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近づく者には、人にでも魔物にでも災いが降り注ぐ疫病神と噂される聖女様と、その護衛に抜擢された15歳のじゃじゃ馬少女の織りなす物語です。
聖騎士見習い予定の少女シャルロッテが、ドラゴンをも倒す聖女様の護衛として初めての任に就く所から物語は始まります。
もう、薄暗くなった日没間近の山道を疾走する一人の少女。その外見は普通の使用人なのだが、普通でないのはその速度だった。
ただでさえ薄暗くなり始めて足場が不安定な上に、一面に草が生い茂っていて走りにくいはずなのだが、その少女は昼間に街道を走るが如くの速度で走り抜けて行く。
緩やかとはいえ山道である、いったいどれ位の体力があるのだろうか、修道院から廃坑まで一気に走り抜けた少女は新しく修道院で雇われたメアリーだった。
黄色いツインテールの髪をなびかせて疾走する姿はまるで野生の獣の様でもあった。
廃坑前の広場で一旦足を止めたメアリーは周りを注意深く見回し、耳をそばだてた。
人の気配は無いのだが、そこかしこから何やらうめき声が聞こえてくる。だが、どうも人族のものでは無い様だった。
用心して近づいて草を掻き分けて見ると、それは口から泡と血を噴き出して痙攣をしている虫の息のマウンテンウルフだった。
それほど強力な魔獣ではないが、人間がこれを倒すには中級以上の手練れが必要だ。それも一対一だった場合だ、マウンテンウルフは通常十匹程度の群れで狩りをするはずなので、こちらも複数人が居ないと対処出来ないはずだ。
付近を見て回ると複数のマウンテンウルフが倒されている。この辺りにそんな手練れが複数居るなどという話は聞いて居ない。
「これは、アナスタシア様の能力の影響に違いない。だが一体どこにおられるのだ?魔族から逃げて居るのだろうか?気配が感じられないという事は・・・廃坑か。また面倒な所へ」
メアリーは用心しながら、それでも出来るだけ速足で廃坑へと向かった。周りの景色はどんどん色を失い、夜のとばりが落ちるのも時間の問題だった。
廃坑の入り口で一旦歩を止め、坑道突入の準備を始めた。付近に落ちていた木切れに懐から出した布をぐるぐると巻き付け、腰からぶら下げていた瓢箪の中の油をかけ、火打石で火を点けた。そう、魔法を使えないメアリーは急遽松明を作っていたのだった。
懐からくないを取り出し右手で構えて、いよいよ坑道に向かって歩き出した。松明もくないも使用人としての普通の備えであった・・・のか?いや、違うだろう。
行動に一歩踏み入れた途端、メアリーは短く呻いた。
「うっ、なんて事」
突然何の前触れも無く、その、なんだ、ほら、あれだよ、下着の紐が切れたのだった。股間を押さえて座り込んでしまった。ある意味ピンチだ。補修してから行くか、このまま下半身がすーすーするままで行くか、普通の時なら補修する一択なのだが、時間の無いメアリーには選択の余地がなかった。落ちた下着を懐に入れて奥に進んだ。
「間違いなく、アナスタシア様はこの奥にいらっしゃる。しかし、何でこんなエロおやじの様な影響がでるのだ?こんな事は初めてだわ」
意を決して坑道内に歩を進めると何やら羽音が、、、と思った瞬間、何かが顔面に激突して目から火花が出た。
「いったあぁぁ」
思わず顔を抑えてうずくまると、足元には同じく顔を抑えてバタバタしている体長五十センチもあるミナミドウクツオオコウモリがいた。どうやら鉢合わせしてしまった様だ。
「おかしい、普段なら鉢合わせなどあり得ない。ちゃんと避けられたはずだ」
涙を堪えて立ち上がると、コウモリもふらふらと坑道の外に向かって飛び立っていった。余計な時間を食ってしまった、急がねば。そう独り言ちると坑道の奥に向かって走りだしたが、その瞬間、今度は右手に持った松明が根元から折れてしまい火の粉を散らしながら坑道内を転がってしまった。
「分かってはいたが、あまりにも鬱陶しい能力だ」
転がった松明を拾い上げ、気を取り直して、再び走り出そうとしたのだが、再びそのまま固まってしまった。なぜなら坑道が行き止まりになっていたのだ。
「おかしい。ここは坑道に入って直ぐの所だ、行き止まりなどありえない」
ありえないのだが、実際坑道は塞がって・・・・?何か変だ?正面の壁だけ一面に毛が生えている様な?
