」
二人とも、部下を引き連れて穴の捜索に出発して行った。
はあぁ、疲れるわあ。
ため息を吐いて居ると、竜のおじ様が話し掛けて来た。
さっきまでどこにも居なかったのに、どこから現れて来たのだろう?
「なかなか大変でございますな」
「あはは、まあいつもの事ですよ。それよりも、何かありましたか?」
「お気づきでしょうか?あの穴の謎に・・・」
「掘った土が無かった事でしょうか?」
「ほう、さすが良く気が付きましたな」
「私達が地下道を掘るのなら、そういう工法をとる事も可能ですが、奴らには望むべきも無い技術です。きっと奴ら以外の者の介入があったのでしょう。異能者とか」
竜のおじ様が驚愕の表情で見つめてくる。
「そこまでお見通しとは、恐れ入りました」
「いやいや、私が想像出来るのはそこまで。この先の事はさっぱりですよ。穴を塞いだ後、どうしたらいいものか。まあ、その内ガーランド閣下がお見えになるでしょうから、後の事は、、、、、丸投げしますww」
「ほほほほ、それでよろしいのではないでしょうか?それで、異能者の事はいかがいたす所存で?」
「さああ?こちらからはどうしようもありませんからねぇ、ま、出て来たらその時考えますので見付けたら教えて下さいねww」
それにしても、壁って言ってもせいぜい高さが二メートトル程度しかないのに、よじ登る程度の知恵すらないってどうなんだろう?
そっと壁の上部から向こう側を覗いて見たが一瞬で頭をひっこめた。
そりゃあ、ビックリしたと言うか、たまげたと言うか、見た瞬間心臓がドキドキしてしまった。
だって、見渡す限り蛮族で埋め尽くされていたその光景は、想像を絶していた。
なんなんだあの数わっ。
あの数の蛮族が一斉に壁を乗り越えて来たらと思うと、背中に冷たい物が流れた。
あんな数が雪崩れ込んで来たら、ハッキリ言って太刀打ちのしようがない。一瞬で圧し潰されてしまうだろう。そうしたら、我が国も確実に壊滅だろうことは想像に難くなかった。
私に出来る事は、なるべく奴らに刺激を与えず、奴らが壁を乗り越えて来ないでくれる事を祈る事だけだった。
せめて乗り越えるのなら、ガーランド閣下がお見えになってからにしてね~。
その後は、ガーランド閣下がお見えになるのを、ヒヤヒヤドキドキ、そして徹夜明けなのでうとうとしながら待って居た。
そんな中、砂埃を上げながら馬車の一団が地平線上に見えて来たのを周りの歓声で知った。
恐らく、ガーランド閣下の本隊に違いなかった。が、ん?なんか、数が多くないか?夕べはあんなにいなかったと思うのだが、舞い上がる砂塵は人数の多さを物語っていた。
私がガーランド閣下の元に駆け寄って行くと、私に気が付いた閣下は隊列を停止させた。
深々と頭を下げて閣下を御出迎えすると閣下は穏やかな声で話し掛けて来た。
「おお、そなたはロッテ嬢ちゃんの傍に居た、、、ええっとアウラ嬢であったかな?」
凄い記憶力に私は正直驚いた。
「はっ、閣下のご記憶には心より感嘆いたしました。シャルロッテ様のお手伝いをさせて頂いておりますアウラで御座います。閣下におかれましては大巨人の剣以来になります」
「うんうん、で?状況はどうなっておるのかな?おおそうであった、嬢ちゃんはどこにいるのかな?」
「はっ、シャルロッテ様は、色々と心労が重なってしまい、現在はお休みになられております。その間、閣下がおわす迄私が代理で取り纏めを致している所で御座います」
「閣下が臨場なされなしたので、お役目は閣下にお渡し致したいと思いますので、以降の事は宜しくお願い致します」
閣下は驚いた顔で私を見返してきた。そりゃあ、あの鉄の心臓のお嬢が心労など信じられないのも無理は無いのだろう。
「ロッテ嬢が心労・・・とは。長生きはするものじゃのう。状況は相分かった」
「では、これより指揮をお願い致します」
深々と頭をさげつつ、ほっと息を吐いた。メアリーさんから押し付けられたこんな面倒な事からは、一刻も早く他を引かなくてわ。これでこれから楽が出来るわ。
だが、事態は私が考える程甘くは無いのだと、この後投下された閣下のお言葉で身をもって思い知る事になった。
「そうか、わかった。では置かれている状況を説明してくれるかの?」
「ははっ、蛮族が国内に侵入して来れた原因は、何者かが掘った地下道である事が判明致しました。それもかなりの数がある模様で、現在見つけた穴一つに対して連絡役を含めて三人を貼りつかせて居ります。出て来る蛮族は一人づつなのでその人数で間に合うと判断しました。そうやって出口を押さえて居る間に、地域の領民の協力を得て穴を埋めております」
「ふむふむ、手堅い作戦だな、当座はそれで問題は無いだろう」
「有難うございます。現在全力で残りの穴を捜索しつつ兵を配備して居るのですが、なにせ人員が不足していて、中々捗りません」
「であろうな。よし、直ちに総員を穴捜索に回せ!」
閣下は、連れて来た副官とおぼしき人に命令を下していた、、、、が、おぼしき人?
