71.
混沌となりつつある戦場を後にしたあたし達は、街道を離れ北の荒野を目指してゆっくりと移動を開始した。
その速度は、人の歩く速度とあまり変わりの無いものに抑えられた。
果たして、この移動にどんな意味があるのか、それは誰にもわからなかったが、ただ座して死を待つ訳にもいかない事だけは確かだった。
やれる事は手間を惜しまずやらなくては、、、それが、今のあたし達だった。
ゆっくりと戦場を離れて行くあたし達。今の所、変化は感じられなかった。
唯一の変化と言えば、闘って居る聖騎士団の中から十人ほどの一団が馬を飛ばしてやって来た事くらいかな?
突然あたし達が移動を開始したので、驚いて事情を聞きにやって来たみたい。
「シャルロッテ殿、一体どうなされたのですか?突然の移動に副団長も驚いておりますが」
この伝令の方は本当に困惑している様で、明らかに取り乱していた。
あ、そっか、突然行動に移したから聖騎士団の方には何にも言って無かったんだった。
「ごめんなさい、急に思いついたのでお知らせするのを忘れていました。ゆっくり移動したらどうなるか試して見たくなったのです」
「ゆっくり・・・ですか?」
なんか、いまいち腑に落ちないという表情でそう聞き返して来た。ま、もっともな反応だとは思うのだけどね。
「ええ、ゆっくり移動を続けたら、奴は歩いて追って来るのか、それともバラバラに砂粒になって適当な所で実体化するのか試してみたかったのです」
あ、顎に手をやって難しい顔してる。そりゃあ、理解が追い付かないだろうなぁ、無理も無い。
「時間稼ぎ・・・と言う事ですな?」
あ、思ったよりも早く答えを見つけたのね。さすが聖騎士団、頭も技も切れっ切れなのね。
「うん、手の打ちようがないからさ、時間稼ぎしながら対策練ろうかなって」
あ、頭の中の葛藤が終わったのか、すっきりした顔になったよ、この人。
「了解しました。副師団長にはその旨伝える事にします。それと、交代用の馬車も準備させましょう。ゆっくりでも移動を続ければ馬もバテますからね、それでは失礼します」
あ、馬の体力まで考えていなかったわ。さすが聖騎士団。
彼は踵を返すや否や、物凄い速度で走り去った。残りの九名は護衛として同行してくれる事になった。
後方を見ると大巨人は膝のやや上まで出来てきていた。動き出すまでは、まだまだ時間がかかりそうね。
大巨人ミニの方は、聖騎士団の皆さんと絶賛交流中みたい。もうもうと砂煙が上がっているのが遠目に見える。
上空がややもやっている所を見ると、一部は後を付いて来ているみたいだけど、こちらが移動しているので実体化は出来ないのかな?
取り敢えず時間稼ぎは出来そうだから、急いで次の一手を考える事にした。
次の一手・・・
「お頭あぁ~」
「俺に頼るな!自分で考えてみろ!」
名前を呼んだだけで拒絶された。ショックだ。ただ、名前を呼んだだけなのに・・・
そりゃあ、いい案を出してもらえないかなあぁって気持ちが全く無いかって言われれば、多少はそんな下心が無きにしも非ずだったけど、名前を呼んだだけで、即拒絶はひどいわあぁ。傷つくなあぁ。
そりゃあ、確かに行き詰っていたわよ。それは認める。だからって・・・
ぶつぶつぶつ・・・
その時、メイとミリーが馬車から飛び降り、近くの低木の茂みに向かって小走りに走って行った。
すると、聖騎士団の方がお二人、そっと隊列から離れ彼女達の方に馬を歩かせた。
何だろうと見て居ると、お頭がぶっきら棒に口を開いた。
「連れしょんだ。騎士はその護衛だ」
確かに、騎士のふたりは一定の距離を置いて立ち止まって、周りを見回して警戒して居る様だった。
そっか、御不浄だったのね、確かに用を足している時は無防備になるものね。
これから暫くは立ち止まれないから、いつもみたいに定期的に休憩取れないもんねぇ。
みんなで交代に行くんだね、そこまで気が回らなかったわ。
感心しきりに彼女達を見て居たが、半分は現実逃避だった。だって、何もいい案が浮かばないんだもん。
「お嬢様」
突然、ジェイに声を掛けられた。
「なあに?」
「上空の砂粒の濃度が急激に濃くなってきている様な気がするのですが」
ハッとして上空を見上げると、確かに霧の様な薄い色調だったものが、いつの間にか雨雲の様に黒くなって来ているではないか。
その上、黒い雨雲の様な雲を辿ると、今や遥か後方になってしまった大巨人にまで繋がっていた。
「いよいよ動きだした?」
さて、どうする?このまま様子を見るか、速度を上げるか?
