80.
南部小国連合というのは単に通り名で、実の所国家としての体をなして居る訳ではなく、散在する都市が各々勝手に国家を名乗っているに過ぎなかった。
普段はお互いに勝手に行動をしていて、共通の目的がある時にだけ協力体制を敷く、そんな間柄みたいだそうだ。
過去にも我が国の国土を度々侵害して来ており、その度小競り合いを起こしては追い払われていて、いい加減に敵わないと学習してほしいものなのだが、学習しない面倒な相手だったのだが、今回は共通の利権でも見つけたのか、国境付近に集まって来ているらしい。
その数 八万。
過去の例からみても考えられない人数が集まって居るようだ。いままでは、せいぜいが千から二千程度だから、今回は並々ならぬ意思を感じる。
そもそも何でこのタイミングで集まって来たのだろうか?
まさか、エレノア様を狙って来た?まさかね。連中の戦力では何度かかってきても歯が立たないって分って居るはずだし、そもそも狙う意味が無い。
ましてや今回は、国軍でなく聖騎士団が出張って来ているのだから、尚更敵うはずもないのだ。それなのに、何故?
まだ情報が無さ過ぎる。
「そう言えば、聖騎士団は何人程度が出張って来て居るの?」
「えーっとですねぇ、あれっ?あれっ?ちょっとお待ちください。ジュディ、これ書いたのあんたでしょ?間違ってない?」
「えーっ?間違える訳ないわよー。何度も確認したもん。間違いなく、聖騎士団の人数は三百人よ」
「・・・三百 人?」
はっ?あたしは、自分の耳を疑った。
「どういう事?エレノア様の護衛でしょ?その数は有り得ないんですけど?ジュディ説明して?」
だが、説明と言われて、当のジュディも困惑している様だった。
「説明と仰られましても。こちらとしても、連絡員からの報告を可能な限り正確にご報告させて頂いているだけですので」
「そうです。兵の数という情報は、最も信憑性の高い項目に入りますれば、間違いが無いものと思われます」
「うん、アンジェラの言って居る事は、本当なんだろうけど、エレノア様の護衛に、それも危険が伴う可能性が高い今回のご出馬の護衛に一万人を下るなど有り得ない。百歩譲って聖騎士団の精鋭を出して来たとしても、最低でも五千人は出すのが普通だろう。三百なんて有り得ないわ」
「恐れながら、その事につきまして別記での報告が御座います」
「その事?ってどの事?」
「出撃して来た聖騎士団の編成の件で御座います」
「編成の件?」
「はい、聖騎士団遠方派遣旅団が全力で出撃するのなら、最低でも三万から四万は出せるはずなのです。その中から選りすぐりの精鋭を選出するのでしたら、一万は出せるはずなのです」
「それなのに、ケチって来たと」
「はい、それもまだ精鋭を選出して来たのであるのなら三百も納得が行くのですが、どうやら出撃してきたのは、新兵百と引退したはずの老兵二百と言う所がちょっと納得がいきません」
「うーん、それなら聖騎士団が三百を出して来たのはいいとして、国軍の方は何万出してきたの?五万?十万?」
ん?アンジェラとジュディが顔を見合わせているのはなぜ?
