77.
あたしが意識を取り戻した時には、全てが解決した後だった。
あたしは、アナ様の膝枕で目を覚ましたのだが、状況が理解出来ずに困惑していた。
キョロキョロ辺りを見回すと、大巨人は既に消え去っていて、影も形も無かった。
そして、その後ベルクヴェルクへの帰り道に現れたのは、本来なら人類を救った救世主として、賞賛されてしかるべきはずなのに、何故か顔をパンパンに腫らして涙を流す意外な人物だった。
時間を少し遡ってみよう。
ここからの話しは、みんなから聞いた内容を、あたしなりに纏めたものなので、勘違いや変な思い入れがあるのは勘弁して欲しい。
あの時、あたしは何も考えてはいなかった、、、と思う。なんとかしないといけないとの思いで無駄だとはわかっていたが無我夢中でレイピアを抜き気を込めて居た。
そこに竜さんが力を添えてくれて、あたしは全力で気をぶっ放したんだ。
アナ様の一撃ですら跳ね返されたのだから、普通に考えてあたしの一撃など、蚊に刺された様なものなのは十分分って居た。
分かっていたけど、あの時のあたしは行動に移さずにはいられなかった。でもね蚊をばかにしたらいけない。結構蚊に刺されるのって鬱陶しいんだぞ、痒くて痒くて。
あたしの渾身の一撃に、ポーリンの一撃が加わって、しょぼい一撃が大巨人の胸に突き刺さった。
当然、そんなもの巨人にとっては何の脅威でもなく、簡単に跳ねっ返されてしまうものと、誰もが思った。
だが、なぜか実際にはそうにはならなかった。
大巨人の胸に突き刺さった一撃は、奴の胸に大きな風穴を開け、突き抜けてそのまま大空の彼方に消えて行った。
その瞬間、その場に居た全員が驚いて居たのだが、その中でも一番驚いて居たのは、、子供竜王様だったらしい。
目も口も目一杯開いて、そのまま凝固していたのだそうだ。竜さんに「竜王様、威厳が・・・」と言われる程には驚愕していたとか。
胸に風穴を開けられた大巨人は動きを止め、やがて轟音と共に崩れていき辺りはもうもうとした砂塵に覆われ、視界が戻った時にはそこには大巨人の姿はすっかり無くなって居たとの事だった。
何が起こったのか理解が追い付かず、みんなして呆然と立ち尽くして居るというのが、今の状況だそうだ。
そりゃあそうだよね。死を覚悟する様な極限状況から、一瞬にして開放されたのだから、頭が混乱するのも無理はない。
聖騎士団のみんなも、ぼうっと立ち尽くしたり、へたり込んでいたり、何やら一人で笑って居る人も居る。
アナ様のお膝の上から起き上がったとたん、子供竜王様と目が合った。
「子供竜王様、一体何が起こったのでしょう?どう考えてもあたしの一撃がアナ様の一撃よりも威力があったとは思えません。それなのに、なんで?そもそもあの大巨人は死んだのでしょうか?」
「儂に言える事は、ただ一言だけぢゃ」
「ただ一言ですか?」
「うむ、、、、、只一言 わからん!!!」
思いっ切り、みんなこけてしまった。
あ、竜さんのこめかみが、ピクピクしてる。怒っている?