悩んで居る間にも黒雲は広く厚くなってきている。
そろそろ実体化するつもりか?
だけど、ここで実体化しても、実体化が終了するまでには時間がかかるんだから、あたし達はその間に彼らを置いてさっさと先に行けばいいんだから、特に問題はないはず。
◆◆◆◆◆ 聖騎士団SIDE ◆◆◆◆◆
時間は少し遡る。
俺の名前は、マンフレット・フォン・ガーランド。シュトラウス大公国の聖騎士団で副団長をしている。
最近の俺の主な仕事は、執務室での山の様な書類との格闘だった。
魔物の討伐依頼や領民からの陳情書から、迷子の捜索依頼まで、何でもかんでも俺の元に集まって来やがる。
おかげで、肩も背中も首筋もバキバキだ。盗賊を追って国内を駆け回っていた頃が懐かしい。
そんな俺の唯一の楽しみは、ベルクヴェルクにある情報調査室からの定期報告である。
国内外の色んなニュースに誰よりも早く接する事が出来るのだ。これは、一番の役得と言ってもいいだろう。
そんな数多くのニュースの中でも、最近気になって居るのは、聖騎士団長つまり俺の上司のご令嬢であるシャルロッテ嬢ちゃんの活躍である。
全国を駆け回って大活躍している様だった。お隣のバンゲア帝国に赴きあの大将軍に会ったり、今回のクーデターも嬢ちゃんの活躍で収束したと報告が来て居る。
相変わらずのお転婆ぶりに、つい顔がにやけてしまう。ついこの間まであんなに小さかったのにと想い出にふけっててしまい、「書類の処理が滞ってますよ」と何度副官に注意されたことか。
だが、そんな俺にもついにチャンスが訪れた。
シャルロッテ嬢ちゃんが、異能者相手に苦戦しているので手を貸してやってくれんかと宰相のオルレアン卿から内々に打診があったのだ。
当然、その打診は速攻で受け、やっと書類地獄から解放される!と喜び勇んで王都から逃げ出して来たのだった。全ての仕事を副官に押し付けて。
打診を受けてから二日後、俺は聖騎士団約六百名と一般兵四千名を随伴させて数百台の馬車を引き連れて王都を進発した。
久々の遠征なので、心はうきうきとまるでピクニックに行く気分だった。当然、そんな事はおくびにも出さず、平静を装っている事は言うまでもない。
威風堂々と隊列を組んで王都の正門を出る頃には、群衆によって道の両脇は埋められていた。
表情を崩さず群衆に手を振ると、そこかしこから黄色い叫び声が飛んで来る。
んーっ、気持ちが良いものだ。こんな若い女性の黄色い声援を浴びるのなんて、いつぶりだったろうか。
王都から離れるにしたがって群衆は減って行き、誰も居なくなってから既に三週間程は過ぎただろうか。目的地は、ラムズボーン要塞南西に有ると言うヘモリンドと言う聞いた事も無い村だった。
最近頻発する領民失踪事件の中心地なのだそうだ。嬢ちゃんが事件の解明に向かうのでフォローして欲しいとの事だったが、この兵力は多すぎないか?
