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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
76/172

76.

「ううむ、何とした事ぢゃ。吸収?いや、受け流したのか?」

 子供竜王様の顔は、理解出来ないといった感じだった。

「アナ嬢よ、今のは全力だったのか?」

 両手を膝に置き、顔だけ子供竜王様の方を見上げ、肩で息をしながらアナ様は答えた。

「はい、私の現在持てる力を全て込めました」

 そう答えたアナ様の顔色は、やや青ざめていた。


「そうか、儂が動けん現時点で、最大の攻撃力を持ったアナ嬢ですらこれぢゃからのう。もはやなす術も無し、と言った所かのう。のう、そなたはどう思うよ?」

 子供竜王様に話を振られた竜氏は、しばらく思案気に腕を組んで考えていたが、ぼそっと一言だけ発言した。

「お手上げ、、、ですな」

「そうか、そうだよなぁ。ここに居ても出来る事がないんぢゃ居てもしょうがないのう。と言う事で儂ら山に帰ってもいいかのう?」

 真っ直ぐあたしを見つめながら、有り得ない事を言って来た。

「ちょ、ちょ、ちょ、何言ってるんですかっ!今帰られたら困りますって!!」

「ぢゃがのう、儂らが居ても何もできんぞ?そもそも、人族がしでかした事なんぢゃから、人族で始末をつけるのが筋ってもんぢゃろう。違うか?」

 言って居る事は、筋が通っているのだが、それは人族の滅亡をも意味しているのだから、素直に聞く訳にはいかなかった。

「我々も座して滅亡を待つ訳にはいかないのです。世界を司ると言われる偉大なる竜王様になら、何かしらの方法があるのではないのですか!?」

「そうは言われてもなぁ。せめて氷の魔法を使える者が居れば、凍らせた後衝撃を与えて破壊するって方法もあるのぢゃが、そもそも砂だか泥だかにそんな事が通用するとも思えんしなぁ。正直手詰まりぢゃよ」

「竜王様の仰られる通りですな。この大巨人もそろそろ動き始めるでしょうし、もはや打つ手はございませんな」

 竜氏も、もはや諦めムードだった。


「聖女様の力がもっと上がっても、無理なのか?」

 苦虫を嚙み潰した様な声でお頭が呟いた。

 子供竜王様は鋭い眼光で大巨人を睨みつけたまま、微動だにしなかったのが、お頭の方に向き直り重々しく口を開いた。

「気が付いてしまったか・・・」

 みんな、子供竜王様の言って居る言葉の意味が分からずどよめいて居る。

 気が付いたってどういう事?まだ方法があるのに黙っていたって事?あたしは、頭の中が混乱して来た。

「そんな馬鹿な考えは捨てた方が良いのぢゃないかの?」

「!!!」

「竜王様っ!どういう事ですか?まだ打つ手が有るって事なのですか?」

 あたしは、思わず叫んでしまった。

 子供竜王様の目がちらっとこちらを見たが、その目は背筋が凍るほど怖かった。

「無い事も無い」

 子供竜王様は、はっきりと、しかし重々しくそう言った。

 辛そうに見えたのは、気のせいなのだろうか?

 打つ手が有ると言われて、飛び上がって喜んでいいはずなのだが、何故か喜べる雰囲気ではないのは何故なのだろう。この先の事は聞いては行けないと、心の中の何かが叫んでいる様な気がした。


 誰もが何も言えずに居たのだが、とうとうお頭が踏み込んでしまった。


「竜脈・・・か」


 竜王様は、肩をすぼめ、目をつぶり、ゆっくりと頭を横に振りながら話始めた。


「この事に気が付く人間が居るとはのう。いかにも、竜脈の力を借りれば今ある力を数倍に底上げする事は出来るぢゃろう。ぢゃが、底上げしたからと言って、奴に効果が有るかどうかは未知数ぢゃ。危険が多すぎる」

「だが!このままじっとしているよりはいいだろうがよ!」

 子供竜王様が大きく溜息を吐いた。

「確かにのう、今、アナ嬢に反撃の為に竜脈の力を使われたとて、儂が完全復活するのが数百年遅くなる程度の影響しかないので、特に問題はなかろう」

「だったら・・・」

「ぢゃがの、使った本人に対する負荷ははかりしれんぞ?今の全力の力で効き目がなかったのぢゃからな、相当の竜力を注ぎ込まねばならんぢゃろうて。そうした場合な、力を使った本人はその反動を受ける事になろう。良くて廃人、まあ、ほぼ即死ぢゃろうな。考えてもみよ、本来竜力の力というものは、我々竜族の者が使う力な訳であって、ちっぽけな人族ごときが耐えられるものぢゃないのぢゃからな」

「・・・そんな・・・!なんとかならないのですかっ!?」

「今言った通り本来、人族程度の存在が使って良い力ではないのでな。これはどうしようもない事ぢゃ」


 一瞬、なんとかなるかもと、その場が沸き立ったのだが、まるで葬式の様な重苦しい雰囲気になってしまった。

 僅かの、それも不確かな可能性の為にアナ様を犠牲になんて出来る訳が無いのは皆理解していた。

 だが、当の本人だけは違っていた。

 ひざに手をついて、ぜいぜいと大きな息をしていたアナ様だったが、剣を握りしめ立ち上がった。

「老師様。私に、、、出来る事が、、、あるのなら、、、それは私の使命です。どうぞやり方を御指南下さいませ」

 アナ様に懇願された子供竜王様が珍しくタジタジになっている。


 ドンっ!!


