73.
馬車の中、あたし達が周りを取り囲んで視線を集中させる中、二体の小人人形は驚きの動きを見せた。
当初、この二体の小人人形はそれぞれあたし達、いやあたしに向かって攻撃を仕掛けて来るものと思われた。
それは、あたしだけでなく、みんなもそう思っていたに違いない。
だが、この二体の小人人形はそんなそぶりは一切見せなかった。
二体はおもむろに近づくと、がばっと抱き合った。
するとお互いの体の輪郭がぼやけたと思った瞬間、一体をベースにもう一体の体が溶ける様に吸い込まれていき、その体は倍の大きさになった。
「ううううううううううぅぅぅっ・・・・」
周りを囲む様に見ていたあたし達から、期せずしてうめき声が漏れた。
それは、薄々予想はしていたが、認めたく無い光景だった。
竜氏はさらに捕まえた一体を、その大きくなった小人人形の脇に放り投げた。
投げ込まれ転がったままの小人人形に気が付くと、大きくなった小人人形はおもむろに踏みつけた。
すると、やはり全身が一瞬ぼやけると、溶ける様に一体化して更に大きくなってしまった。
呆然とするあたし達を尻目に、竜氏は身を乗り出して大きくなった小人人形の頭部を鷲掴みにする。すると、小人人形は一瞬で崩れ落ち、元の砂塵に戻り、さらさらと馬車の外に消えて行った。
「おわかりになりましたでしょうか?これが連中の次の行動です。この方法を採る事によって、合体速度は飛躍的に上がります。連中に学習能力がある証になると思いますが」
竜氏は淡々とわかった事を説明してくれる。
「なるほどなぁ、一つの命令系統でもって一糸乱れぬ行動をしているって証明にもなるって事かよ」
馬車の隣で一部始終を見ていたお頭が、頭を掻きながら吐き捨てる様にそう呟いた。
奴らの行動の基本指針はわかった。だけど、わかったからってどうしたらいいんだ?何も事態は解決されていないのだ。
馬車の天井を見ると、所々幌が下がって来て居る。恐らく合体した小人人形が上に居て、合体を繰り返して重くなって居るのだろう。
ポーリン達が下から棒で突き落としているが、きりが無い様だった。
どうする?あたし。どうしたらいい?小さくて攻撃力が無いから、無視して進むか?
どうする、どうする。
「姐さ~ん、まずいっすよお~。この地面で合体したちびっ子達、石の剣で馬の足に斬りつけて来て居る。このまま放置したら、馬が動けなくなっちゃう」
馬車から乗り出して下を見ると、確かに馬の足元に集まって、斬りつけている。そんなに攻撃力はなさげで、ほとんどの奴は蹴られて砂に戻っているけど、大勢が取り囲んで次々と斬りつけてきているので、馬の足が腫れてきている。
いつの間にか剣なんて作れる様になったんだ?まずい!これはまずい!早急に手を打たないと。
辺りを見回すと、小人人形で溢れ返ってきている。こんなに小さい内に攻撃に移れるっていうのは、有効なのだろう。一体一体の攻撃力は小さくてもこの数だもんね。じわじわとダメージが蓄積して来るって事かぁ。
「ストオーーップ!!馬車停めてぇ!!クレア、風魔法使えるって言ってたわよね」
「あっ、はい。弱い威力の魔法のみですけど・・・」
怪訝な顔でこちらを見て来るクレア。
「ああ、いいのいいの。今回は弱いのでいいのよ。先頭に出て、足元の小人人形を吹き飛ばしてちょーだい。まだ小さいから、弱い風魔法でも吹き飛ばせるでしょ?お願い出来る?」