「大変申し上げ難いのですが、国軍の出撃は、、、今現在の所確認されておりません。基本、聖女様の護衛は聖騎士団の任務となっておりますれば、国軍の出陣が確認されないのは致し方ないかと」
あたしは盛大に、深呼吸に近いため息を吐いた。
はああああああああああああって
「国軍の事は持ち場の縛りもあるだろうから理解しましょう。到底納得はいかないけど。でも、聖騎士団の動きは納得いかないわ。お父様、何をしているのかしら」
「シャルロッテ様、聖騎士団と聖騎士団遠方派遣旅団は、一緒に思われがちですが、実の所全くの別組織になります。聖騎士団本体はお父上様であるリンクシュタット侯爵様直轄であるのに対して遠方派遣旅団は参謀総長であらせられますシュヴァインシェーデル侯爵様の直轄となりますのでお父上様でも簡単に口を挟めない所ではあるのです」
「だったら、独自に正規の聖騎士団を出しても問題は無いんじゃないの?エレノア様をお守りする為なんだから。何で参謀総長に遠慮してガーランドおじ様だけしか出して来ないのよ、おかしいじゃないのよ」
あたしの剣幕に押されたのか、みんな黙ってしまった。
あたしは、まだまだ言い足りなかった。
「南方の蛮族風情ですら八万も出して来て居るのよ?三百なんて、相手を舐め切っていない?本気でエレノア様をお守りする気があるのぉ?」
「そもそもさぁ、聖騎士団を出せないんだったら、代わりに国軍を出せばいいじゃああんっ。いっぱい居るんだからさあ」
「だからよお、ここで騒いでいてもしょうがねーだろうがよ。ぐずぐずしてねーで、さっさと行こうぜ」
なんか、今回のお頭が妙に前向きなのって、なにか理由があるの?明らかに変よねぇ。あっ!
「お頭っ!もしかして、エレノア様に逢いたくて急いでいるの?」
「なっ!!」
あ、お頭、動揺している?
「ばっ!馬鹿言ってんじゃあ・・・」
図星だった?
「なっ!なんだ、その顔わっ!!」
思わず、ニヤニヤしてしまった。
「だっ!だからっ、適当な事言うなっ!」
あーあ、怒りながら、動揺しながら、歩いて行っちゃった。
あれも照れ隠しなんだろうねぇww
そんなこんなで、あたし達は更に速度を上げてランデル平原に向かっていた。
進むにつれ多くの情報が入って来る様になり、状況が明らかになってきた。
今、あたし達は大きな街の外れにキャンプを張っている。
この街はタフニアと呼ばれる南部ではそこそこ大きな交通の要衝にある宿場街で、場所的にはイルクートの真南に位置する。
ベルクヴェルクから出発してニヴルヘイム山南端で本街道から別れた後、南周りで王都に向かう街道の分岐点にある街で、北に行くとイルクート、真っ直ぐ行くと王都。そして、南寄りのコースを通るとランデル平原の南側、すなわち南部諸国連合との国境付近へと向かう事になる。
何故、街に入らないで街の外壁の外にキャンプを張ったかと言うと、万が一襲われた際に街の人々に被害が出るからなのと、周りに一般人が居ると戦いずらいからだ。
街を見下ろす丘の上に、大型のロッジ型のテントを幾張りも展開して、集まった情報の整理と今後の行動を話し合う為の作戦会議を始めるつもりだった。
テントの周りには、『うさぎ』の強者が警戒をしており、情報部系の者達は街で情報収集を行って居る。
ああ、街に入らない理由がもう一つ。正確には入れないのだ。あたし達の規模が大きくなって来てしまったので仕方のない事なのだが。
ベルクヴェルクを出た当時は、二十人程度だったのだが、進むにつれどんどん膨らんでいき、現在では二千人を超えるまでに膨らんでしまったのだ。
嬉しい事ではあるが、悩みも出て来る。当然街には入れず、食料係はさぞや苦労しているものと思う。更に、大所帯になると、、、目立つ。
目立つが故にこちらの動きが敵対勢力?に筒抜けになってしまい、隠密行動が取りにくくなってしまう。実に悩ましい問題だった。