 突如地響きの様な音が轟いた。音の方を見るとお頭が四つん這いになって地面を叩いて居た。


 ドンっ!! ドンっ!! ドンっ!!


 続けざまに地面を打ち付ける音が響く。

「くそうっ!!俺にもあんな力があればっ!!あんな力を使いこなせるんだったら!!」

 その目には涙が溢れていた。よっぽど悔しかったのだろう。

 自分に異能の力があったなら、自分の力でなんとか出来たのにと言う悔しい思いが伝わって来て、見ているみんなも目に涙を浮かべて居た。


「アナ嬢、やるのか?本当にやるのか?命の保証はないぞ?」

 困った顔の子供竜王様は眉尻を下げてアナ様を見上げながらそう聞き返した。

「はい、命は産まれて来たその時から、マルティシオン神に捧げて参りました。皆様のお役に立てるのでしたら、喜んでこの命を捧げましょう。何も迷いは御座いません」

「そうか、、、そこまで覚悟が出来ているのなら、もう何も言うまい」

 がっくりと肩を落とした子供竜王様は、目をつぶると精神を集中し始めた。

 手塩にかけた愛弟子を死地に送り出すのは、竜王様にとっても辛いのだろう。


 当然、アナ様を取り囲み見守っているみんなも何も出来ない悔しさともどかしさとで、涙を流している。

 地面に膝まづいて、両手を合わせ涙を流しながら、経典の合唱が始まった。

 最初は、一人の読経だったのが、二人、三人と次第にその数が増え、気が付くと大合唱になって居た。

 合唱とすすり泣きと、何も出来ない不甲斐ない自分をアナ様に詫びる声とが入り混じり異様な状況になってきていた。


 その時だった。突然目を開けた子供竜王様が皆の方に向き直り一言叫んだのだった。


「今、何と言った!!」


 みんなは何が起こったのか状況が呑み込めず、一瞬でその場に静寂が訪れた。

「お主かっ!?お主じゃな?今何と言ったのぢゃ」

 突然叫びながら、人波を掻き分けて子供竜王様が目の前にやって来たものだから、お主と呼ばれた聖騎士団の兵士は驚愕していた。

「今、何と言ったのぢゃ」

「あ、、あの、、え、、それは・・・」

 その男は突然の事にしどろもどろになってしまっていた。

 おまけに、両肩を掴まれ、子供ちは思えない強大な力で前後にぶんぶんと振られたものだから、すっかりパニックになってしまっていた。

「じ 自分に ち 力さえあればと・・・」

「その後ぢゃ!」

「あ・・・せめて、あの 身代わりになれれば・・・・と」

「それじゃああっ!!その手があった。そうだ、そうだ、その手があったわ。儂とした事がすっかり失念しておったわ。お主、ナイスぢゃ!」

 り 竜王様・・・どこでそんな言葉を・・・


 くるりと振り返った子供竜王様はアナ様の元へと戻って行き、アナ様に告げた。

「アナ嬢よ。そなたは、まだここで命を落としてはならぬ存在ぢゃ。確認の為にもう一度聞くが、竜脈の力を使う決心は揺るがぬのぢゃな?」

「はい、老師様。もう決めた事に御座います」

「そうか、お主は頑固ぢゃからな、聞くまでも無いと言う事ぢゃな。それなら、本来はこの様なやり方は好かんのぢゃが背に腹は代えられぬので、お主らに問う。自らを犠牲にしてもアナ嬢を助けたいか?」

「老師様、いったい何を・・・」

「お主は黙っておれ。竜脈の力を使うなら、これしか方法は無いのぢゃ。竜脈の力を人が許容出来る限界以上使うとなれば、その反動は使った者に帰って来る。ぢゃが、その反動を他の者が代わりに受け止めれば、アナ嬢は助かる事が出来るかもしれん。どうぢゃ者共よ、アナ嬢の代わりに反動を受け止める勇気の有る者はおるかの?」

「おう、竜王さんよ。何人居れば受け止められるんだ?」

 身を乗り出す様にお頭がずいっと前に出て来た。

「それは、アナ嬢がどこまで竜力を引き出せるかにもよるが、大勢居れば居るだけ助かる可能性は高くなる・・・としか言えんな。これは儂にも未知数の事ぢゃでの」

「なるほど、俺らが盾になればいいって事なら、話しは簡単じゃねえか。なにも考える事もねえだろうよ。その盾、俺がやってやるぜ」

「な なりません!その様な命を粗末にする事はマルティシオン神もお認めにはなりません」

 焦ったアナ様がお頭の元に駆け寄った。

「へっ!別に俺は神なんて信じてねーから、認めようが認めまいが関係ねーんだよ。悪りぃがな、俺の命は俺のもんだ。俺が納得する様に使わせてもらうぜ」

「ムスケルにだけ良い恰好はさせられませんな、私も栄光有る聖騎士団の副団長として黙って見ている訳にはいかない。部下に対して示しもつかんのでな。騎士団の名誉の為にも盾に名乗り出ましょうぞ」

