78.
それは、ひょこひょこと足を引きずった一人の男と、取り囲む様に歩く六人の少女達だった。
更に言うと、少女達はその男をど突きながら歩いて来るではないか。
まずい、まずいよ、そんな事したら・・・。
ああっ、又殴っている、ああ、蹴りも出た。辞めさせなくっちゃ。
あたしは、駆け出して行った。
「ポーリンっ、何やってるのよおぉ!」
そう、この集団は、ポーリン達とイシワータ商会の大先生だったのだが、いったいどういう組み合わせなのだろうか。
と言うか、大先生生きてたんだ。なかなかしぶといのね。
「姐さ~ん、喜んでくださ~い、みな解決ですわ。全部こいつのせいやったでぇ」
あ、又尻に蹴りを入れてる。
「姐さん、これ」
ポーリンが差し出して来た物は・・・。間違いない、あたしのレイピアだ。
「ど どこにあったの?あたしのレイピア」
もうビックリだわ。行方不明だったのに、どこから出て来たのか?何でポーリンが持っていたのか?
頭の中は、??????だらけだった。
「大先生が持ってましたわ。エライ事になるから抜くなよって言うておる傍から抜いては振り回しとるから無理やり奪い取りましたわ」
「それで、あいつら鞘から抜く度に復活しては、鞘に収められてばらけていたのかぁ。納得したわ。そうか、すっかりレイピアの事は忘れていたわねぇ」
あたしは、しみじみと手の中にある諸悪の根源のレイピアを見つめた。
そして、ポーリン達にど突かれてボロボロになった大先生を見た。
「こいつ、抜くなーっていったら、『抜いたんでは無くて抜けただけだもん』なんて言うさかいに、腹が立って、腹が立って」
「そうですよ!こいつが悪いのじゃないのはわかってるんですけど、言い訳が腹立たしくて」
ほんと残念な人なのね。
本当なら、人類の危機を救ったんだから、英雄として賞賛されてしかるべきなのに、こんなにボロボロにされるなんて・・・。
どうやら、ポーリン達が見つけた時は鞘に入れて持っていたから、絶対に抜くなよって声を掛けてしまったのだとか。
声を掛けられた大先生は、『へっ?』と一言発すると、何を思ったのか、いきなりレイピアを抜いて振り回し始めたので、みんなで取り押さえて奴の手から奪い取ったそう。
その後も、隙を突かれてはレイピアを取り戻されては鞘から抜いて振り回し、を繰り返していたそうだ。
なるほど、それで腹が立ってあんなにど突いていたんだ。自業自得って訳なのね。
それにしても、これだけ殴られているのに、なんで懲りずにあのレイピアを抜くんだろう?
そこで、ふと気になった事があった。
「ねぇ、ポーリン。あんたさあ、何度も奪い返されたって言うけど、そんなにぼーっとしていたの?あんなおっさんに奪われる程とろくは無いでしょうに」
「あ・・・え・・・その 何故なんだか、わからへんのですわ」
ん?ポーリンらしくない歯切れの悪さねぇ。どういう事?
「恐らく、彼もそれなりの異能者・・・なのでしょうね。攻撃でも無く守りでもない妙な所に特化した異能者。だから、あのカエル事件の時も金縛りにならなかったのでしょう」
竜さんは冷静に分析しているが、役に立たない能力に特化した異能者ってなんなの?
「いや、役に立たなくはないぞ。恐らく無意識なんぢゃろうが、あ奴の欲望にそった能力なのぢゃろうな」
「欲望に?」
「うむ。欲望毎の能力が有るのか、欲望が起こる度に対応する能力が発生するのかはわからんがな」
「な なんていい加減な能力なの?」
あたしは驚いたのだけど、ポーリンは違う感想の様だった。
「ほんま、やつにぴったりな、いい加減でむかつく能力やわ」
吐き捨てる様に言うその言い方に、奴に対する気持ちが表れていた。
よっぽど腹立たしいんだろうなぁ。
当の本人は、顔をパンパンに腫らしていて痛々しいはずであるのだが、どうにも見ていて同情出来る雰囲気が感じられない。何だろう、これが奴の人となりなのだろうか?