テントの一つを作戦会議室にして、中央に大きなテーブル、その上には国内の地図と報告書の束を置き、今まさに会議が始まろうとしていた。
「時間がもったいないから、さっさと報告会を始めるよ。アナ様、よろしゅうございますか?」
「はい、宜しくお願い致します」
アナ様は、深々とお辞儀をする。こんな時でも優雅だ。育ちって大事よねぇ。
「じゃあアンジェラ、報告を宜しく」
「かしこまりました」
報告書の束を抱えて立ち上がったアンジェラは、淡々と報告を始める。
「ありがとう。今現在わかっている事を纏めると、エレノア様は件の草原の北端に間もなく到着。その目的は食肉獣達の食料を確保する為に草原を再生させる事。護衛であるはずの聖騎士団遠方派遣旅団三百もエレノア様に付き従って居る と」
みんなの表情は非情に厳しい。
「現在一番の懸念である南部小国連合は、国境付近に約十万を集めて居るが、その目的は未だ不明。こんな状況なのに、聖騎士団本体も国軍も全く動き無し。これは間違い無いのよね?」
あたしは、アンジェラに問いただした。
「はい、残念ながら、大きな動きは認められません」
「そこよ!国を護る為にある国軍が国境の危機になぜ動かないのか。聖女様を護るのが第一任務のはずの聖騎士団が、エレノア様の護衛に何故僅かな兵、それも戦力にならないゴミみたいな連中しか出さないのか。納得出来ないんだけど。まだあたし達に知らされて居ない情報があるっていうの?」
みんなを見回したが、みんな考え込んだまま言葉が出ないでいる。
「どう?竜さん。竜さんから見て何か気が付いた事ないですか?そんな些細な事でもいいの」
「そうですねぇ、我々竜族は基本真っ向からの力勝負しかしませんので、人族の様な複雑な戦法というものは使いませんので、何かといわれましても・・・」
「そ そうよねぇ、変な事聞いちゃったわね。ごめんなさい」
「いえ、お役に立てませんで・・・」
「あっ!」
思わず声を発してしまい慌てて緑色のショートヘアーを揺らしながら両手で口を押えていたのはボーイッシュなジュディだった。
「ジュディ何かある?どんな事でもいいわ、言って頂戴?」
「あ あの これは確定した情報ではないのですが、ちょっと気になっていまして・・・」
いつもはっきりものを言うジュディがもじもじしながら言うのは珍しかった。
「いいわよ、言って頂戴。有用かどうかはこちらで判断するから」
「はい、では、これは国境派遣の連絡員からの報告なのですが、蛮族達の持ち物が気になると書いてありまして、私も少し気になっていたんです」
「持ち物?装備の事?」
「そうですね、装備を含むという所でしょうか、剣を持つ者は少なく、ほとんどが槍と弓との事でした」
「槍と弓?」
「はい、それとみんな腰に縄をぶら下げて居ると・・・」
「槍と弓、それに縄?意味が分からないのだけど、何がしたいのかしら?」
その時突如お頭が叫んだ。
「鉈は持って無かったか?」
慌てたジュディは、ばさばさとメモをめくっている。
「あーっ、ありました、ありました。何人かは鉈を持っているそうです」
「そうか、そういう事か・・・」
「お頭ぁ、一人で納得していないで説明してよお」
腕組みをして、一人でうんうんと納得している様なのだが、さっぱりわからないよ。
「お嬢、お前縄を持って戦いに行くか?」
「ええーっ、普通は持って行かないわよねえ。それに、槍と弓ばっかりじゃあ戦いにならないわよ」
「じゃあ、戦う相手が人間じゃなかったらどうだ?」
「ほえ?人間じゃなかったらって、それじゃあ何と戦いを・・・ええっ!?」
「えーっ!」
「えーーっ!!」
「ええーっ!!」
テント内は、驚きの声で溢れていた。
恐らく、みんなの頭の中は????で一杯な事だと思う。
そりゃあそうだろう。戦う相手が人間では無いだなんて言われれば、みんな疑問に思うのも無理は無いだろう。
「それで?お前はどう考える?」