正面の壁に近づくと恐る恐る突っついてみた。こ これは?基本固いのだが、ほんのり柔らかい?そして、、、、暖かい。そんな不思議な壁からごわごわで茶色の毛が一面に生えている。
これは、、、勘弁して欲しい!一番最初に頭に浮かび、一番考えたくなくて最初に頭から排除した結論に行きついてしまったようだ。
「こいつは、、、、、生き物か?生き物が坑道にはまってしまっている?しかし、この大きさは一体何なんだ?動いて居ない所をみると死んでしまっているようだが・・・」
メアリーは、生き物には結構詳しかったが、いくら記憶をひっくり返しても対象の生物は出て来なかった。
「大きさを無視すれば、テノリネズミが近いのだが、大きさが非常識だ。魔物に常識を問うてもせんないことなのだが、わたしの知っているテノリネズミはせいぜい八センチのはず。こいつは、尻尾の先までゆうに七~八メートル。いや、もっとあるかも知れない。十メートル近い手乗りって、冗談にしても度を越しているぞ」
誰に言うでも無く、口に出して誰かに同意して欲しかった。
こんな非常識は有り得ないだろうと。
目の前の非常識な現実に半分泣きが入って居るメアリーだった。
「もう、、、いや」
だが、そうしても居られないので、対応策を考えようとは思うのだが、相手は坑道にすっぽりとはまっているし、なによりも巨大だ。引っ張るのは無理。坑道内なので焼く訳にもいかず、火薬で吹き飛ばすのも、危険極まりない。切り分けるか?このくない一本で?
ここは、応援を呼ぶしかないか。その前に生存確認だけでもしておかねば。
「アナ様ぁ~!アナスタシア様ぁ~!」
「・・・・・・・・」
返事が無い、ただのしたいのようだ ってなんなんだ?このフレーズは!
声が届かないのかな?どうしよう。
困ってしまったメアリーだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その少し前、ベルクヴェルクの街はずれに馬車が一台滑り込んで来た。
「お嬢様、ベルクヴェルクの街に到着致しました。ここからはゆっくり近づきたいと思います。アウラ殿はいかがいたしますか?不幸耐性がありませんと厳しいと思いますが」
「うーん、そうねえ、影響が出始めたら降りるわ。それまでは近づけるだけ近づくわ」
なんか、まるで魔物の巣に侵入しようとしているみたいに思えるのはあたしだけだろうか?あたしだけなんだろうなあ。
急がないと暗くなってくるから、もたもたしていないで早めに修道院とやらに入りたいのだけど、近寄るとそんなに不幸になるのかしら?にわかには信じたいのだけど・・・
馬車はゆっくりと街の中に入り、両側に店舗の並ぶメインストリートを進んで行くが、人通りが結構あるところを見ると、この辺りはまだ不幸の影響は受けないのだろう。
さすがに大陸でも有数のアダマンタイト鉱山で栄える街だけあって、街中が活気で満ち溢れている。行きかう人々の顔も生き生きとしており、大きな荷物を積んだ馬車とも何台もすれ違った。住民の服装からも生活水準の高さが伺える。
しばらく進むと道は二股にさしかかった。馬車は右側の道に入って行く。道は次第に登り坂になり、街並みが遠く小さく見える様になった頃突然停止した。
「どうしたの?着いたの?」
御者席のジェイに声を掛けると、眉間に皺を寄せて前方を凝視していた。
「おかしゅう御座います。もう影響を受ける圏内に入って居るはずで御座いますが、未だにアウラ殿に不幸が訪れておりません。アウラ殿?どこか不幸になっておりませんか?」
突然話を振られてアウラは変な顔をしている。そりゃあそうだろう、どこか不幸になっていないかと聞かれたって返事に困るだろうに。
「何もないわよ。不幸になって居ないかって、初めて聞かれたわ」
「ふむ、アナスタシア様はいらっしゃらないのでしょうか?もう少し近づいてみましょう」
馬に軽く鞭を入れ、ゆっくりと丘の上に見えて来た山小屋みたいな建物に近づいて行った。
すると、建物のドアが開き、少女が出て来た。まだ十歳位だろうか?こちらを見ている。
「あれが聖女様?十八歳って聞いていたんだけど、随分と小さいんだね」
後から身を乗り出して前方を見ていたアウラがポツリと言った。
「以前お見掛けした時よりも、だいぶ縮まれましたか?」
ジェイは相変わらずとぼけた事を言う。人がそうそう縮む訳ないだろうにと思ったシャルロッテだったが、敢えてここは突っ込むのを辞めた。