だが、今はそんな事はどうでもいい。
ひょんな事からあの難敵、大巨人の首根っこを摑まえる事が出来たのだから、ここは手をこまねいて居る訳にはいかない。
あたしはレイピアを握りしめ、子供竜王様の元へ走った。
「竜王様っ!」
子供竜王様は、竜さんと何やら話し込んでいたが、あたしの声を聞くと、笑顔を向けてくれた。
「ほっほっほっ、お主の用はそのレイピアの保管についてぢゃろ?」
えっ!?なんでわかったの?
「シャルロッテ殿、今竜王様と話していたのですが、そのレイピアは竜王様の元で厳重に管理した方が良いのではという事になりまして、いかがでしょう、竜王様にお預けになりませんか?」
竜さんは、あたしの言いたかった事を全て言ってくれたので、もうあたしの言う事は何も無かった。
あたしは、子供竜王様に向かって深々と頭を下げた。
「実は、その事をお願いに参ったのです。竜王様からのお申し出、願っても無い事でございます。ぜひ、厳重に保管をして下さい。宜しくお願い致します」
「ほっほっほっ、安心してこの爺に任せておけば宜しい。厳重に保管しておいてやるわい。それぢゃあ、一足先にお山に帰るとするかの。何かがあった時の為にこ奴を置いて行くから、仲良くしてやってくれ」
「えっ?でも、そんなにして貰ったら・・・」
もう、大巨人の心配も無いのに、かえって申し訳けないんだけど・・・。
「遠慮するでない。ほれ、何と言ったか、あの変態異能者、あ奴の所在も知れんのぢゃろ?念には念を入れてぢゃ」
そう言うと、子供竜王様はニャッとした笑顔を残してふっと姿を消してしまった。
「はやっ」
でも良かった。これで何も心配はなくなった。もう、あんな人外のバケモノの相手をするのは真っ平だわ。
これからは、アナ様の護衛をしつつ、ベルクヴェルクで剣の道に精進する毎日を送れる。
その時は、漠然とそう思って居た。
その後、ベルクヴェルクに着くまでは、大きなトラブルはほぼ起こらず平和そのものだった。
久々にのんびりと、まるで休暇に旅に出ているかの様だった。
街道を行き交う人々もだいぶ戻って来たみたいで、かなりの旅人が見受けられる様になって来た気がする。
あたし達は、久々に平穏な時間を楽しんで居た。
だが、平和を謳歌出来て居るのはほんの一部の人達だけで、多くの人々はいまだに食糧難に苦しんでいる。
もちろん、あの火山の噴火の影響だ。
野菜は勿論の事、主な食用肉であるワイルドボアーとアサルトバイソンそして大量の肉が採れるマイルドベアーが生息域を変えてしまい、現在肉の流通が滞っているそうだ。
あたし達は、アナ様の御威光のお陰で、比較的食料の入手に不自由は無い様だったが、それでも現場は大変であろう事は想像に難くなかった。
ああ、そうそう、その潤沢にある食料を巡って不幸なと言うか不思議な事件が起こったのを忘れてた。
その日、朝起きると食料を積んだ馬車の周りで見知らぬ男達が干し肉の入った麻袋をしょった状態のまま転がっていた。
そう、外傷も無く、眠る様に転がっていたのだ。
「もし、もーし」
ミリーがしゃがみ込んで、倒れて居る男を木の枝で突いている。だが、当然の様に動かない。既にこと切れて居たのだから。
この男だけでも十分に異様なのだが、先程書いた通り 男、でなく男達なのだ。
周りを見ると、他にも二人、同じ姿勢で転がって居たのだった。
起きて来たみんなは、周囲の状況に唖然として遠巻きに見下ろして居るだけだった。
「食料ドロか。せこい事してやがるから、こんな事になるんだ」
お頭は、足で亡骸を転がしながら、そう呟いて居るが、お頭達もやってたよね?
あ、あたしの視線に気が付いて、こそこそと逃げて行ったし。
しかし、なんで、みんな食料をしょったまま息絶えているんだろう?