お頭はニヤニヤしている。
「まさかとは思うんだけど、連中が集まった目的って、、、食肉獣?肉なの?」
「想像だがな」
「まさか、狩りの為に弓と槍?肉を運ぶ為に縄・・・。確かに納得は出来る。でも、狩りだけの為に十万も?」
「あっ!」
再びジュディが叫んだ。
「えっ?」
みんながジュディに注目した。
「あの、南の蛮族共には一切狩りをさせてはいけないと思います。ここは、全力で追い払うべきかと」
「そうなの?でも、話し合いで済めば戦いにならないで済むから、国の為にもなるでしょ?」
「シャルロッテ様は、南の蛮族の事は全くご存じありませんので?」
「え、ええと、その、あんまり、、、知らないかなぁ?」
なんか、昔教わった気がするんだけど、真剣に勉強してなかったから、ほとんど覚えてなかったわ。
「南の蛮族の狩りは、根こそぎが基本なのです」
「根こそぎ?」
「はい、その場に居た獲物は親はもちろん、妊娠していようが子供だろうが、卵までも一切合切残らず回集していきます」
「そ そんな事したら、次から獲物がいなくなってしまうじゃない!次回狩りが出来なくなってしまうわよ」
「はい、彼らに次回という概念は無いのです。今狩らなければ、誰かに奪われてしまう。そんな思考しかないので、彼らが狩りをした後は、、、何も残りません。今、我が国内の食肉獣が件の草原に集まりつつあります。もし、奴らに狩りをさせたら、国内の食肉は壊滅するでしょう」
「全部狩るつもりだから、あんなに大勢動員してきたのか・・・」
「ここは、全力で追い返す、もしくはいっその事壊滅させてしまうしかないんじゃねえか?」
お頭は、何故か、、、と言うか当然と言うか、嬉しそうだった。
「でも、あたし達は今せいぜい二千ちょっとよ。あいつらは十万だっけ?話にならないわよ?どうやって壊滅させるのよ?」
あ、お頭、今ニヤッて笑った?
「さあて、どうするんだろうなぁ。なあ、どうするんだ?」
お頭は、あたしの後ろに向かって問いかけた。
えっ!?と振り返ると、一人の男が天幕を持ち上げて入って来る所だった。
「おじさまーっ!」
そう、入って来たのは聖騎士団副団長であるガーランド将軍だった?
「えっ?おじさま、その恰好は?」
おじさまの姿は、いつもの純白の鎧ではなく、どこにでも居る様な旅の浪人風の汚い身なりだった。
「はっはっはっ、似合わんか?ムスケルに似せたつもりなんだがなぁ」
豪快に笑うおじ様とは反対に、お頭は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「けっ、全然にてねーわ!」
あーあ、拗ねちゃってるし。
「ねえ、おじさま。一体どういう事なんですか?確かに、おじ様の指揮下で活動せよと命令は来てましたけど、聖騎士団が出て来て居るのですか?」
「けっ、どうせヘマでもして聖騎士団を首にでもなったんじゃねえのか?」
「話が進まないから、お頭は少し黙って頂けます?」
お頭と睨み合っていると、それまで黙って静観していたアナ様が突如口を開いた。
「ガーランド閣下、時間がございませんの。手短にご説明をお願い出来ますでしょうか?」
「はっ、これはアナスタシア様。承知致しました。私が受けて来た命令は三つ。エレノア様のお身の安全確保。南部小国連合の脅威の払拭。国内の食料危機の回避」
「ちょっと待てよ、そんなに重要な任務なのに、何でおめー一人で来てるんだよ。おかしいじゃねーかよ。聖騎士団はどうしたよ?国軍はどうしたよ?」
「ははは。まあ待て、疑問に思うのも無理はないが、まあ話を聞いてくれや」
「聞こうじゃねえか」
なんで毎回この二人はいがみ合うんだろう?馬が合わないのだろうか?
「まず、今回王宮は表立って動けない」
「なんでだ!こんな時に動かないで、何の為の国軍だ?聖騎士団だ?」
うーん、いちいちお頭が口を挟んで来るんだが、今回は特に過剰反応していないか?