「はい、全力でやらせて頂きます」
馬車から元気に飛び降り隊列の先頭まで走って行ったクレアは、この世界では珍しい魔法の使い手だった。
この世界では魔法は遥か昔に滅んでしまい、現在はほんの少数の人が使えるのみだった。代わって異能の力と呼ばれる力を持った人達が異能者として知られているのだった。
異能の力は、魔法と区別する為に魔術と呼ばれ、その昔魔族の持っていた能力だと信じられており忌み嫌われていた。
クレアはくるっと振り返ると両手を前に突き出した。その両手を中心にそよそよと風が巻き起こり、やがてその風はあたし達の隊列の間を抜けて行った。
多くの子供人形はクレアの風魔法で砂に戻っていたが、やや大きい物は無傷だった。
「やっぱり、思った通りだったわ」
あたしは納得がいったが、みんなは不思議そうにあたしを見ている。
「あの人形達は、産まれた時は脆弱なのよ。それが合体を繰り返す事によって強度が増して行くのよ。倒すなら、せいぜい等身大になるまでって事ね」
「それが出来りゃあ苦労はねえんだがな」
お頭の言葉は、身も蓋も無かったが、その通りだったので何も言えなかった。
走って来た方を見やると、取り残された人形達が自ら崩壊して、砂塵となって追尾して来る所が見て取れた。
最初に投石器で叩いて居た場所では、二十メートトル位に成長した奴らが、自らの足で歩いて追いかけて来る所だった。
あの大きさになると歩いて来るのか。いい加減、諦めてくれないかしらねぇ。もううんざり。
さて、どうしましょうと考えて居ると、アウラの叫び声で思考が中断された。
「お嬢っ!!奴ら、走り出した!!」
何事と、後ろを見ると二十メートトル位になった奴らがゆっくりと、そして次第に力強く走って来るのが見えた。その数、十五体。
呆然と見て居ると、やがて奴らは目に見えて近づいて来るのがわかった。かなりの速度が出ているのだろう。大きいから歩幅も半端ないのだろう。
「お嬢っ!じきに追い付かれるぞ、速度を上げて逃げるか、迎え撃つか、そろそろ決めろよ!」
もう、馬も限界かな。小人人形に足元に纏わりつかれて、どの馬の足も腫れだしているし、速度も落ちて来ている。
「そうね、もう限界かも。戦える人で、残ってもいい物好きさんだけ残って、後のみんなは、、、解散 かな?wwwww」
もう、笑うしかないわよね。あたしは馬車の御者台に登って、後続のみんなに声を掛けた。
「もう、ここいらが限界なのでここで解散しますっ!各自ここから退去してくださ~~~い!いままでありがとうございましたあ~~っ!!」
あたしは、馬車の中に戻りポーリン達に声を掛けた。
「さあ、今なら逃げられるわ。早く脱出してね。今までありがとうね」
あたしは、笑顔で送り出そうとした。
「姐さんは?最後まで残るん?やったらあたいも残るで。仲間外れはあかんよお」
「うん、残るよお~♪」
「私も残りますわ」
「ち ちょっと、正気?あんなのに勝てる訳無いじゃない。あんたら馬鹿なの?少し考えたら分かるでしょ?」
「うん、ここで姐さん残して逃げたらあかんって事もわかるわよ。だって、あたいら馬鹿やもんwwwww」
「お嬢、後ろ見てみぃ、聖騎士団の連中も距離を詰めて来てるぜ。連中もやる気だぜ」
お頭の声は、どこか嬉しそうだったのは気のせい?