なぜなら、只ならぬ雰囲気をかんじたからだった。
その少女は泣きながらこちらに向かって走ってきた。何度も何度も転びながら。
堪り兼ねたアウラは、馬車から飛び降りて少女の元に駆け寄った。
何度目かの転倒から立ち上がった少女を受け止めたアウラは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているその顔を優しく拭いてあげているが、泣きじゃくる少女に、お手上げとばかりの表情でこちらを振り向いて訴えかけて来ている。助けて と。
アウラに並んで少女の前にしゃがんだシャルロッテは、頭を撫でながらゆっくりと話し掛けた。
「お嬢さん、どうしたの?アナスタシア様はいらっしゃらないのかな?」
「泣いてばかりじゃ分からないよ!」
「まあまあアウラ、もう少しして落ち着いたら話してくれるわよ。ゆっくり待ちましょ」
「だめっ!!時間がないの!!」
泣きじゃくっていたと思ったら、突然目を剥いてアウラの襟首を力任せに握りしめてきた。ビックリした二人は暫しその勢いに圧倒されていたが、ジェイの相変わらずのとぼけた口調に我に返った。
「何か大変な事が起こった様で御座いますな」
そんな事は言わなくても、見れば分るでしょうにと突っ込んでいる暇もなかった。
「おねいちゃんがいなくなって・・・ひっく、もっとおおきなおねいちゃんが ひっく・・・、イカレテかえってこなくて・・・」
「「イカレテ???」」
「分かった、わかったから落ち着いて話そうね」
「だめえええええっ!!おちついってたらだめなのおぉぉっ!」
「じゃあ、急ごう。まず誰が帰って来ないの?」
「レナおねいちゃん うぐっ」
「うんうん、で、お姉ちゃんどこ行ったか分かる?」
「やくそーとりにおばけのどうくついった うぐっ」
シャルロッテは、アウラと顔を見合わせた。この難解な暗号を読み解かねばならないからだ。
「やくそ?野糞?」
「違うわよアウラ、たぶん薬草ね。それよりもお化けの洞窟って?」
「この辺りは鉱山が多いから炭鉱じゃないですかね?お化けが出るなら使って居ない廃坑?」
「なるほど。で、それとアナスタシア様とどう関係するのかしら?」
「お嬢、そもそもその廃坑ってどこにあるのって話しでは?」
「その点でしたら、状況が分かりまして御座います」
例によって、のんびりした声が返って来た。どうやら、小さなお姫様に手こずっている間に修道院に行って話を聞いて来たらしい。
「そのお嬢様は、街に住むアンナ嬢と申されまして、姉君のレナ嬢がお婆様のマミ殿の為に廃坑の方に薬草を採取に行かれて、返って来ないとアナスタシア様に救いを求めに参られたそうで御座います」
「なるほど・・・それでアナスタシア様が捜索に行かれたと」
「はい、その直後に使用人のメアリー殿が買い物から帰って参りまして、大急ぎで後を追ったそうで御座います」
「使用人?ここには従者が一人って聞いてたけど?」
「はい、従者のセルヴェンテ殿が動けないので急遽雇ったそうで御座います」
「で?あたし達はここでのんびりしていていいの?」
「いえ、恐らく何らかの危機的状況ではないかと思われますれば、早急に後を追われますのが最善ではないかと」
この老人は一体どんな時に慌てるのだろう。ふと、そんな考えが頭の片隅に浮かんだ。
「場所は分かるのっ!?」
「この道を真っ直ぐ山に登って行けば廃坑の入り口に出るそうに御座います。行かれますか?」
「当たり前でしょっ!!タレスっ、アウラっ行くわよーっ!」
言うが早く駆け出して行った三人の後ろ姿に向かって礼をするジェイとアンナだけがその場に残された。
「夕食の支度をしておりますので、お早いお戻りを」
呆然と三人を見送っているアンナの肩にそっと手を置き修道院へ向かうジェイ。
「おお、そうでした、これはいけません。夕食のご希望をお聞きするのを忘れておりました。歳はとりたくないものですな」
誰に言うでもなく、独り言ちた老人を見上げる少女の目に浮かんだ感情は、不安なのか、安心なのか、本人にも分らないところだった。
夕焼けも次第に色褪せて来て、周囲は次第にモノトーンの世界に包まれつつあった。
聖女様は疫病神?
始まりました。
作品を書き始めて3作目となります。
経験値不足の為、どんな内容になるのか心配ではありますが、精一杯書いて参ります。
拙い語彙力で書き上げて参りますので、暖かく見守って下さりますように。