「カーンだよ。どうやらカーンの残党が水面下で動いているようなんだ。奴の息の掛かった者は国軍内にも聖騎士団内にも大勢いてな、何かを画策しているらしいんだが、中々尻尾を出さないんで困っている。そんな時に、エレノア様の件だ。奴らは絶対に動き出すはず」
「それでケアレ・スミス伯爵か・・・」
「そうだ、老人と子供を引っ張り出して何をしたいんだか、王宮でも困惑している。だが、奴が出て来たんだ、何かやるはずだ」
「お前が聖騎士団を引き連れて護衛につけばいいじゃねーか。それで解決だろうに」
「そうもいかん。奴は私より階級が上でな、でしゃばれんのだ」
「けっ!だから貴族って奴は・・・」
「まぁ、そう言うなよ。そこでな、今私は公式には病気と言う事で屋敷で寝込んでいるんだよ。当然面会謝絶でな」
おじ様は、ニヤッとしながら面白い事を言い出した。
「信用の出来る我が部下達も、続々と休みを申請してどこかに旅立っている。だが、如何せん数が少ない。そこで、お前の力を借りたい」
真っ直ぐお頭の目を見つめ、そう願い出た。
「けっ!てめーに貸す力なんてねえ。だが、聖女様を助ける為になら、力を貸すのもやぶさかではない」
素直じゃないのねぇ、子供みたい。思わず吹き出したら、お頭に睨まれた。
「いいか?お前に貸すんじゃあねえ、聖女様に貸すんだからな!」
「ああ、それでいい。まあ、そんな訳だ、ロッテ嬢ちゃん、又世話になる」
「うん、宜しくお願いしますね。それで、おじ様の方はどの位戦力を見込めますの?」
「そこよ。カーン派の目を誤魔化して抜け出て来るんだから、あまり数は見込めんでな、千って所だな」
「少ないのね、あたし達と合わせて三千ちょっと。相手は十万。すこーし、すこーしだけ足りないですわねぇ」
嫌味満載で言ってみた。だって、あまりにも少ないんだもの、嫌味のひとつ位は言いたいわよ。
「をいをい、嫌味言わんでくれよ。これでも精一杯頑張っているんだぞ」
「頑張りが足りないわ。もう少し頑張って頂けます?」
「いや、頑張れと言われてもなぁ、カーン派に見付かっては意味が無くなる」
「発想の転換よ。思いっ切り見つかる様に出発すればいいのよ。取り敢えず、国軍を二万位、そうだなぁ、イルクートにでも移動させてみたら?」
「さっきも言ったが、カーン派に見付かってしまうではないか」
「それでいいのよ。しっかり奴らに喰いついて貰えばいいのよ。奴らが注目してくれれば、その間にもっと多くの兵がこそっと王都を脱出出来るでしょ?」
「なるほど・・・」
「クーデターが怖いから、あまり王都の兵を減らしたくないのでしょ?だったらイルクートに二万位置いておけば、クーデターが起きた時、外側から挟み撃ちにする事も出来るんじゃない?なんだったら三万に増やして、エレノア様の護衛に回すって言うのも良いのではなくって?」
「しかしなぁ、遠方派遣旅団が黙って居ないんじゃないか?越権行為だとか言い出しそうだぞ?」
「なんか言って来たら、命令が錯綜していて調査中だとでも言って、グズグズして居ればいいじゃん。時間を稼いでいてくれればOK」
「なるほど。そんな手があったのか。早速王都にハトを飛ばして行動に移ってもらおう。こっちも三万も集まれば、蛮族を皆殺しにしてやれるだろう」
「あっ、駄目よおじ様。皆殺しなんて言ったら。こちらにはアナ様がいらっしゃるのよ、アナ様の御前で皆殺しだなんて言ったら、おじ様、首が飛んじゃうわよ」
おじ様もハッと気が付いたみたいで、慌ててアナ様の足元に膝まづき頭を下げた。
「只今の問題発言、部下を束ねる立場の者として有り得ない内容で御座いました、大変申し訳御座いませぬ。どの様なご処分も甘んじて受ける所存に御座います」
ガーランドおじ様は、地面にひれ伏して頭を地面に擦り付けんばかりだった。