その頃には、上空から降って来る小人人形の数も最大量となっており、鬱陶しい事甚だしかった。
いい加減業を煮やした竜氏が元の竜に戻って上空に向かってドラゴンブレスを放ってしまったのも仕方のない事だった。
おかげでしばらくは上空からの攻撃に晒されなくて済んだのだった。
だが、地上では既に着地している無数の小人人形達が、至る所で合体を繰り返しており、それなりに大きくなった奴がそこかしこに居た。
馬車の近くの奴はどんどん対処していくのでそれほど大きくはなっていないが、少し離れた所の奴にまでは手が回らない為大きくなり放題だったので、既に十メートトルを超えている物も居た。倍々で大きくなるのでみるみる内に巨大化していった。
「姐さん、もう周り取り囲まれてるでぇ。どないしますぅ?」
「お嬢っ、さっさと指示だせや!」
「お嬢、あたいはいつでも突撃できるよおぉ」
「ぐわあぁぁぁっ、ぐおおぉぉぉっ!!!」
もう制御不能?カオス?混沌?事ここに至って、統制のとれた行動は不可能に思えた。各自の能力に頼る以外にないのではと思っていたその時、事態が一気に動いた。悪い方に・・・。
当初から合体を推し進めて居た山の様な超巨大大巨人が突然方針を転換をしたのだ。
腰まで出来上がっていたその姿は、一転して分裂に移行していたのだった。全く気が付かなかった。
いつの間にか、二百メートトル近くあったその姿は、分裂をして五体の完全体に生まれ変わっていた。
生まれ変わった巨人は、地響きと共にこちらに向かって歩き出した。追い付かれるのも時間の問題だった。
「やはり、奴らは学習能力があるみたいだな。最適解を導き出していやがったぜ」
こんな混乱の中でも、しっかり状況を見ていたお頭は流石だった。
「で?俺達の最適解はどうなってる?えっ?」
一言多く無ければ、もっといいのだが・・・。
最適解って言われたって、最初からそんなものある訳が無かった。
「各自、目の前の奴を片づけてえ~っ、て位しか言えないわよっ!!わかってるでしょうに!」
そんなヤケクソのあたしの返事にも、ただニヤリとするだけのお頭だったが、若干一名だけは諦めて居なかった。
「お嬢様、あの者共はどの様にして空を飛んで来るのでしょうか?」
突然変な事を言い出したのは、ジェイだった。
「そう言えばそうね。羽も無いのに、どうやって飛んで来るんだろう?上空に逃げたら、上まで追いかけてくるのだろうか?」
みんなもその事は疑問に思っていたのだろう、各々が考えを巡らせて居る様だった。
すると、竜氏はこちらに背を向けて姿勢を低くしている。乗れって事?
「疑問があれば、一つずつ解決していくしかありませんな」
ジェイに後押しをされたあたしは竜氏の背中によじ登った。
あたしを乗せた竜氏は一目散に上空へと昇って行った。
暗雲の様な泥人形の雲を突き抜けて、更に上空まで上がりしばらく旋回しながら上空に滞空してみた。
「竜さん、このまま後どの位の時間飛んで居られるの?」
竜氏は、正面を見つめたまま静かに答えた。
「ははは、ご心配なく。今行って居るのは、飛行では無く滑空ですので、風さえちゃんと読んで居れば何時間でも滞空出来ますよ。ですが、そんなに長時間飛んでいる必要もないでしょうな。よーく、周りを観察して御覧なさい、その意味がわかりますから」
一体何だって言うの?あたしは言われるままに、周囲の黒雲を注意深く観察した。
「あれっ?あれれれっ?これって、、、どうなっているの?」
周囲に漂っている黒雲の中に、ごく小さな小人人形が見え隠れしている。そして、、、実体化するやいなや、真っ逆さまに落ちて行くのだった。
そっか、上空から降って来ていたのは、こういう仕組みだったのか。実体化したはいいが、飛行能力が無いので落ちて来ていたんだぁ。
「こうやって飛んで居れば、奴の攻撃は受けないのかぁ。あ、でもそれだと竜さんが休めないし、下の人は絶えず降って来る小人人形の攻撃に晒されるって事だよね、それは駄目だよ~、なんとかしなくちゃ」
「このまま山の方に飛んだらどうだろう?広く荒野に小人人形がばらまかれる事になるよね。小人人形なら一般人にも退治出来るのでは?」