あまりに大げさな編成だったので、騎士団長に意見具申したのだったが、兵の遠征訓練だと思って行ってくれと、なんだか丸め込まれてしまったのだった。
後に、もっと多くても良かったのかと思う事になるのだが、この時はまだ知らないのだった。
「ガーランド閣下、まもなく目的の領域に入ります」
参謀であるマンフレッド大佐が知らせて来る。
「うむ、総員に命令。警戒序列、周囲に対する警戒を厳とせよ」
「はっ!」
大佐は後ろを振り返り、命令を伝える。
「総員に告ぐ、警戒序列!周囲に対する警戒を厳とせよ。警戒部隊、前方に展開せよ!」
「警戒序列!周囲に対する警戒を厳とせよ」
「警戒序列!周囲に対する警戒を厳とせよ」
「警戒序列!周囲に対する警戒を厳とせよ」
「警戒序列!周囲に対する警戒を厳とせよ」
「警戒序列!周囲に対する警戒を厳とせよ」
命令が順次末端にまで浸透していき、隊列に緊張が走る。
同時に、警戒担当の部隊が扇状に前方に広がって行く。
警戒態勢のまま暫く何事も無く時間は進み、朝食が終わって少しした頃、先行した偵察隊からのろしが上がった。
間髪を入れず、警戒隊が馬で駆けだして行く。
鞍から遠眼鏡を取り出し前方を確認する。
前方をくまなく見るが、何かの廃墟だろうか、二本の巨大な柱が立って居るだけで、他には特に変わった様子は見受けられなかった。
「ふむ、特に変わった物は見当たらないな」
隣で同じ遠眼鏡で前方を見ていたマンフレッド大佐が唸っている。
「どうした?」
俺の質問に、遠眼鏡から目を離さず答えてくる。
「閣下、これは妙ですぞ」
「ん?なにがだ?」
俺は再び遠眼鏡を覗き込みながら聞き返す。
「あの柱です。この距離であの大きさって事は、直径が軽く見積もっても、二十、いやもしかしたら三十メートトルはあると思われます。こんな最果ての地に、王都のイグニス宮殿を遥かに上回る様な建造物が過去にあったとは思えませんし、そんな報告は聞いた事が御座いません」
「いや、しかし現に目の前にあるではないか?あれをどう説明する?」
「わかりません。ひょっとして、サリチアに出没したと言う土の巨人と何か関係があるのでしょうか?」
「巨人かぁ、だとするとあの二本の柱は・・・足 か?まさかなぁ」
「それはあり得ません。もしあの柱が足だとすると、身長は百・・・二百・・・いや三百メートトルはある事になります。流石に、それは有り得ないでしょう」
「あははは、そうだよな。そんな巨人、有り得ない。非常識極まりない。とにかく、急いで近づいて確認しようじゃないか」
「そうですな、百聞は一見に如かずです。取り敢えず先発隊を送って確認させましょう」
大佐は後方に離れて行き、すぐに三十騎程の先発隊が出発して行った。
「閣下、もしかして兵器開発局が持たせてくれた携帯式組み立て投石器って・・・」
「対巨人用って事なのか?ううううんんん、考えたくはないが・・・」
「シャルロッテ様が行く先々には妙な物が現れると言うお噂が、私の耳にも届いております、まさかとは思いますが・・・」
「思うだけにしておけ。深く考えると頭がおかしくなるぞ」
「はい、そうですね。ちなみに、閣下は泥人形と戦った事ってあります?」
「そんなの、ある訳ないだろうが。そもそも、そんな見た事も無い物とどこで戦うって言うんだ?」
「ですよねぇ、まあ、取り敢えず出会ってから臨機応変に対応しましょう」
「臨機応変だと?それって、、、出たとこ勝負って言うんだぞ」
そのまま暫く進むと、先程出発した先発隊からの伝令が戻って来た。
なんか、表情がおかしいぞ。一体何を見たんだ?
伝令は、戻って来ると私の脇に並走する様に馬を並べた。
「ほ 報告・・・しま す?」
なんで疑問形だ?いったいどうしちゃったんだ?
「どうした?落ち着いて話してみたまえ」
「どろが・・・地面から生えて来て 人型が・・・たくさん?つぎつぎたくさん・・・自分、、、何を見たんでしょう?」
「訳がわかりませんなぁ、精神に相当のダメージを受けた様に思えます。いかが致します?」
大佐も困惑している様だ。だが、俺も困惑している。
実際に自分の目で見て確認するしかないか。
「自分の目で確認する。二十騎ほど付いて参れっ!」
そう叫ぶと、馬に鞭を入れ全速で駆け出した。
一呼吸おいて、慌てた側近達が後を追った。
そうして、俺達はロッテ嬢ちゃんの元へ馳せ参じて、あの非常識とも言える大巨人と相対したのだった。
近くに寄れば寄るほど、非常識さが際立ってくる巨人達だった。本当に、あの巨大な柱が巨人の足だったとは・・・。おまけに、その足元には小さな泥人形が無数に居るではないか。
「大佐、帰ってもいいだろうか?」
「閣下、お帰りになるのでしたら、まずは部下を返しませんと、示しがつかないかと・・・」
「言ってみただけだ!帰れるもんなら、とっくに帰っておるわ。取り敢えず、嬢ちゃんに挨拶をして来て、今後どうするか考える!」
俺は、天下の聖騎士団の副団長である。俺はプロの戦士である。どんな圧倒的な相手に遭遇しても、決して狼狽えたりしない。それがプロってもんだ。
ましてや、ムスケルが見ているんだ。笑顔を崩してなるものか。プライドにかけても平然と対応してみせる!
大丈夫だ!俺なら出来る・・・はずだ。たぶん・・・
俺は意を決して笑顔でロッテに駆け寄った。怖いから後ろの泥人形達はなるべく見ない様にして・・・。