そう言えば、今回の出撃はお忍びだからって言ってたな。さっきは気が付かなかったけど、みんな野武士みたいな格好だから、なんか身分が分からなくて困惑するわね。ま、もう私には関係の無い事だから、どうでもいい事だけどねぇ。
「では、アウラ殿、次の命令を出しても宜しいかな?」
「あ、はいなんなりと」
「では、ロッテ嬢ちゃんが動けないのであるのなら、、、。アウラ殿、貴殿に我々混成部隊の全指揮権を預ける。思う存分その手腕を発揮して貰いたい」
「え? えええええええええっ!?ちょっ、ちょっ、ちょっ、、、、、」
「ちなみに、これはお願いでは無く、命令であるので間違えない様に。今回、我々聖騎士団は表立って動けない。なので、丁度いいのだよ。貴殿がてっぺんに立てば、我々は姿を消し易い。賊が民間防衛組織を結成した体で動いてくれれば良いのだよ。もちろん我々聖騎士団が全面バックアップするので安心して貰いたい。ロッテ嬢ちゃんの信頼の厚い貴殿なら出来るさ、思い切ってやってくれ。私は本部でアナ様をお守りしながらついて行く事にする」
「そんなあああぁぁ・・・」
絶体絶命のピンチだ!早くお嬢に復帰して貰わなければ・・・。
「ところで、奴らは壁の向こう側で何をしているのだ?相当数が集まっているんじゃろ?」
「はああ、それならご自分の目で確認されるのが宜しいでしょう。ご案内しましょう」
私は閣下を壁の所へと案内した。この国境を隔てる壁は製作から四百年以上は経つと言われているが、今なお健在で現役で活躍している。
高さは二から三メートトル程度で幅は一メートトル程度ある。全体は土を同じ大きさに成形したものを焼いて硬化させた物を積み重ねて造られて居て丈夫だった。
閣下は壁に貼り付いて、そおっと顔を出して覗いていたが、速攻で頭を引っ込めて、そのまま尻餅をついてしまった。そして、こっちに向き直ると震える様な声を発した。
「な なんなんだね、あれは?あの数は?遥か彼方まで大地を埋め尽くしているじゃあないか」
「絶対にこちらからは仕掛けたらいけないと思います。一斉に壁を越えて来たらひとたまりもありませんよ」
「うむ、全くだ。それにしても、なんて数なんだ。一体どうやってあれだけの蛮族をここに集めたんだ?言葉だって通じないだろうに」
「簡単ですよ。壁際に食料でもばらまけば集まって来るでしょう」
「いやいや、一旦集まって来たとしても、食料を回収したら帰って行くんじゃないのか?」
「うーん、確かにそうですねぇ。謎です」
「集めた方法も謎だが、誰がこんな事を仕掛けて来たんだ?こんな国を滅ぼしかねない事を・・・」
「それはまだわかりませんが、国を滅ぼしたい奴らである事は確かですね」
「そんな奴らが・・・まさか?」
「はい、それ以外には考えられません。あの異能者集団以外には・・・」
「で?連中は?」
私は静かに首を横に振った。
「全く姿を現わしません。気配もありません」
「仕掛けるだけ仕掛けておいて、その後だんまりかぁ。何を考えておるんだろうなぁ」
その後立ち上がった閣下は、近くの丘に登り、再びあの大軍を暫く眺めるとため息を吐きながら私に問い掛けて来た。
「それで、どうするよ、指揮官どの?」
その声は嬉しそうでもある。やってやろうじゃない!!
「穴は塞いでいるとは言え、ここは前線に近すぎます。この先暫く行った所にちょっとした規模の村があります。そこに司令部を置かせて貰いましょう。そこなら、程良く壁から離れて居ますし、直接壁の監視も出来るでしょう」
「うむ、ではそうさせて貰おうじゃないか」
こうして、一行は再び司令部を開く為、村を目指して旅立って行った。
部隊のほとんどは地下道捜索の為先に出発してしまっていたので、今の一行は司令部要員だけのこじんまりとした集団となって居た。