70.
沼の畔を見ると、なにやら黒っぽい物が蠢いていた。
「ジュディ、あいつ・・・何?」
口を全開に開けて固まっている所を見ると、彼女も知らなそうだった。この中では一番知識が有りそうなので一応聞いて見たのだけど。
ジュディはしばらく湖畔を凝視した後、ゆっくりと口を開いた。
「なにものか・・・です」
あ あんたの知識量を持ってしても、その答えかい。
人外の事は、竜氏に聞いた方がいいのかな・・・。
振り返ると竜氏と目が合った。
「あれは、、、もしかすると『メルトスライム』ではないでしょうか?」
竜氏は、眉間に皺を寄せながらそう答えた。
「めると?」
「確かではありませんが、遠い記憶にその様なものの存在があった様な気がします。非常にレアでその生態も定かではありませんが、どんな物でも取り込んで溶かすと言われております」
見て居ると、どうやらさっき沼に飛び込んだ大巨人の残骸を取り込もうとしている様にも見えた。
その数は、数十?いや数百は居るだろうか?先にこいつらを始末しないと駄目なの?
思わず、竜氏を見る。
「いえ、スライムは放置しておいて良いでしょう。今は全力で大巨人殿と対峙するべきかと。但し、沼には近寄らない事ですな」
竜氏には全く焦った様子が見えない。まだ、絶体絶命では無いのかも知れない。
「そ そうよね。あたしもそう思ってたんだ。まずは大巨人ミニをなんとかしないとね」
あたしは、しどろもどろになりながらそう返した。
そう、大巨人の一部はこうしている間にも大巨人ミニとして成長し続けていた。
一体一体はオリジナルのものに比べてかなり小さくはなっているものの、その反面百体以上と数が多く対応が面倒になってきていた。
小さくなったぶん大巨人に比べると成長速度が速く、既に数体は動き出しそうだった。
百体を上回る大巨人ミニが目前でにょきにょきと成長を始めたのだが、大巨人ミニはせいぜい三メートトルと小さかったので、これで退治は楽になったと思ったのだったが、そう簡単にはいかなかった。その成長半ばの大巨人ミニの群れの向こう側に信じられない物の存在が目に映ったのだった。
それは、ゆっくりではあるが今まさに成長しつつある二本の柱だった。その柱は直径二十メートトルはあろうかという新規に生成されつつある大巨人の足だった。さすがにあまりの太さの為、その成長は遅々として進んでおらず、まだ向う脛の半分程度までしか出来上がっていなかったが、完成されたら優に二百メートトルは超える事は間違いないだろう。
「まずい!あれが出来上がったら、お手上げよ」
「せやけど、手前の奴らが邪魔で叩けへんわよ!」
思考が停止すると言うのは、まさにこの状況なのだろう。何にも考えられず、ただ成長していく巨人達をぼーっと見つめてしまっていた。
だめだめだめ、ただボーっと見ていてはじり貧になるだけなので、ダメもとでも何か仕掛けなきゃ。
「竜さんは、真ん中のでかい奴をお願い!竜さんがデカブツに近づける様にみんなで周りの雑魚を片づけるわよっ!」
その時、あたし達は巨人に意識を集中させていたので、周りに対する注意が疎かになっていたのだと思う。
あたしはそのタイミングで突然後から声を掛けられビックリして飛び上がってしまった。
こわごわ振り返ったあたしは、声を掛けて来た人を見て更に驚いた。
「ロッテぇ~っ!」
そこには純白の鎧を身に纏い、これも同じく純白の装甲で包まれた馬に跨った騎馬の一団がおり、その先頭で大きく手を振りながら声を掛けて来た大男に見覚えがあった。
二メートトルはあろうかという高い身長に、がっちりとした体躯。腰まで伸びて風に舞っているアッシュグレーの髪。
彫りの深い顔には、良く整えられた立派な髭が良く似合っている。
あたしは嬉しくなって叫んでしまった。
「ガーランドおじ様ぁ~っ!!」
「ガーランド?」
「ガーランドだとぉ?」
「ガーランドって?」
「まさか・・・」
みんな、戸惑っていた。
馬と同じ意匠の共に純白の鎧に身を包んだ騎士。それは、国王直属の聖騎士団を表していた。
「聖騎士団で、ガーランドだとおぉ?なんだってこんな所に・・・」
なぜかお頭は腰が引けている様で、今にも逃げ出しそうだった。
すぐ近くまでやって来たその大柄な騎士は、満面の笑顔で話し掛けて来た。
「少し遅くなってしまいましたが、間に合いましたかな?ロッテ嬢ちゃん。お父上に頼まれましてな、助太刀にまいりましたぞ」
「もうっ、嬢ちゃんは止めて下さいっていつも言っているじゃあないですかぁ。いつまでも子供扱いなんだから」
「はははは、私にとっては娘みたいなものですからなぁ。それも、かなりお転婆な ね。」
そこまで言って、あたしの後ろでこそこそしているお頭に気が付いたようで、お頭にも声を掛ける。
「久しいのムスケル。嬢ちゃんが色々と迷惑を掛けているみたいですまないな、感謝するぞ」
「へっ、聖騎士団の副団長の貴様に感謝されても、ちっとも嬉しくねえぜ」
横を向きながら、拗ねる様にお頭が答える。このふたり、知り合いだったんだ。
「姐さん、物凄いお方とお知り合いなんですね?」
アウラは、冷静を装いながらも、驚きが隠せない様だった。
ポーリンを始めとする六人は、お地蔵様になったみたいに身じろぎも出来ないで固まって居た。まるで六地蔵?