みごと獲物の奪取に成功しているのに、何故逃げ損ねたのか、、、謎だ。
唯一の外傷は、額の打撲痕のみだそうだが、検死をした者の話しでは逃げ出す際に躓いたが手を付かず額から落ちたのだろうとの事。
だが、何故手を出して頭を守らなかったのだろう?それも、三人そろってだ。実に不思議な出来事だった。
その後は、幸いにも何も起こらずベルクヴェルクに帰って来る事が出来た。
戻って直ぐにベルクヴェルクの中央情報処理センター内にある情報調査室に向かうと、調査室室長のトッド・ウイリアムスがニコニコと出迎えてくれた。
揉み手をしながら、ニコニコ顔で出迎えるその姿は、怪しさ満点なのだが、仕事は出来る様なので頼りにしている。
「これは、これは、シャルロッテ様、お帰りなさいませ。そして、任務終了おめでとう御座います!」
その笑顔からは、何を考えておるのか、推しはかり難かった。
「挨拶はいいから、状況を報告してちょうだい」
あたしは、時務的に報告を求めた。
トッド室長は、手に持った書類の束をめくりながら、ぼつり、ぼつりと報告を始めた。
「そうですね、まず、ラムズボーン要塞付近で見られた物流の異常な流れは、泥巨人の騒ぎに紛れてきれいさっぱり消え去ってしまいました。捜査に当たっていた関係各所の人員は成果なしと言う事で、全て引き上げた模様です」
そっか、十分怪しかったんだけど、しょうがないか。
「泥巨人撃退につきましては、どこからか謎の剣士が現れて退治したと言う発表が国王様よりなされまして、王都では、現在盛大なお祭りになっているとの事ですね」
「なっ、なんでええ?奴を退治したのは・・・・」
「ま、ここんところ悪いニュース続きでしたから、明るいニュースも必要と考えた政治的パフォーマンスなのでしょうね」
そりゃあ、国民の事を考えると明るいニュースが必要なのはわかるけど、、、なんか、もやもやするわあぁ。
「シャルロッテ殿は、食肉用の動物の捕獲量が危機的なほど減っている事はご存じでしょうか?」
「ああ、あれでしょう?ワイルドボアーとかアサルトバイソンやマイルドベアーがどこかに移動しちゃったて話しね」
「はい、ですがただ単に移動してしまったという簡単な話しではないのですよ。噴火のせいで植物が壊滅的な打撃を受けてしまい、彼らの餌が無くなってしまったのです」
「マイルドベアーは肉食のはずでは?」
「彼らの餌である小動物が食べて居るのは、植物なのですよ。植物が無くなれば、小動物が飢えてしまいます。小動物が減ってしまえば・・・ベアーも餌がなくなります」
「そっかあ、それで餌を求めてみんな移動して行ったのね」
「はい、現在国内で採取出来る動物資源は、噴火前の半分以下になっており、今後さらに減って行く事が予想されます」
「なんか手立てはないの?」
「このまま、植物も動物も減ってしまい食料危機になれば、国民の他国への流出は避けられない状況となります。王都においても色々と会議が開かれている様ですが、即効性のある対策は見付からない様子です。鷹派の連中の中には、近隣の諸国に攻め入って食料を調達すべし、と言う者も出る始末で議会もかなり紛糾しているみたいです」
「そんな・・・」
「南方諸国も、そんな気配を察したのか、国境守備隊を増やしたとの報告もあります」
な なんて事なの?そんな事になっているなんて・・・
「駄目よ!戦争は絶対に駄目!なんとか交易で食料を確保しないと駄目だわ。父上だって、そんな事お認めになるはずないわっ!」
すると、トッド氏はふーと大きく溜息を吐いた。
「政治と倫理は別物なのですよ。人としていけない事だとわかっていても、国民の為となれば容認されてしまう、それが政治なのです。そうならない為には、食料をなんとか確保せねばなりません」
「確保、、、出来そうなの?」
「まず、現状では満足する量を即日確保するのは不可能かと。購入するにしても、国民みんなに行き渡らせるには時間が掛かりましょう。それまでに飢える国民が大勢出てしまいます」
その時、地上からの通路を通ってばたばたと走って来る足音が聞こえ、やがて人影が調査室に入って来た。
それはアンジェラとジュディだった。
二人の顔は半分引きつっていた。
「報告致します。パレス・ブラン(白の宮殿)からの極秘情報です。エレノア様が、聖女様が 御出馬なさります」
それは、全くの寝耳に水の情報だった。
その場に居た全員が、固まってしまい言葉も発せない状況だった。
一体何が起こっているのだ?
エレノア様が・・・御出馬?