「お主の一撃などアナ嬢のに比べたら、ハッキリ言ってへみたいなもんぢゃよ」
「そんなにハッキリ言わなくても・・・」
そんな事言われなくても自覚しているけど、面と向かって言われると傷つくわぁ。
「でも、、、でも、それなら何で、へ みたいなあたしの一撃で倒れたんですか?おかしいじゃないですか」
あたしらしくなく、いつも温厚なあたしらしくなく、いつも冷静なあたしらしくなくムキになって噛みついてしまった。
竜さんがしらーっとあたしを見ているが、今はどうでもいい。
「お主の一撃で倒れたとは思えんのぢゃ」
「どうしてですかっ!?」
「お主は、、、、倒せる顔をしとらん。それだけぢゃ。深い意味はありゃあせん」
「ひどーいっ、顔で倒すって言うんですかあぁっ!?」
「そうぢゃ、英雄には英雄の顔というものがあるのぢゃ。お主には、それが無いのぢゃ。考えてもみよ、過去の勇者はみなが美男美女ぢゃ。それに比べてお主は、その他大勢の顔ぢゃ。それだけぢゃよ」
隣で竜氏が小さく頷いている。ひでーや、ひでーや。
「俺もそう思うぞ。どうも納得がいかん。あんだけ手を焼いた奴が、あんなにあっさりと倒されるはずがない!」
あ、お頭までそういう事言う?裏切りだあぁぁぁ~。
「大丈夫や、うちらは姐さんが倒したって信じとる」
ぽーりぃ~んんん、あんたらだけだよ、分ってくれているのは。
「群衆の前に立つ時は頭から布かぶればええだけやん」
「代役を立てる方法もありますよ・・・」
お おまえら・・・一瞬でも感動したあたしが馬鹿だった。
「わかっている事は、今現在、奴の活動は完全に停止しているって事だけぢゃ。全く気配すら無い。これが生き物ぢゃったら死んだと表現してもいいのかもしれん」
周りを見回すと、あちこちで当初の衝撃から立ち直った聖騎士団の騎士達がよろよろと立ち上がろうとしている。
今回、懸案となってた事案は、これにて終了 で、いいのかな?何か忘れている気がするんだけど・・・
身支度を整えようとしているガーランドおじ様を発見したので、あたしは急いで駆けて行った。
「おじさま、任務終了って事でお帰りになるのですか?」
ふいに声を掛けられたので、驚いて振り返ったおじさまには、あたし達に合流した時の颯爽とした面影は無く、すっかり疲れ切った中年になってしまっていた。
無理も無い、有り得ない事態の連続だったのだもの。
「もう、終わったのだろう?奴はこの通り土に戻ったし、もう俺達に出来る事はないから、このまま帰って王都で報告をするさ。今後は内勤に専念する事にするよ、もう疲れたよ」
そう言うと、荷物を纏め始めた。
「ああ、王都での凱旋パレード用の替え玉は、とびきりの美女を用意しておくから安心してくれ」
「・・・・・!!!」
おじ様まで、そんな事を言うか・・・・
やっと強敵を倒したって言うのに、なんか心がもやもやするうぅぅ~。
みんなして、みんなして、みんなして、、、、、、
そりゃあ、あたしは日焼けで真っ黒だし、お転婆だし、美人っていう人種からはほど遠いのは十分自覚しているわよ。でも、みんなして言わなくたっていいじゃない!
あーっ、むかむかするうぅ~。
「あのお、お嬢様・・・」
「美女で無くて悪かったわねっ!!」
恐る恐る話し掛けて来たジェイに、反射的に怒鳴ってしまった。本当に反射的だったので、自分でも驚いてしまった。
当のジェイは、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしてビックリしている。
「ご ごめん。つい・・・」
「いえ、お気になさらず。ただ、旅支度とかございますので、この後はどちらに向かいますのかお聞きしたく・・・」
「ああ、そうね。あくまでも、あたしはアナ様の護衛だからアナ様に付き従って行くつもりよ。だから恐らくベルクヴェルクにお戻りになるんじゃあないかしら?」
「なるほど、そうなので御座いますね。では、その様にお支度を進めて参ります」
そう言うと、ジェイは離れて行った。
やがて、ガーランド率いる聖騎士団の面々は、疲れた足を引きずりつつ王都への帰路についた。帰り際、みんなが手を振って挨拶してくれた時は、胸にこみ上げるものがあった。ま、みんなが挨拶したのはアナ様だったろうけどね。
あたし達はというと、アナ様の御意向により、護衛しつつベルクヴェルクに帰る事になった。
メンバーは、あたしとアナ様、ポーリン達六人とジェイにタレス少尉。お頭を始めとする『うさぎ』のメンバー、そして、何故か子供竜王様と竜さんも居た。
どうせ行先は一緒なんだから、付いて来るそうだ。要は暇なんだなと思った。ま、一緒に居てくれれば安心だからいいのだけど。
他には荷物持ちでイシワータ商会の通称大先生が居たのだけれど、戦いのどさくさで居なくなってしまった。きっと、ぼーっとしているんで踏みつぶされたのだろう、特に問題はなかった。
ちなみにポーリン達六名は、何かを感じたと言って、さっき駆け出して行ったので、今は居ないが、彼女達の事は信頼しているので、その内帰って来るだろうと思って居る。
絶体絶命の危機を辛くも脱したあたし達の馬車の隊列は、ひたすらベルクヴェルクに向けて進んでいた。みんな歩廊困憊の為、黙って揺れに身を任せていた。
そんな時、周囲を警戒していた、『うさぎ』の一人が警戒の声を発した。
「お頭ぁっ!!なんか変ですぜ?また空が暗くなってきやしたぜっ!」
はっとしたみんなが飛び起き、空を見上げると確かに青空であるのに、なんだかその青がくすんでいる。この感じ、まさか・・・。
「お嬢っ!この感じ、あの大巨人が現れた時と同じじゃないですか?」
アウラも空を見上げながら眉間に皺を寄せる。
確かに、この感じは覚えがある。だが、奴は死んだのではないのか?