「貴殿が、報告のあった竜族のお方ですかな?此度はご助力感謝致します」
ガーランドおじさんは馬から降りて兜を脱ぎ、竜氏の前で深々と頭を下げている。
「これはこれはご丁寧に恐れ入ります。まあ成り行きですのでお気になさらず。竜王様の苦境を助けて頂いた借りもありますれば」
「そう言って頂けると助かります。国王様からも、よしなにとのお言葉を頂いて来ております」
「さて、嬢ちゃん?現状はどうなっておるのかな?あそこに見える泥人形の群れを始末すれば宜しいのか?」
「始末したいのは、その向こうに居る奴よ」
「その向こう?あの二本の柱ですかな?そう言えば、なんで柱があの様な場所に生えているのだ?」
ガーランドおじ様は訝しむ様な表情で聞いて来たが、その気持ちは痛い程わかるわ。
「あの二本の柱は、敵の本体の足なの。あれが、出来上がる前になんとかしたいのよ」
「あれが足ですと?それが本当ですと、一体どれだけ大きくなるのですかな?」
「さっきは、二百メートトルを優に越していたわ」
「はっ!?二百?二百ですとぉ?あまりにも非常識な・・・。冗談 ですよね?」
「まぢ。今、まだ成長途中なの。完成する前に倒したいの、いい案なぁい?」
目玉が飛び出さんばかりに見開かれた元々は切れ長だった目。きりっと引き締まっていた口元も、今は顎が外れんばかりに開ききっていた。
聖騎士団きっての二枚目も、もはや見る影も無く崩れ去り残念な顔になっていた。奥さんが見たら、逃げ出してしまうだろうなぁなどと思って居たら、さっとこちらに振り返って来た。
凄いのは、その一瞬で元の渋い二枚目ナイスミドルに戻っていた事だった。
「手前のわらわらいる細かいのは、我々に任せて頂きましょう。聖騎士団兵器開発局が急いで仕上げてくれた携帯式組み立て投石器を多数持参しております。今、後方で組み立て中ですので、準備出来次第攻撃を開始します。なあに、あんな泥だか砂だかの塊など、高速の石をぶつければひとたまりもないでしょう、問題はないでしょう。ご安心下さい」
いや、その吹っ飛んだ破片が問題なんだって。って言っても、実際に見ないと納得、と言うか理解出来ないだろうから、そっちは任せてしまおう。
問題は、大巨人の方だ。吹き飛ばしても、吹き飛ばしても復活してしまうんだから質が悪い。
おじ様は、部下の居る方に戻って行ったから、じきに攻撃を開始して、自分達の無力さを知る事になるだろう。
ま、適当に攻撃をして、無力さを認識してくれたら安全な所まで下がっていてくれればそれでいい。
あたし達はどうしよう?ドラゴンブレス以上に攻撃力の有る武器は持ち合わせて居ない。
かと言って、竜さんにひたすらブレスを吐いて貰う訳にもいかない。
八方塞がりとは、まさに今のあたし達の為に有る様な言葉だった。
どうしたらいい?