だが、アナ様の対応はみんなの予想の遥か斜め上を行って居た為、一同が硬直してしまった。理解が追い付かなかったのだ。
「まあまあガーランド様、お手を、頭をお上げ下さいませ。今のわたくしは聖女では御座いません。聖女はエレノアお姉様ただお一人ですのよ。わたくしは、竜王様の元で特訓をして頂いたお陰で、聖女では無い事が判明致しました。わたくしは、魔法戦士だそうで御座います。ですので、聖女に囚われずに戦士として行動する事が出来るのです」
「ま ほうせんし で御座いますか?して、それはどの様なものなのでしょうか?私の雑な頭では理解が出来ませぬ」
「わたくしも良くは分からないのですが、正義の為、自分の信じるものの為にわたくしが本来持っている力を使うのであるなら、結果として皆殺しも許されるのだそうです。ですので、あまりお気にしないでくださりませ」
「は はぁ」
「竜王様からは、思ったように動きなさいとご指導頂きましたので、思いっ切りやろうかと思っております」
アナ様の思いっ切りって、、、、なんか、怖い気がするのはあたしだけ?アナ様って、歩く天変地異っぽい所があるからなぁ。あの、大噴火の二の舞にならないといいのだけれど。
アナ様、超純粋でいらっしゃるから、本当に思いっ切りやられる前にお止めせねば。今回の任務は、命懸けになるかも・・・。
「純粋と単純・・・紙一重ですからねぇ、、、、おっと、独り言、独り言・・・」
なにやら、ぼそっと言いながら、竜さんがテントから出て行った・・・
あまりにも恐れ多くて、アナ様が単純だなんて事、思っても言っていなかったのに・・・。
その後、王都にはハトで連絡したので、エレノア様の方は任せても大丈夫だろうと言う事になり、あたし達は兵を集めつつランデル平原の南、すなわち南部小国連合との国境を目指す事となった。
南の蛮族との決戦?が刻一刻と近づいて来ているこの時に至っても、あたしは蛮族との話し合いが出来ないものかと試行錯誤していた。
もう、人の死ぬのは見たくないからだが、みんなには、試行錯誤と言うよりも時代錯誤だと一笑に付されてしまった。今どきそんな事考える人は居ないと。
「無駄無駄無駄、話し合いなんて無駄ですよ。そもそも連中とは基本的な思考形態が違うんですから、話し合いになりませんよ。言葉も通じませんしね」
「うちらは、先々の事を考えて行動出来るやろ?やけど、あいつらの頭に中には今しか無いんですわ。明日の事は考えられへんのや。獲物がおったらみな狩る。資源枯渇なんて気にせぇへん。獲物がおれへんようになったら、おる所に移動しぃ、又みな狩る。そうやって今まで生きてきたんや。何言うても通じへんよお」
「今時話し合いが出来るなんて思って居るのは、ノー天気な奴だけだ。そんな事が出来るんなら苦労せん」
「気持ちはわかるが、ロッテ嬢はもう少し世間の事に目を向ける必要があるのう。所詮人と野獣は相容れない物なんだと言う事を理解すべきだのう」
「そうですよ。私達は人道をわきまえているので、戦いで敵方を捕まえても直ぐに殺さないで捕虜にして、機会があれば帰してやったりしますが、彼らは捕まえたら即首を刎ねます。相手に対してのリスペクトなんていうものもありません。負けた者には何をしても良いと言うのが彼らの基本的な考え方です」
「そうですね、彼らには取り引きという概念も見受けられません。彼らが目指す事は、ただ勝つ事。その為には何をしても良いのです。野蛮人と言われる所以ですね」
「あいつらはねぇ、人族と言うよりはゴブリンに近いものがあるんですよ。あいつらの欲は基本食欲、性欲、睡眠欲だけで成り立っていますから」
さんざんないわれ方にあたしは、口が開きっぱなしだった。そんなケモノみたいな国家がお隣にあったなんて、あたしは全く知らされていなかった。
無知、と呆れられても仕方がないのだろうか?