不安になってお頭を見るが、お頭も困惑した顔で上空を見上げている。
完全に死んだと思っていたのに死んでいないのなら、もはやあたし達になす術は無かった。
「お主、又こいつを呼んだのか?」
子供竜王様、なんでそんな酷い事言うかなぁ。
「あたしは、呼んで い ま せ んっ!!!」
だが、そう言うあたしの言葉を否定するかのごとく、上空から奴が降って来た。そう、あの二度と見たくないちびっこ泥人形が。
そして、着地するやいなや、合体を始めている。気のせいか、前回より合体速度が早くなっている気がする。
どうする?このまま戦うか?逃げる事に専念して馬車を走らせるか?
アナ様を見ると、逃げる事を選択した様だった。
「逃げましょう!」
アナ様の声を合図に、隊列は全力で走り出した。
だが、走り出して直ぐにその速度が鈍ってきた。
「おい、先に進む程泥人形の密度が濃くなってねえか?」
お頭が訝しげにそう言うと、馬車の隊列はゆっくりと停止した。
前方を見ると、等身大の泥人形が何体も立っているのが見える。待ち伏せ?
「おいっお嬢、お前の得意の奴であいつら薙ぎ倒してみろや」
お頭はいつも簡単に言ってくれるけど、気を集中するのって、傍から見ている程簡単じゃあないんだからね。
仕方がないので、あたしは馬車から降りて気を練る準備を開始した。
半分位気を練った時だったろうか、突如、泥人形が崩れ出した。
あれよあれよと言う間に元の砂塵に戻っていった。そして上空からは細かい砂粒が雨の様に降り注いで来て、あたし達は馬車の中に逃げ込んだのだった。
ざーっという砂が幌を叩く音がしばらく続いたと思ったら、突如静かになった。
恐る恐る幌から顔を出して、上空を見るとそこは良く晴れ渡った青空が広がっていた。
なんだったんだ?今の出来事は一体何だったんだ?
無駄を承知で、子供竜王様をみたが、予想通りだった。
「一時的に復活した様ぢゃったが、、、わからん」
なんで復活したのかがわからないと、今後困った事になってしまう。なんとか解明しないと。
そして、何で再び消え去ったのか?それさえ解明出来れば今後の奴に対する決定打になるだろう。
その辺の事は情報調査室のトッド室長に頑張ってもらう事にしよう。
あたし達は、再び馬車や馬に分乗して出発する為にそれぞれの所定の位置に向かおうとした。
その時だった。突如、足元の砂、、、つまり泥人形の成れの果てがうぞうぞと振動を始めたのだった。
あたし達は恐怖した。また、活動が始まるのか?
戦々恐々とした眼差しで見つめていると、想像通り奴らは合体を始めた。
だが、今回は活動再開後すぐに活動を停止して、土くれに戻って行った。
な 何がしたかったんだ?
あたし達は、暫くの間泥人形の残骸を見やっていた。
アウラは剣の先で足元に広がる土くれを突っついている。
あたしは、アナ様の元へ今後の指示を貰う為に駆け寄った。
「アナ様、どうしましょう?このまま行ってしまっても良ろしいのでしょうか?」
「あの方々は、一体何をなさりたいのでしょう?私には解りかねます。老師様はどの様にお考えなのでしょうか?」
あ、子供竜王様、今一瞬嫌そうな顔をした。あたしの目は騙されないわよ。
「あ~、う~、まあそうぢゃな、好きにするとええぢゃろう。どうせ、考えてもわからんからの」
我が道を行く子供竜王様だった。あてになるんだか、ならないんだか、相変わらず得体の知れない爺さんだわ。
「じゃあ、悩んで居てもしょうがないので、行きましょうか?」
と言うあたしの声を待っていたのではないのだろうけど、又足元がざわざわしてきた。
「えーっ!またあ?なんなのよおおぉ」
だが、今回のは一瞬だけで直ぐに収まって静かになった。
もう訳がわからない。頭の中がグルグルして来たが、この後、思わぬ事でこの泥人形の謎が解けたのだった。
「お嬢様、誰かがやって来ます」
ジェイの声に前方を注視すると、数人の人が歩いて来るのが見えた。