「あ・・・」
その時、ひとつの事が頭に浮かんだ。
どうせ勝てないのなら、せめて嫌がらせをしてみたらどうだろうか・・・と。
あたしは、懐からお守りを取り出した。それは、まだ小さい頃父様から貰いずっと肌身離さず持っていた大事な物だった。
あたしに反応するのなら、これでも反応するかなと思ったんだ。
お守りを両手でぎゅーっと握りしめ、強く念を込めた。
そして、ファフニール一族から借りてある一頭の走竜の首に括りつけて、野に放った。
この走竜は思いの外知能が高く、飼い主の意図を汲み取って行動する事が出来た。
あたしが首を撫でながら、北の方を指差すと、力強く頷き一目散に走って行った。
これで、あたしが二人居ると認識してくれればいいのだけど。
遠ざかって行く走竜を目の端にとらえつつ、あたしも馬に乗り移動を始めた。
巨人達を挟んで、聖騎士団のみなさんが展開している反対側に来た。
こちら側には、まだ大巨人ミニはおらず直接大巨人に攻撃が出来る。
まあ、出来たから、、、何?って程度の攻撃しか出来ないのだけどね。
みんなも一緒に移動して来ていた。
「お嬢、こっちなら邪魔者が居ませんね。で?どんな攻撃をします?」
アウラが聞いて来た。
「どうしたもんかねぇ。竜さん、以前荷物運びを手伝ってくれたドラゴンさん達に手伝って貰うって駄目かなぁ?」
「申し訳ございません。その許可を出されるのは竜王様でして、今現在竜王様とは音信不通でございますれば・・・」
「そっかぁ、じゃあしょうがないわね。 ん?」
その時、大巨人ミニの集団の周りに砂埃が舞い始め、一瞬の遅れで鈍い激突音と振動がやってきた。
どうやら、聖騎士団の投石器が攻撃を開始した所だった。
たかが石と軽く見ていたけど、よーく考えてみれば相手もたかが砂もしくは泥?
なので、思ったよりもいい戦いになっていたのには驚いた。
投石器から放たれた子供の頭ほどもある石は、次々と成長を続ける大巨人ミニの周りに着弾していった。
あるものは地面に着弾して四方に砂を撒き散らし、命中したものはその運動エネルギーによって、大巨人ミニを薙ぎ払っていく。
次々と吹き飛んでいく大巨人ミニの姿に、聖騎士団の面々は何やら叫び声を上げて飛び跳ねて喜びを現わして居る様だった。
いけるっ!これなら勝てるっ!そう思ったのだろう。だが、現実とは実に厳しいものだった。
彼らがその事に気が付いたのは、三十射ほどした頃だった。
違和感を感じたガーランドおじ様が、攻撃中止を命じたのが見えた。
先ほどからの攻撃で、大巨人ミニをかなりの数撃破したはずだったのだが、全くその数が減って居ないのに気が付いたのだろう。何かをしきりに叫んでいる様に見える。
実際、大巨人ミニは、攻撃を受けながらも、破壊、再生、破壊、再生を繰り返しており、その数は全くと言って言い程減っていなかった。
どうしたら良いのかわからなくなったのだろう、みんなしてこちらを見ている。何か指示が欲しいのだろうか。
運よく破壊を免れた数体の大巨人ミニは、再生完了とともにゆっくりとこちらに向き直り、歩き始めている。
その他のものは、絶賛再生中だ。
あたし達は、絶賛悩み中だ。
聖騎士団の皆さんは、絶賛驚愕中だった。
ああ、そうそう、走竜が走り去った後、追いかける様に霞の様な砂の一団が飛び去って行くのを何人かの仲間が目撃していた。
どうやら、効き目があったのかな?うまく逃げ延びてねぇ。
その時点で、大巨人は膝までの再構築が終了して、太ももへと移行している所だった。
もう既に見上げる程の大きさになっていて、あたし達を圧迫しつつあった。
あたしは、さっき思い付いた嫌がらせ第二弾を実行に移す事にした。
「みんな、馬車に乗ってぇ!急いで」
あたしは、みんなに声を掛けた。
別に確信があったわけではない、ただの思い付きなのだ。
急いで逃げると、砂粒になって追いかけて来る。それなら、ゆっくりと移動したらどうなのだろうと。
大巨人ミニの歩く速度よりやや早い程度の速度でゆっくりと移動し続けたら、向こうも分解、再構築を延々と繰り返す事に明け暮れるのかなって。
もし、そうなら、多少は時間稼ぎが出来るんじゃあないかなぁって。