 その言葉を合図の様に、聖騎士団の面々が皆立ち上がった。

「「「「「我々も微力ながら盾になりましょうぞ!!」」」」」

 あたしとポーリン達以外がみな参加を申し出てしまっていたのだろうか。

 こうなったら、あたしも黙ってはいられない。

「あたしも参加するわ。ポーリン達はまだ幼い。こんな事に参加する必要はないわ。あなた達はあたし達の戦いを後世に伝えて頂戴ね、頼んだわよ」

「姐さん、あかんでー、うちらも一緒に行くよー」

 泣きながらポーリンがしがみついて来た。

「そうで御座いますよ。ここはみんなで乗り切りませんと。余命僅かなこのおいぼれも参加致しましょう。居ないよりはいいでしょうからね」

 ジェイも周りの変な熱気にやられたのだろうか、妙にやる気になってしまっている。

 そんなジェイの姿を見ていて、急に冷静になったのだろうか、あ、あたしも飲み込まれていたのかって、今になって気が付いた。

 集団心理って怖いわあ。


 子供竜王様は、みんなを集めて何やらフォーメーションの指示を出している。

 その後ろでは、アナ様が子供竜王様の肩を掴んで必死に何かを訴えている。

 おそらく、みんなが盾になる事に対して抗議しているのだろう。

 だけど、どんなに抗議されても我々もここでアナ様を失う訳にはいかないのだ、どうあっても引くわけにはいかない。

 

 その時、突然視界が暗くなった。はっとして上空を見上げると、大巨人がゆるゆると左手を上げつつあった。

 しまった、とうとう動き出したか。と、冷や汗をかくあたしの耳に信じられない言葉が聞こえてきた。

「へえぇ、この大巨人な左利きなんやぁ」

 ぽ ぽーりんさん?今気にするのって、そこじゃあないでしょ??


 アナ様を見るが、まだ気を練る態勢にはなっていない様だった。

 間に合わないっ!


 ゆるゆると上がった奴の左手の動きが停止した。

 次の瞬間、風切り音と共にその振り上げられた左拳が一直線にアナ様に向かって降り下ろされた。

「アナ様っ!!」

 だが、その巨大な拳が地面に達するよりも早く、お頭がアナ様と子供竜王様を脇に抱えて走りだして居た。

 なんて素早いんだと思うよりも早く拳は轟音と共に地面にめり込み、辺りはもうもうと巻き上がる土埃に包まれて視界は一時塞がれる事となった。


 やがて、砂塵が収まってくると、地面に突き刺さっている巨大な左手が目の前に見えて来た。

 いつの間にかお頭は崖の下まで逃げており、拳の着地点に居たであろう聖騎士団の兵士達も、若干の被害はあったとしても大方逃げ延びて居る様だった。

 あたしは、すさまじい地響きで立っておれず、地面に転がってしまって居た。

 例によって竜氏は平然と立って居たのには、毎度の事ながら驚いた。

「今、驚くのはそこですか?」

 竜氏はニヤッと笑いながらこちらを見ている。


 だが、反論している暇はなかった。

 地面にめり込んでいた大巨人の左手が再びゆっくりと持ち上がり始めたからだ。

 やがて、上空に振り上げられたその左の拳は、勢いを付け再び降り下ろされる事だろう。

 それに対して、こちらは既に後手後手になっており、迎え撃つ事が出来ないでいる。既に手詰まりで万事休すだった。


 それでも、あたしは最後の最後まであきらめの悪い女だった。

 レイピアを抜き、急いで気を込める。

 何の足しにもならない事はわかっている。でも、何もしないで黙ってやられるのは嫌だ!

 やれるだけの事をして、納得して死を迎えたい。

 後少し、後少し、まだ拳は降って来ない。後少し、いいぞお、いい感じ。そろそろ限界だ。

 いくぞおぉっ。

 ・・・・・と、ふいに両肩にずっしりと重さを感じた。竜氏があたしの肩に両手を置いたのだった。

 それと同時に、身体の中になにか力の奔流の様なものが流れ込んで来る感じがした。

  竜氏を見やると

「しっかりと目標を見定めて、発射に専念して下さい」

 と、優しい声が降って来た。


 よおおしっ、あたしはレイピアの切っ先に神経を集中したのだが、驚いた事に今までに感じた事の無い程のエネルギー量が貯まっていた。

 もう拳が降って来るのも時間の問題だ。考えている暇はない。


「いっけええええぇぇぇぇっ!!!」


 あたしは、全身全霊を込めた一撃を大巨人に向かって放った。

 エネルギーの損失感が半端なく、意識が朦朧としつつ倒れ込んでいくその途中で、ポーリンも一緒に一撃を放っていたのが目の端に見えたが、それを最後に意識を手放してしまったらしかった。



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