「お嬢様、彼らとの交流は数百年前から試みられておりました。何度も使者を送ったと記録にも残って御座います。ですが、全く話し合いのテーブルに着くことも出来なかったそうに御座います。それで、約三百年ほど前に国境線を設定した当時の国王が、国境線に沿って長大な城壁を構築し彼らからの侵入を防いで来ているので御座います」
ジェイの説明は、簡単で解り易いものではあったが、なぜ彼らはもっと成長しようともしないで、大昔のままの状態で現在まで来て居るのだろう?
成長できない種族?なのだろうか?
「シャルロッテ様、過去の資料を見ますと、現在の彼らの装備は大昔わが国の兵士が持っていた物を接収しそのまま模倣して使って居るそうです。改良とか新たな発想とかは無くただ、劣悪模倣を繰り返しているのだそうです。ですので、我々が現在使って居る最新の武器を彼らに渡さなければ、彼らは古い武器のままずっと居る訳ですので、今後、武器を渡さない事は大事な戦略になってくると思われます」
なるほど、常に優位で居る為にはこちらの武器を渡さなければいいのね。兵には深入り厳禁を徹底させなければならないのか、面倒だわ。
「連中の武器って、そんなに旧式なの?」
「ええ、弓に関して言えば射程が我々の物の約半分、威力も半分以下ですので、奴らがいくら大勢で来たとしても奴らの射程外から安全に一方的に倒せるんです。奴らの武器は全く脅威にはなり得ません」
「そうなのね、だったら人数では多少劣勢でも大丈夫なのね」
「ああ、国境守備隊にも予備兵力を全力で回している最中でな、今現在も続々と増強しているはずだ」
「おじ様?長大な城壁って、現在でも機能しているの?」
「ああ、所々老朽化しておるものの、国境警備隊が警備の合間に日々修理しておるぞ」
「連中は壁を越えて来たりはしないの?」
「うむ、不思議な事に壁に沿って歩くだけで、壁のこちらには興味は示してこなかったんだよ」
「それが、なんで急に興味を示しだしたのかしら?」
「そりゃあ、ランデル平原に大型食肉獣が集まってきつつあるからだろう」
「じゃあ、なんで彼らはその事を知っているの?我が国を偵察してたって事?」
「いや、奴らにそんな組織はないし、偵察なんていう発想なんか無いはずだ」
「だったら、ランデル平原の事は知らないはずなのでは?」
「う、確かに、、、そうか。じゃあ、何故知っているのだ?」
「誰かが、故意に情報をリークしたのでは?。国内を混乱させる為に」
「ううううううむ・・・」
「おじ様?大至急奴らの武器を調べた方がいいかも」
「何故だ?」
「もし、情報をリークした奴らが、情報だけでなく、武器も渡していたら?もし、あたし達と同等の武器を持って居たら、人数の劣勢もあって、戦いは圧倒的に不利になるかも知れませんわ」
「わかった、直ぐに調べさせよう!」
そう言うと、おじ様はテントの外に走って行った。
「お前、とんでもない事を思いつくなぁ」
「とんでもないのは、情報をリークした奴でしょ?」
「ああ、そうだな。やはり、、、、あいつか?」
「他に誰が居ます?」
「ちげーねーや」
お頭は、いつもの様に頭をボリボリ掻きながらテントを後にした。
アナ様は、両手を胸の前で握りしめ、不安げにあたしの事を見ていらっしゃる。
「シャルロッテ様、大丈夫なのでしょうか?」
「そうですねぇ、基本は壁の向こうとこっちの戦いとなりますので、アナ様の出番は無いものと存じております」
心配させてもしょうがないので、当たり障りのない事でその場は誤魔化した。
そして、翌日になると状況が大きく動き出した。