うん、これはいい考えだと喜んだとたん、冷静に駄目出しをされてしまった。
「それですと、退治されなかった小人人形は、どんどん合体してたちまち巨大化してしまいますが?国内に無数の巨大泥人形が現れ、大恐慌になるのは必至なのでは?」
・・・はい、その通りで御座います。
結局、飛び上がったものの、単なる時間稼ぎでしかなかったみたいだ。
奴らは不死身だから、と言うか、元々命すら無いし疲れもしないのだろうから、どうしようもない。
そもそも、泥人形を出す事自体反則なのだ。
向こうが反則技を繰り出して来るのなら、こちらも反則技を駆使してやればいいのだろうけど、如何せんそんな反則技はどこを探しても無い。
周りを取り囲む様に漂っている黒雲を見ている内に、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「ねえ、竜さん。こいつらってどこまで上がって来れるんだろう?そして、竜さんはどこまで上がれるのだろうか?」
ほんの些細な疑問だった。
「そうですなぁ、どこまでと言われましても、限界まで試したことがないので分からないですな。そもそも高高度に上がるとシャルロッテ殿が耐えられませんが?」
「そうなの?高高度に上がるとどうなるの?」
「そうですなぁ、まず気温が下がって来ます。真冬以上に寒くなりますな、氷の世界です。それと空気も薄くなりますので、私ならある程度耐えられますが人族では呼吸が出来なくなってあっと言う間に命を落とす事になりましょう」
「えぐっ、そんな世界なんだ。知らなかったわ」
「まあ、人族には決して到達する事が出来ない世界ですので、致し方が無いところでしょう」
「そっか。凍らなくていいんで、少しづつ高度を上げてもらえません?あいつらが、どこまで付いて来れるか見てみたいなあって」
「ようございますよ。お安い御用です。では、少しづつ高度を上げて行きますので、具合が悪くなりましたら、早目にお知らせ下さい。手遅れになりますと命取りになりますので」
「うん、わかった。宜しくっ!」
あたしは、振り落とされない様に竜氏の鱗に覆われた首筋にしがみついた。
だが、竜氏はそんなあたしを気遣ってか、ゆっくりと少しづつ高度を上げて行ってくれた。
あたしは竜氏にしがみつきながら、横目で奴らの動向を監視していたのだが、見た感じなんら変化は認められなかった。すなわち、こちらと同じ速度で高度を上げていると言う事だ。
高度を上げながらも、その黒雲の中ではひっきりなしに小人人形の生成が行われていて、出来た傍から地上に向かって落下して行くのが見えた。
そして、地面に激突した奴から、又上空へと上がって来るのだろうか?
「まるで、無限ループだなぁ」
この後どうしようかと思案していると、ふと地上の事が気になった。
「あ、こんな高い空の上から小人人形を落としたら、下のみんなの頭上に降って来て危険なんじゃないかな?まずいよ、場所ずらさないと!」
いまさらなのだが、そんな事に気が付いて声をあげてしまった。
ひっきりなしに小人人形が生成されたせいか、黒雲はすっかり色が薄くなっていた。そうとうの量の砂粒が小人人形になって地上に降り注いだのだろう。
だが、毎回の事ではありが竜氏からの返事には驚かせられた。
「ああ、それなら上昇した時点で位置はずらしてありますのでご心配なく。この下にはみなさんはおりませんよ」
もおおおおおぉ、なんでこんなに頭がと言うか、気が回るのよおぉ。これで人間だったら、そんでもって若くてイケメンだったら惚れちゃう所だわ。
あ、いけないっ!こんな事考えてたら、又竜氏に考えが読まれちゃうわ。
だけど、今回の竜氏は何故か何も言わず黙って飛んでいる。不気味だ。
確かに不気味なのだが、今はそんな事を言って居る時ではないのだ。寒い!寒すぎる!
先程から高高度飛行をしていたので、もう身体が凍えそうだった。いや、もう既に凍えてしまって居た。
「そろそろ戻りますか?寒いでしょう」
竜氏の申し出を断る選択肢はなかった。
「うん、お願い」
竜氏はゆっくりと弧を描く様に高度を下げて行った。